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マンション階下で殺人事件が起きた。そして、話ができる猫からの犯人探し依頼。いや、わたしの方が特殊、猫と話せる人間なんだっけか。その依頼、とりあえずやることにしたが。
<んで、どうするよ?>と猫、クマネコって呼ぶことにしたやつ。
「一番怪しいのはその嫌がらせしたやつ、ストーカーだな、その線を当たるか。次に管理人室にいたってやつ。あと、被害者周りに何かないか、ってとこだな。警察でもねえからできることは限られるが」
<そのスマホで何か調べられるんじゃねえのか?>
「そうだな。まずは、被害者のカラビナ?とかってのを検索してみるか」
<おい、部屋に入れてくれよ>
「は?汚ねえだろ?」
<オマエの部屋だって相当だぞ?>
「汚さの種類が違えんだよ。こっちは散らかってるだけで物質的な汚さはねえからな。埃だってただの繊維だ。お前は、特に足の裏とかな、菌とか微生物とかいるだろ?何か湧いてきそうな」
<目出てえやつだな。いるぞ菌。こっちの方が鼻が効くからな。見えないだけで相当いるぞ。オマエ、足臭えもんな>
「その菌は発生元がわたしだからな。わたしに害がないからわたしにとっては菌じゃない。足の一部だ。仲間だ」
<入れねえと不便だろ?新聞紙とか敷いたらその上にいてやるから>
「そんなもんねえよ?わたしみたいんが新聞取るかよ?」
<例えだよ。わかるだろ?そんくらい>
「ったく、しゃあねえな」
玄関横、折りたたまれた段ボールを手に取る。これのせいでろくに外に出ない生活でも成り立っちまうようになった。いいのか悪いのか。ただ言えるのは、自力で抜け出す方法はなさそうってことだ。箱を組み立てて、上部のフラップをすべて内側に折り込み、ベランダ近く、ベッドの脇に置いた。窓を開け、クマネコを呼び込んだ。
「おい、そん中から出るなよ」
<そのままかよ?何か柔かいのねえのか?>
「ちっ。ちょっと待っとけ」
引き出しからバスタオル、吸い取りが悪いから捨てようか悩んでいたやつを取り出して箱に敷いた。
<おーこれならいいぞ>と箱に収まるクマネコ。居心地は悪くなさそうだ。安上がりな猫だな。
窓を閉めて、ベッドの脇に座ると、クマネコが見上げてくる。
「ほんじゃ調べるか」とスマホを手に取り、クマネコに見せながら操作する。
唐雛セイナ、六帆キルカと共にアイドルユニット「カラビナロック」のメンバー。活動開始は去年の4月から。都内のイベントスペースで小規模なライブを開催し、そこそこの固定ファンはついているようだ。黒髪ミディアムでやや面長、キリッとした目とすっと伸びた鼻筋が特徴的な、いわゆるクールな感じの美人ではあるが、自然な感じ、言うなればどこか垢抜けなさが残る。年齢は19らしい。わたしが同じ年のころ、10年前はもっと芋っぽいガキみてえだったと思うが、それに比べたらだいぶ大人っぽいし、魅力的だ。わたしでもそう思うくらいに。当然、今のわたしよりもそうなのだが、死んじまっては元も子もない。
一方、相方の六帆キルカも19歳。ラベンダーブラウンのセミロングヘア、クリッとした目と小さな鼻の丸い顔で、こちらは一般的なアイドルらしい顔と言えるが、世に溢れる、承認欲求とルッキズムでベタベタな作り物臭い感じがする。こういうのが流行っているのだろう。わたしも老害の仲間入りだな。
そんなカラビナロック、昨日7月3日にも都内でライブをしていたらしい。一仕事終わって帰ったところをざっくりってわけか。さすがにまだニュースにはなっていないようだが。
<そのライブ、映像とか写真とかないのか?>
「そうだな、調べてみるか?」
ライブのショート動画が複数見つかる。夏らしい露出度の高い衣装で激しく踊りながらポップに歌う、二人の映像。観客の姿も見えるが、いずれもうしろ姿、無個性な後頭部だけだ。
「こういうので、そのストーカー、わかったりしねえのか?」
<映像だけだからな。実際にその場にいたら伝わってくるもんはあるかもしんねえが。こっちはただの猫だぞ?>
「んっだよ、使えねえな」
写真も調べてみる。ライブ終わりだろうか。カラビナロックの二人が観客を背にしてしゃがみ、会場全体が見渡せるような写真、被害者本人が、公式アカウントってやつだが、上げた写真だ。六帆キルカの公式アカウントにも同様の画角が違う写真がある。2、30人の観客の顔が、鮮明とは言い難いが写っている。
「これ、どうだ?いるか?」とクマネコに見せる。
<小せえな。もっと拡大しろよ。オマエらより目え悪いんだよ>
「うるせえな。聞こえてねえんだけど邪魔くせえな」と言いつつ、一人ずつの顔をアップにしながらクマネコに見せてやる。指が攣りそうだ。
<あー、いねえな。写ってねえ>
六帆キルカの方にも写っていないらしい。骨、までは折ってねえが指折り損だ。とりあえず、被害者の投稿を見てみるか。3日の投稿が最後、遡ってみる。
『今日のライブ来てくれたみんな。ありがとう。次は6日です』
『本番前、緊張しますね。待っててみんな』
『今日は18時からシンジュクだよ。当日券あります』
『今日のライブ来てくれたみんな。最高だったよ。次は3日』
頻繁に投稿しているようだ。ライブ後には毎回客席をバックに写真を撮っているらしい。前回のライブ、6月29日の写真をクマネコに見せる。
「どうだ?」また拡大しながら見せてやる。
<いない>
これを繰り返す。地道な作業だ。6月22日、14日、1日、5月24日…
「全然いねえなこれ。まあ出禁にされてんだろな」と5月11日の写真を見せる。
<お、こいつだ>
「いや、早えな。さっきまでのは何だったんだよ?」
<明らかにいるからな。ひときわガタイが良くて、短髪で、目が細い、コイツだ>
「確かに、これはすぐわかるな」クマネコの言ったやつが満面の笑みで写っている。事情を知ってるとむちゃくちゃ怖え。
さらに遡る。4月27日、12日、3月…ずっといる。客席を写した写真のすべてに、はっきりと存在が確認できる。
「こいつかもな。けどこの程度なら警察もすぐ調べつくだろ?報道されて、依頼も終わりってわけだ」
<ノーノー、そういうわけにはいかねえぜ?犯人って確証はねえからな>
「けど、ほぼ決まりだろ?」
<まだわかんねえぞ。あと、偽管理人の件もあるしな>
「殺されたのは昨日だ。関係ねえんじゃねえか?」
<そうかもしれないけどな>
「そういえば、お前、さっき管理人室に人がいるっていってたな?」
<ああ>
「何でわかったんだ?」
<ベランダ側から窓が見えるからな。見たままを言っただけだ>
「つうことは、どんなやつか見たんだな?」
<注視してねえからわかんねえよ。ただ男っぽかったな。おそらく>
「あいつ、ストーカーじゃねえのか?」
<確証はねえが、たぶん違う>
「でもどうやって入ったかは気になるな」
<そうだな。管理人室がいつから開いてたか、だな>
「これも警察待ちってとこだな」
<オマエなあ。そんなんだからダメなんだよ>
「はあ?わたしに何ができるってんだよ?」
<まだオマエにできることがあるだろ?>
「何だそれ?マンガとかで主人公の師匠みてえなやつが言うセリフか?そういう知識もあんのか?猫のくせに」
<違えよ。普通に、聞き込みしろってんだよ>
「だから、警察でもねえのにそんなことできるかよ?」
<警察にはできねえよ。猫相手に聞き込みなんてな>




