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配達

 金曜日、夕方17時20分。西陽が指すベランダに猫がいる。そいつが言うにはこのマンションで人間が死んでいるらしい。なぜ猫と会話ができるのかって?よくわかんねえけど、そういう人間がいて、わたしもそうらしい。


「はあ?死んでるって、え?どういうことだよ?何でわかるんだ?」


<ベランダでカーテンの隙間から見えるんだよ。部屋で女が倒れてる。動きがない。血も出てるしな>


 微動だにしない、クマネコって呼ぶことにした猫。


「病気とかそういうやつか?」


<知らねえよ。そういうのはそっち、人間サイドで調べるんだろ?>


「そんなん言ったってなあ。見に行くわけにもいかねえしな」


<人間はクソみてえなしがらみがあるからな。不便な生き物だ>


「うーん。どうすっかな。管理会社か警察か。けど、猫から教えてもらったって言っても誰も信用しねえし。逆に何で知ってんだってなるからな」


<ところでまだ信用しないのか?オレと話せること>


「あー。まあ、事態はもうそういうフェイズじゃねえっつうか」


<気になるか?死体>


「そりゃ、普通に気持ち悪いっていうか。何にせよ誰かが弔うとかしねえとな」


<真面目だな?何とかしろよ。カス人間>


「他人から、まあ猫だが、言われるとムカつくな。カスって言うなよ」


<わかったから、どうすんだ?ほっとくか?>


「そういうわけにもいかねえよな。あー、それはそうとな、何でわたしに話しかけたんだ?」


<こっちの問いかけに反応して話せるってわかったからな>


「そういうことじゃねえよ?目的だよ?」


<それは依頼だな。情報共有のお願いってやつだ。お互いに知りたいこと、やって欲しいことを頼む、そのための基本契約みたいなもんだ>


「それ、こっちに何かメリットあんのか?」


<さあな。盗聴とか盗撮の代わりにオレらを使うやつはいるけどな。例えば、子どもがちゃんと塾に行ってるかを調べるとか。これはまあ、ずいぶん可愛らしい依頼だけどな。他はまあ、刺激が強いから言わないでおくが>


「ふーん。ならお前、その部屋、死んでるっつう部屋の前で騒いだりしてくんねえか?」


<やだよ。何でオレが?それに誰かが見つけて通報してくれなかったら、ずっと騒いでバカみてえじゃねえか>


「そういう羞恥心みてえなの、猫にもあんだな」


<いいから考えろ>


「あ、お前、人を驚かすとか、そういうのはできるか?」


<やってもいいけどな。基本契約、締結するか?そうしたら驚かすぐらいしてやる。しかしこっちの依頼もやってもらうぞ。個別の案件は交渉次第だがな>


「その基本契約、しないとだめか?お試しみたいなのは?」


<単発でも構わねえけど、次はこっちの番だからな>


「内容は、交渉次第でいいか?」


<もちろん>


「わかった。依頼だ。今から下、203の部屋の前を通るやつ。思いっきり驚かしてくれ。ひっくり返るくらいにな」




 わたしはスマートフォンを取り出し、食事の宅配サービスアプリ『どあまえ屋』をインストールした。いつも使っているアプリのアカウントにはもう住所登録がされているから、それを使うわけにはいかない。インストールして住所登録、部屋番号を真下の部屋、『206』と誤入力して、中華料理屋からのラーメン、タンメン、チャーハン(スープ付き)の出前を注文した。




「30分くらいかかるみてえだからな。6時前には行ってくれ」


<任せろ>


「やけに素直じゃねえか?」


<まあな。こっちも気になるからな。で、配達員を驚かせばいいんだな?>


「そうだな。できれば、ビニール袋かなんか持ってると思うから、中身をぶちまけるくらいにな」


<やってみるか>


「そう言えば、監視対象とか言ってたな?あれは?」


<オレらの生活に危険が及びそうな人間を監視対象にしてな、猫同士で情報共有したり、話せる人間に調査を依頼したりするんだよ。この辺には、まだいないけどな。場合によっては、あの人間はやばいから近寄ってはいけない警戒対象とか、嫌がらせして追い出す排除対象とか、そういうのになることもある>


「おー怖。依頼断ったらわたしも監視対象とかにされんのか?」


<それくらいじゃしねえけどな、話せるやつは貴重だし。まあ気をつけろ>


「簡単なやつで頼むぞ」




 25分くらい経過して、クマネコはベランダから姿を消した。このまま戻ってこなくても構いやしねえが、とりあえずベッドに座ったまま、静かに待つことにした。


 程なくして微かに、ガシャと物音がするや否や、ヒィーという甲高い悲鳴が聞こえた。驚かすことには成功したようだが果たして。


 数分後、カツカツとベランダの窓を叩く音。クマネコだ。


<派手にやってきたぜ。見て来いよ>


「いや。あとは管理人やら管理会社やらが死体を見つけてくれれば終いだ」


 そのとき、スマートフォンに着信、知らないフリーダイヤルの番号からだが、出ることにした。


「はい?もしもし…」


『こちら、どあまえ屋でございます。お客様のご注文でございますが、トラブルにより配達不可となってしまいました。申し訳ございません。再配達をご希望でしたらあと30分いただければお届けいたします。もちろんキャンセルも可能です。いかがなさいますか?』


「あー、そうなんすねー、じゃあキャンセルで」


『かしこまりました。では今回はキャンセルとさせていただきます。申し訳ございませんでした。またの機会をお待ちしております。では…』


「はい。どーも」と電話を切った。


<管理人からか?>


「出前の会社だ。ちゃんと仕事したみたいだな?」


<まあな。けど、配達員は部屋まで行かねえのか?>


「顔合わせないように頼んでるからな。そういうところは徹底されてるのかもな。これで203号室にも何らかの連絡が行けば、発見してもらえるだろう」


<オマエが行ってもいいんじゃねえか?出前来ないから見に行ったってことで説明はつくだろ?>


 そのとき、パトカーのサイレンが次第に大きくなっていくのが聞こえ、やがて止まった。


「ほら、お出ましだ」



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