敗北
ライブが終わり、付近で待つ。出待ちのファンと間違えられないように少し離れたところで。クマネコが近隣の猫に頼んで、ターゲットが出て来たら連絡をくれることになっている。時刻は21時を過ぎた。
一匹の猫が飛び出して来た。白黒灰色の毛が混じったやつ。
<おい、出て来たみたいだぞ。あっちだ>と、トートの中のクマネコ。
「どこだよ?」
<あっちだよ。あのグレーと黒の>
見渡すと、グレーのロンTに黒のワイドパンツの女が小走りで離れていく。
「あれか?そうは見えねえな」
<匂いでわかる。あいつだよ。行けよ>
「お、おう」
女のあとをつける。しばらくすると、人気のない遊歩道に差し掛かる。ここでなら。あいつで間違いない。あとは反応を見れば確定すると思うが。できれば罪を償ってほしい。人間らしく。
「じゃあ、今からわたしが小声でささやく通りに、あいつに思いっきりイメージぶつけてくれ」
<おう>
「おい、人殺し」
<おい!人殺し!>
「お前だよ」
<お前だよ!>
「唐雛セイナを殺した」
<唐雛セイナを殺した!>
女が立ち止まり、振り返ってこちらの方をにらみつけてくる。
「どうかされましたか?」とわたしから話しかける。
「い、いえ、何でも」と女、猫の声が自分にだけ聞こえる認識でいるようだ。
「そうですか。でしたら自首、された方がいいのでは?六帆キルカさん」
「…はっ?ちょ、何言ってんのおばさん。意味わかんない」と、本性を出したか?
「唐雛セイナさん、殺したんだろ?」と、こっちも本気でいく。
<唐雛セイナさん、殺したんだろ?>
「何でわたしがそんなことしなきゃいけないの?何これ?」
「聞こえるんだろ?猫の声が」
<聞こえるんだろ?猫の声が>
「は?頭おかしいんじゃないの?」
「おい、もういい。顔出せ」と小声でささやく。
<おう>と、トートから顔だけ見せるクマネコ。
「ちゃんと償え。警察行け。一緒に行ってやるから」
「っせえよ。まじ消えろよババア」
「まあ聞けって、ライブ見たよ。すごかったよ」
「当たり前でしょ!もともとわたしの方が歌もダンスの上なのに、あんな素人と組まされて、迷惑だったんだから!つうか早くどっか行って」
<それで殺したのか?>
「くっ!そんなわけ、証拠も何もあるわけないんだから」
<あの猫、死んだぞ。3つの命を奪ったんだ。オマエが>
「そんなゴミみたいな命、どうでもいいでしょ?わたし関係ないし。そんなに警察行きたいならあんたがいけば?こんなストーカーみたいなことしてんだから、あんたが捕まれよ、ブス」
「あんなライブができるんだから、いくらでもやり直せるんじゃねえのか?唐雛セイナにはもうできねえんだぞ?」
「関係ないでしょ!もうどっか行けよ!誰かー!!変なおばさんがー!!」
騒がれたらどうあがいても分が悪い。不本意だがするか。年甲斐もなく走る。
<おい、ちゃんと自首させるんじゃねえのかよ>
「無理だ。もう、これ以上は」
ようやくいつもの公園までたどり着いた。結構走ったな。部屋はすぐそこだが、疲れ切ってベンチに座る。
<あいつだったな。六帆キルカ>
「そうだな。あの反応、間違いないな。証拠はねえが」
<けど、何でわかったんだ?>
「茶トラ、普通は部屋に入らねえはずなのに入ったってことは、何かあったんだろうなって。唐雛セイナの死体を見て、犯人に声、イメージ送ったんじゃねえか。それで犯人が窓を開けた結果、唐雛セイナの部屋に入ることができた。そのせいで殺されちまったけどな。だから、唐雛セイナに近くて、猫の声が聞こえるやつが犯人だなって。猫の声が聞こえなかったら、例え猫がいてもわざわざ窓開けねえし、殺したりもしねえだろ?」
<そういうことか。でも、自首させ損ねたな?>
「もう、わたしの仕事じゃねえ。あの女が自分で気付くのを待つしか。まあ、唐雛セイナが戻ってくるわけでもないし、関係ねえか」
<そうだな。これで依頼も達成ってわけだ>
「満足したか?」
<おう、十分やってくれたよ>
「こっちはやりきれねえ」
<気にすんな。人間にはしがらみがあるからな。そんなこともあるだろう>
「猫風情が偉そうに」
<じゃ元気でな>と伝わるものに、何か違和感を覚える。
「あ?おい」
<何だ?>
「いや、その…どっか行くのか?」
<ああ。やることができたんだ。それに、この辺はオレには合わない。用が済んだらもっとな、住みやすいところを探すよ>
「そうか…気い付けろよ」
<おう、オマエもな。あと、次に猫に話しかけられたら、いちいち突っかからないで、普通に話してやれよ。オマエ面倒臭いからな>
「最後までうるせえやつだな。とっとと行け」
そのあとクマネコから伝わってきたものを人間の言語で表すことはできないが、もうこいつを見ることはないのだろうと、なぜかそう思った。わたしの敗北だ。




