悲劇
7月6日夕方、部屋でクマネコと打ち合わせ。大きめのトートバッグにクマネコを入れてバスで移動する。大人しくしていろよ。バスを降り、ライブハウスへ。裏口の方へクマネコを離す。それじゃ頼むぞ。
<あとでな>
ライブハウス内に入る。猫臭いトートはロッカーに預けた。会場内は照明が煌々と点いていて明るい。すでに多くの観客が入っているが、オールスタンディングでキャパは数百といったところか、なかなかの広さだ。普段どうなっているのかはわからないが、どんよりした空気ではあるし、すすり泣く声も聞こえる。常連のファンは早めにチケットを取ったからだろう、さきに入場し、前列の方にグッズTシャツやらをまとって陣取っているのがわかる。周りを見渡すと、首からパスをぶらさげたやつが数人、スタッフだ。猫に目撃されていたやつもいる。この中に、ターゲットはいるのだろうか。
わたしは客席後方の端っこで、業界の関係者面して腕組みをして待つ。
開演時間になり、場内が暗転する。どよめく客席。不意にステージが照らされ、女の姿が目に入る。カラビナロックの六帆キルカだ。アカペラで歌い始める。
♪わたしたちは夢の途中 たどり着けるかわからない
だからこそ登り続けるんだ 二人の心と心を
カラビナでロックして
ワンッ!ツーッ! ワン!ツー!スリッ!フォー!
ドラムのカウントを合図に、バンドの演奏が始まる。六帆キルカが激しく踊り、声のトーンも高くなる。観客もリズムに合わせて声を出し、腕を振る。
♪もしもあなたが傷付き 山を降りたくなったら
わたしも付いていくよ 一人きりじゃ寂しいから
諦めるわけじゃない 少し休むだけ
限界なんて自分で決めないで 手を伸ばそう
わたしたちは夢を捨てない だから夢は決して逃げない
喜びも悲しみも引き連れて 二人の進む未来を
カラビナでロックしよう
それから数曲、六帆キルカはノンストップで歌い続けた。観客のボルテージは最高潮だ。楽しいだけじゃない、様々な感情が渦巻いているのがわかる。初めて来たが、これがライブってやつか。確かに音声や映像では伝わらない、何かやべえもんが押し寄せて来やがるな。
そして、歌い終わり、静かに、六帆キルカが語り始めた。
「みなさん。今日はわたしたちのライブに来てくれてありがとう。こんなときに、ううん、こんなときだからこそ、わたしはわたしにできること、わたしにしかできないこと、そして、例えどんなことがあっても、わたしがしたいことをするために、今日ここに来ました。みんな、もうわかってるよね。これからも、わたしたちカラビナロックは、進み続けます!」
観客はこの日のことを忘れはしないだろう。それくらい六帆キルカの輝きは凄まじく、会場は熱気の渦と化し、彼女の時代の到来を予感させた。ソロのアイドルが珍しい時代に誕生した悲劇のヒロイン。ここからライブはクライマックスへと進む。
次の曲が始まる。わたしは端から少し中央へ寄り、熱狂する観客に混じって、リズムに合わせて声を出し拳を突き上げる。
「おい!おい!おい!おい!」
わたしの声は他の歓声に紛れてほとんど聞こえない、誰に届くでもない声。それでいい。ライブを楽しむためではない。これはただの合図だ。
<オマエだろ?>
<オマエがやったんだろ?>
<オマエが唐雛セイナを殺した>
<全部、ストーカーのせいにして>
<あの猫もオマエが殺したんだ>
<オマエが…>
<オマエが、オマエが…>
<オマエがあー!!!>
クマネコの声が聞こえる、いや聞こえてはいないんだが、感じる。繰り返し、ネチネチと。わたしが頼んだことなんだが、よくもまあそんなにおどろおどろしく、恨みがましく伝えられるな。実は化け猫だろ?けど、おかげで見つけちまったよ。普通にふるまってても、あんなこと言われたらそりゃあ動揺しちまうよな。これこそまさしく、悲劇ってやつだ。ここにいる全員にとっての、な。




