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邂逅

 物心ついたときから、ずっと母を恨んでいた。ろくでもない父を遺し、とっとと死んだからだ。ボロアパートの2階で3人暮らし。父がしゃがみ込む母を上から見下ろしていた様子をおぼろげながら覚えているが、そのときの母はいつも顔を伏せていたので、母の顔は思い出せない。おそらく母は父に虐げられていたのだろう。


 そんな記憶のせいで、父との暮らしは地獄だった。毎日、現場で力仕事が終わると飲み歩き、夜は酒浸りの父、特に何かされたわけでもなかったし、ごはんを買うだけの金は渡されていたが、その事実がわたしを縛り付け、一人では生きていけないことを思い知らせてくる。どうせ借金でもして作った金だろう。それでも生きていけるだけましだと思った。




 わたしの高校入学が決まったころのこと、ある日父から、「お前は俺に似なくて良かった。かわいい顔になってきたな。ははは」と言われた。死刑宣告に思えた。このままではいけない。わたしを守るのはわたししかいないのだ。


 入学式、もちろん父の姿はなかったが、それが終わり家に帰ったあと、わたしは父に提案した。


「お父さん、今まで、恨んだこともあったけど、ようやく高校生になれました。やっぱり、わたしはお父さんの娘で良かったんだと思う。いつもお酒少しで我慢していると思うから、今日は外でたくさん飲んできて。わたし、お小遣いでだけど、お金貯めたから、これお父さんにって」と、なけなしの一万円札を渡した。


 父は恥ずかしそうにそれを受け取ると、少しわたしの顔色を伺うようにしてから、外に出て行った。


 2時間ほどして、アパートの外階段を上る音が聞こえる。思ったより早い。静かに玄関から外へ出て階段の方へ。階段を上っている父が見える。気付かれないように姿勢を低くして、上り切ろうとする父を待つ。父と目が合う。その刹那、わたしは作り笑顔で右手人差し指を縦に口にあて、静かにするように示した。思っていたより酔っていないのは誤算だったが、もうやるしかない。以前、父はこの階段で足を踏み外して頭を怪我したことがある。それをもう一度、今度はより強く、やってくれればいい。


 父が右足で階段を上りきる寸前、わたしは左拳にぐるぐる巻きにしたタオルを、力の限り父の顎に押し付け、思いっきり突き出した。そのあと、父がどうなったのかを見届けることなく、階段を落ちる音に紛れて部屋に戻って鍵をかけ、布団をかぶった。


 永遠が始まった。いつドアが叩かれて、父の怒号が聞こえるか、怯えながら、1学期が終わり、夏休みを過ぎ、年を越し、桜が吹雪く、それくらい長い時間が過ぎた。そして、ついにドアが叩かれる。ずっと恐れていた音。ただそれに続く言葉は違っていた。


「ごめんください、警察です」


 1年どころか、数時間しか経っていなかった。わたしの思惑通り、父の死は事故として処理された。しかしここでも誤算が。わたしの渡した一万円札は手付かずだった。どうりで酔っていないはずだ。それに借金など1円もないどころか、数百万円の貯金があった。もうわたしを縛り付けないでくれ。




 何とかアルバイトを見つけ、高校生活を乗り切る目処が立った。2年生のころ、買い物の最中にスカウトされた。父の言葉がよぎるが、その父はもういない。飛び込んでみることにした。


 事務所に所属し、都内に住居と食事が確保してもらえるようになった。その恩に報いるために、歌と踊りのレッスンに懸命に取り組んだ。


 間もなく、5人組のアイドルグループを結成した。このグループをもっと素晴らしいものにしたいと全力で打ち込んだ。もうわたしにはこれしか、いや、初めから何もないわたしにできることなんて、これだけなのだ。そんなわたしの足を引っ張るやつはいらない。父と同じだ。消えてしまえばいい。気が付くと他のメンバーはついて来られず辞めてしまい、わたしは一人になった。


 何の活動実績もなく、3年生を終えようというころ、事務所に新人が入って来るという。わたしの足を引っ張るやつはいらない、そう思っていた。


「唐雛セイナです。よろしくお願いします」


 わたしが足を引っ張ってはいけない。そう思えるほど、彼女のすべてが眩しかった。この子となら、どこまででも登っていける。



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