不退転の炎 2
じっと、拳銃を構えた風見へと近づく。彼女は引き金を絞ろうとはしないどころか、照準を定めようともしなかった。
それはかごめにとって、予想の範疇だった。
風見は、自分に聞きたいことがあるはずだから。
大丈夫、冷静にいけ。
鶴姫がこちらについてくれたおかげで、状況は五分だ。
「鶴姫はどうしたの」余裕さを演じる微笑と共に、風見が先に口を開いた。
やっぱりそうだ。風見は、鶴姫のことが気になって仕方がないのだ。
それが、スペアとして彼女を必要としているのか、愛弟子として、一人の人間として彼女を必要としているのかは、かごめには判断がつかなかった。
出来れば前者のほうが良かったが、そもそもそんなことは知りたくもない。知れば、肝心なときに覚悟が鈍りそうだから。
「それを知りたいのなら、先に私の質問に答えなさい」
かごめが、低く、冷静さを損なわないままの口調で命じたのが気に入らなかったのか、風見は素早く拳銃を構えた。
「貴方、自分が今どういう立場なのか、分かっていないの?」
「そっちこそ、鶴姫がどうなってもいいの?」
意味深に、先ほどまで白雪がいた場所へと視線をやる。すでに彼女はどこかに隠れているため、この場にはいないふうに二人には見えただろう。
かごめの視線の先を追った風見は、憎らしそうに舌打ちをすると、長篠に耳打ちした。やがて、長篠はおずおずとその場を去る。
おおかた、消えた白雪の行方でも探しに行かせたのだろうが、見当違いだ。まだ彼女はその辺にいるのだから。
探すあてもないのに貴重な戦力を割いたことを考えると、やはり風見は冷静ではない。あるいは、何よりも鶴姫が大事ということになるだろう。
風見はわざとらしくため息を吐くと、「いいわ。冥土の土産に何でも聞いて頂戴」と両手を開き、芝居がかった口調で言ってのけた。
冥土の土産、なんて言葉を現実で言われることになるとは、さすがのかごめも思ってもみなかった。
一つ、深く息を吸い込む。棒などで何かを叩く際に、振りかぶることに近い動作だ。
「風見千代。どうして、あの怪物を殺さないの」
「何かと思えば…。殺さないのではなくて、殺せないの」
下らない質問に嫌気が差したように、「銃弾だって効かないのよ?」と彼女は首を竦めたが、かごめは間髪入れずに言葉を重ねる。
「殺せるかもしれない方法を、アンタは耳にしたはずよ」
「殺せるかもしれない…?」風見は何かを考え込むように、眉をひそめた。しかしながら、数秒もしてまた涼しい顔に戻ると、「残念ね、心当たりがないわ」と言った。
その返しに、かごめの中の炎が一気に燃え上がった。この建物を囲んでいる大きな炎よりも赤く、強い怒りの炎だ。
「まさか、覚えていないの…?」
今すぐにでも怒鳴りつけ、飛びかかりたい衝動に駆られたが、なんとか自制し話を変える。
「なら、質問の仕方を変えるわ。今から十年ほど前、この村を訪れていた宍戸という男を覚えているわね」
直後、細められていた風見の瞳がゆっくりと見開かれた。そこには、高速で何かを計算しているきらめきがあった。
そんなふうに、覚えがあるのは明確だったにも関わらず、風見は見間違えかと思えるほどの小さい動きで首を振る。
「さあ、いたかしら。そんな客人」
「とぼけるのはいい加減にして!」
かごめが強く言い放つと、何が面白いのか、喉を鳴らして発言を撤回する。
「あら、そんなに怒らないでほしいわ、冗談じゃない?ええ、覚えているわ。妙な男だった…。記録でも残っていたのかしら?彼の持ち物は念入りに処分しておけと山ノ瀬には言っておいたのだけれど…」
さらりと、その男を始末したことを認めた風見に、我慢がならなくなってかごめは叫んだ。
「アンタたちは…!そんな身勝手で、どれだけの犠牲を積み上げてきたの!?」
「まさか、そんなどうでもいい話をするために、彼の話をしたの?」
「風見!」
一歩強く足を踏み出す。しかし、殺意の込められた銃口が向けられて、かごめは動きを止めた。
命の危機にさらされると、水を与えられていない花のように弱々しく萎む自分の気概を情けなく思う。その一方で、そうした冷静さを評価する余裕はあった。
感情に飲まれるメリットなんて、数えるほどもない。
大事なときほど、氷のようなクールさを保て。
ここで死んでは、それこそ無駄死にだ。
私も、『彼』も。
「馬鹿馬鹿しい。何度も言わせないで。この村に住む五十人単位の人間の命を、そんなわけの分からない余所者の戯言のために、危険にさらせると本気で思っているの?」
「一考の余地はあったはずよ!」
「ない」ぴしゃりと言い放つ風見。「そもそも、村の人間と天秤にかけること自体ナンセンスなのよ」
「仮に彼はそうであっても…!今まで人柱として犠牲にしてきた人たちは、そうじゃなかったはずでしょうが!」
「貴方、気は確か?」
風見は嘲りに満ちた表情でそう告げると、大仰に両手を広げて、紅に染まったままの天を仰いだ。それから、舞台上で女優がするかのような口調で語った。
「彼ら彼女ら――失礼、お前たちのような不運な連中は、そもそも、死ぬために生まれ、生きながらえてきた、生命としてはほとほと出来損ないの命でしょうが!
まだ分からないの?お前たちは、豚小屋で生まれた豚と同じなの、家畜なのよ、所詮は。
それで?家畜が食われるために、役割を果たすために死ぬことを、おかしいと考える人間がいる?ははっ、いるわけがないでしょう。
哀れむことはあるかもしれない、でもそれだけ。何故なら、今後も家畜は半永久的に生み出され続けるからよ。そんなものに、いちいち本気で同情していたらキリがないのよ!」
かごめは、それを聞いて唖然とすることもなかった。
怒りは確かに感じていた。それも、先ほどの何倍もの熱量で、己の胸の内を焦がす怒りを。
しかしながら、それでいて奇妙な安堵も感じていた。
良かった、とすら口の中で呟く。
「狂ってる」かごめは、ぼんやりとした感想のように零した。
「承知の上よ。狂ってでもいなければ、こんな大任は果たせないでしょう」
どこまでも自分を正当化する風見の言葉も、かごめは半分以上、聞き流していた。
良かった。正しかったんだ。
彼の、あの人の考えていたことは。
風見はまだ、あの方法を試していないということも。
村の中枢を取り仕切っていた連中が、もうどうにもならないところまで毒されているということも。
毒を喰らわば、皿まで…か。分かりやすい。
これで、何の遠慮もなく叩き潰せる。
かごめは、気合を入れる意味も込めて、大きく鼻息を漏らした。呆れている、というのを分かりやすく表現する仕草だ。
「本当、アンタが分かりやすい悪党で助かるわ」
風見に真実を伝えようかとも思っていたものの、今では、すっかりその気はかごめの中から失せていた。そんなことをしても、彼女を喜ばせるだけだと予想出来たからだ。
怪訝な表情をした風見が何かを口にする前に、かごめは早口で言葉を紡いだ。そうしながら、全神経を炎の先に向けていた。
フェンスの向こうで、燃え盛る紅蓮。
そのさらに先で、ゆらりと白い影が姿を見せた。
白い陽炎のような、不気味な動きだった。
「私が建物を火で囲んだりして、目立つような真似をしたのはどうしてか、まだ分からないの?風見千代」
風見が、かごめの言葉を聞き、それから視線の先を辿り慌てて背後を振り返った。
火炎により変形したフェンスの隙間から、そろそろ見慣れてきた強靭な腕が伸びてきて、その隙間をこじ開ける。
「あ、貴方こそ、狂ってるんじゃないの…!?」
「はっ、褒め言葉として受け取っておくわ」
怪物が、凄まじい咆哮を上げる。
大気が震え、地が揺れる。
足が震え、覚悟が揺らぐ。
だが、それでも今回は、思ったよりも気持ちに余裕があった。理由は分かっている。
――そう、私は、逃げるのは得意なのだ。
「さあ、鬼ごっこの始まりよ…。どっちが先に捕まってミンチにされるか、命をチップに大勝負といきましょうか!」




