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かごめの詩  作者: an-coromochi
六章 紐解かれる厄災
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不退転の炎 1

 目の前で上がる火柱が、想像していたよりもずっと大きく、勢いも強くて、かごめは引きつった笑いを浮かべずにはいられなかった。


「やば…」


 屠殺場の敷地をぐるりと囲むように燃え上がる炎から、素早く身を離したかごめは、少しの間じっと立ち止まって炎を見つめていた。


 やがて、ぼうっとしている場合ではないことを思い出し、念のために水を頭から被って、建物の中に突入する。


 シャツやズボンはおろか、下着まで一瞬で濡れてしまい、そのじっとりとした不快感に、かごめは小さく肩を震わせた。


 しかしながら、そんな不快感も、屠殺場の中に広がるおぞましい光景の前には、取るに足らないもののように一瞬で忘れられた。


 あちらこちらに転がる、頭や胴体のない死体。

 全部、あの怪物がやったのだろう。


 おそらくは、屠殺場に避難していたほとんどの人間が物言わぬ肉塊と化している。


 外が夕日の光すら飲み込む炎に照らされて、赤々と輝いているのを窓越しに確認する。


「やりすぎたかな…。いや、仕方がないわよね」


 多少は考えてガソリンを撒いたので、すぐに避難経路がなくなることはないだろうが、それも時間の問題だ。


 せっかく白雪を助け出しても、仲良く骨まで灰になってしまっては何の意味もない。とにかく、ここは白雪を見つけ出すことを優先しなければ。


 鶴姫に聞いた限り、屠殺場の中で安全地帯と呼べる場所は、もう片手で足りるほどになっているようだった。つまり、鍵がかかるところだけだ。


 幸い、火が回る前に白雪がいる部屋には辿り着けた。煙は規律正しい兵隊のように階段を昇ってきていたが、今すぐにどうこうなるレベルではない。


 白雪が一人になっているのを確認して、扉を開ける。鍵がかかっていないことから、すでに風見と長篠は白雪を置き去りにして逃げたようだ。


 素早く、倒れたままの白雪に近寄る。


 遠くから見て分かっていたことだが、息は確かにある。ただ、椅子にくくり付けられたまま横倒しになっていて、自分では立ち上がることが出来ない様子だった。


 片手だけロープの締りが緩かったのか、そちらでもう片方の手を抜こうと必死になっているところに、無言でかごめが近寄ったものだから、白雪は当然ながら、驚いたような目つきでかごめを見つめた。


「かごめちゃん…?」どうしてそんなに不思議そうなのか、謎である。


「遅くなったわね。風見たちは?」

「え、あ、外に出て行ったみたい。ついさっきだけど」

「そう、入れ違いになったのかもね」


 適当な相槌を打ちながら、白雪の手に食い込んだロープを解く。彼女の白い手首に青紫の痣が残っていることが、酷く不愉快だった。


 風見千代…。これまでの落とし前はつけさせてやる。


 何か物言いたげにしている白雪とあえて目を合わせず、彼女の手を引き脱兎の勢いで部屋の外に出る。


 すでに黒い煙は三階部分にまで来ており、階段を使って降りることは少々危険に思えた。


「か、かごめちゃん。どうして来てくれたの…?」


 非常階段へと通じるドアの取手に手をかけたところで、白雪が我慢できなくなった様子で尋ねた。


 ドアを開け、周囲の状況を確認しながら外に出る。


 彼女と話すにしても、少し落ち着いてからだ。まあ、この後のことを考えたら、そんな暇はないかもしれないが。


 よし、やはりここはまだ火の手が遠い。敷地をぐるりと囲むように燃えている炎のせいで煙たいが、体に影響のあるほどではない。


 立ち止まり、白雪のほうを振り返る。


「馬鹿なこと聞かないの」深刻そうに、眉間に皺を刻んでいる彼女の額を指で弾く。「痛っ」


「全く…。約束、勝手に破らないでよ」


 その言葉に、白雪の目が丸く見開かれる。


「地獄の底まで、一緒に来てくれるんでしょ?」

「…うん」


 ようやく彼女の表情に光が戻った。


 頬は腫れているし、艷やかだった唇は血で薄く色づいている。幸い、足の健のほうは無事なようだが、ふくらはぎあたりには痛々しい包帯が巻かれていた。


 怖い思いをしたに違いない。かごめが顔色を曇らせていると、発砲音と同時に、近くの手すりにオレンジ色の閃光が走った。


「きゃ」白雪の短い悲鳴。


 咄嗟に身を屈めながら、下を見やる。するとそこには、予想通りというか何というか、憎悪のこもった顔つきでこちらを見上げると風見と、罪悪感で蒼白になっている長篠の姿があった。風見の手には拳銃が握られている。


「性悪女のお出ましね」とどこか愉快そうにかごめは呟いた。「白雪、走れる?」


 白雪は一瞬躊躇した様子で頷いたが、引きずるようにして自分に寄ってくる姿から考えるに、走るのは難しそうだった。


「無理そうね…。白雪、下に下りるまでは頑張れる?」

「う、うん。でも、その後はどうするの?」


「そしたら、白雪はアイツが来るまでどこかに隠れていて。出来るだけ、煙は吸わないような場所によ」

「アイツって…、まさか」


 こくり、と頷きながらも、階段を素早く下りる。

 身を屈め、手すりを盾に進めば、そう簡単には当たる距離ではない。それに、あちらだって弾が無尽蔵にあるわけではないのだ、無駄撃ちは避けたいはずである。


 案の定、風見は二人が地面に下りてくるまで一発も弾丸を放たなかった。不意を突くことも出来なければ、無駄だと察したのだろう。


 白雪を自分の後方に押しやりながら、小さな声で続きを伝える。


「アイツが餌に食いついたら、ばあちゃんの家の近くにあった社に向かって」

「社って、あの、地蔵みたいなのがあるところ?」

「ええ、そこに鶴姫がいるから」


 話の大筋は理解できていないようだったが、この際、それはどうでもいい。彼女も同じ気持ちだったのだろう、「そんなことより…」、と前置きしてから続けてくる。


「かごめちゃんは?かごめちゃんは、どうするの」


 その問いに答える前に、かごめはくるりと背を向け、風見たちに向き直った。


 ご丁寧にこちらの話が終わるのを待っていてくれているのが、どこかシュールだ。


 かごめは、白雪のほうは決して振り返らずにこう答えた。


「カッコつける…けど…。まぁ、今回は見てなくていいからさ」

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


読んでいて疑問に思った点、もっとこうしたほうが読みやすい、などありましたら

是非、お申し付けください!


評価やブックマーク、感想をくださっている皆さんに力を貰っております。


いつも本当にありがとうございます。


また、そうではない方々も貴重なお時間を使っていただいて、ありがとうございます。

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