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かごめの詩  作者: an-coromochi
六章 紐解かれる厄災
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異常と正常 2

 風見は、しっかりと自分に向けられた銃口を見下ろし、冷ややかなため息を吐いた。


 ぞっとする吐息だ。やはりどこか、狼じみた狡猾さと残忍さがある。


 彼女が、一瞬だけ息を止めたように思えた。そのまま、滑らかな動きで羽織っていたジャケットの内ポケットに手を入れる。


 手のひらサイズの死神の鎌が、窓から入ってくる夕日に反射して、黒く輝いた。


 ――拳銃だ。


 かごめがそう認識するのと、ほぼ同時に銃声が鳴った。


 彼女の胸部を貫くはずだった弾丸は、咄嗟にかごめを押し倒した鶴姫のおかげで、木の壁にめり込んだだけで済んだ。


「かごめちゃん!」白雪の絶叫に似た悲鳴が聞こえる。


 かごめは、殺されかけた、ということに今更ながらに気が付いて、反射的にデスクの影から顔を上げて立ち上がろうとした。


「ばかごめ!」


 強い力で勢い良く頭を押さえつけられる。自分を揶揄する鶴姫の言葉など、気にする暇もない。頭の上を鉛玉が通過したからだ。


「ひっ」

「銃を向けられてるのに、何でそんなに軽率なわけ?子鹿だって、まだまともな動きするよ!」

「…私は子鹿以下ね」


 確かに鶴姫がいなかったら、今頃は脳味噌のゼリーを垂れ流して、木板を棺桶に眠りについているところだろう。ただ、だからといって、こちらだって銃口を向けられるような経験はほとんどないのだから、仕方がないと思う。もちろん、迂闊ではあった。


「私もね、片方は殺さなくていいのよ?ねえ、どちらか出てきなさい。そしたら、そっちは助けてあげるわ」


 テーブルの向こうで告げられる言葉には、嘲るような調子が含まれていた。どうせ、出てきたほうを撃ち殺すつもりだろう。

 その後は、残ったほうを動けなくして、人柱にするつもりなのだ。


「つくづく良い趣味ね、本当」ぼそりとかごめが呟く。

「出たら駄目だよ、かごめ」

「言われなくても、分かってるわよ」


 数十秒ほど経つと、風見は面白くなさそうに舌を打った。醜いやり取りが見られなくて、期待はずれだったのかもしれない。


「それじゃあ、こっちから行くわよ」


 コツコツ、と床の上を風見の靴の踵が叩く音が聞こえる。


「やめて!」再び、白雪の悲鳴。

「黙っていなさい。貴方の処遇はまた後で決めるわ」


 このままでは、不味い。


 かごめは、鶴姫の持った銃に目を落としながら、小さな声で呼びかける。


「鶴姫、このままじゃ殺されるわよ…!」

「分かってるよ!」思わず、耳を塞ぎたくなる声で鶴姫が答える。「…何が言いたいかも、分かってるもん…」


 その苦渋に満ちた瞳につられて、かごめも眉をひそめた。


 やはり、鶴姫には無理だ。紛いなりにも、風見と鶴姫は親しい間柄だったのだ。

 こんな閉ざされた村で鶴姫は、きっと風見のことを姉のように慕っていたに違いない。いや、先生のように、といったほうが適切か。


 慕っていた風見から、裏切られるようにして切り捨てられて、今では殺されかけている。スペア、という発言も、今にして思えば彼女を追い詰めることになってしまっていただろう。


 やはり、上手く扱えるかは分からないが、ここは私が…。


 覚悟を決めて鶴姫にそう伝えようとしていたところで、不意に、鶴姫がかごめの手を掴んで、デスクの影から飛び出した。


 ちょっと、と抗議の声を上げる間もなく、二人の体は黒い凶暴の前にさらされる。


 意外なことに、風見はすぐには引き金を絞らなかった。


 それは、自分の眼前に真っ直ぐ構えられた二連式の銃口のせいかもしれないし、自分を慕っていた少女が、意を決した様子で立ちはだかっていたからかもしれない。


 風見が何かを言おうと口を開いた。しかし、何も言わずに口をつぐんだ。その姿は、相手の言葉を待っているようにも見えた。


 だが、鶴姫のほうもそれは同じで、一言も声を発さなかった。発せなかった、というほうが正しいのか。


 やがて、風見がため息混じりに口を開いた。今回は、弾丸を放った直前の吐息とは違って、冷酷さは感じられなかった。


「せっかく、手塩にかけて育ててあげたのに…」初めて、彼女のポーカーフェイスに変化があった。「私よりも、そんな出来損ないを選ぶのね」


 一瞬、鶴姫が言葉に詰まる気配が感じられた、だが、彼女はそのまま黙るような真似はせず、急かされたように言う。


「で、でも、こんなやり方、間違ってます…!」


「貴方はまだ子どもだから、そんなことが言えるの。こんな家に生まれた以上、私たちだけが役目を放棄するようなこと、許されると思うの?」

「でも…」

「また、『でも』?」忌々しげに首を振った彼女が続ける。「私の親族も、同じようにして人柱になっているのよ?責任を全うしたの。先人たちに申し訳ないと思わないの?ねえ、分かる?」


「わ、分かるけどぉ!」

「じゃあ、どきなさい!」


 風見の顔が怒りで染まるのを、かごめは鶴姫の小さな背中の陰から、目を細めて見ていた。


 この短い会話の中だけで、風見千代という人間の印象ががらりと変わった。


 最初は、葬儀役という使命を果たすためなら、どんな手段も厭わない、冷血な女だと思っていた。しかし、こんな状況になっても鶴姫と言葉を交わすことを選んだのは、彼女を始末するのに躊躇や未練があるからだろう。


 ただ、それは鶴姫も同じだった。


 自分の目的や保身を思うのであれば、お互い、今すぐにトリガーを引くべきだ。

 そうしない、あるいは、そう出来ないのは、甘さや弱さというものとは違う問題な気がする。


 どけ、と命じられても動こうとしない鶴姫からこちらに視線を移した風見は、呪い殺そうとしているかのように、殺気立った目つきになった。


「そもそも、その出来損ないさえ人柱に出来れば、終わる話なのよ!そいつがあの夜、勝手なことをしなければ…!」


 勝手なこと…、そうだ、あの夜、薬を飲まずに外に出ていたから…。

 あれ?私はどうして、外に出たんだっけ。


 ふと、かごめが目の前の現実から、頭の中に意識の焦点を向けた刹那、風見の瞳がわずかに細められた。


 彼女は何の前触れもなく片手を上げて、ぼうっとしているかごめへと銃口を向けた。


「かごめちゃん!」


 銃声が鳴る。混じって聞こえた白雪の声は、背後のガラスが割れる音と共に消えていく。

 銃弾が窓に直撃したのだ。これまた本当ならば、自分の体に穴を穿つはずだった弾丸だ。


 反射的に目をつむり、体を縮こまらせていたかごめが再び目を開くと、白雪が拳銃を持った風見の腕にしがみついているところであった。


「離しなさい!」


 怒鳴りつけ、白雪の腕を振り払わんとする風見だったが、必死の力で組み付いている白雪はなかなか振りほどけない。


「行って!」白雪が、そう叫んだ。彼女の視線は自分にではなく、鶴姫に向けられているように思えた。「早く!」


 行けるわけがない、と口にしかけたところで、くるりと振り返った鶴姫に体を突き飛ばされて、窓際に押しやられてしまう。


「ま、待って」

「いいから、行くの!」

「行けるわけがないじゃないっ!」


 今度こそ、声に出すことが出来た。しかし、遠慮なく自分を窓の向こう側に突き落とそうという鶴姫の力と、ようやく白雪を振り払うことに成功した風見が構えた銃口とに負けて、窓枠を乗り越えてしまう。


 ほとんど落下に近い動きで、真下の渇いた地面に叩きつけられる。


 思ったよりも、高さがあった。そのせいで、一瞬とはいえ呼吸をするのが難しくなった。


「痛っ、あっ…」


 落ちた拍子に、ポケットの中に入れていたICレコーダーが地面の上を滑っていった。


 何の役にも立たないのだから、今更、拾うまでもないか、とかごめが落下のショックで上の空になっていたとき、壊れていたはずのレコーダーからノイズが鳴った。



後書きまで目を通していただいている方々、いつもお世話様です。


拙い作品をご覧になって頂いてありがとうございます。


さらにご意見・ご感想、ブックマークや評価をして頂けている方、

いっそうの感謝を申し上げます!


今後とも、よろしくお願い致します!


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