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かごめの詩  作者: an-coromochi
五章 再燃する魂
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手がかりを探して

 村の集会所となっている山ノ瀬の家には、何の問題もなく到着することが出来た。幸い、目無し女にも、白い怪物にも襲われていない。それから、人間にも。


 山ノ瀬家の大きな門をくぐりながら、ふと、かごめは思った。


 再び村人たちに襲われたら、私は抵抗出来るだろうか。


 ここでいう抵抗は、屠殺場でしてみせたみたいに、相手を脅したり、拘束を解くために暴れまわったりすることではない。


 人を殺す覚悟が、今の自分にあるのか。


 知りたいことはそれだけだった。なのに、その短い問いに対する答えを、かごめは持ち合わせていなかった。


 先に建物の中に入った、白いワンピース姿の白雪の背中をじっと見つめる。その視線に気が付いたかのようにくるりと反転して小首を傾げる彼女に、こちらも曖昧な苦笑で応じる。


 少なくとも、彼女にはそれがあるのだろう。


 そうでなければ、我が身を犠牲にして(結果的にはならなかったが)怪物を呼び込むことも、カッターの刃を赤く濡らすこともなかっただろうから。


 白雪が覚悟を示したのだから、自分も――という簡単な話ではない。気持ちだけはそうでありたいと息巻いているのだが、自分の表層を覆っている理性がそれを拒んでいた。


 行き詰まった思考を切り替えるために、白雪の肩に手を置いて声をかける。想像以上に細い肩に内心でドキリとする。


「蔵書室の場所なら、私が覚えているわ。行くわよ」

「うん」小走りでかごめとの距離を詰めた白雪が、高い天井を感心したように見上げて言う。「大きくて、立派な建物だね…。こんなところに住んでたんだ、村長さん」


「そうね。お墓も立派になって、一石二鳥」

「…かごめちゃん」


 若干、責めるような口調でかごめの名を呼ぶ白雪。かごめはそれを耳にして、バツが悪そうにうなじをかいた。


「あー、悪かったわよ。でも、しょうがないじゃない。いつもの癖で言っちゃうんだから」

「そっか、じゃあ、直していこうね?かごめちゃん」


 図太いのかなんなのか、混ざり気のない笑顔をこちらに向けた白雪は、また小走りでかごめのそばに寄って来た。


 これは敵わないな、と肩を竦めて、蔵書室への道を進んだ。


 蔵書室の薄暗さが目に優しい。

 日光で本が痛むのを避けてか、窓際の机があるところ以外には、陽は差していない。


 以前にもここを訪れたはずだが、どうしてか、かごめの目にはまた違って見えた。よくよく考えてみれば、前回は明確な目的もなくここを訪れたのだ。


 どんな本を探せばいいかも分からなければ、膨大な量の本も、重要な真実を覆う霧となる。


 かごめは白雪に、道祖伸、巫女、月野瀬、葬儀役、といった具体的なキーワードを伝え、それを目途に探してみるように頼んだ。


 当然ながら、意味は分かっていないようだったが、彼女は頷いてくれた。


 そうして本の隙間を縫って、どれくらいの時間が経っただろうか。


 いくら両手で足りる数の本棚しかないとは言っても、気になった本をいちいち開いて確認していれば、結構な時間を要する作業となった。


 民間伝承の本もあるにはあったのだが、この村と関わりのないものばかり。そうして調べていない本棚の数が少なくなるにつれて、このまま何も手がかりが見つからないのではないか、と不安になった。


 白雪も同じ気持ちではないか。

 そう考えて、彼女のほうを横目で確認したのだが、白雪は淡々と機械のように本を開き、文字を目でなぞり、確認済みとそうではないものに分けていく工程で忙しそうだった。


 さすがは大手企業に勤めているだけはある。能率的に作業を行い、余計なことは考えず、集中するときは集中する、というわけだ。


 しかしそれならば、余計なことを考えるのは自分の役目となる。


 ここ以外に情報を残すとすれば、どこになるだろう?


 真っ先に思いついたのは、どこにあるかも分からない、葬儀役の風見の家だ。こんなときに鶴姫さえいれば、有効な手段となったのだろうが、今はそうもいかない。


 次に、祖母の家だが、あそこも可能性は低い。今ではゲストハウスのような形で使われているのだから、そんなところに怪しい情報を残すはずもない。


 そうなれば白羽の矢が立つのは、やっぱりここだ。何の権力も持たない人間が、これだけ大規模な建築物の上に住めるとは思えない。


 ふと、かごめの頭に山ノ瀬の私室のことが思い出された。


 彼の妻と娘の血で染まった木目の床。

 権力者がふんぞり返るためにデザインされたとしか思えない、リクライニングチェア。

 少し禿げた頭に、冷徹な表情を浮かべていた山ノ瀬。

 そして、その背後に設えられた、床から壁まで伸びる巨大な本棚。


 あそこならば、もしや。


 かごめは早足で蔵書室から出る扉に向かった。そこで、白雪に声をかけられる。


「かごめちゃん?どこに行くの?」

「村長の私室。あそこにも本棚があったから」一度そこで振り返り、白雪の美しい顔立ちを見つめながら念を押す。「何かあったら、すぐに呼びなよ」


「うん。私もある程度片づけたら、そっちに行くね」と私室の場所を尋ねた白雪は、すぐに視線を本に戻した。


 てっきり、自分もついて行くと言われるかと思ったが…。


 かごめはそこまで考えて、これではまるで、白雪にそう言って欲しかったみたいだ、と軽く唇を結んだ。


 真っ直ぐ山ノ瀬の私室へと向かう。扉を開けた先には、忘れかけていた凄惨な光景が広がっていて、一瞬、心臓がドクン、と跳ねた。


 だが、それも所詮は一瞬だ。一瞬になってしまった。


 しかも、デスクの上にうつ伏せになって血溜まりを作っている新たな遺体が、一つ増えているにも関わらず、だ。


「…やっぱり、後を追ったのね」無意識のうちに呟きが漏れる。


 感傷的になっても仕方がない。そもそも、こうなると分かっていて、私は彼を置いて行ったのだから。


 戦うことを選ばなかった人々。彼らの亡骸を、白雪の目にはさらしたくなかった。


 彼女がやって来る前に、大体のところを調べてしまっておこう。


 かごめは、ぐったりと燃え尽きている山ノ瀬の背中側に移動した。遺体の真横に立った辺りで、血の滴っている彼の腕と手の先に、一本の銀のナイフが落ちているのが見えた。


 おもむろにそれを拾い上げて、鶴姫に用立ててもらったバックに入れる。武器は少ないよりも多いほうがいい。


 そうして、かごめは本棚を仰ぐようにして見上げ、作業に取り掛かった。


 背表紙に書かれた文字を目で追い始めて、わずか2、3分が経過したあたりで、思わず、「あっ」と声を上げてしまう一冊が見つかった。


 飛びつくように手にした一冊のハードカバーには、『籠目村祭儀禄』と銘打たれていた。


 まさに、探していた情報がありそうな本ではないか、と期待を胸に、急かされるように本を開いた。


 小難しいところ、無関係そうな箇所は読み飛ばし、重要そうな情報だけをピックアップする。

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