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かごめの詩  作者: an-coromochi
五章 再燃する魂
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白いワンピース

 こんなことが前もあったな、と白雪の着替えを待っている間、かごめは階段に腰を下ろして考えていた。


 その記憶が鶴姫とのものだったことを思い出し、かごめはそっとため息を吐く。


 迂闊だったのだ。風見を盲信しているのは、火を見るよりも明らかっだったのに、心のどこかで、鶴姫が自分たちの味方をしてくれると期待してしまっていた。


 自分の見通しの甘さが、あのような混乱を招いたのだ。


 かごめの中の一番の後悔は、決して人が大勢死ぬ原因を作り出してしまったことではない。

 責任は、ろくに話し合いの場も設けなかった風見たち、村人側にある。


 鶴姫の、パニック寸前になっていた声と表情が思い起こされる。


 …幼い彼女を、無闇やたらに責めてしまった。あのときの鶴姫に、ああする以外の選択肢などなかったのは、分かりきっているのに。


 鶴姫は、ちゃんと生きているだろうか。


 風見には気に入られているようだったので、無事だと信じたい。風見の言葉を借りれば、自分のような『出来損ない』とは違うのだから――。


 ふと、かごめは風見の言った言葉の違和感に気付いた。


 あのときは、村人たちから不意の襲撃を受けて、それどころではなかったためピンと来なかったが、今にして思えば、あれは同じ月野瀬姓である鶴姫と対比されたものではないのだろうか。


 もちろん、だからなんだという話ではあるが…。


 もう一度ため息を吐いて、無理やり思考を切り替える。


 かごめは素早く立ち上がると、自分たちが寝泊まりしていた部屋の扉の前に立ってノックした。


 先ほど中を覗いたところ、見るに耐えないほどに変形した中年女性の遺体が部屋の隅に転がっていた。自分を囮にしようとしたことは許せないが、さすがに哀れみの念は禁じ得なかった。


 遺体にシーツをかけたかごめは、違う部屋で着替えるよう白雪に勧めたのだが、彼女が別にここでも構わない、と不思議そうに答えたため、渋面を作って部屋を後にしていた。


「白雪、まだかかる?」

「あ、うん。ごめんね?」返答と同時に、扉が少しだけ開かれる。「ちょっと、迷っちゃって…」


 こんなことで迷わないでよ、という解答が浮かんだのは一瞬。すぐに、脱いだパジャマで自分の下着姿を隠している白雪の青白い肩に目線が吸い寄せられて、言葉は塵と消える。


「え、ええ…。いいのよ、ゆっくりしてて」

「ごめんね、すぐ終わるから」


 白雪はそう言って、再び部屋に消えた。


 かごめは閉じられた扉の前に立ったまま、ぼうっと立ちすくんでいたのだが、やがて、自分以外誰にも聞こえない声で、「あんな格好で出て来ないでよ」と顔を赤らめて呟くと、何かを誤魔化すかのようにズボンのポケットに手を突っ込んだ。


 呼んでもいないのに、脳裏に鮮明に蘇る白い肌。


 それに頭の中だけで指先を伸ばしていたかごめは、自分の本当の指先が捉えたものに意識を呼び戻される。


 細く、冷たい感触を掴み出す。


「あ、これ…」


 それは、村長の屋敷にてかごめが手に入れたICレコーダーであった。メモ書きと共にポケットに入れていたのを、すっかり忘れていた。


 電池が切れているだけなら、どこかで手に入れればと思って持ってきていたが、普通の民家なら単三電池ぐらいはどこかにあるだろう。


 少し探してみようか、と一階に下りたかごめだったが、すぐに電池は見つかった。

 台所の引き出しに無造作に入れてあったので、幸いなことに、身内の無残な骸を目の当たりにすることは避けられた。


 手に入れた電池をICレコーダーに挿入する。

 どこで操作するのだろう、と適当にボタンを押すも、反応がない。やはり、壊れているようだ。


 諦めて、着替え中の白雪の元へと戻る。ちょうど部屋の前に立ったタイミングで扉が開かれて、お互いに驚いた顔つきになる。


「…え、と」


 昨日着ていた白いワンピースだ。よりにもよって一番動きづらそうなのを、と思えたのも束の間で、すぐに彼女の可憐さに目を奪われる。


 名前通りの、白い頬。

 夜を吸い込んだような黒目と、まつ毛、長髪。

 少しタレ目気味で、間抜けに見えるのも、今となっては魅力に感じられる。


 白雪を言葉なく見つめていたかごめに、頬を紅潮させて彼女が呟く。


「あ、あんまり見ないで…」

「え?」

「寝起きのままで逃げ出したから、お化粧も出来てないし」


 本当はしたかったんだけど、と小声になりながら自信なさげに告げるところも、またいじらしく思えて、慌ててかごめはフォローする。


「白雪は…そ、そのままでも十分可愛いでしょ」


 黒い瞳が、大きく見開かれる。


「本当?」

「本当よ、そんな意味のない嘘、私が吐くと思う?」


 白雪が、小さく首を振って答える。それを見届けたかごめは、「でしょ?」と何故か誇らしげに頷いてみせた。


「嬉しい」雪原の薔薇が、ゆっくりと花開いた。「かごめちゃん、ありがとう」


 その口元の動きに釘付けになっていたかごめは、一拍遅れて、ブリキの人形みたいに首を縦に振った。


「べ、別に、本当のこと言っただけだから…」


 横目で確認した白雪の表情が、すでに火のくべられていたかごめの心を、一際強く燃やした。


 こんなときに、何を考えているのか。


 生死の境に、いや、どちらかというと『死』のほうに片足突っ込んでいるというのに、白雪の度重なる輝きに胸が熱くなってしまっている。


 不意に、昔、本で読んだことを思い出した。


 生き物は、死を強く感じるほどに、種の保存の本能を強くするのだと。


 馬鹿馬鹿しい。大体、同性同士で種の保存もなにもあったのものではないではないか。


 この胸の昂りに、そうした自分以外の何かが混じり込んできている、というのは、かごめにとって到底認められるものではなかった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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