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かごめの詩  作者: an-coromochi
五章 再燃する魂
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籠女

 左右を森に囲まれた小径を、かごめと白雪は警戒を保ったままで進んでいた。


 おそらく、まだあの怪物は屠殺場で血の饗宴を楽しんでいるだろうが、警戒するにこしたことはない。


 黙々と十分程歩いていると、林道の脇に古びた木造の小屋が見えた。小屋、というよりは百葉箱に近い。その前には、ぽつんと人の形をした石が置いてあった。


 なんだろう、と遠目から観察していたかごめは、近づくにつれてその正体に見当がついた。白雪が自分の名前を呼んでいるのも気にせず、小走りで石像に駆け寄る。


「やっぱり」とかごめは、石像の前に膝を付きながら呟いた。


「どうしたの?」

「道祖神よ。叔母さんの家の脇にもあったと思うけれど…」


 白雪は覚えていないだろうと勝手に考えていたが、意外なことに彼女も軽く頷き、「そういえば、そんなのもあったね」と言った。


 あまり興味の無さそうな白雪を意識の外に弾き飛ばして、かごめはじっくりとその道祖神を象った石像を観察する。


 石独特のざらつきを手でなぞる限り、道祖神は女性を象っているものらしい。日本の神らしく、和装だ。


 苔生しているわけではないが、砂の塊が付着していたり、一部が欠けていたりと、完全な造形が一見して分からなかった。


 しかし、何度か手で砂を払っているうちに、段々とその全容が見え始める。


「あの、かごめちゃん。どうしたの?早く行ったほうがいいんじゃ…?」

「ごめん、待って」


 やんわりと急かしてくる白雪に短くそう伝えると、彼女は静かにかごめの隣に腰を下ろした。


 ふわりと漂ってくる甘い香りに思考がかき乱されそうになるも、道祖神が示す手がかりの断片が、再びかごめの意識を集中状態に呼び戻す。


「どういうこと…?」


 かごめの視線と指の先は、道祖神の顔に当てられていた。正確には、その両目にだ。


 石でできた女性の像は、両目が彫り込まれていなかった。その代わりに、目隠しのようなものがある。


「これだよ、これなの、白雪」顔を真横に向けながら、かごめは興奮で息を荒くしながら続ける。「この像、目無し女だ!」


 しかし、その言葉に反応するものは誰もいない。


 自分の隣にいたはずの白雪は、いつの間にかいなくなっていた。


「白雪…?」


 辺りの様子を窺っても、どこにも彼女はいなかった。ただ、この周辺には死角が多い。そのため、たまたま視界の外に消えてしまっているという可能性もある。


 例えば、木々の影、斜面の先、それから小屋の向こう側…。


 ふと顔を上げた先に、小屋の扉があった。ボロボロになった観音開きの扉は、風化しているのか、元からその色なのか、くすんだ焦げ茶色をしていた。


 だが、何よりもかごめの目を引いたのは、それではない。


 扉の錠前が付いていそうな部分に、白い長方形の物体が貼り付けられていて、四隅がわずかにめくれ上がって風で揺れていた。


 ――…御札だ。


 薄汚れた白の中に、梵字らしき黒い線が書き込まれていることから、ほぼ間違いなさそうだった。


 随分と古いものなのだろう。四隅だけではなく、ところどころ破れている。その状態がまるですでに効力を失っているかのように思えて、かごめは無意識に息を飲んだ。


 父から聞いたあらゆる怪談、伝承の影響で、扉の奥に存在する何かが封じ込められている、という印象を受ける。


 だが、だとすれば、それに触れることは今の自分たちの目的に近づくことを意味するのではないか。


 このまま見て見ぬフリをすれば、不気味さから逃れることは出来るだろうが、一つのピースをこぼしてしまうかもしれない。


 もう一度、周囲を確認する。やはり、白雪の姿はない。辺りは静まり返っており、怪物の気配もなかった。


 深く息を吐き出し、心を決める。


 虎穴に入らずんば、虎子を得ず、だ。


 下手に躊躇していては、いっそう恐ろしくなるというもの。

 ここは勢いで突破するのが吉だろう。


 そう判断してから素早く立ち上がり、扉の取手を掴んだかごめは、思い切り戸を開け放った。


 かごめは、数秒の間、呼吸を忘れてしまうほどに凍りついてしまっていた。


 決して、予想だにしていない光景が広がっていたわけではない。むしろ、想像通りだった。だが、それでも彼女を襲った衝撃は軽いものではなかった。


 カビのような臭いを打ち消す、今まで嗅いだことのない悪臭。


 百葉箱の中には、白い布地で身を包んだ枯れ木が置いてあった。少なくとも、何も知らない人間が見れば、そう感じるであろう。


「本当に、一体何なのよ、ここは…」


 恐怖と不安のあまり、今すぐにでも扉をとじてしまいそうな自分を鼓舞するために、かごめは独り言にしては少し大きめの声で言った。


 彼女が目の当たりにしたものは、枯れ木でも、白い布地でもない。


 枯れ木と見間違うほどに風化――ミイラ化した、人の残骸だった。

 行儀よく、正座をしている状態のまま、永遠の眠りについている。


 布地は、あの目無し女と同じ和装が劣化したものなのだろうと予測出来るが、こちらは動き出す気配はない。


 どうやら襲ってくることはなさそうだ。ただ、見ていて気持ちの良いものでもない。かごめは早々に観察モードに思考を切り替えることにした。


 大きな特徴である、白い目隠しを装着したミイラは骨格からして、かなり年のいった女性であることは間違いなさそうだ。少なくとも、あの女よりも背中も曲がっていて、体格も小さい。


 そして、かごめが遭遇した目無し女同様、たくさんの装飾品をぶら下げていた。


 目の前に座っているのがミイラだということも忘れて、かごめは観察を続けていた。


 そのときだった。


 視界の上のほう、つまりはミイラの首から上が、わずかに動いた気がした。


 その気配に、跳ね橋のように面を上げたかごめの瞳に、木の虚のような暗闇が見えた。

 暗闇の縁がぎこちない動きで震える。


『かーごめ、かーごめ…』

「ひっ」


 そんな、馬鹿な。


 心臓が痛いほど収縮したかごめの正面で、ミイラだと思っていた物体が、確かに小さく動いていた。


 こいつも、あの化け物と、同じ――。


 鶴姫の華奢な体を押さえつける後ろ姿が、目に浮かんだ。同時に、彼女の目をえぐり出そうとしていた瞬間も。


 ぞっとする寒気が背筋を駆け上がったとき、不意に、背後から声をかけられた。


「かごめちゃん?」


 反射的に振り返ると、そこにいたのは白雪だった。どこに行っていたのかなんて、気にする余裕もない。目の前に命の危機が迫っているのだから。


「逃げて、白雪!」

「え?」

「こいつが、さっき話してた目無し女なの!」


 相手の反応を待たず、勢いよく白雪の手を引いて走り去ろうとしたのだが、どういうつもりか、白雪は自分から動こうとはしない。それどころか、抵抗する素振りすら見せていた。


「白雪!」もう一度、強く彼女の名前を呼ぶ。


 すると、白雪は困惑した顔つきでぼそりと口を開いた。


「かごめちゃん?」

「なにっ」

「その…、こいつって、このミイラのこと?」と白雪が百葉箱の中を指差した。


 分かっているなら、と声を荒げそうになる。だが、その言葉は吐き出される前に再び喉の奥へと飲み込まれた。


「え…?」


 ミイラは、今でもきちんと正座した状態で元いた場所に存在していた。まるで、初めから一歩も動いてなどいなかったように。


 訝しむような視線を向けてくる白雪に、かごめは必死に言い訳する。


「ち、違うの、今、こいつ動いたの、喋ったのよ!」

「…うん、そっかぁ」


 妙に優しい笑顔を浮かべた白雪は、明らかにこちらの言うことを信頼していなかった。


 子どもが幽霊を見たとはしゃぐのを見守る母親のように、慈悲深くも、頭から信じていない様子に酷く似ている。


「ちょっと、信じてないでしょ」強気そうな目つきを、さらに鋭くする。

「信じてるよ?あるよね、そういうこと」

「…ばか」


 かごめの言葉を曖昧に笑って流した白雪は、かごめの視線を追って、もう一度だけミイラを見やった。もちろん、何も動いてなどいない。


 その後、ほらね、とでも言いたげにかごめを見やった白雪は、未だに納得していない彼女の手を引いて、また林道沿いに戻って行った.


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― 新着の感想 ―
[一言] これは・・・視えてる視点が違うのかな?
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