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かごめの詩  作者: an-coromochi
五章 再燃する魂
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あの日の約束 1

 すっかり灰色の建物が遠くなってしまったところで、かごめと白雪は足を止めた。もう走れなくなったわけではないが、明らかに白雪の足取りが遅くなっていた。


 彼女の手を離す。白雪は両手を膝について俯き、大きく肩で息をしていた。かごめのほうも息は荒くなっていたものの、顔を上げて丘の向こうにある屠殺場を見やるぐらいの余裕はあった。


 山間の肌寒いぐらいある空気が、二人の間を風に乗って縫っていく。首筋あたりに浮かんだ珠のような汗が、風に撫でられて気持ちが良い。


「…どうして、私…」

「生きてるんだろうって?」言葉の続きを呼んで、かごめが言う。


「うん。あのとき、あの怪物が私の目の前に現れたところまでは、しっかり見てたんだけど…」

「分かんない。でも、白雪よりも私――たち、のほうを優先したように見えた」


「どうして?」小さく首を振る。「それも分からない」


 実際、本当に何も分かっていなかった。


 この村を取り巻く、古い慣習とやらの正体も。

 謎のメモも、かごめ唄も。

 怪物の正体も、村人たちの真意、それから、風見の考えていることも。


 …だが、そんなことはもう、どうでもよかった。


「さあ、白雪、歩ける?」


 真っ直ぐ、片手を伸ばす。白雪は驚いたようにその手に視線を落とすと、一拍遅れて自らの手をそれに重ねた。


「うん、歩けるよ」やおら微笑んだ白雪は、かごめに呼吸を合わせるように深く息を吸っていた。


 二人は、周囲を警戒しながらも細い獣道を歩いた。


 方角的に、屠殺場の二階から見えた祖母の家に戻るルートとなるだろう、とかごめは考えていた。ただ、そこに辿り着いてからのことは何も考えてなどいない。


 かごめが今欲していたのは、過去を振り返るための、ちょうど良いシチュエーションだ。それには、しんと静まり返った空気も、静止した体も必要ない。


 歩きながらぐらいが、きっと一番照れ臭くなくていいのだ。


 背の高い針葉樹の間を進みながら、かごめは出来るだけ普段と変わらないトーンを意識して、話の口火を切った。それでも、一言目が少し裏返ることは避けられなかった。


「白雪って、本当に律儀よね」

「え、どうして?」

「だって、『アレ』さ、昔の約束でしょ?」


 少しばかり遠回しな言い草になってしまったが、今ので十分白雪には伝わったようだ。その証拠に彼女は、瞳を大きく見開いて足を止めてしまっていた。


 やがて、その瞳がじんわりと潤み始める。白雪がパッと顔を背けたせいで、しっかり見ることは出来なかったが、まるで、陽光を吸い込んだ葉の雫のようであった。


 危険は承知で、彼女が落ち着くまでその場に立ち止まった。

 本来であれば、山鳥たちのさえずりが聞こえてきそうな場所なのだが、異質な空に断ち切られ、自然の息吹は窒息している。


「覚えていてくれたんだ」と潤んだままの瞳で、こちらを見やる白雪。

「いや、さっきのを聞いて思い出した感じ」


 寸秒迷ったが、かごめは正直に話すことを選んだ。


「ごめんね、忘れてて」


 素直な謝罪が口から漏れても、何も驚きはしなかった。


 沈まない夕日がもたらすノスタルジックが、あの頃の記憶を脳裏に蘇生させ、かごめは本当に、何十年か前と同じような気持ちになっている気がした。


 無二の親友で、私の理解者。そして、守ってあげなくちゃいけない人、だった。

 私にとって、姫川白雪という女性は。


 彼女は、いつも虐められていた。

 言いたいことは何一つ言えず、トロトロとした鈍い動きのせいで、周囲に馬鹿にされていた白雪。


 元々、正義感が強かったかごめは、決してそうした卑怯者たちに(くみ)さず、むしろ、一人でも彼女らと徹底抗戦を図るような子どもだった。


 子どもらしい、無謀な振る舞いだったのかもしれない。それでいて、人が大人になる過程で失う、純粋な強さだったのだろう。


 運動(特に足が速くて)が出来て、男にも負けないくらい気が強く、身長も高かったかごめを相手に出来る同世代は多くなかった。


 ただ、過剰な集団行動を好むタイプの女性らしい、卑劣な扱いによって、自然と二人は孤立していった。


 二人だけで帰る、通学路。夕焼けがアスファルトに焼き付けた影法師を見つめながら、幼少時の白雪が契った約束。


「『かごめちゃんが独りになることがあったら、今度は私がそばにいる』」


 あの日の約束を、今の二人の間に召喚する。


 こっ恥ずかしくて、とてもではないが、白雪の顔なんて見られない。


「『いつでも、どこでも、そばにいる。嫌がられたって、そばにいる』…だったよね」


 一言一句間違っていない自信がありながらも、かごめはそう尋ねた。自分の後ろで小さく相槌を打つ声がしたのを確認して、ほっと胸をなで下ろしながら、さらに言葉を重ねる。


「そんな日、来るわけがないと思ってた。私って、ほら、自分で言うのもなんだけど、スクールカーストの上位層にいるタイプだったじゃない?だから、子どもの頃の私は、大人になってもずっと、誰かにチヤホヤされながら生きていけるんだって、当たり前みたいに信じてたのよ」


 そう、信じていた。そしてそれは、幼い傲慢さと世間知らずさが見せた、何の保証もない未来、ただの幻覚だった。


「…人生、分からないものね」自嘲気味な笑みが、勝手に浮かんだ。「ろくに仕事もしてないどころか、化け物に襲われて、人にまで殺されかけてる。子どもの頃の私が聞いたら、ショックで笑い出すんじゃないかしら」


 そこでようやく、白雪の顔を見る決心がついた。やはり、ニヒルを演じることは自分を鼓舞する効果がある。


「…私は、私はね、白雪が望んだ私には、なれなかったわ」


 しみじみ呟く。泣きそうだ、と考えてしまうのを止めるために、ぎゅっと爪が食い込むほど力強く、両手の手のひらを握った。


「そんなことない、私は、かごめちゃんに望んでなんかいないよ」

「それはそうかもね。それでも、ヒーローにはなり損ねたのよ」


「かごめちゃん…!」


 再び、かごめが卑屈な微笑を浮かべたことで、白雪は慌てて悲壮感のある声で相手の名を呼んだ。


 もしかすると、捨て鉢になっているとでも思ったのかもしれない。

 だが、だとしたら白雪もまだまだだ。


 まだまだ、私のことが分かっていない。


 一度走り出した車が、そう簡単には止まれないように。

 燃え上がった灼炎は、水すらも飲み込み、糧とし、天を焦がすように。


 私は、もう泣き言を言うつもりはない。このまま、立ち止まるつもりも。


「それでも、そばにいてくれるんでしょ?ヒーローじゃ、なくてもさ」


 その呟きを聞いて、もう一度白雪が顔を上げた。


 新雪の降り積もったような彼女の頬の上を、二筋の流星が轍を残しながら過ぎ去っていく。


 かごめはその星を眺めながら、二度と忘れないでいられるようにと願った。

 三度も願う必要はない。

 自分の力で叶える夢なら、それで十分だ。

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] マスターキー(猟銃)ロストはいたいなあ
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