地獄の底で、彼女は微笑む 1
銃のそばに移動し、両手で持ち直す。前回持ったときよりも重く感じる。弾丸が入っているから、精神的にそう思うのだろうか。
自然とかごめの後ろについて来ていた白雪が、鶴姫の肩を揺すった。
鶴姫が、寝ぼけたように言葉とも取れない言葉を呟いていると、ガチャン、と回らないドアノブを無理やり回そうとした音が聞こえた。
「わ、なにっ!」
とうとう動きを見せた事態に、鶴姫も間抜けな声を上げて飛び起きたようだ。もちろん、悠長に説明している暇などない。
白雪と鶴姫の前に、庇うように立ったかごめは、やがて鍵がこじ開けられ、中になだれ込んできた村人の一団を睨むと、すぐに怒号を放つ。
「近づかないでっ!この距離なら、素人でも外さないわよ」
村人たちの顔には、当然ながら見覚えがあった。男も女もいたが、その誰もが倉庫にいた連中だ。忌々しいことに、あの長篠とかいう女もいる。
全員が殺気立った瞳を光らせつつも、かごめの手にある散弾銃の銃口を警戒するように見つめていた。
彼らの手には、鉄パイプなり、包丁なり、急ごしらえで揃えたような武器が握られており、かえってそれが、純粋な敵意の表れのように感じられて、かごめは内心身震いする。
何よりも、その敵意の眼差しの先が、鶴姫でも白雪でもなく、ただ一人、自分に向けられていたことが恐ろしかった。
鶴姫は分かるが、白雪もターゲットから外されているのは解せない。一体、私が何をしたというのだ。
「み、みんな、何してんのさ」
語尾を震わせて、鶴姫が尋ねる。すでに何となく分かっていたことだが、鶴姫は一切何も知らされていないらしい。
「鶴姫ちゃん、いいから、その女から離れていなさい」
男の一人が言う。
「かごめ!」
しかし、鶴姫はそんな声など聞こえなかったかのように、銃を持ったまま緊張で肩を強張らせたかごめの背中にくっついた。
村人たちが責めるように、あるいは懇願するように鶴姫の名前を口々に呼ぶ。
背中越しに伝わってくる鶴姫の温もりに安心感を覚えていると、いつの間にか無言のまま隣に来ていた白雪が口を開いた。
「…どういうことか、教えてもらませんか?萌さん」
かごめの中ですっかり馴染みになり始めている、冷徹さを含んだ白雪の声。その矛先に立たされて、長篠萌は険しい顔を一瞬で萎めた。
「まぁ、あまり信頼はしていませんでしたが…」何の躊躇もなく、拒絶とも取れる言葉を発した白雪は、近くにあるカッターを掴んで続ける。「それでも、あまり良い気持ちではありませんね」
「白雪さん、あの、すみません。でも、その女さえこちらに引き渡して頂ければ、すぐにでも事情を話せます。ですから、どうか…」
「論外です」
カチカチカチ、と独特な音を立ててカッターの刃を展開しながら、白雪は長篠の提案を切り捨てた。
「かごめちゃんを、『その女』呼ばわりする人のことは、信頼出来ません」
…怒りの論点が、微妙にずれている気がするが、まあいい。
こんな状況だというのにかごめは、白雪と長篠のやり取りを聞いていて、胸のつっかかりが外れるような感覚を抱いた。
私と白雪、二人の腐れ縁の間に割り込めたつもりだったのかもしれないが、そんなものは愚かな勘違いだ。
時の地層は、彼女が思っているよりもずっと複雑に、濃密に積み重なっているのだ。たかだか数時間で、それを突破できると思われては困る。
…あくまで、腐れ縁の話である。
とにかく、これではっきりした。
敵は怪物だけではない、ということが。
「とりあえず、そこをどきなさい。ゆっくりと、下がって。早く!」
興奮して矛盾する指示を出してしまったかごめだったが、集団のすぐ後ろから聞こえてきた声に、そんなことはどうでもよくなった。
「その必要はないわ」
「風見さん、いや、風見…!」
「いちいち言い直さなくていいのよ?」
どこか煽るような微笑を集団の隙間から向けてきた風見は、かごめの掲げた銃口など、まるで見えていないかのように余裕のある表情だった。
「風見さん、あの、これはどういう…」困惑した口調で鶴姫が問うが、風見は何も答えようとしない。
「いい加減、本当のことを教えなさい!」
「かごめ、待って、ちゃんと話し合おうよ…」
風見の登場で、鶴姫はすっかり気が動転してしまっているらしかった。その証拠に、話し合おうと言っているわりには、ほとんどかごめを説得しようとしていた。
「鶴姫ちゃん」と白雪が鶴姫を落ち着かせようと声をかけるも、彼女の意識はもう、風見のことしか考えていないようだ。
「風見、教えなさい。今起きている事件のどこまでが貴方の予想の範囲内で、どこからがそうではないのかを!」
渾身の気迫を込めて、風見の涼しげな顔を睨みつける。その圧力に負けたのか、風見は一瞬だけ、ふっと視線を逸らした。
いつまでも黙ったままの風見に、苛立った口調でかごめが迫る。
「黙ってないで、なんとか言いなさいよ」
無言。彼女は相変わらず、ちらちらと目線を背けるばかりだ。
埒の明かない状況に、白雪が無感情に言った。
「かごめちゃん、もう行こう」
「行こうって…、どこへ」
白雪の意図が把握出来なくて、小首を傾げる。すると、白雪は視線だけは風見たち村人から外さないままで、そっと耳打ちした。
「多分、何か企んでる。それに、多勢に無勢だよ」
「…白雪はいいのよ、ここに残っても」
「かごめちゃん」顔を離した白雪の表情には、明らかな怒りが浮かんでいた。「今の、二度と言わないでね」
彼女の有無を言わせない態度には、キュッと心臓が縮み上がるような気持ちになったものの、全く嬉しくなかったかというと、嘘になる。
腐れ果てても、決して切れることのない縁。自分にはもったいないのかもしれない。いや、きっともったいない。
かごめは思わず、ありがとう、と白雪のほうを向いて口にしかけた。目が合ったとき、白雪の瞳が眩しく輝いたことから、彼女もそれを望んでいたはずだった。
しかし、その刹那が命運を分けてしまった。
後書きまで目を通していただいている方々、いつもお世話様です。
拙い作品をご覧になって頂いてありがとうございます。
さらにご意見・ご感想、ブックマークや評価をして頂けている方、
いっそうの感謝を申し上げます!
今後とも、よろしくお願い致します!




