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かごめの詩  作者: an-coromochi
四章 地獄は生者たちの中で
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頑張り屋の従姉妹

 かごめと白雪は、互いに気まずい思いを残したまま倉庫の近くへと戻った。ただし、中には入っていない。


 今の気分のまま、誰かの仲睦まじい様子を目の当たりにしようものなら、すぐにでも外に逃げ出してしまいそうだ。


 自棄になってはならない、と自分に言い聞かせる。だが、どうして、と問いかけてくる心のなかの自分に返す言葉もなくて、かごめはまた沈んだ気持ちになった。


 明けない夜はない、という言葉があるが、果たしてそうだろうか。

 永遠に光の差さない場所など、この広い世界には数えきれないほどあるというのに?


 倉庫の前の廊下で、かごめは深くため息を吐いていた。今は、一人である。心配そうにしている白雪を追い払い、窓の向こうを見つめていた。


 山の表面には、植樹された木々が規則的に並んでいる。その青々とした剣山の先には、祖母の家の屋根が見えていた。

 あちらからは屠殺場が見えなかったことから、やはり、この建物は大きいのだろう。避難所に指定されるだけある。


 がらり、と扉が開く音が聞こえた。先ほどから何度か聞こえていたので、たいして気にも留めなかったのだが、声をかけられたとあれば振り向かずにはいられなかった。


「何してんのよ、サボり」


 首だけ動かして、声の主を確認する。鶴姫だ。


 適当な返事を口にする前に、サボり、という言葉が肩にのしかかった。


 そう、今の私の状態は、いわば健全な人生をサボタージュしているようなものなのだ。社会に適合出来なかった身である。


 何かときゃんきゃんうるさい鶴姫の相手をするのは、今はとても億劫だったため、また窓の外に視線を戻した。


「無視するな」


 ドン、と横から体ごとぶつかられ、軽くよろめく。

 仕方がなく、ため息交じりで応える。


「…なに?」


 かごめとしては、相手をする元気がなかったため、そのような態度になったのだが、鶴姫の目には彼女の態度が面倒臭がっているふうに映っていた。


 目くじらを立てて、噛みつくみたいに言う。


「なに、じゃないでしょ!よくも私に恥をかかせてくれたわね」

「よくも、なんて言葉、若い子も使うんだ」


 ふと浮かんだ疑問を口にすると、「そんなことはどうでもいいの!」と叱られた。


「かごめのせいで、みんなに下着を見られたんだよ?マジで最悪なんだから」

「いいじゃん、パンツくらい」

「だから、パンツって言うな!」


 耳鳴りがするのではと思うくらいの声で怒鳴られて、かごめは眉をひそめて耳を塞いだ。それが気に入らなかったらしい鶴姫は、かごめの手を無理やり両手で引き剥がした。


 その流れで、自然と右腕を抱かれる形になったのだが、成長途上の少女独特の柔らかみを感じて、どこか、世代の壁を感じるようだった。


 随分と、大人になってしまったものだ。


 かつては、歳を取れば、世の中に蔓延る機械じみた大人たちみたいに、あらゆることを自然と割り切ることが出来るようになるのだと、信じていた。

 だが、それがただの思い込みだったということが、今ならば分かる。


「ちょっと、聞いてんの」

「え?」脇腹を突かれて、我に返る。「え、って…。かごめさぁ…」


 いつまでもぼんやりとした反応を見せるかごめに、鶴姫は呆れたような表情を向ける。しかし、かごめの瞳がどこか虚ろな渦を巻いているのを見て、真面目な顔つきになった。


「ねぇ、どうかしたの?」


 その一言でかごめは顔に出ていたことに気付く。


 慌てて、「別に」と呟くも、鶴姫は子ども特有の向こう見ずさで、かごめの領分に踏み込んだ。


「面倒くさいなぁ、かごめ。どうせ、白雪さんと何かあったんでしょ。」

「そんなの――」


 鶴姫には関係ないでしょう、と突っぱねようとしたら、相手に言葉を上から被せられるようにして、遮られる。


「さっさと仲直りしなよ。あれだけ会いたがってたんだから。ゆっくり話せる時間なんて、次はいつ取れるか分からないんだよ?」


「…うるさいなぁ」正論を突き付けられて、子どもみたいな文句しか返せなくなる。


 十歳近く年下の相手にまで心配をかけているうえに、素直に善意を受け取れないなんて、と自己嫌悪に陥っていると、トン、と鶴姫が立ったまま肩を寄せてきた。


 体の右半分にかかる軽い重みに、首の向きを変える。


「本当、呆れちゃう。まぁ、私は別に二人が喧嘩してても、困らないけどね」


 言葉とは裏腹に、鶴姫の顔は優しさに染まったはにかみを見せていた。その表情に毒気を抜かれ、意地を張るための苛立ちも、自分を軽んじるための卑屈さも萎んでいった。


 アスファルトの上に撒いた水たまりが、曇りなき陽光の前に蒸発するように…とまではいかないが、少なくとも、かごめの思考から柔軟さを奪うほどの後悔や、失望はなくなっていた。


 ようやく、ニヒルに微笑むぐらいの余裕が戻ってくる。かごめはそうした笑みを浮かべると、今さら恥ずかしそうに顔を逸らした鶴姫が、二連装散弾銃を両手に持ち直したのを見つめていた。


 慣れた手付きで、ガチャリ、と銃身の中ほどから内側に折る。


 どことなく、ゲームで見たことがあった。本物をこうして真横で見ることになるとは、考えたこともなかった。


 そんな感慨を抱いているかごめの前で、鶴姫がおもむろにポケットから、小さな筒を取り出した。

 初めはそれが何か分からなかったが、すぐに弾丸なのだということに気付く。


「ちょ」と半端な声が漏れる。「え?なに」


 視線を猟銃に向けたままで、鶴姫が小さく呟く。


 彼女はそのまま、銃の中折れ部分に空いた二つの穴に、弾丸を二発詰め込んだ。少し効率の悪そうなリロード方法が魅力的に感じられる。


「鶴姫、本気でそれ、使うの?」

「はぁ?変なの。使うって言ったの、かごめじゃん」


「それはそうなんだけどぉ…」


 煮え切らない返事を続けるかごめに向けて、鶴姫は小さく息を吐いた。


「ま、あんまり期待しないで」

「あれ、本当は使ったことないの?」


「あるよ、ちゃんと」


 そう告げた鶴姫は、コンパクトな動きで内側に折れていた銃身を戻すと、両手で猟銃を支えて持った。


 ガチャン、と低い悲鳴のような金属音を響かせた彼女は、自信ありそうな表情でかごめに言った。


「鹿くらいなら、仕留められるけど?」

「へぇ、今度からは、スカートをめくるときは気をつけたほうが良さそうね」

「…次は、殺すから」


 冗談だと思いたかったが、歳不相応の冷徹な輝きを放つ目つきからして、どうやら半分は本気のようである。


 鶴姫は忌々しそうに顔をしかめると、ややあって、気を取り直したように猟銃を肩にからいなおしながら説明した。


「効かないみたい」

「え、何が?」主語がなくて、困惑する。


「怪物に、これが」と猟銃をトントン、と小指で弾く。

「嘘ぉ…」


「分かんない。でも少なくとも、猟銃を持って出て行った男の人たちは、誰も帰って来てないって」


 その言葉に、かごめは無意識のうちに二連装散弾銃を見つめる。


 古い木材で出来たような銃床。

 二つに折れる銃身の部分には、銀で彫刻を施したような模様が入っている。


 もしかすると、こうしたものは装飾品としての色合いが強いのかもしれない。


「とにかく、あてにはしないでね」

「分かったわ。そもそも、あの怪物には遭遇しないことが肝要ね。どうせ戦っても負けイベントなんだから」


「負けイベント?」と鶴姫が小首を傾げたので、かごめは、「なんでもないわ」と肩を竦めてみせるのだった。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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