頑張り屋の従姉妹
かごめと白雪は、互いに気まずい思いを残したまま倉庫の近くへと戻った。ただし、中には入っていない。
今の気分のまま、誰かの仲睦まじい様子を目の当たりにしようものなら、すぐにでも外に逃げ出してしまいそうだ。
自棄になってはならない、と自分に言い聞かせる。だが、どうして、と問いかけてくる心のなかの自分に返す言葉もなくて、かごめはまた沈んだ気持ちになった。
明けない夜はない、という言葉があるが、果たしてそうだろうか。
永遠に光の差さない場所など、この広い世界には数えきれないほどあるというのに?
倉庫の前の廊下で、かごめは深くため息を吐いていた。今は、一人である。心配そうにしている白雪を追い払い、窓の向こうを見つめていた。
山の表面には、植樹された木々が規則的に並んでいる。その青々とした剣山の先には、祖母の家の屋根が見えていた。
あちらからは屠殺場が見えなかったことから、やはり、この建物は大きいのだろう。避難所に指定されるだけある。
がらり、と扉が開く音が聞こえた。先ほどから何度か聞こえていたので、たいして気にも留めなかったのだが、声をかけられたとあれば振り向かずにはいられなかった。
「何してんのよ、サボり」
首だけ動かして、声の主を確認する。鶴姫だ。
適当な返事を口にする前に、サボり、という言葉が肩にのしかかった。
そう、今の私の状態は、いわば健全な人生をサボタージュしているようなものなのだ。社会に適合出来なかった身である。
何かときゃんきゃんうるさい鶴姫の相手をするのは、今はとても億劫だったため、また窓の外に視線を戻した。
「無視するな」
ドン、と横から体ごとぶつかられ、軽くよろめく。
仕方がなく、ため息交じりで応える。
「…なに?」
かごめとしては、相手をする元気がなかったため、そのような態度になったのだが、鶴姫の目には彼女の態度が面倒臭がっているふうに映っていた。
目くじらを立てて、噛みつくみたいに言う。
「なに、じゃないでしょ!よくも私に恥をかかせてくれたわね」
「よくも、なんて言葉、若い子も使うんだ」
ふと浮かんだ疑問を口にすると、「そんなことはどうでもいいの!」と叱られた。
「かごめのせいで、みんなに下着を見られたんだよ?マジで最悪なんだから」
「いいじゃん、パンツくらい」
「だから、パンツって言うな!」
耳鳴りがするのではと思うくらいの声で怒鳴られて、かごめは眉をひそめて耳を塞いだ。それが気に入らなかったらしい鶴姫は、かごめの手を無理やり両手で引き剥がした。
その流れで、自然と右腕を抱かれる形になったのだが、成長途上の少女独特の柔らかみを感じて、どこか、世代の壁を感じるようだった。
随分と、大人になってしまったものだ。
かつては、歳を取れば、世の中に蔓延る機械じみた大人たちみたいに、あらゆることを自然と割り切ることが出来るようになるのだと、信じていた。
だが、それがただの思い込みだったということが、今ならば分かる。
「ちょっと、聞いてんの」
「え?」脇腹を突かれて、我に返る。「え、って…。かごめさぁ…」
いつまでもぼんやりとした反応を見せるかごめに、鶴姫は呆れたような表情を向ける。しかし、かごめの瞳がどこか虚ろな渦を巻いているのを見て、真面目な顔つきになった。
「ねぇ、どうかしたの?」
その一言でかごめは顔に出ていたことに気付く。
慌てて、「別に」と呟くも、鶴姫は子ども特有の向こう見ずさで、かごめの領分に踏み込んだ。
「面倒くさいなぁ、かごめ。どうせ、白雪さんと何かあったんでしょ。」
「そんなの――」
鶴姫には関係ないでしょう、と突っぱねようとしたら、相手に言葉を上から被せられるようにして、遮られる。
「さっさと仲直りしなよ。あれだけ会いたがってたんだから。ゆっくり話せる時間なんて、次はいつ取れるか分からないんだよ?」
「…うるさいなぁ」正論を突き付けられて、子どもみたいな文句しか返せなくなる。
十歳近く年下の相手にまで心配をかけているうえに、素直に善意を受け取れないなんて、と自己嫌悪に陥っていると、トン、と鶴姫が立ったまま肩を寄せてきた。
体の右半分にかかる軽い重みに、首の向きを変える。
「本当、呆れちゃう。まぁ、私は別に二人が喧嘩してても、困らないけどね」
言葉とは裏腹に、鶴姫の顔は優しさに染まったはにかみを見せていた。その表情に毒気を抜かれ、意地を張るための苛立ちも、自分を軽んじるための卑屈さも萎んでいった。
アスファルトの上に撒いた水たまりが、曇りなき陽光の前に蒸発するように…とまではいかないが、少なくとも、かごめの思考から柔軟さを奪うほどの後悔や、失望はなくなっていた。
ようやく、ニヒルに微笑むぐらいの余裕が戻ってくる。かごめはそうした笑みを浮かべると、今さら恥ずかしそうに顔を逸らした鶴姫が、二連装散弾銃を両手に持ち直したのを見つめていた。
慣れた手付きで、ガチャリ、と銃身の中ほどから内側に折る。
どことなく、ゲームで見たことがあった。本物をこうして真横で見ることになるとは、考えたこともなかった。
そんな感慨を抱いているかごめの前で、鶴姫がおもむろにポケットから、小さな筒を取り出した。
初めはそれが何か分からなかったが、すぐに弾丸なのだということに気付く。
「ちょ」と半端な声が漏れる。「え?なに」
視線を猟銃に向けたままで、鶴姫が小さく呟く。
彼女はそのまま、銃の中折れ部分に空いた二つの穴に、弾丸を二発詰め込んだ。少し効率の悪そうなリロード方法が魅力的に感じられる。
「鶴姫、本気でそれ、使うの?」
「はぁ?変なの。使うって言ったの、かごめじゃん」
「それはそうなんだけどぉ…」
煮え切らない返事を続けるかごめに向けて、鶴姫は小さく息を吐いた。
「ま、あんまり期待しないで」
「あれ、本当は使ったことないの?」
「あるよ、ちゃんと」
そう告げた鶴姫は、コンパクトな動きで内側に折れていた銃身を戻すと、両手で猟銃を支えて持った。
ガチャン、と低い悲鳴のような金属音を響かせた彼女は、自信ありそうな表情でかごめに言った。
「鹿くらいなら、仕留められるけど?」
「へぇ、今度からは、スカートをめくるときは気をつけたほうが良さそうね」
「…次は、殺すから」
冗談だと思いたかったが、歳不相応の冷徹な輝きを放つ目つきからして、どうやら半分は本気のようである。
鶴姫は忌々しそうに顔をしかめると、ややあって、気を取り直したように猟銃を肩にからいなおしながら説明した。
「効かないみたい」
「え、何が?」主語がなくて、困惑する。
「怪物に、これが」と猟銃をトントン、と小指で弾く。
「嘘ぉ…」
「分かんない。でも少なくとも、猟銃を持って出て行った男の人たちは、誰も帰って来てないって」
その言葉に、かごめは無意識のうちに二連装散弾銃を見つめる。
古い木材で出来たような銃床。
二つに折れる銃身の部分には、銀で彫刻を施したような模様が入っている。
もしかすると、こうしたものは装飾品としての色合いが強いのかもしれない。
「とにかく、あてにはしないでね」
「分かったわ。そもそも、あの怪物には遭遇しないことが肝要ね。どうせ戦っても負けイベントなんだから」
「負けイベント?」と鶴姫が小首を傾げたので、かごめは、「なんでもないわ」と肩を竦めてみせるのだった。
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