疑心
いくらかすっきりした面持ちで、風見と話の続きをしようと考えたかごめだったが、相手の責めるような眼差しに面食らって、頬をかいた。
思ったよりも感情をはっきりと出すものだ。もう少し、ポーカーフェイスなタイプだと想像していたのだが…。
もしかすると、自分の補佐役である鶴姫のことは、ちゃんと大事に思っているのかもしれない。
「子どもの言うことを、真面目に受け止めてはいけないわ」
案の定、こちらを諭すような言葉をぶつけてくる。
「分かってますよ。まあ、確かにやりすぎたかも…」
「やりすぎだし、馬鹿!」
足元で喚いている鶴姫に、本当に懲りないやつだ、とため息を吐く。
「とにかく、そういうことだから、この村からは出られないのよ」
何が、そういうことだから、だ。簡単に諦めてしまうなんて。
「じゃあ、どうするんですか。救助…は期待できないんでしょ」
「まあ、そうね」今度は心の底から困ったような顔になった。「電話も通じなくて」
「私が外に連絡しようとしたときも、そうでした。まともに繋がらないどころか、『かごめ唄』が流れ出して…」
「かごめ唄?」
「そうです。『かーごめ、かーごめ…』っていうやつ」
かごめのその言葉に、辺りが少しずつざわめきに満ちていく。
なんだか、様子がおかしい。
顔を突き合わせた村人たちは、ひそひそ声で言葉を交わしていたものの、その異様な熱気は隠しきれず、かごめの元にまで届いている。
「あの、一体どうしたんですか?何か、心当たりでも?」
こらえきれずにかごめが尋ねる。それに対して、風見が素早く切り返した。
「いや、ないわ」
それは明らかに、欺瞞の影を落とす言葉だった。風見自身、このままでは疑いを持たれると思ったのか、なんでもないことのように付け足す。
「ただ…、みんな、こんなことが続いているからね。不気味なことには、過剰に反応を示してしまうのよ」
「…そう、ですか」
どうやら嘘吐きが紛れ込んでいるようだ。あるいは、ここ自体、嘘吐きの巣窟なのか。
風見の隣に立っている鶴姫は、何のことだか分からないふうに、周りの人々の顔を代わる代わる見つめている。
どうやら、鶴姫は本当に何も知らないようだ。まあ、分かりやすい彼女には不都合な真実を隠しているのかもしれない。
しばらくすると、埃と蜘蛛の巣だらけの倉庫に、鈍い沈黙の帳が下りた。砂を噛んだような気持ちの悪さに顔をしかめ、かごめはちらりと白雪のほうを確認した。
白雪もまた、みんなと同様の沈黙を保ってはいたが、その白い顔には何か疑心のようなものが芽生えていた。
パッと、その憂いに満ちた視線とぶつかる。オニキスの瞳が蛍光灯の光を吸い込んで、銀河のごとく瞬いている。
こくり、と誰にも気付かれない程度に白雪が頷いた。彼女のことを注意深く見ていたものだけが、気付くことが出来たであろう仕草だ。
もしかすると、隣にいつまでも張り付いている忌々しい女は、何となく察したのかもしれない。
白雪からの声なきサイン。私に向けて、何かを伝えようとしているみたいだ。
瞳をゆっくりと閉じてから、また風見へと視線を戻す。その際に浅く頷いた。
傍から見たら、風見に対し相槌を返しているように見えるだろうが、今のサインは白雪に向けたものだ。
どうやら何か話したいことがあるらしい。奇遇なことに、私のほうにも確認しなければならないことが山程あった。
「分かりました。ええ、問題が山積みだってことは」
「そう、残念ながらね」
肩を竦めて苦笑する風見からは、どこか余裕のようなものすら感じられた。そう演じているだけなのかもしれないが、どこか引っかかる態度だ。
「とりあえず、あちこち走り回って疲れたので…、少し、休ませてもらっても構いませんか?」
深いため息と共に、かごめがそう提案する。今のは八割ほど演技で出したため息だ。ついでに、「再会した友人とも、またきちんと話せていませんし」と、白雪のほうを横目にしながら付け足す。
かごめの提案に快諾を示した風見は、一階付近にある休憩スペースを使うといい、と答えた。布団も置いてあるが、おそらくダニだらけなので、使わないようにと忠告ももらえた。
一先ずお礼を言い、未だに顔を赤くして、恨みがましくこちらを睨む鶴姫に、嫌味っぽく笑ってみせる。それで頬を膨らませる彼女がやはり可愛らしい。
倉庫から出ていく途中、白雪のほうに顔を向ける。歩きながらではあったものの、白雪はしっかりと頷き、長篠からゆっくりと離れたのを確認する。
彼女に追いすがろうとする長篠だったが、はっきりと白雪がそれを拒否した。
初めから、そうやってきちんと拒絶すればいいのだ。全く。
廊下に出て、一階に下りる階段の直前で白雪が追いついてきた。
「ご、ごめんね、かごめちゃん」
「なんで謝ってんのよ」
折角二人だけになれたのに、条件反射みたいにして、相手を責めるような言葉が出てしまった。
まるで、少し前に戻ったみたいな冷たさに、白雪はもちろん、かごめ自身もがっかりするような心持ちになっていた。
また、あの頃みたいに戻れるかも…。
そう思っていられた時間は、化け物に奪い去られた。
いや、そうじゃない。あの、長篠とかいう女にだ…。あぁ、くそ。女郎蜘蛛め。
「ごめん」ともう一度呟いた白雪に、ふん、と鼻を鳴らす。それから、風見の言っていた休憩室に至るまで、互いに無言のままだった。




