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かごめの詩  作者: an-coromochi
四章 地獄は生者たちの中で
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生存者、集合 2

 泣きじゃくる鶴姫を、数分かけて落ち着かせたところ、何人かの村人を引き連れて、見知った顔が出入り口から姿を現した。


 涙を流したことを気恥ずかしそうにしていた鶴姫は、その人物の顔を見てから、パッと表情を明るくした。


「風見さん!」


 自分の元へと寄ってきた鶴姫に、涼しげで、シャープな顔を向けたのは風見千代だった。


「さっきは、ありがとうございました!」


 どうやら、一人になった後、風見に助けられたようだ。


「いいのよ、当然のことをしたまでだから」


 ぽん、と鶴姫の頭に手を置く。それだけで鶴姫は満足そうに目を細めた。


「鶴姫も、よく頑張ったわね」

「えへへ…。まぁ、私、風見さんの補佐ですから」


 随分と素直じゃないか、とかごめはなんだか面白くなくて、鼻息を漏らした。先ほどから自分の扱いだけが雑ではないだろうか。


 ちらり、と風見がこちらを一瞥した。その瞳には、他の村人のような冷徹さはない。もちろん、上手く隠しているだけという可能性もある。


 裏の有りそうな微笑を浮かべた風見が、両手を軽く広げながらこちらに近づいてくる。


 薄暗い倉庫の蛍光灯の光に顔を照らされ、彼女が口を開く。


「貴方も、よくご無事で」

「…運が良かったんです」


「運だけで、ここまで来られたとは思えないわ」

「まぁ、頑張り屋の従姉妹もいましたから」


 嫌味のつもりで口にした言葉だったが、当の本人である鶴姫が満更でもない様子で笑ったので、肩透かしでもくらった気分だった。


 意味が通じているはずの風見も、薄ら笑いを浮かべている。嫌味を言っただけ損したみたいになったので、気持ちを切り替えるためにも咳払いしてから、話を変えた。


「それで…、一体この村で、何が起きているんですか?」


 周囲の視線が自分に集まってくるのが分かる。すでにこの質問は、多くの者が彼女にぶつけていることだろう。


 今思えば、山ノ瀬にも同様の質問をすればよかった。ちゃんと答えてくれたとは思えないが…。


 風見は困ったように肩を竦めると、「私にも分からないの」と小声で呟いた。疲れたような響きを感じたが、それは誰も同じだ。


「…そう、ですか」納得出来ず、かごめは問いを重ねる。「今までにも、こんなことはあったんですか」


「いいえ、なかったわ」

「本当に?」


 あまりにあっさりとした解答に、疑心が抑えきれず口をついて出てしまう。すると、風見の代わりに、鶴姫が目くじらを立てて答えた。


「かごめ、しつこいし。本当なんだから。何を疑ってるのよ」


 鶴姫といい、白雪といい、どうして私が苛立っていることにも気付かず、こちらの癇に障るような言葉や態度がするのだろうか。


 つくづく、理解できない。


「あ、そうですか…」


 苦虫を噛み潰したような表情で、視線を二人のほうから逸らす。そうしたことで、たまたま白雪と目が合う。


 未だに、あの長篠とかいう女とくっついたままだ。すでに手は離していたが、だからといって許されることではない。


 一瞬だけ両目に力を込めて、彼女らを睨む。


 ――浮気者め。いや、それよりも、あの女はいつまでそばから離れないつもりなんだ。


 長篠はウェーブのかかった髪を鬱陶しそうに払うと、何かを白雪に耳打ちしていた。それを耳にした瞬間だけ、白雪の端正な顔が歪んだが、すぐに気を取り直した様子で弱く微笑んだ。


 こんなところに、いつまでもいたくない。


 そう考えたかごめは、また風見に視線を戻すと、淡々とした冷えた口調で言った。


「風見さん。何が起こっているかは、この際、もうどうでもいいです。とにかく私は、さっさとこの村から出たいんですが…」


「それは無理よ」と風見が間髪入れずに応じた。「どうして?」


「出られないから」

「だから、それがどうしてって聞いてるんですけど」


 要領を得ない返答に、苛立ちが加速する。言葉遣いなんて、今更気にしている余裕はなかった。


 何か物申そうとしていた鶴姫を片手で制した風見は、「仕組みは分からないのだけれど」と前置きしたうえで、不可思議な話を進めた。


 風見の話を要約すれば、以下のようになる。


 すでに村の出入り口には何人もの人間が向かっていたものの、吊橋を越えた駐車場の先、村の境界線を示す道標の辺りから、先に進めなくなってしまう、とのことだ。


 山を下り始めると、いつの間にかまた登る道に出てしまうらしい。


 そんなことにわかには信じられなかったが、怪物たちや、夕日が頭上で瞬いているのを目撃してしまっている以上、絶対にないとも言い切れなかった。


 一緒に話を聞く形になっていた鶴姫も、口を丸く開けて驚いていたが、かごめのほうはほとんど表情に出さなかった。


 驚かなかったわけではない。ただそれよりも、話をしている風見の反応を窺っていたのである。


 仕組みは分からない、か。


 こんな話をしているにも関わらず、彼女の表情の変化もほとんどない。

 意識している私はまだしも…。


「あまり、驚かないのね」と自分が思っていたことを逆に指摘され、かごめは反射的にシニカルな笑みを浮かべた。


「顔に出ないんです、私」

「そう」


 こちらの出方を窺うような問いだったな、と間を置いて感想を抱く。向こうも何かを疑っているのだろうか。


「かごめって、鈍感だもんね」


 不規則なリズムで近寄ってきた鶴姫を、じろりと見下ろす。ようやく機嫌の悪さが伝わったようで、怯えたように肩に力を入れていた。


 風見はそんな鶴姫を穏やかな眼差しで見つめた後、またも困ったような表情で、「あまり、私の補佐役をいじめないであげてね」と冗談めかして笑った。


「い、いじめられてなんか、ないですから」鶴姫は鼻を膨らませ、風見とかごめの顔を見比べた。「私が、かごめみたいなフリーターにいじめられるわけないじゃないですか!」


 ぶちっ、と頭の中で何かが切れる音が聞こえた。そして、その音が聞こえたとほぼ同時に、気付けば自分の手は鶴姫のミニスカートの裾をめくり上げていた。


 ふわりと揺れる、スカートと、惜しみなくさらされた純白。


 かごめの頭の中には、自分の家のカーテンが思い起こされていた。

 思えば、一度も洗ったことがない。帰ることが出来たら、洗ってみようか。


「きゃあああっ!」


 甲高い悲鳴が倉庫の壁に反響し、その場にいた全員が迷惑そうに顔をしかめるか、耳を塞ぐかした。


 顔を真っ赤にして、叩き潰されたように小さく蹲った鶴姫を見下ろしているうちに、いくらか溜飲が下りる。


 ふん、と鼻を鳴らして、かごめは皮肉たっぷりに告げる。


「ごめんねぇ、手が滑ったわ。でも、フリーターのすることだから、許してね」


「うぅ…」と見上げる鶴姫の視線には、今までとは明らかに違う、怒りと羞恥が燃えていた。


 だが、さすがにこれだけ大勢の前で無様をさらしたためか、すぐに反撃してくる様子はなかった。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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