生存者、集合 2
泣きじゃくる鶴姫を、数分かけて落ち着かせたところ、何人かの村人を引き連れて、見知った顔が出入り口から姿を現した。
涙を流したことを気恥ずかしそうにしていた鶴姫は、その人物の顔を見てから、パッと表情を明るくした。
「風見さん!」
自分の元へと寄ってきた鶴姫に、涼しげで、シャープな顔を向けたのは風見千代だった。
「さっきは、ありがとうございました!」
どうやら、一人になった後、風見に助けられたようだ。
「いいのよ、当然のことをしたまでだから」
ぽん、と鶴姫の頭に手を置く。それだけで鶴姫は満足そうに目を細めた。
「鶴姫も、よく頑張ったわね」
「えへへ…。まぁ、私、風見さんの補佐ですから」
随分と素直じゃないか、とかごめはなんだか面白くなくて、鼻息を漏らした。先ほどから自分の扱いだけが雑ではないだろうか。
ちらり、と風見がこちらを一瞥した。その瞳には、他の村人のような冷徹さはない。もちろん、上手く隠しているだけという可能性もある。
裏の有りそうな微笑を浮かべた風見が、両手を軽く広げながらこちらに近づいてくる。
薄暗い倉庫の蛍光灯の光に顔を照らされ、彼女が口を開く。
「貴方も、よくご無事で」
「…運が良かったんです」
「運だけで、ここまで来られたとは思えないわ」
「まぁ、頑張り屋の従姉妹もいましたから」
嫌味のつもりで口にした言葉だったが、当の本人である鶴姫が満更でもない様子で笑ったので、肩透かしでもくらった気分だった。
意味が通じているはずの風見も、薄ら笑いを浮かべている。嫌味を言っただけ損したみたいになったので、気持ちを切り替えるためにも咳払いしてから、話を変えた。
「それで…、一体この村で、何が起きているんですか?」
周囲の視線が自分に集まってくるのが分かる。すでにこの質問は、多くの者が彼女にぶつけていることだろう。
今思えば、山ノ瀬にも同様の質問をすればよかった。ちゃんと答えてくれたとは思えないが…。
風見は困ったように肩を竦めると、「私にも分からないの」と小声で呟いた。疲れたような響きを感じたが、それは誰も同じだ。
「…そう、ですか」納得出来ず、かごめは問いを重ねる。「今までにも、こんなことはあったんですか」
「いいえ、なかったわ」
「本当に?」
あまりにあっさりとした解答に、疑心が抑えきれず口をついて出てしまう。すると、風見の代わりに、鶴姫が目くじらを立てて答えた。
「かごめ、しつこいし。本当なんだから。何を疑ってるのよ」
鶴姫といい、白雪といい、どうして私が苛立っていることにも気付かず、こちらの癇に障るような言葉や態度がするのだろうか。
つくづく、理解できない。
「あ、そうですか…」
苦虫を噛み潰したような表情で、視線を二人のほうから逸らす。そうしたことで、たまたま白雪と目が合う。
未だに、あの長篠とかいう女とくっついたままだ。すでに手は離していたが、だからといって許されることではない。
一瞬だけ両目に力を込めて、彼女らを睨む。
――浮気者め。いや、それよりも、あの女はいつまでそばから離れないつもりなんだ。
長篠はウェーブのかかった髪を鬱陶しそうに払うと、何かを白雪に耳打ちしていた。それを耳にした瞬間だけ、白雪の端正な顔が歪んだが、すぐに気を取り直した様子で弱く微笑んだ。
こんなところに、いつまでもいたくない。
そう考えたかごめは、また風見に視線を戻すと、淡々とした冷えた口調で言った。
「風見さん。何が起こっているかは、この際、もうどうでもいいです。とにかく私は、さっさとこの村から出たいんですが…」
「それは無理よ」と風見が間髪入れずに応じた。「どうして?」
「出られないから」
「だから、それがどうしてって聞いてるんですけど」
要領を得ない返答に、苛立ちが加速する。言葉遣いなんて、今更気にしている余裕はなかった。
何か物申そうとしていた鶴姫を片手で制した風見は、「仕組みは分からないのだけれど」と前置きしたうえで、不可思議な話を進めた。
風見の話を要約すれば、以下のようになる。
すでに村の出入り口には何人もの人間が向かっていたものの、吊橋を越えた駐車場の先、村の境界線を示す道標の辺りから、先に進めなくなってしまう、とのことだ。
山を下り始めると、いつの間にかまた登る道に出てしまうらしい。
そんなことにわかには信じられなかったが、怪物たちや、夕日が頭上で瞬いているのを目撃してしまっている以上、絶対にないとも言い切れなかった。
一緒に話を聞く形になっていた鶴姫も、口を丸く開けて驚いていたが、かごめのほうはほとんど表情に出さなかった。
驚かなかったわけではない。ただそれよりも、話をしている風見の反応を窺っていたのである。
仕組みは分からない、か。
こんな話をしているにも関わらず、彼女の表情の変化もほとんどない。
意識している私はまだしも…。
「あまり、驚かないのね」と自分が思っていたことを逆に指摘され、かごめは反射的にシニカルな笑みを浮かべた。
「顔に出ないんです、私」
「そう」
こちらの出方を窺うような問いだったな、と間を置いて感想を抱く。向こうも何かを疑っているのだろうか。
「かごめって、鈍感だもんね」
不規則なリズムで近寄ってきた鶴姫を、じろりと見下ろす。ようやく機嫌の悪さが伝わったようで、怯えたように肩に力を入れていた。
風見はそんな鶴姫を穏やかな眼差しで見つめた後、またも困ったような表情で、「あまり、私の補佐役をいじめないであげてね」と冗談めかして笑った。
「い、いじめられてなんか、ないですから」鶴姫は鼻を膨らませ、風見とかごめの顔を見比べた。「私が、かごめみたいなフリーターにいじめられるわけないじゃないですか!」
ぶちっ、と頭の中で何かが切れる音が聞こえた。そして、その音が聞こえたとほぼ同時に、気付けば自分の手は鶴姫のミニスカートの裾をめくり上げていた。
ふわりと揺れる、スカートと、惜しみなくさらされた純白。
かごめの頭の中には、自分の家のカーテンが思い起こされていた。
思えば、一度も洗ったことがない。帰ることが出来たら、洗ってみようか。
「きゃあああっ!」
甲高い悲鳴が倉庫の壁に反響し、その場にいた全員が迷惑そうに顔をしかめるか、耳を塞ぐかした。
顔を真っ赤にして、叩き潰されたように小さく蹲った鶴姫を見下ろしているうちに、いくらか溜飲が下りる。
ふん、と鼻を鳴らして、かごめは皮肉たっぷりに告げる。
「ごめんねぇ、手が滑ったわ。でも、フリーターのすることだから、許してね」
「うぅ…」と見上げる鶴姫の視線には、今までとは明らかに違う、怒りと羞恥が燃えていた。
だが、さすがにこれだけ大勢の前で無様をさらしたためか、すぐに反撃してくる様子はなかった。
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