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かごめの詩  作者: an-coromochi
三章 探索と捜索
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林道にて 1

 幸い、大きな門を開ける音が村中に響いても、化け物は現れなかった。どこか遠いところにいるのか、それとも、今もまさに狩りの途中なのかは分からない。


 弾丸の入っていない散弾銃を背負った鶴姫は、かごめから少し離れたところを歩いていた。


 あまり離れて歩くのも危険な気がしたが、固まっているのも、それはそれで危険そうだ。


 少し早足になって、鶴姫の横に並ぶ。

 じろり、と彼女はかごめを睨んだ。


「…まだ、怒ってるの」

「別に」


 ツンとした口調が、鶴姫の不満さや憤りを如実に表していた。


 今は、山ノ瀬の言葉を信じて屠殺場へと向かっている最中だった。


 一度村の出入り口付近まで戻って、大きく山を迂回するような形で進まなければならない、と鶴姫が言っていた。


 山の中を通るのか、とかごめはゾッとした気持ちになる。


 木々が多いと、それだけ死角も多くなる。

 そして、死角の多さは死のリスクの高さを示す。


 例の、フードを被った女性が祈りの姿をしている道祖神の横を通り過ぎる。通り過ぎた後になって、ふと、鶴姫が何か知っていないだろうかと考え、口を開いた。


「鶴姫、たまにある、あの像って何なの?」

「…それって大事なこと?今は、かごめと話したくないんだけど」


 不機嫌さを隠すことなくぶつけてきた鶴姫に、さすがにムッとしてかごめも皮肉をこぼす。


「…ガキみたい」


「はぁ?」


 くるりと勢い良く体を回転させた鶴姫。回転の勢いでミニスカートが舞い、白い健康的な太ももが視界の隅で輝いた。


「元はと言えば、かごめが私のことを疑ってるのが悪いんじゃん!」

「大きい声出さないでよ…!見つかったらどうするの」


 その忠告はさすがに効いたらしく、鶴姫は何かを言い返そうと小さく口を開いたものの、ぐっ、と唇を噛んでそっぽを向いた。


 幸い、周囲は静まり返ったままだ。

 鳥の声一つ聞こえない。

 聞こえるのは、葉のこすれ合う音だけ。


 時間が静止している、という表現がピッタリの静寂。


 だが、分かっていた。この静けさは仮初のものにすぎないと。

 今もきっと、どこかであの化け物は血肉を漁っているし、目無し女も地下から這い出ようと暴れまわっているところかもしれない。


 あの化け物は、一体何なのか。

 夕日が昇るこの光景は、果たして現実のものなのか。


「はぁ…」かごめは、小さくため息を吐いた。


 考えてもしょうがない。そんなことに貴重なカロリーを消費するのは、愚かだ。


 そういえば、と思い出し、かごめは叔母の家の地下から拝借してきた非常食をポケットから取り出した。


 もう少し取ってくれば良かっただろうか、と呑気に考えながら、非常食の包装を破る。見るからに粉っぽい感じだったが、ないよりマシだ。


 先端にかぶりつこうと口を開けたとき、ふと、こちらを肩越しに盗み見ている鶴姫と目が合った。


 彼女はかごめの視線に気がつくと、慌てて顔を正面に戻した。


「何、欲しいの?」


 鶴姫は素早く振り向くと、苦虫を噛み潰したような顔つきで、舌を出してみせ、また前を向いた。


 今のは、尋ね方が悪かったかもしれない。


 さて、どうしようかとかごめが頭を悩ませていると、ぐぅ、と小動物の唸り声みたいな小さなお腹の音が聞こえてきた。


「鶴姫…」


 音の主である鶴姫は、耳を真っ赤にしたまま、こちらの呼びかけにも応えず、頑なに真正面を向き、進んでいる。


「やっぱり、お腹空いてるんじゃないの」


 早足で隣に並んで、片手に握った非常食の先端を彼女に差し出す。


 こんな危機的状況で、張れる意地を持っているというのは、精神力が強い証だ。


 人間追い詰められているときが、一番ボロが出る。


 夢を諦め、友にも差をつけられ、大好きだった父親を死なせた私がそうだったように…。


 いつまで経ってもこちらを向かない鶴姫の手を握る。


「きゃ」と驚いてこちらを向いた鶴姫の口元に、ほとんど無理やり非常食を押し付ける。そこまでしてようやく、鶴姫は一口頬張った。


「どうして意地を張るかな…」

「だから、それは――」鶴姫が何かを言いかけているうちに、かごめも一口頬張る。「なっ、何してるの!」


 突然叱られたような形になって、かごめは肩を竦める。声量は抑えているようだったが、はっきりと、こちらを責める気持ちが感じられた。


「ご、ごめん?」ほとんど反射的に答えたものの、気になって問い返す。「…って、何が?」


「それ!」


 鶴姫が指差したのは、半分が二人の胃に入ってしまった非常食だ。


「これが、どうしたの?あぁ、盗ってきたのを怒ってるの?いいじゃん、こんな状況なんだし、ちょっとぐらい」


「違くて…、その…」紅葉を散らした面持ちで、目線を斜めに下げながら続ける。「か、間接…」


 尻切れトンボになって、もごもごと何か口の中で呟いている鶴姫に、かごめもすぐに得心した。


「あぁ…、思春期だものね」


 勝ち気で生意気な鶴姫がそんなことを気にするのが、正直かなり意外だった。


 少なくとも見た目は派手なので、そういうことには慣れっこなのかと思っていたが、なにぶん、恋愛をしようにも同世代がいないのだろう。


 鶴姫ぐらいルックスが愛らしければ、誰も放っておかないはずだから。


 かごめが呆れた口調で発した言葉が随分と癪に障ったようで、鶴姫は顔を赤くして小言を吐いていた。


 弾は入っていないが、彼女の背負っている散弾銃にそっくりな言葉の弾丸だ。


 つまり、あっちこっち、多種多様な暴言がぶつけられて、かごめはむしろ相手の語彙力に感心するような心地になっていたのだ。


 そうして、鶴姫の小言を聞き流しているうちに、傾斜のきつい一本道に辿り着いた。少し戻って途中を左に曲がれば、村の出入り口に着く。もちろん、白雪なしでそこを通るつもりはない。


 彼女と無事合流できさえすれば、こんな村に用はない。謎が残っていようとなんだろうと、下山する。

 鶴姫は残ると言いかねないが、引きずってでも連れ出すと決めている。


 幼い少女と血を分けたものは、もはや自分しかいないのだ。


 かごめと鶴姫は百メートル以上は続いている林道を、黙って進み始めるのだった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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