老人 3
全体の校閲がある程度終わったため、
本日より、日に2回の更新とさせて頂きます!
ご覧になられている数少ない方々、いつもありがとうございます!
「かごめっ!」
ドンッ、という衝撃と共に、体がつんのめる。すんでのところでバランスを取り直せたので、死体の中に飛び込まないで済んだ。
腰から前に回された両腕と、慎ましやかな胸の温みに、かごめはふと、我に返った。
「どうしたの、そんな酷いことを言うなんて…。かごめらしくないでしょ!」
「私らしくないって…、何なのよ…」
鶴姫の言葉を素直には受け止められず、かごめは悔し紛れのように呟く。
何を言っているのかは分からないが、さらに鶴姫が自分を制止したことで、これ以上、老人を責めるような気持ちは浮かばなくなった。
大きく肩を落としながら、ため息を吐く。
ここは意地を張るところではない、と年相応の自分が囁く。
その内声を聞き入れながら、かごめはじろりと老人を睨んだ。
「…私たちは、もう行くわよ」
「そうか」
「アンタはどうするの」その問いかけに、鶴姫は驚いたふうに老人を見つめた。「山ノ瀬さんも、一緒に来ようよ!」
山ノ瀬と呼ばれた老人は、鶴姫に向けてだけは穏やかで優しげな表情をしてみせた。だが、鶴姫の意図には沿わず、ゆっくりと首を横に振る。
「ごめんよ。妻と娘を、ここには置いていけないんだ」
もう死んでるのに、と口にしかけたが、さすがにやめた。
その言葉は、人の尊厳と魂を冒涜するものだと分かっていたからだ。
「行くわよ、鶴姫」へその辺りに回されていた、華奢な手を取る。「で、でも…」
「生きる意思のない人間の世話までしていらんないの。分かるでしょ」
「…そういう言い方するかごめ、嫌い!」
「嫌いで結構!こんな状況で隠し事ばかりしている村の連中なんて、私は助けようと思わない」
ピシャリと言い放った刹那、びくりと鶴姫の体が揺れた。
「わ、私のことも疑ってるの…?」
「あ、いや…」
しまった、とかごめは口を開けた。
確かにほんの少しは疑っているものの、鶴姫まで何かの企みに加担している可能性は、限りなくゼロに近いことも分かっていた。
それなのに鶴姫を、村の連中、とひとくくりにしたことはこちらが迂闊すぎたかもしれない。
失意と、少しばかりの怒りに染まった鶴姫の勝ち気な瞳を覗き込む。こちらの本心がきちんと伝わるよう、しっかりと体も正面に向けた。
「ごめん、違うの。鶴姫のことは信頼してるのよ。ただ、その…、ごめんなさい。言い方が悪かったわ」
「…別に、疑われてもいいけどさ」
言葉が足りなかったようだが、彼女の信頼を回復するための言葉をかごめは持ち合わせてはいなかった。
「白雪のことだって、分からなくて、落ち着かないのよ、私。あの子は、私に巻き込まれてここに来たんだから…」
「言い訳、格好悪いし」
駄目だ、何を言っても聞き入れてもらえそうにない。
かごめはそこで諦めて、鶴姫の手を離した。重力に従って、ぶらりと垂れ下がった彼女の手のひらが、とても寂しく映った。
そのまま踵を返そうとしたかごめだったが、ふと、思い出したかのように引き返し、山ノ瀬の前まで戻ってきた。死体を踏まずに移動するのは、何気に至難の業だった。
「まだ、何か用か」
「ここに残るなら、これ貰っても構わないわよね」
そう言ったかごめは、手のひらにしっかりと猟銃を握り込んでいた。初めて触ったが、思っていた以上に重い。
じっと、物言いたげに老人はかごめを見た。
「構わないが、弾はもうないぞ」
「…そうなの」
「あぁ、二連装だからな…」
老人は目を細めると、今までで一番感情を表に出して、横たわる二人の死体に目を落とした。
なるほど、二人だから、二発分か。
「それに、運良く弾の補充が出来たとして、お前は銃など扱ったことはないだろう」
「それは、そうだけど…トリガーを引くだけでしょ。…違うの?」
銃など、ホラーゲームの中でしか扱ったことはない。
このタイプは、連射がきかず、リロードの際に時間がかかるイメージしかない。あくまでイメージだが…。
かごめが目を逸らしながら苦々しく呟いたのを見届けると、山ノ瀬は目だけを動かして鶴姫に言った。
「鶴姫ちゃん、君が持っておいき」
急に声をかけられて、鶴姫が驚いた顔になる。
「私が…?」
「鶴姫ちゃんなら、扱えるだろう」
不安そうに揺れた眼差しが、誘蛾灯に導かれる虫のように、ふらふらとかごめの元にとまった。
初めは意見を求めるような様子を見せたものの、互いに気まずい状態だったのを思い出したのか、さっと目を背け、それから決心したかのように深く頷いた。
「決まりね」二連装散弾銃を手に、今度こそ老人に背中を向ける。
「待て」老人が声を発した。
「何、今更惜しくなった?」それが命か、銃かは尋ねない。
「…村の人間が避難しているとしたら、山のほうの屠殺場だ」
「屠殺場?なんでそんなところに」
「そういう決まりだ。広く、頑丈な建物だからな」
「へぇ、でも私には関係ない」
「もしかすると、お前の知り合いもそこにいるかもしれん」
「白雪が…?」
「信じるか信じないかは、お前が決めろ」
その言葉を最後に、老人はもう何も喋らないと言わんばかりに目を閉じた。
その表情は、苦悶の中の祈りのようにも見える。
「…上等じゃないの」
かごめはくるり、と体の向きを変えて、今度こそ部屋から退室した。
握った直後は重く感じられた銃だが、弾が入っていないと聞いた後では、とても軽く感じられた。
…自分の分の弾丸がないことを、彼は承知の上で家族を殺めたのか。
その決断が正しかったとは、絶対に思わない。
だが、今後どうにかして、家族の後を追おうとするだろう老人のことを思うと、少しだけ、胸が苦しくなった。
読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!
ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、
応援よろしくお願いします!




