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かごめの詩  作者: an-coromochi
三章 探索と捜索
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老人 2

「ひっ」先に声を上げたのは、鶴姫だった。彼女が上げていなければ、自分が上げていただろう。


 部屋の主である男性は、じろりとこちらを見ると、一瞬だけ目を丸くしてから、すぐに興味がなさそうに視線を逸らした。


「うっ…!」


 強烈な鉄臭さに鼻を押さえる。鶴姫に至ってはこの惨状を目の当たりにして、脱兎のごとく部屋を退室していた。


 デスクの正面、ちょうど自分と男性の間に、無残な赤い花を咲かせた二人の女性の遺体が転がっていた。


 どちらも頭が吹き飛ばされており、ピンク色から赤色に変色しつつある肉片が、あちらこちらに散らばっている。


 かごめは最初、また例の化け物による仕業なのかと思ったが、男性の座っているデスクの上に古ぼけた猟銃が置いてあるのを見て、全てを察した。


「…貴方が、殺したの…?」


 男がこちらを向いた。かごめは、男性の顔に見覚えがあった。


 初めて村に来て叔母の家で昼食を取ったとき、同席していた男性だ。たしか、村長だったのではないか。


 村長は、古い試験管の底に沈んだ(おり)のような目でこちらを見つめると、禿げた頭を前に傾けて呟いた。


「どうして、まだお前が生きている」


「え、どうしてって…」相手の質問の意図が分からず、眉間に皺を寄せる。「私は、ただ、必死で…、そうよ、必死でここまで…!」


「そんなことは聞いていない」


 どこまでも機械じみていて、何もかも諦めている口調だった。


 老人は、一瞬、目の前に広がる血の海に視線を落とすと、薄暗い闇の広がる瞳を閉じて、それからゆっくりと開き、独り言のように言った。


「飲まなかったのか?」


「何を?」怪訝に思い、尋ね返す。


 二人はしばらくそのまま黙っていた。やがて、その沈黙を打ち破る鶴姫の声が、かごめの後方から響いた。


「もしかして、薬のことじゃない…?」

「薬って、あの、腹痛予防の?」


 振り返って鶴姫に問うと、彼女は小さく頷いたのだが、そのままうっかり、床に散乱する肉片を視界に入れてしまい、また部屋から出て行った。


 どうやら、トイレに駆け込んでいるようだ。


 かごめは瞬時に、鶴姫と老人の言葉の意味を考えた。しかし、おぼろ気な形でしか答えが見えない。


「あの薬が何だって言うの」


「さあな」と老人は途端に興味を失った様子で、背もたれになだれかかった。


「何か隠していることがあるのね、そうでしょ。薬に何か混ぜていたの?」


 どれだけかごめが問い詰めても、老人はもう、何も聞こえていないかのように、ただ天井を見つめている。


 …『どうして、まだお前が生きている』、という問いかけと、『飲まなかったのか』という言葉から察するに、どうやらあの薬は、ただの腹痛予防の薬ではなかったようだ。


 その意図と正体を確認したかったのだが、これ以上、老人は口を開こうとはしなかった。


 埒が明かない、と判断し、かごめは深いため息を吐いた。そこに苛立ちが込められていたのは言うまでもない。


「もういいわ…。貴方に何を聞いても無駄みたいだから」


 冷徹さを意識し、今度は、彼が犯した大罪のほうに話の焦点を当てる。


「でも、これは何なの。誰を殺したの、ねぇ、こんなの、言いたくないで済まされることじゃないわよ!」


 鋭く言い放った言葉が、血の臭気と、木の匂いとが混合した部屋に響き渡る。


 それを聞いて、慌てて駆けつけてきた鶴姫は、怒気をみなぎらせたかごめの横顔を見て、なだめるように小さく袖を引いた。


 冷静さを欠いている、と忠告されているようで腹が立ち、袖に引っ掛けられた指を無理やり腕を動かして取っ払う。


 鼻息荒く自分を見つめてくるかごめに、老人は蚊でも追い払うような口調で告げた。


「家内と娘だ」


 平然と言ってのける老人に、憤りが抑えきれず怒鳴りつける。


「アンタ…っ!自分が何をしたのか、分かってるんでしょうね!?」

「うるさい小娘だ。分かっているとも」


「分かっていない!家族を、殺すってことがどういうことか、アンタは…!」


「か、かごめ…」と鶴姫が肩に手をかけるも、また強引に振り払う。「うるさいっ!」


「年老いた妻と、足の悪い娘を連れて、あの化け物のいる村を練り歩けと?」


 老人の言葉に、一瞬だけ言葉を詰まらせる。


 確かに、無理だ。

 あの白い巨人はとてもではないが、老夫婦と走れない人間を連れながらにして、避けられる相手ではない。


 だが、だからといって殺すなんて、かごめは到底許せそうになかった。


「ここで救助を待てば良かったじゃない」

「そんなものは来ない。外を見ただろう、ここはもう外界とは隔離されている」


「ワケの分からないことを…!さっきから、殺した自分を正当化しているだけのくせに!」


 かごめの頭の中には、ある日突然、時間によって殺された父のことが思い起こされていた。


 私が助けられなかった。

 夢を叶えられなかったから…。


 私が怪奇譚を楽しみにしていたから、母に止められても、父は危険な場所に飛び込むのをやめなかったのではないか。


 そんなの関係ない、と頭のどこかでは分かっているのに、かごめは胸の底から湧き上がる虚しい慟哭(どうこく)を耐えられなかった。


「最低の人間よ、こんなヤツ。外に叩き出して、あの化け物の餌にしてやったって…!」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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