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かごめの詩  作者: an-coromochi
二章 夕日の昇る村
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夢なら覚めてって?

感想、ブックマークのほう、ありがとうございます!

衣擦れの音を聞きながら、かごめは柱になだれかかって、ガラスの割れた窓から見える外を見つめていた。


ここからは家や小屋の屋根しか見えなかったが、それらは赤く染まり、焼けるようにして輝いていた。


まだ日が暮れていないのか。思ったよりも、時間が経っていないらしい。


幸い、あれだけ騒いでも例の怪物はやって来なかった。森の中に消えた怪物が遠く離れて行ったのか、それともこの辺りを根城にしているのかは定かではない。

なんにせよ、可能な限り静かにしておいたほうがいいことは間違いない。


今はとにかく、鶴姫に尋ねたいことが山ほどあった。

白雪はどうしたのか、そもそも一体何があったのか、みんなはどこに行ったのか…。


こうしている間にも、多くの人間があの化け物たちによって危険に晒されている可能性がある。


追い立てられるような焦りがかごめの足首を上下に動かす。貧乏ゆすりなんて、ほとんどしたことがないのに。


かごめは我慢できなくなって柱から身を乗り出し、鶴姫に質問をぶつけようとした。


「ねぇ、鶴姫…」


「ちょっと!こっち見ないでよ」下着姿の彼女が、体を隠すような姿勢のままかごめのほうを振り返り、怒鳴りつける。「最低…!」


叱りつけられたかごめは、ため息を吐きながら顔をまた正面に向けた。


「ごめん、ごめん」気の抜けた調子で呟く。「どうして私が怒られるんだか…」


今は、鶴姫の着替えを待っている最中だった。そもそも下しか汚れていないのに、どうして上まで着替えるのか、不思議でならない。


地獄耳なのか、聞こえないように呟いたはずの言葉を、鶴姫がご丁寧に拾い上げる。


「着替えを覗くなんて、デリカシーがないんじゃないの」


何がデリカシーだ、大人ぶってからに。


「ごめんってば」


言い返したってろくなことにならない。というか大人としてどうかと思うので、もう一度適当に謝る。しかし、かえってそれが気に食わなかったようで、鶴姫はいっそうぶつぶつ愚痴を垂れた。


「だいたい、もうちょっとスマートに言えないわけ」


「何が」段々と面倒になってきた。「だからぁ、その…」


急に言いづらそうにした鶴姫の様子からピンときて、かごめは笑い交じりで答える。


「あぁ、早く下を履き替えたほうがいいよって言ったこと?」


「それ!そういうところ!相手がどう思うか考えないわけ?」


「はぁ…。いいから早く着替えてくれない?」


そろそろ我慢できなくなりそうだ。こちらも命懸けで助けたというのに、感謝の言葉もなしに、延々と文句を言われるとは思いもよらなかった。


つい十分ほど前の、庇護欲をそそる可愛らしさは幻だったみたいに、鶴姫は普段の生意気さを取り戻している。

まあ、元気になったと考えれば、喜ぶべきことなのだろうが…。


「もう終わったし」後ろの柱に手をかけて、偉そうに告げる彼女の影が、かごめの視界を暗くする。


お待たせの一言も言えないの、と説教したくなるが、そんなことをしている場合ではない。鶴姫を部屋へと押し戻す。


着替えた鶴姫は、いつか見たように、ミニスカートとタンクトップ、パーカーという出で立ちだった。


先ほどのように駆け回ることになるかもしれないのに、そんな短いスカートはいかがなものかとは思った。


畳の上に腰を下ろした二人は、互いに今起こっている状況を整理しようと努めた。だが、話を進めていくうちに、すぐに残念なことが分かった。


「…そう、鶴姫も、白雪を知らないのね」かごめは肩を落とした。


母の行方も知らない、と付け足して説明してくれた彼女だったが、それに関しては十分分かっていたので、不要な情報でもあった。


「そ、そんな顔しないでよ。しょうがないじゃない。私だって、あの大きな地震の後、地下にずっと隠れてたんだから」


「別に、責めているんじゃないの」軽く首を振って、気持ちを切り替える。「随分利口ね、地下にすぐ隠れるなんて」


「災害のときはそうするように、前から言われてたの」

「誰に?」

「もちろん、お母さんとか、風見さん」


お母さん、という言葉を聞いて、かごめは思い出したくもない光景を思い出した。

それと同時に、目の前にいる少女の両親が、この世からは消えてなくなったという事実をどう伝えるべきかを苦悩した。


そんな彼女を追い詰めるように、鶴姫が軽い調子で尋ねる。


「あ、そうだ。風見さんと母さんたちを知らない?地震が起こる前に、どっか行っちゃったんだけど…。多分、かごめのお母さんを送って行ったんだと思う」


かごめは、ゆっくりと瞳を閉じた。


目蓋の裏側にある、自分が生まれたときから共存している果てしない暗闇を見つめ、思案する。


時間にして五秒ほどだったが、かごめの中ではいくつもの判断と、呵責が行き交っていた。やがてそれらが止むと、彼女は閉じたときと同じようにゆっくり開いた。

「いいえ、見てないわ」


「おかしいなぁ、おばあちゃんの家に行ったと思ったんだけど」


何も知らない子羊は、こてん、と可愛らしく小首を傾げた。


「気が付いた後、家には戻ったの?」


鶴姫には、見知らぬ男の背中を追った話はしていない。寝付けなくて森の中を散歩しているうちに地震に遭い、倒れた拍子に気絶したと話している。


どこの誰とも知らない奴を追っていたこともそうだが、その人物が消えたということを話しても、まともな理解は得られないだろうと思ったのだ。


「戻ったわ」淡白な返事が逆に嘘臭いかとも思ったが、鶴姫は気にしていない様子だ。

「ちゃんと探した?どこかに隠れてるかもしれないし…。ねぇ、もう一度戻ってみない?」


「駄目よ」きっぱりと言い切ったかごめに対し、鶴姫もさすがに怪訝な表情を浮かべる。「何で…?」


しょうがない。やはり、全てを隠すことは出来ないのだろう。


かごめは相手の目をしっかりと見据えたまま、左右に首を動かす。


「あそこには、血と死体しかないからよ」


「じょ、冗談だよね」半笑いの顔つきで尋ねる。


だが、彼女もそれが嘘ではないと心のどこかで気づいているのだろう。反抗的な吊り目が、何度も不安に揺らいでいた。


「こんな冗談は言わない」


かごめの気迫に押された鶴姫は、口を開いたまま無言になっていたのだが、彼女が一部始終を語り始めたことで、真剣な顔になって話を聞き出した。


鶴姫の両親と母が死んでいたことは伏せて、それ以外に起きたこと全てを明かした。


真っ白い化け物に襲われたこと。

村人と思われる三人の人間が、無残にバラバラにされたこと。

化け物はまた森に帰ったこと。

そうしたことがあって、祖母の家から避難し、ここまで来たこと。


かごめが話の結びとして大きなため息と共に、「鶴姫が無事で良かった」と心の底から告げたことで、鶴姫もまた大きく息を吐いて言った。


「かごめのおかげ、ありがと」


「いいのよ、当然のことをしたまでだから」


我ながら、よく勇気が出たなと今は思うが。


「…そんな化け物がいるなんて…。まだ、信じられないけど」


「さっきの目無し女を見たでしょ。もう、何が出てきても不思議じゃない」


いや、どうだろう。あれは一応人間の原型を留めていたが、白い怪物は明らかに別物だ。多分、見たらひっくり返る。


「何だか、悪い夢でも見ている気分…」と鶴姫がぼやく。


それを聞いて、かごめはニヒルに笑った。そうして笑うと、物語の主人公にでもなったような気分がして落ち着くのだ。


「早く覚めるといいわね」


ムッと、鶴姫が顔を険しくし、唇を尖らせた。


「馬鹿、いじわる。ほんと、そういうとこ」

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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