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かごめの詩  作者: an-coromochi
二章 夕日の昇る村
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白亜の殺戮者 2

 かごめは、室内に散乱する血痕や肉片を想像して、胸のムカつきを覚えた。だが、すぐにあることに気が付くと、すぐさまクローゼットから出た。


 寝室は両方とも、家具の配置から同じ間取りだ。

 誰かしらの悲鳴と、叩きつけられた振動が直接壁越しに聞こえてきたということは、寝室の右側で殺されたのではないか。


 さらに、一瞬でも静かになったということは、どこかに隠れていた可能性が高い。

 寝室の右側、かつ隠れる場所というのは、クローゼットしかない。


 化け物は不思議なことに扉を壊さず、ドアノブを回して扉を開けていた。ならば、クローゼットを開けるぐらいのことはするだろう。


 自分の冷静さに驚きつつ、化け物が来るより早く出窓によじ登る。ベッドの下は見つかったら本当にどうしようもない。それならば、最悪窓を割って飛び降りるという選択が出来るこの場所のほうが良い。


 一度止んでいた悲鳴が、また響き出した。カーテンの裏に隠れながら、びくっと肩を竦めたかごめは、誰かが暴れ回る音と扉が跳ね開けられる音を聞いた。


 片方は階段側に逃げ出したらしい、そのまま外に出てはくれないか、と考えていると、あろうことか足音はかごめの隠れている部屋の前まで移動した。


 ――一体、何を考えている。私を囮にでも使うつもりか。


 荒い呼吸と共に部屋に入って来た女は、多少若い女性のほうだった。


 隙間から見える表情は恐怖に歪んでおり、笑っているか黙っているかすれば美しい顔立ちなのだろうが、これでは全て台無しだ。


「た、助けて!お願い」


 扉を閉めることすらせず、彼女はクローゼットのほうに駆け寄った。躊躇いなく両開きの扉を引く姿から、錯乱しているのか、本当にこちらに押し付けるつもりで来たのだろう。


 彼女が目を大きく見開き、涙を流している後方から、例の白い怪物が部屋に入り込んできた。


 大きい。間近で見ると、2mは余裕である。体を折り曲げるようにして室内に入って来る姿は、白亜の巨人だ。


 全身が血に濡れながらも、ところどころ覗く曇った白は、いやでも病的な患者を思わせる。

 妙に手足が長く、身の丈が馬鹿でかい以外は人間と似たフォルムをしている。鼻が低すぎるところは、少し違うか。


 怪物はクローゼットを開いたまま呆然としている彼女を見つけると、にっ、と口元を大きく開いた。

 裂けるほど開いた口からは、だらしなく唾液が垂れており、糸を引いて床にまで滴れ落ちている。


「あ、待ってお願い――」


 女が全てを言い終わる前から、怪物はその長い手で女の腕を掴んだ。


 ふわり、と女の体が持ち上がり、弧を描くのを、かごめは目を逸らすことも出来ずじっと見ていた。


 そのままベッドに何度も叩きつけられる。

 スプリングの軋む音と、彼女の悲鳴にもならない苦悶の声。さらに、肩の間接が外れる音…いや、どこかの骨が折れる音か。

 こんな勢いで何度も叩きつけられては、下がマットだろうが関係ない。そもそも、濡れタオルみたいに振り回す動作が、人間の間接の可動域を越えている。


 しばらくすると、プラプラと手足がぶら下がり始めた。

 もう、彼女はうんともすんとも言わない。


 人の死ぬ瞬間を目撃しても、かごめは叫び声一つ漏らさずに耐えていた。

 そうしなければ、次にああなるのは自分だと知っていたからだ。


 何が気に入らなかったのか、怪物は糸で吊った人形の手足みたいなそれを、一本、一本千切り始める。


 現実から意識を逸らそうとしている一部の自分が、昔、実家の周りの草むらで捕まえたバッタのことを思い出していた。


 胴体を持って摘まみ上げるときは大丈夫なのだが、間違って手足を持ってしまうと、バッタが逃げようとする勢いに体の耐久性が負けて、手足がもげてしまうのだ。


 どうしてこんなに簡単に千切れてしまうのか。

 虫の体はなんと脆弱なのかと考えていたが…。どうやら、それは見る生き物の視点で変わるらしい。


 この怪物を前に、人の体はあまりに脆い。


 やがて怪物は、人間達磨と化した女性の頭を丸ごと頬張った。


 顎が蛇みたいに大きく開いて、彼女の苦悶に染まった血だらけの顔が見えなくなると、バキバキと骨を噛み砕く異様な音が聞こえ始める。


 頭蓋骨は、人間の体の中で最も硬い部分――ではない。それ以上に硬いものとして、歯が挙げられる。もちろん、人間の顎の力で頭蓋骨が噛み砕けるわけがないが、あの怪物は違うらしい。


 肉食獣のように尖ってはいない、人間と同じ平らな形の歯だったが、何ぶん、一つ一つのサイズが桁違いだ。

 それに人間ですら、物を噛むとき自身の体重と同等程度の力が発生していると言われるので、この暴力の化身のような化け物なら、なおさらだろう。


 目をつむり、耳を塞ぎたかった。

 しかし、この怪物に食われないためにも情報を集める必要があり、その好機を恐怖のためだけに逃すのは賢いとはいえない。


 怪物はある程度頭を咀嚼すると、どうでも良さそうに吐き出した。そして、ぐちゃぐちゃになった肉塊に目もくれず、今度は胴体にかぶりつく。

 胴体は、ちゃんと食べているようだ。


 …しかし、この巨体とはいえど、すでにあれだけの人数の胴体を食べているのに、まだ食べるのだろうか。


 食べることが目的ではないのかもしれない、と思ったが、きちんと胴体は最後まで食べ切った。食欲がないとは思えない勢いだ。


 幸い、怪物は満足した様子で踵を返し、部屋から出て行った。


 怪物の気配がこの家から完全に消えても、しばらくじっとしていた。だが、窓の外に先ほど化け物が下って来た斜面を逆に登っていく白い巨影を見たとき、慌てて出窓から離れた。


 死が充満した一室。鉄の臭いが嗅覚を麻痺させるほど濃い。


 隣の部屋を確認すれば、同様の光景が広がっていた。


 かごめは、えづくこともなかった。


 彼女らの死を悼むよりも、どうすれば生き残れるか、そして、白雪は無事なのかということばかり、かごめは考えていた。

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