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かごめの詩  作者: an-coromochi
一章 ようこそ、籠目村へ
14/62

月のない夜

長かった一章もここで終わりです。


お楽しみ下さい。

 月のない、星の光だけが頼りの、沈み込みそうに暗い夜だった。


 シャワーを浴びて髪を乾かしてから二階に上がる。まだ母は帰って来ていないようだ。


 自室の扉を開けると、シャワーを浴びに行く前まではベッドに腰かけ本を読んでいた白雪が、倒れ込むようにしてシーツに横になっていた。


 不気味なことあった部屋でも、夜が来ればきちんと体は眠くなるらしい。意外にも、彼女の神経が図太いという可能性もある。


 水色の寝間着に着替えていた彼女は、昼間よりもずっと幼く見えて、何だか変に意識していたことが馬鹿らしく思えてきた。


 白雪にとっての『好き』なんて、子どものそれと何ら変わらないのだ。

 そう、友愛の証。


 緊張して損した気分だ。


 シーツの上で泥のように眠っている白雪に布団をかけ、自分も眠る準備をしようとしたところで、ふと、胃薬を飲み忘れていることに気が付いた。


 危ない、危ない。今のところはなんともないが、深夜、腹痛で目が覚めてはたまらない。


 薬を置いていた窓際の小さな丸テーブルに近寄る。しかし、夜風で冷えた机上に薬の影はなかった。


「あれ?」とかごめは周囲を探した。


 机の下、椅子の上、どこにも見当たらない。


 おかしい、確かに机の上に包み紙と一緒に置いておいたはずなのに。


 怪訝な顔つきになりながら出窓のほうへ視線を移したかごめは、一応窓の下も覗いてみた。すると、ちょうど真下に位置するツツジの植え込みに、見覚えのある白い包み紙が見えた。


「もぅ」と声を上げるかごめ。


 風で煽られたにしては、随分と都合よく飛んで行ったものだ。面倒だが、下に下りて拾ってこよう。腹痛だけは勘弁である。


 すぐに戻って来るつもりだったので白雪には声をかけず、部屋から出て狭い階段を下りる。廊下から覗いたリビングの時計は、すでに零時を回っていた。


 鍵を開け、玄関をくぐり、裏手に移動する。


 植え込みは正方形の建物の外周をぐるりと覆うように植えられており、壁と植え込みの間は人一人分ほどの空間しかない。


 山間の夜は、夏でも冷えるのだな、と半袖の寝間着のまま出てきたことを後悔しつつ、目的の場所に辿り着く。


 確か、この辺りに…。


 かごめはツツジの間に手を伸ばし、包み紙を探していた。だが、一向にそれは見つからなかった。星の光を頼りにして覗き込むと、どうやら目的の物はすでにそこにはないようだった。


 探す場所を間違えたのか、と顔を上げて窓の位置を確認しようとしたかごめの視界に、何か、黒い、動くものが映った。


 反射的に身を屈め、息を殺して様子を窺う。


 黒い影は、どうやら人の後ろ姿のようだった。


 こんな時間に、なぜこんなところに…。


 祖母の家は村の最奥に位置しており、ここに用事のある者以外は誰も来るような場所ではないはずだ。


 寝室の窓から漏れている光に照らされた人影は男のように見えた。そして、かごめは男が手に持っているものを見て、あっと、声を漏らしかけた。


 薬の包み紙だ。

 理由は分からないが、彼が拾ってしまったらしい。


 どうする、と数秒逡巡するが、すぐに彼を追いかけることを決める。


 不審者ではないとも言い切れないので、少しだけ様子を見たい。


 白雪に声をかけるべきかとも思ったが、そんなことをしていては男を見失いそうだったので、仕方がなくそのまま植え込みを跨ぎ、男の背中を追う。


 柵で区切られた細い道を下る。少し離れた叔母の家からは、まだ光が漏れているのが確認できた。


 母や叔母らが酒の席を楽しんでいるのだろう。時折、何人分かの高い笑い声がここまで響いてきていた。


 かごめは男が村の中心のほう――つまり、叔母の家のほう――へ向かうのだろうとばかり思っていたが、彼は途中で畑のあぜ道へと曲がり、森の中へと足を踏み入れていった。


 確か、あっちには人気のない廃屋がいくつか並んでいたはずだ。まさかとは思うが、あそこに住んでいるのか…?


 いや、もしかすると私が尾行していることを察していて、わざと人のいないところへ誘導しているのかもしれない。


 だが…。


 どうしてか、私にはそういうふうに見えなかった。


 男の背中からは、邪気を一切感じなかった。まあ、そういうスピリチュアルな感性に優れているというわけではないのだが、こればかりは確信に近い何かがあった。


 今度も、ほとんど迷わず男の背中を追った。少し猫背になった後ろ姿を見ているうちに、さらにその確信は強まる。


 次第に道は絶え、小枝と枯れ葉、青々とした草木の支配する土の上を歩くことになった。それでも男はまるで足を止めず、いくつかの廃屋を越えて、さらに奥へと進んでいった。


 傾斜のきつくなった山の斜面を、滑らないよう注意しながら登る。男はまるで滑り落ちそうになる様子もなく、ぐんぐんと上がっていくので、徐々に距離が離れ始めていた。


 くるりと、一度だけ振り返る。すると、ちょうど祖母の家に向かって何人かの人間が移動しているところだった。


 携帯か、小型のライトか、弱々しい光がいくつか灯っている。おそらく、いい加減に母が送り返されているところなのだろう。ほぼ毎日これくらいの時間であった。


 それにしては、少し人数が多い気がするが…。


 結構な高さまで登ったことを確認しつつ、さらに足を動かす。もう男の姿はなかった。少し上に行けば小高い丘の頂上になっているようだった。


 とりあえずそこまで上がろうと思い、黙々と進む。


 土と木の枝ばかりの丘の上に、ぽつんと小屋が建っていた。今まで目にしてきた廃屋と同様、人の気配はまるでない。


 見失ったのか。違う、見晴らしの良い高い位置に来ているから分かるが、ここら一帯には視線を遮るものがないので、この小屋以外に男の居場所はないはずだ。


 立て付けの歪んだ扉の前に立ち、一つ深呼吸をしてからノックを二度ほどする。もちろん、返事はない。


 室内はかび臭く、真っ暗だった。これでは暗闇から襲われたときに、本気でどうしようもなくなるのでは、と今さらながらに恐ろしくなる。


 妙な冒険をしすぎた。さっさと白雪のいる部屋に戻ろう。


 そう思い、振り向かぬまま後ずさりすると、不意に、部屋の奥が明るくなった。


「…なに?誰かいるの」


 ゆらゆらと揺れる暖色の光は、火の明かりか、ランタンか何かと思われる。


 誘蛾灯に引き寄せられる羽虫のように、かごめは一歩、二歩と歩みを寄せた。


 耳が痛くなるほどの静寂だった。

 風の音すら、この暗闇には届かない。


 思えば、妙なことだったのだ。


 あれだけ騒がしかったカエルや虫の声が、突然止んだということ自体が。


 バキッ、と床の木板が折れるような音で、心臓がキュッと縮む。


 星の明かりに導かれるようにして闇の間を縫い、廃屋に足を踏み入れたかごめは、最早恐怖とは無縁の存在になっていたつもりだったが、先ほどの音で急に現実に引き戻された。


 それでも、かごめは足を動かし続けた。


 立ち止まれば、もう動けなくなりそうな気がして…。


 扉が壊れてなくなった隣の部屋を、おそるおそる覗き込む。


 ぼんやりとした蝋燭の炎が揺れていた。光源はここだ。


「誰もいない…?」


 でも、だとしたら、蝋燭を点けた人はどこに…。


 廃屋の一番奥に当たるこの部屋は、外装に似つかわしいボロボロの家具ばかりだった。


 木の椅子と作業机、空いたままのクローゼット。破れていないところのほうが珍しい二人がけのソファ。


 誰かがここで暮らしていた形跡があるが、それはもうかなり過去のことのようだ。


 テーブルの上の蝋燭は一帯を照らしていたわけだが、なんと、その明かりの行き届いている机上にかごめの探していたものがあった。


「薬…。やっぱり、あの人」


 男性がここを訪れていたことを再確認しながら、包み紙に手を伸ばした刹那、激しく炎が揺らめいた。


 不気味な兆候を感じ取り、思わず手を引き、後ずさる。


 ――…何だ、この感じ。


 誰かが自分を見ているような気がして、彼女は素早く視線をあちこちに巡らせるも、誰の姿もない。


 ――…うなじが、ひりつく。


 パチ、パチ、と蝋燭の光が明滅し始めた。


 まるで、世界のスイッチのオンオフが、激しく入れ替えられているみたいだ。


 そして、とうとう辺りが黒壇の闇に閉ざされた。


 無音。

 無だ。

 光も、色も、音もない。

 自分すらも。


 こんな短い間に、また味わうことになるとは。

 人ならざるものを、まざまざと感じる。


 不意に、自分の背中から何かを感じた。


 いや、聞こえた、と言ったほうが的確か。


 誰かの息遣いに、自らの鼓動が激しく高ぶる。


 やがて、それは言った。


『気をつけろ』


「きゃっ!」


 ドン、と背中に強い衝撃を感じ、前のめりに倒れ込む。その拍子に何かに激突し、一拍置いて大きな物音と共に、自分の上に何かが倒れてきた。


 何者かに突き飛ばされ、それから狭い空間に閉じ込められた、と一瞬で察する。自分の息遣いがいやに反響していたからだ。


 倒れたときの痛みなど気にする間もなく、四肢を慌ただしく動かして、空間を図ったかごめのすぐそばから、また先ほどの声が聞こえてくる。


『鬼が来るぞ』


「…っ、な、何?誰?出してよ!」


 瞬間、今度は、下から激しい衝撃を感じた。


 突き上げられるような鈍い感覚を受けた直後、後頭部を強打した。何に頭をぶつけたのかなど考える余裕もないまま、かごめはゆっくりと意識を失っていった。

これにて一章は終わりとなります。


すぐに二章の更新を始めますが、ようやくホラーっぽく出来るかとは思います。


明日からもお付き合いくださると嬉しいです!


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


応援よろしくお願いします!

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