表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かごめの詩  作者: an-coromochi
一章 ようこそ、籠目村へ
12/62

異変 1

 籠目村では相変わらず、派手な接待が続いていた。


 朝昼晩の豪勢な食事、足りない物はないか(そもそも娯楽なんて、本とお菓子くらいしかないが)、家は快適か、そんな確認ばかりがしつこく繰り返されていた。


 中でも一番辟易とさせられたのは、毎夜派遣されてくる夜伽の相手だ。

 まあ、毎回毎回、鶴姫が送られてくるので説明の手間は省けるわけだが、いい加減、寝苦しい。セミダブルでは、三人で寝るには狭すぎる。


 夜伽のためにセミダブルが用意されていたのか、と気付いてからは、いっそうもやもやとした気持ちにさせられた。


 段々と白雪は近くなってくるし、鶴姫は寝相が悪い。


 …というか、白雪があの日以降、何だか距離が近い。しかも、無言で距離を詰めてくるから、余計に怖い。


 独特の葬儀習慣も終わりが近づき、こうして田舎で携帯にも触れずに過ごすのも、最後というある日のこと。祖母の家の縁側に腰を下ろしていると、白雪が叔母の家のほうから帰って来ていた。


 白雪は片手に布の袋をぶら下げ、のんびりと舗装されていない道を歩いている。


 ここから見ている自分に気付いていない様子の白雪は、どこから貰ってきたのか、麦わら帽子を被って鼻歌を歌っていた。


 夏の原風景を思い出させるような一枚に、かごめの目は自然と吸い寄せられる。


 白一色のワンピースに、麦わら帽子を乗せた彼女を見ていると、どこか、胸の奥がかきむしられるような気持ちにさせられる。


 それが、ノスタルジーを刺激する服装と舞台によるものなのか、もっと別のものなのかはかごめには判断がつかない。


 そうしていると、白雪が縁側のかごめに気が付いた。遠慮がちな微笑みを浮かべて手を振ってくる彼女に、軽く手を上げて返す。


 昔に戻ったみたいだ。


 昔?


 昔って、いつのことだろうか…。


 自分がまだ、白雪のヒーローで、父が土産話を持ってきている頃か…。


 玄関から上がって縁側に移動した白雪のほうをあえて向かず、ずっと、森のほうを見ていた。


 針葉樹林の間に、ぽつぽつと今は使われていない様子の小屋が何軒か見える。誰の手も入っていないのか、窓ガラスは割れたままだ。


「はい、かき氷貰ってきたよ。イチゴ味でいいよね?」


「うん、さんきゅ」


 彼女が手渡した袋を握る。昔から、これは変わらないパッケージだ。そして味も変わらない。

 数少ない、変化を許容せずとも生きながらえている商品だ。


 袋を開けて、かぶりつく。


 ひんやりと喉を潤す甘い氷が、ぼんやりとしていた自分の脳髄を目覚めさせる。


「明日にはようやく都会に帰れるわけだけど…。まあ、こういう時間も悪くはなかったわね」


「うん、そうだね」


 そう言うと、白雪もまた袋を開封し、そっとかごめの隣に座った。


「久しぶりに、かごめちゃんとたくさん話せて良かった」


「…あ、そう」


 こちらに向けられた、眩しくも、儚げな笑みから顔を逸らすのでやっとだった。


 かき氷を咀嚼し、飲み込む際に上下する喉を見ていると、ぺろり、と唇を舐める赤い舌に視線が吸い寄せられた。


 当然、他意はないのだろうが、とても艶かしい仕草に思えて、かごめの頬が熱くなった。


 ――…白雪が、変なこと言うから…。


 近頃、妙に意識してしまう自分を戒めるためにも、真っ直ぐ顔を向け直し、畑に無造作に打ち立てられた案山子を睨みつける。


 都会の冷たさの中で、人付き合いをする余裕を奪われてしまっていたのかもしれない。いや、勝手に落としてしまった、というほうが正しいだろうか。


 何度も差し伸べられていた白雪の手を、繰り返し振りほどいた。


 いつまでも彼女が、こうして自分に期待してくれるとは限らないのだ。

 早いうちに、握り返したほうがいいのではないか…。


 結局、かごめがまた白雪のことを考えていたところ、何気ない調子で白雪が口を開いた。


「動物がね、全然いなくなってた」


「動物?」ととりあえず聞き返す。「そうなの」


「動物って、家畜のこと?」


「うん。家畜小屋からほとんどいなくなってるの」


「へぇ」


 初めは、どうでもいいな、とかき氷の甘みのほうに意識を戻していたかごめだったが、白雪がぽつりと、「私たちが来たせいかな…」と呟いたことで、再び話に戻る。


「私たちの歓迎用に屠殺されたって?」


「…そうかもって」


「そんなわけないでしょ」


 淡白に言い切ったかごめの言葉にあまり納得していない様子の彼女は、眉をひそめて俯いている。


 あのままでは、かき氷が手に垂れてしまう。


 その雫を、ぺろりと舐めるところを想像してしまって、これはやはり、自分の精神衛生上よろしくない、とかごめは咳払いをした。


 私たちのせいじゃない、と納得させるしかなさそうだ。


「あのね、家畜の数は二、三匹じゃなかったでしょ?一匹でも、相当な量の食材になるのに、何十匹分も私たちが食べて消費するなんてこと、出来るわけないの」


 それに、自分たちが滞在しているのは、今日を入れてやっと一週間だ。とてもではないが、私たちや叔母たちだけで、あの量の家畜を消費するのは不可能だ。


「そっかぁ、そうだよね…」


 村の外れにある屠殺場のこともあって、白雪はそこまで考えたのだろう。


 中々に物騒な響きだ、屠殺場。


「きっと、出荷でもしたんじゃない?」


 その一言を最後に、家畜の話は終わった。


 それから明日慌てて準備をしないで済むように、荷物の片付けを行いに寝室へ戻った。


 ベッドには、自分と白雪、そして嗅ぎ慣れない少女の匂いがこびりついている。途中途中、そこに腰掛けながら、片付けを進める。


 クーラーがなくても涼しい風に満ちているこの場所を離れるのが、ほんの少しだけ惜しい、と感じている自分が不思議でならない。


 少しトイレに、と白雪に伝え、用を足してから二階に戻ると、彼女が何かを早口で呟いているのが聞こえた。


 電話でもしているのかと思ったが、それはない。ここは電波の届かぬ圏外。深山幽谷の地だ。


 この短い間に客が来たとも考えられないので、かごめは怪訝な気持ちで狭い階段を早足で上った。


 部屋に戻ると、白雪が両手を重ね、おどおどと後ずさりながら、「え、なに?」と同じような言葉を連呼していた。


「どうしたの、しら――」


 妙なものでも見たのか、と尋ねようとしていたかごめの耳に、また例のノイズが聞こえた。


 ぽんこつめ。寝ている間も何度かあったが、いい加減にしろよ。


 最初は正直、ちょっと不気味だった壊れたテレビのほうを振り向く。すると、テレビはここに来て初めて、その画面に光を灯した。


 凄まじいホワイトノイズを瞬かせていたテレビに、一瞬だけ尻込みする。


 ホラーやオカルト好きだった自分も、こういう現象に万全の耐性があるわけではない。


 それでも、自分の後ろで怯えた声を出している白雪のことを思い出して、ぐっと足に力を込め、テレビの電源を手動で切ってやろう、と前進した。


「ったく、いつまでもこんなボロいの使ってるから…」


 やたらに大きい主電源のボタンを押し込む。


 だが一向に、テレビの電源が点いていることを示す緑色の光が消えない。


「あ、あれ?」


 何度ボタンがへこんで、飛び出てを繰り返しても、鬱陶しいノイズが消えない。


「いい加減に…!」テレビの裏に回り込み、電源をコンセントを引き抜く。「しろ!」


 すぐに、静寂が戻った。


 外から聞こえてくる蝉や鳥の声以外、何も聞こえなくなる。


 よかった、今ので消えなかったら、私も腰を抜かしてしまったかもしれない。


 壊れている、の一言では片付けられなくなるからだ。


 かごめが、そういうギリギリの情けなさを表に出さず、苦笑いを浮かべ白雪を振り返ったときのことだった。


 再度、ノイズ音が鳴る。


 びくっ、と体が跳ねると同時に、全身に鳥肌が立つ。


「こ、コンセントが抜けてるのに、何で…」


「知らないよ!」


 くそっ、何だよ…!


 力任せにテレビの側面を叩くと、一瞬で音が止んだ。


 今度こそ、と思っていた二人の耳に、次はさっきとは違うノイズが聞こえ始めた。


 弱々しい、ラジオのノイズのような音。


 どんな壊れ方をしていたら、こんな不気味に…。


 後退りし、白雪の体を何かから庇うように片手で抑える。


 今すぐこの場から離れるべきかとも思ったが、そうすることで、このアクシデントを、まるで…、まるで怪異とでも認めているようではないか、と唇を噛んで踏みとどまった。


 一生懸命に次はどう動くか、と考えていたかごめの耳には、聞こえていなかったものを、白雪は聞いていた。


「か、かごめちゃん」


「な、何?」


「これ…」と白雪が言葉を途絶えさせた。


「なに、何なの?早く言って!」


 再び、白雪が色の落ちた麗しい唇を震わせて言った。


「人の声、に聞こえない…?」


「はぁ!?」


 そんなわけない、と断言したかったかごめだが、心音と自分の息遣いがうるさすぎて、ちゃんと聞いていなかった。


 口を閉ざし、念のために耳を澄ます。


 鬱陶しいノイズが響く中、確かに、何か人の声――というより、言葉のようなものが聞こえる。


 ――ぁ…ぉめ…め…


「ひ…」


 ぎゅっと、しがみついてきた白雪と似たような悲鳴を漏らす。


 冗談じゃない、こんなところで心霊現象なんて、ふざないでよ。


 ずりずりとしゃがみ込んでいく白雪に引きずられて、かごめも床に腰を下ろした。


 こうなれば、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。


 とっさに、かごめは白雪の耳を覆った。

 せめて、彼女がこんな恐ろしいものを聞かないで済むようにと。


 ――ぇん、…ぁ、ぇ。


 音は、それから間もなく止んだが、その後に凪のように広がった静寂は、酷く澱んだものだった。


 偶然だと言い聞かせながら、帰り支度を整えたかごめと白雪の頭の中には、もう一夜ここで寝泊まりする必要があるのか、という考えが浮かんでいた。


 さすがに今回ばかりは、自分一人でなくて良かったとかごめは思った。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ