鏡の役割
王はクレメンティーヌの部屋で鏡を見ていた。
職人ガンダルトの作だと分かる美しさの中に怖ろしい程のきらめきが見て取れる。
マクシミリアンも王太子も王もこれから起こる事に固唾を飲んでいた。
「おまえは魔力があるという、ならば私の希望を叶えて欲しい。」
王の手は鏡の鏡面をなでていて、魔力を流しているのがわかる。
「どうか、時を戻して欲しい、クレメンティーヌがまだ幼く、私と幼馴染の睦ましい時代に戻して欲しい。
そして、そのまま時を止めて欲しい、私の美しいブロンドの乙女。
私を忘れないで。貴女が暮らしやすい国を作りたかった。
安定した国政は貴女を守れると思っていた。」
傷を負った王の手の平から血が流れ出る、鏡の上を流れて行く。
セシルの身体が光る、そして王に向かって歩いて行った。
「ロレンツォ、貴方に会わずに逃げた私を許して。
ちゃんと愛していたわ、でもそれは終わってしまった。」
過去の中にセシルが入っていく、それはクレメンティーヌだった。
「違う!今も愛しているんだ、ずっと。」
王がクレメンティーヌを抱きしめようとするが、それぞれが幻影なのだろう、掴む事はできない。
「言ってなかった事を言おうと思って戻ってきたの。
さよなら、私の初恋の人、ロレンツォ。」
「もう戻れないのか、戻りたいんだ。」
クレメンティーヌが首を横に振る。
「そこから出て来て、鏡の中から出て来て。」
そうか、王の魂は鏡の中に閉じ込められていたから、若くに亡くなったのだ。
その後を王弟と、放逐された王子が争ったのだな。だが、魔力のない王子では勝ち目のない戦いだったのだろう、そして王弟の血が今の王家まで続いている。
「セシー。」
マクシミリアンがセシルを呼ぶと、先程までクレメンティーヌに見えていたセシルはもうクレメンティーヌに見えない、セシルにしか見えない。
「クレメンティーヌ!」
王が叫ぶ、どこだと探している。
セシルはゆっくりと口を開く。
「もうクレメンティーヌはいない、貴方だけがこの世界に留まっている。」
王の顔が急速に朽ちていく、長い時に追いつくように。
「ゆっくり休んで、ロレンツォ。
さよなら、そして、ありがとう。」
セシルの姿をしているが、クレメンティーヌの魂の声だった。
王の深い愛がセシルの時を止めたのだ、セシルの中に流れるクレメンティーヌの時を止めたのだ。
この鏡は歪んだ鏡だ。
王の深く強い愛を歪んだ中に閉じ込めた、まるで鏡自身が王の望みをかなえる事を望んだかのように。
4人が浮遊感が無くなったと思った時には元の肖像画の前に居た。
肖像画の止まった時はこれから動くのだろう、時間と共に劣化をする。
「ね、マクシミリアン。私、わかるのこっちよ。」
いつの間にか元気になったセシルが3人の先頭に立って歩いて行く。
セシルが歩くのは東の庭園、その先は古い温室があるだけだ。
セシルの足元は迷ったりしない、温室を通り過ぎ、古い株のバラの生け垣を抜けるとそこには大きな楠。
「マクシミリアン、ここをそっと掘って。」
セシルの指さす木の根元を魔術で掘る、かなり掘ったところで何かにぶつかった。
魔力で包まれたそれを地上に持ちあげる。
真っ白のウェディングドレス、言われなくともわかる、クレメンティーヌが着るはずだった物に違いない。
何百年も前とは思えないないぐらい綺麗である。
あの肖像画と同じように劣化も汚れもない。
これも王の愛だったのだろう、消えない想い。
ウェディングドレスに包まれて鏡が出て来た。
鏡を手に取ると、セシルは王がしていたように鏡をなでる。
「ロレンツォを守ってくれてありがとう。」
みるみる鏡がくすんでいく、王が朽ちたように鏡も朽ちていく、王の後を追うようだ。
マクシミリアンは着ていたガウンを脱ぐとセシルに着せかけた。
それはブカブカだったものが、セシルの成長にともなって少し余るぐらいになった。
「セシー、綺麗だ。」
マクシミリアンの瞳には大人になったセシルが映っている。
王も王太子も腰をぬかさんばかりだ。
マクシミリアンはセシルを抱き上げ、鏡を持ち上げた。
王太子はウェディングドレスを拾い王宮に戻る。
「王は言えなかったんだろうな、結婚してからやり直そうとしてたんだ。」
「想いは言葉にしないと伝わらないのです。」
マクシミリアンの言葉に答えたのは王太子だ。
「殿下はご結婚は?」
王太子は首を横に振る。
「我が王家は政略結婚はしません、その理由がわかりました。
愛する人を大事にする為だった。
まだ、私は婚約者もいません。」
マクシミリアンは、セシルを抱いて歩く足を早めながら、
「私の婚約者はセシルです。
クレメンティーヌの子孫のセシルは大人に成れない呪いにかかってました。
それが先ほど解除されたのです。
ロレンツォ王の願いを何十倍、何百倍に強めたのが鏡でした。」
やっと結婚できるとの思いが込み上げてきたのか、胸がつまるようだった。
東の庭園から王宮に戻る道は希望に溢れていた。
「王家にブロンドの子供が生まれても、これからは18歳を過ぎて生きる事が出来るでしょう。」
全てが終わったとマクシミリアンの言葉は告げる。




