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04 赤いスイトピー

「ストップ!! アルンちゃん!! 暴れないで!!」


 光の花と風撒くステージに降りた泉は手を前に錫杖を後ろに、制止のポーズで魔獣マンモとアルンの前に足を縺れさせながら飛び出していた。

相変わらず光沢麗しい白い服に、飾り羽根を肩と手首と足に携えた姿。

キラキラ過ぎる威勢に反し、顔は申し訳なさそうにも下向きというしまらない状態ながらも、アイレシオンの持つ発言の力の前でアルンは止まっていた。


「何でここに? というか!! なんで私をちゃん付けで呼ぶ!!」

「さっきからいたわよ!! 気安く呼び捨てするのにはまだ親しくないし早い気がするから……謙譲語でちゃん」

「謙譲語? おかしいだろ!!」

「可笑しくないはず!!」


 アルンは鳩子と並んで話をしていた生徒を、泉ともアイレシオンとも気がついて無かった。

一方の泉は自分の容姿がアイレシオン変身時に変化が起きている事に気が付かなかった。

 故に二人の会話は端からずれていた。

普段の癖毛黒髪肩丈、黒めがねの地味子から、羽根付きシルクの衣服に天然ラメを纏わせる派手な姿は落差が大きいし、髪まで白銀に変わっていれば普通では気が付きようもない。

硬直する二人を交互に見てケップと笑うポン様。


『いいから、はよやっつけるっちょ!!』

「いー…んぅと、とにかくダメ!! ここで暴れないで!!」


 一瞬覚めた沈黙を挟んで泉は「言葉ロゴス」を発して制止と、錫杖を持つ手で差してたが……

アルンは首を傾げて眉をしかめて見せると、自分の手の感覚を確かめる見せる。

微妙な空気の間で互いが顔を合わせると、前回と違う動きは咄嗟に実行された。

影鼠マンモを待機させていた手を振り挙げて。


「アイレシオン……本物なのか? 今日のお前には力を感じない。さあマンモ!! ヤツを世界から押し出せ!!」


 とたんに黒い壁を思わせる魔獣は泉にむかって走った。

大きな針山が、数多の風を切り轟音を起こす。瞬時に絡む大きな濁音の塊をともなって突進してくる。


「ちょっ!!」


 狭い路地の壁と、魔獣に間。

両方の角を蹴るように飛び出した力で泉は上方、空に向かって跳ね上がった。

それは恐怖のなせる脚力だった。

半分悲鳴に近い叫び声を上げながら、レンガを敷き詰めた路地と壁を蹴り上げ、ついでに間獣の針を足場に変えて……思いもよらぬ高さまで飛び上がっていた。


「あああああああああああ」


 眼下に広がる色とりどりの屋根の鱗

一瞬で建物の高さを飛び越えたと理解は出来た。そして理解出来ても自分の体を制御できない事に涙が出た。


「どっどっどうしたら」


 混乱で涙目の泉に、ポン様の声が響く

『泉!! 上っちょ!!』

「もっと上に行けと?」

「いいえ、落ちるのよ!!」


 同じ高さに躍り出る黒い影、リボンを羽根に変え空を駈けるアルンは歪んだ笑みで両手を合わせた拳で泉の背中を殴り空から落とした。

回転の嵐にまかれ一直線。

流星の衝突はレンガを割り、路地の端に煙の渦を巻く。

普通なら体の外側も中身が砕けてしまう衝撃の中で、泉は頭を振って痛みを確認していた


「痛い……痛いよ……丈夫とか関係なく痛い……」


 普通の人より丈夫な体を持つと説明されたアイレシオンだが、痛覚の遮断が出来ているわけではないらしい。

叩きつけられた肌は火傷したように赤く、転がったせいで四肢に擦り傷が見える。


『しかっりするっちょ!! アルンに押し込まれる前に片割れの愛を御座に宿すっちょ!!』


 灰被りの頭を振る泉の前、力無く倒れ煙りを見つめる鳩子の姿を差してポン様が叫ぶ。

無気力で虚ろな瞳には、先ほどまで山谷多くを起伏激しいジェットコースターのように見せていた感情の火が消えている。

明るい鳩子を取り戻すためには、残された半分の愛だけが救う力であり、アイレシオンの力を支える炎だ。


「鳩子……力を貸して!!」


 上空で構えたアルンの翼から、鋭利にして見えない衝撃が襲いかかる。

泉は風を起こし、強い衝撃波を幾重にも落とす間を前転からタッチ、ロケットスタートで鳩子の前に飛ぶ。


「宿れ!! 残されし真の愛!! 我が拳となりて闇を打て!!」


 胸の前にかざした金色の錫杖、頂点を飾る愛の御座に鳩子の青白い愛が灯る

黒の束持つ牧者の杖の輝きは、一瞬にしてアルンの衝撃波を打ち払った。


「……やはり強い……だが迷いが見えるぞ。お前はまだ本物に成れていない!!」


 強襲のアルンは泉の反対側の路地に降りる。

逆側には魔獣マンモが行く道を遮る形に、狭い路地に詰まる巨漢と黒の羽根を煽るアルン。

二手から迫る敵に萎縮し粟立つ泉の心を支えるポン様は極めて冷静にアドバイスをした。


『泉、まずはマンモを倒すっちょ!! 愛を叫んで砕くっちょ!!』


 言われるまま片方を詰める敵に足先を向けて、真っ直ぐに巨漢の針鼠を目指す

戦いの中で迷っても自分では何も出来ない、今はポン様の言うままに進むしかないという諦めの決意と理屈で精神安定を続けながら。


「ねえ、あれ相手にしていたら……またアルンちゃんに背中叩かれるんじゃないの?」

『アルンは魔獣を制御する手間があるちょ、通常攻撃では直接掛かってくる事はないっちょ。さっきは空に飛んだから逃がさないようにしただけっちょ!! そんな事より早く打つべし!!』


 一気に詰めた間合いで飛び上がると両手で握った燃える錫杖を振り下ろす、マンモの足をレンガ共々砕く勢いで打擲する。

前足を叩かれ、地響きのうめき声を上げて痛みにひっくり変える影は針山をうねらせて牙を剥く

前回の魔獣レビンと同じように、マンモの足は粉砕で一部霧散化し、黒い泡を拭き上げて凹むが、次の瞬間には綿飴が寄り合うように打撃跡を懸命に埋め戻す。

修復と回復の暇は一瞬だったが、上体が横倒れに近くなっているのを泉は見落とさなかった。


「もう!! いい加減にしてよね!!」


 足をかばって斜めに体を起こしていたマンモの胸板を下から突き上げる

大きく体を起こされ、腹を見せた姿に泉はクルリ一回転、遠心力を更に加えて。

「反省しなさーい!!」


 フルスイング。

路地の反対側、家の壁にめり込む程の打擲を加えたところで、ポン様のくちばしが泉の額を抉った。


『あほぉぉぉぉ!!! 愛を叫んで打てと言ったちょ!!!』

「いったいぃぃぃぃぃ」


 仰け反る額、曲がった口、大きく凹んだ傷に手を宛てポン様をつかまえようとした時。

激痛の衝撃が体全部にぶつかった。

マンモが自らの体をひねり針山の形でぶつかったのだ。

吹っ飛ばされていたハズの胴体に踏ん張りのバネで戻って来た魔獣の巨漢、そのまま反対側の家の壁に泉を磨りつぶすように押し込んだ。


「痛い!! 痛いよ!!」


 文句の咆吼は悲鳴に代わり、涙が溢れた目で自分と同じく針山の間に器用に挟まっているポン様に言う。


「もう!! 変なタイミングでぶつかってくるから……こんな事にぃぃ」


 影と針の間にいる体を剥がすため手で壁を押す。


『泉が言われた事をやってないからっちょ!! 愛を叫んで打擲せよと言ったちょ!!』

「そんな事言ったって……」

『それでしか強欲の愛を浄化できないっちょ!! 愛を叫ぶっちょ!!』


 頭に向かって怒鳴られても、すんなりでない言葉。最初から解ってはいた、だが前回以上に今回は言えない理由があった。

恥ずかしい以外の理由、マンモの背中と押しくらまんじゅう状態で錫杖を胸に抱いた泉はもらした。


「だって……鳩子の欲の何を愛したらいいの?」


 鳩子の欲。

 強欲の愛。

それの何を愛していいか泉は迷っていた。

だから最初から、敵対者達を止める言葉に力が無かった。

 今更?ポン様の目は果てしなくジト目に、返事のない相方に泉は乞うように聞いた


「ねぇ、光の側にある心にも、闇の側にある心にも全部に愛があると言うけれど……友達の欲のどこに愛をさがしたらいいの? わからないよ……」


 有紀の時は、もっとも自分に近い親友の気力を失った姿を見て……そんな姿になってしまうのは嫌だという熱い想いがこみ上げた。

いつもの元気でやさしい友達に戻って欲しいという気持ちを伝える形で愛を叫んだが、鳩子の欲とそれを繋ぐ愛は泉にはわからなかった。


「わからないっちょか?」


 針の間をクルクル回って華麗に着地のポン様は、前と同じように鳩子の姿に向かって羽根を差すが、気力の尽きた姿を見せられても泉には愛を浮かべる事はできなかった。


「わからないよ……強欲って良くないものでしょ。鳩子からそれが無くなるなら……争いは減るんじゃないの?」

『ダメっちょ、いらない愛など無いっちょ!!』

「だけど、鳩子はそれが元で有紀と喧嘩になってるんだよ……なければそんな事に……」

『なければならなかった? そうかもちょな。でもなかったら前にも進まなかったんじゃないっちょか? 喧嘩をするのは悪か?』


 ペンギンのむくれた顔は、もう一度泉の顔を見るとしばし右左と歩いて。


『切磋琢磨、相手も自分も削り合うほどの喧嘩なら、中身のダイヤはさぞ美しく輝くものっちょ。それは悪じゃない。互いを研磨する美しき諍いっちょ』


 苦悶の目でポン様を追う泉。


「でも、それは二人の問題で、理解できたとしても……私は、美しき諍いなんてない方がいいのを選ぶわ」


 蟠りに揺れる心。

争う二人、有紀と鳩子の姿の向こう側に見える二つの影。

顔合わさない父と母、譲れない思いを押し込めて無言の棘で打ち合う二人。


「私は……」


 どうしても愛せないという思いで唇を噛む泉に、ポン様は何度目かの首を傾げて叱咤した。


『強欲の愛は己を磨くために必要な愛ちょ。あれもこれも必ず得られるとは限らない世界で、手を伸ばし挑み続ける力になる大切な愛ちょ。だけど何もかもを欲しても、一つも得られなくなった時、この愛は反転し求めた者を闇に落とすっちょ。何もない闇に…誰かが愛さなければ戻れない所に落ちるっちょ。泉、今、鳩子は泣いてないか?』


 ジト目の冠が首を右に傾げる、手に握られた錫杖の炎に泉は視線を向けた

愛の御座、水晶の中に燃える鳩子の愛は……闇に消えそうに細く揺れていた。


「鳩子……」

「わかってるよ……でも私だってどうしていいのかわからないんだよ……欲しいものが離れちゃったら……怖くて怖くて……だから何でも欲しいっておもっちゃって、止まれなくなっちやって、どうしてどうしたらいいの……」


 細く小さく震える嗚咽。

炎は苦しみの言葉を少しずつ吐き出していた。


『愛は全ての心に繋がっているっちょ、泉の思う諍いの果てにあるものを知りたいのならば、鳩子を思えないないわけがない。鳩子の思う過去、彼女の慕う者のために愛を叫べ!!』


 胸に抱いた錫杖の中で涙する鳩子の心。

思い出は後悔のつぶやきの中に流れて、泉の脳に投写される。

簡単に自分という人間に自信を持つ事のできなかった過去、泉にも重なる姿。

芽吹きの季節で中学生になったとき、変わろうとした鳩子が追いかけたのは……同じく変わろうと前に踏み出した有紀だった。

変わりたい一緒に……一緒、少しずつでも。

おしゃべりして、流行を追いかけて、一緒に進めば小さな勇気を100倍にだってできた。いつも一緒、好きな事も嫌いなことも一人じゃなければ進める、二人ならがんばれる……なのに

憧れの存在への手紙、レターセット。


「私のだけ受け取って貰えなかったら……怖いよ、だったら有紀と一緒がいい、一緒だったら受け取って貰える……」


 暗転し、自分の前から霞んで消えていく友達。

イヤ、イヤ、イヤ、どうして?

細くなった炎が苦しみに身をよじり、悲鳴の涙が叫ぶ。


「いやだよ、離れないで、こっちを見てよ、今までどおりでいてよ、置いてかないでよ!!」


 必死に有紀が集める物を追う、少しでも昔のように同じ話題を持ちたいという渇望はドンドン強欲の愛として闇に深く落ちていくことに気がつかずに。

無我夢中で何もかもに手を伸ばし、手に入れたハズなのに鳩子は一人空っぽで真っ暗な空洞に残されていた。


「お願い……昔みたいに……有紀と色々探したいよ……一人は嫌なの……」


 御座に揺れる鳩子の炎は種火のように小さく潰され赤い点になっていた。

何もかも、欲しかったわけじゃない、縋らなければ友達を見失ってしまうという恐怖心が強欲に変化とげ、自分自身を闇に突き落としていた。

錫杖の玉の中、空虚な御座で小さく凍える炎。

欲しかったもの、一つの願い。

たった一つの赤い花として揺れる友達への想い……それが鳩子に残された唯一の願い、唯一の欲だった。


「鳩子、大丈夫……消えないで!!」


 錫杖の頭を飾る水晶の中で消えかかる想いに泉は答えた。

懸命に胸の中に抱きしめ、凍える炎を暖めて少しの涙がこぼれた。

頑張らなくても有紀の優しさを身近に持ち、その気持ちに気がつけなかっただけ。

本当なら自分も鳩子と変わらなかったかもしれないし、そういう苦しみにさえ気がつかなかったかもしれないのに……やっと気がついた。

意思を強く結んだ口を開き、マンモに押される力の下で全力の反抗を叫んだ。


「一人じゃないよ!! 私もいるよ!! 有紀だってきちんと話せばわかってくれるよ!! いなくならないで!!」


 背中を押す魔獣の力に逆らう光が腕の中に溢れていく。

洪水のように針山の隙間から流れ出る光の塊。


「……マンモ!! 押し返せ!! もっと強く!!」


 足下に迫った光の洪水を恐れ空に逃げたアルンが命じた時、溢れた光は巨大な魔獣を吹き飛ばした。

流れる力の前に、決壊した川の勢いにおされるように転がる魔獣の前に、燃える錫杖を構えた泉がいた。


「この愛を、消させたりなんかさせない!!」


 囚われた愛を取り戻す。

それは強欲だけど、無ければ前に進めない時もある。

唇をきつく噛み、魔獣と向き合う泉にアルンの声は怒りの弦を切った。


「押しつぶせ!! 二度と這い出られないように、垣間を無くすほどに潰してしまえ!!」


 宙から指差す支持の元、魔獣マンモは体を丸め針山のボールと化して突進する。


『泉!! 回転っちょ!! お前は台風だぁ!!!』


 短い距離の接敵、力を込めるには時間がないがその場で回転なら出来る。

踏ん張るために右足を強く踏み込む、レンガの面に亀裂と大穴を開けるほど力を込めた軸足。

そのまま大きくスイング。


「かかってこーーーーーーい!!!」


 ぐるりと回る泉の手の中、輝く錫杖の玉は轟音とともに飛び出した真っ赤な炎の尾を引いて、突進してきたマンモの針を粉砕した。

影とはいえ固まっていた針を横一線に見事に粉砕、粉々になった破片があっという間に霧散化する中、ポン様の絶叫が響く。


『愛を叫べ!!!』

「鳩子!! 怖く無いよ!! 間違ってないよ!! がんばれるんだよぉぉぉぉ!!!」


 ボールの状態を解除し損なったままのマンモの横っ腹に、もう一回転力を加えた杖が直撃する。

インパクトに合わせた破裂は美しい花びらの舞。マンモの体の半分は灰色の個体ではなく霧散化する優しい色の円環に囲まれるが、まだ浄化には早い。

体勢を崩したまま自分の前に立つ泉に怒り狂って大きく手を振り上げる。


「私もそうだよ、手に入らないものをいつも見てるよ、知ってるよ!! 鳩子の心が良く分かるよ!! その痛みを抱える程に愛してるよ!!」


 回転の力を使い錫杖の束で地面を打って自ら飛ぶ。

マンモは早さについて行けずそのまま手を振り下ろし無防備な頭を晒していた。


「強さだって!! 弱さだって!! 欲しい焦りも! 一人の切なさも!!」


 飛び上がった位置からマンモの額を強烈な打擲、その場で正転による加速で同じ位置にもう一撃を渾身の力と早さで叩きつけた。


「鳩子の全てを!! 全部全部!! 愛してるよぉぉぉぉぉ!!!」


 たたき込まれた箇所に轟音のインパクト、次に広がる花と光の浄化の泡。

固まっていた影の結合は解かれ、次々に色を変えシャボン玉のように浮かび上がって消えていく。

晴れがましい春の色の中に沈み、万の花びらとなって浄化・消滅する強欲の魔獣マンモ

赤く尖っていた目は緩やかに喜び露となって消えていった。




「……くぅぅ、またしても……よくもやってくれたな!!」


 目の前、灰色の魔獣はあでやかな花色に塗り替えられ消えたのを、アルンは怒りの形相で見ていた。

つり上がった眉と真っ赤に燃える赤い瞳で。


「アイレシオンお前を許さない!! ベニテ!! 我が手に宿りし打ち崩す物よ!!」


 アルンの手の平から現れる氷の錫杖、冷たい風を伴った鋭利な姿は真っ直ぐに伸び氷柱を束ねた先に氷の車輪を付けた形をしていた。

回る車輪に咲く棘、氷結の礫が踊る。


「ちょっと……」


 魔獣との戦いに疲労し肩で息をしていた泉の顔は青ざめた。

いくら超人の力を持ち、自分より大きな魔獣を打ち砕く事が出来ても疲れをコントロール出来る程術達者ではない。

アルンから離れようとする足が縺れるほどで、なんとか手を振って制止を試みた。


「まって、ちょっと待ってよ!!」

「問答無用!!」


 片手持ちの錫杖は地面をかする高さで下手から上に向かってスイングする

地表すれすれをかすった礫は弾丸に変化して、肌を刺す早さで押し寄せる。

煽りの掛かった波として低空から顔を狙う刃に、防御の手をかざすが圧倒的な風圧と尖る冷えた牙に吹き飛ばされる。


「うわぁぁぁぁぁん!!!」


 上空に跳ね上げる衝撃で屋根にとどく途中の壁に激突する泉。

体が壁に叩きつけられ、糸の切れた人形のように前のめりに崩れる。

見ための美しい輝きとは違う体に響く破壊力は、礫の圧力も加わりぶつけた泉の四肢に大々的なダメージを与えていた。


「痛い!! 痛いよ!!」

『泉!! 泣く前に動けっちょ!! 錫杖から愛の炎を起こすっちょ!!』

「わかったわよ!!」


 痛いのは嫌だ、でも泣いてここに止まったらまた痛い

反射的に体を返すと、次の一打に構えた体勢でアルンに向かうために壁を蹴った。

自分の体ごと炎を宿した錫杖を振り下ろす。

真っ直ぐに、直角に、相手の頭を地面に縫い付ける勢いで。

まさかの切り返しに一瞬驚いた顔を見せたアルンだが士気は泉より高かった。


「何ぉぉぉぉぉぉ!!!」


 逃げる事なく、その場に足を埋める勢いで踏ん張ると、迎え撃つ手で下から杖を振り上げる。

轟音の激突、火と氷の散華は狭い路地裏の空間を膨らむ驚異的な圧迫感を伝えて四方にヒビを走らせる。

 衝撃で沈むアルンの足、レンガを打ち割り下地にめり込む足首付近まで埋める状態から負けない力で泉の打擲を押し返し圧力を緩和する。

一方上から落下に加速を付けてぶつかった泉も、返される力で体中が痺れていた。それでもここから飛んで逃げる訳にはいかないというぶつかり合い。

お互いの杖を重ね、息のとどく距離でにらむ。


「もう!! いい加減にしてよ!! なんでこんな酷い事をばかりするのよ!!」


 衝撃の中、壁側まで吹き飛ばされ寝転んでいる鳩子を目で追って。

少し背の高いアルンを見上げる顔は本気で怒っている事を十分に示し怒鳴った。


「黙れ!! お前達の方がずっと酷い事をしてるじゃないか!! 神の使徒アイレシオン!! それにバルキュリアも精霊も!! みんなみんなニムル様を苦しめてるじゃないか!!」


 激しい罵倒に、目を剥いて言い返すアルン。

鍔釣り合いを弾き返す膂力の振動は裏路地から続く町を揺らしている。


「ニムルさん? ……でもその人は悪い事したから」

「我らの創造主に無礼を言うな!! 悪は創造を我が物にする神々達!! 未熟な使徒の戯言など聞かぬわ!!」


 押し合いの間から、アルンは力を抜く。

勢い余った泉が前のめりになった所を横から蹴り倒した。

咄嗟の事で受け身もとれないまま、泉は鳩子の倒れている所まで転がって行く。

いきなり横腹を蹴り上げられたので呼吸も苦しげな泉の顔に、錫杖を突きつけると。


「我らが神ニムル様を何億年もの間、氷の園に埋めるお前達の方が酷い事をしているだろう!!」

「それだけの悪い事をしたからでしょ……今も貴女がそうしてるように」

「黙れと言っている!! ニムル様は悪くない!! 崇高なお方なのだ!」


 アルンの凍てつく怒りは激昂と共に杖を振り上げていた。

そのまま泉共々鳩子を殴り倒す位置に。


「止めてよ!!」


振り下ろされた錫杖を腕で払う。


「痛い……でしょ……」


 至近距離での打撃を思わず手で受けてた苦みが零れるが、踏ん張った。

自分の前に倒れる鳩子を打たれてたまるかという意地を貫いた時、隣に飛んだポン様が叫ぶ。


『泉!! 前っちょ!!』


振り下ろしでガードが消えたアルンの腹部に錫杖を向ける。


「痛いの反対!! 問題あるならまず会話!!!」


 杖の頭を飾る愛の御座から燃える出る炎、一束の光線となって撃ち引き離す。

突然の攻撃に今度はアルンが受け身もとれず、光線の勢いに押され反対側の路地の壁にぶつかる。

杖から手を離さなかったが相当の打撃に壁は大きく凹み、破片と埃を降らせたが、それでもアルンは倒れなかった。

壁に引っ付きそのまま下に落下しても倒れなかった。


「会話だとぉ……聞く耳持たぬと氷の園に我らが神を閉じ込めたくせに、虐め続けたくせに!! お前達の方が悪なんだ!!」


 錫杖を頭の上に振りかざす、体を走る零度の雷は周囲に白い猛気を立ち上げた。


「その痛みを食らえ!!ベニテンペスト!!!」


 回す錫杖の軌跡を氷の礫が追う。

まるで逆巻く竜巻のようにアルンの姿を囲んだ風だったが、僅かに膝が揺れた。


「あがっ……たっはあはあ?」


 杖を持ったまま、技を維持した状態なのに息が上がるアルンの胸元に輝く赤石。

どこか間の抜けた緩い声がする。


『アルン、これ以上戦ってはいけない。すぐに戻るんだ』

「ニギラ!! 後一太刀! アイレシオンを倒せる」

『無理だよ、倒せても君が消えてしまったら意味がないだろう。すぐに戻るんだ』


 冷静さを促すためなのか、声には起伏がなくスローな語り。

赤石に対して苦く顔を歪めるアルンだが、相手にはそれが見えるようで、静かになだめる。


『君がいて初めて達成できる事、ここで消えたら望みが消える』

「わかった……」


 目の前、斬る風を吹かせていたアルンは杖を下ろし、技を解除した。

なだめられるように肩で息する姿で泉を睨むと。


「次に私の邪魔をしたら、お前を完全消滅させる!! 憶えておけ!!」


 空に走り姿を消した。




「虐めるって……私の方が虐められてるよ……」


 アルンの消えた空を涙目で見る泉。

魔獣以外、同じ人としてぶつかり合うには巨大すぎる力の存在に愚痴った。

体中に残る痺れは超回復向かうむず痒さに変わってはいたが、これが本当の生身でぶつかっていたのなら骨も残らないような衝撃だったとため息をもらした。



「もうさぁ……なんでこう暴力暴力なの? まず挨拶でしょ、そしたら次は会話でしょ……そういう順番守っても損しないと私は思うんだけど……ああ、でもアルンちゃんって人の話聞かなそう……」


 ペタリと座り込み繰り言を続ける泉の無視し、空に逃げたアルンを見つめたポン様は首を傾げていた。

見つめる先から魔空間は解除に溶け始めていた。

氷の壁が溶けるように、灰色の空間に普段の色を混ぜていく。


「ねえポン様、色々壊しちゃったけど、どうしよう」


 アイレシオンの形態から黒めがねの制服姿に戻った泉は、背中を見せたまま浮いている相方に聞いた。

改めて見回すと酷い様だった。

狭い路地で相手を殴っては壁に叩きつけるの応酬。

四方の壁は自分の人型や、アルンのぶつかった穴、それに魔獣が付けた亀裂が走っている。

レンガ張りの道もそこかしこと抉れ、下の砂地まで達している箇所さえある。


『問題ないっちょ、ここは採取のための別空間、空間が解除されれば全て元の形にもどるっちょ』


 振り返り泉の側まで戻ったポン様。


『そもそもヤツは人目を忍んでブラックハートを集めているっちょ、そのために作った空間だから人には見えないっちょ』


 原理が今ひとつわかないが、灰色から原色の世界に戻っていく中で壁も道も何事もなかったかのように元に戻るのを見て泉はホッとした。

色々な力が抜けて座り込んだままの頭をポン様が小突くと。


『早く鳩子の愛を返すっちょ』


 自分の隣に目を閉じて倒れている鳩子。

苦悶の額を泉はさらりとふれると、錫杖から戻った手元に納められたピンクのコインを見つめた


「これって? こないだは炎だったのに」

『一緒っちょ、現世ではそういう形になるだけっちょ。そう、名はメダリオン・フラワー。フラワーハートでもいいっちょ。とにかく戻し方は同じっちょ』


 有紀の愛を戻したときのように鳩子の胸にコインを当てる

しみこむように戻って行くと同時に目を覚ます鳩子。


「……泉……」


 光の無かった目が、いつもどおりの輝きを戻した。


「泉!!!」


 やっと落つき体の芯からホッとした泉の背筋に冷や水をかけたのは、有紀だった。

息を挙げ、ここまで走って来た様子の有紀は泉と鳩子の二人を交互に見て、口をへの字に曲げた。

昨日の今日、一緒にいる事を激しく拒んだ相手といる事に良い感情は浮かばないと察してあまりある。

状況がどう回っても芳しくない事に泉の声は迷った。


「あっ……有紀……」


 間が悪い……そうは思ったが鳩子の気持ちも知ってしまった。

本当は十分過ぎる程後悔して、自分の心を闇に落としてしまう程に強がっていた事を知った今、知らぬ存ぜぬと言い訳をしたくはなかった。

落ち着けと自分を律して深呼吸、立ち上がると。


「聞いて有紀、あのね、鳩子はね……」

「ごめん有紀……私怖くて、あのときね、自分だけ受け取って貰えなかったらって……怖くって酷い事してごめんなさい」


 覚悟を決めて鳩子の気持ちを語ろうとして泉より先に、鳩子は謝った。

涙でいっぱいの目を伏せて。


「有紀、私を許して……」

「もういい、終わった事だから」


 目は合わさず明後日の方向を彷徨いながらも軽く唇を噛んだ有紀は手でストップと謝罪を止めた。


「はあぁぁあ、慌ててやってきてみたら二人だけで仲直りだなんて……」

「違うよ有紀、泉とは偶然ここで」


 怒りより感心が無くなった。

そうとれる態度は鳩子にとってより恐怖だった。

今はまだ邪険にしながらも口をきけるのに、これ以上遠くなってしまうなんて……

うなだれる鳩子の姿に、泉は有紀をつかまえた。

これ以上、二人の間が遠くなってしまうのは……何度もそんな情景を見たくないという強い願いで手を掴むと。


「有紀!! 鳩子はすごく後悔してるの、有紀とずっと友達でいたいって本気思って、本心から謝ってるの!!」

「わかっているって!!」


 思わず有紀を掴んだ泉に、ふくれっ面の鼻をぶつける程近づけた有紀は、もう一度言った。


「わかったの、もういいの、あの事はもう終わった事だからいいの。もう忘れるって言ってるの」


 腰に手をあてて泉から離れると鳩子の前に向かって。


「だからもう……泉だけじゃなくて……私とも仲直りでいいんじゃない」


 長い間目を合わせれば罵り合った友達に、気恥ずかしさで顔を合わせられない有紀は横を向いたまま小さくそう告げた。


「有紀……ありがとう……、ありがとう」


座り込んだまま泣き出した鳩子。

二人の間に立ってもらい泣きする泉


「ああもう、泣くなよぉ!! 仲良しに戻れたら泣く必要なんて……」


 そうは言いながらも空を見て涙を落とさないようにしている有紀。


「良し!! 仲直り記念でチョコレートパフェ食べよう!! すぐそこだ!! ほらいくぞ!!」


 有紀は力強く二人の背を押した。

二人と一人、離れていた心をやっと合わせて歩き出すと、裏路地の闇から輝くパステル通りの世界へと足を踏み入れた。




「おいしい……もうこのまま眠ってしまってもいいや……」


 店に着くなり、名物パフェとお土産のアイスサンドを頼んだ泉の顔は最初の一口を放り込んだ途端にアイスのように溶け、テラスのテーブルの上に伏せていた。

毎度そうなのだがアイレシオンの状態を解除すると、疲れは滝のように流れ落ち体を巡って重しとなる。

ポン様曰く、慣れればそんな事はなくなるそうだが、気苦労や心労までは無くならないだろうと、そんな思いを頭の中に巡らせながら泉はパフェのを見ていた。


「泉……」


 そんな溶け出た絵の具のように、だらりとしている泉の姿を見ていた鳩子の手にはピンクのメダル、フラワーハートがあった。

同じく有紀の手にも、二人は泉には見えぬようにお互いのコインを見つめていた。


「ありがとう、泉……私達を助けてくれて」


 ウトウトしている泉の前二人は互いの絆を確かめ合って微笑んだ。





「……またもブラックハートを失った事については……」

『アルン、焦ってはいけない』


 空を駈け、洋館に戻ったアルンは荒い息をようやく整えて、テーブルで自分の帰還を待ったニギラに失敗の報告を告げていた。


「しかし、後一歩だった……私がもう一歩踏み込んでいれば」

『君が有ってこその計画だ。君が消えてしまったら誰が闇王ニムル復活を成し遂げるのか? 慎重であるべきだ』


 ウサギの人形に身を込めたニギラはボタンの目を赤く輝かせると、トントンと飛び近づく。

たれた耳に輝く青のピアス、アルンとお揃いの飾りを揺らし飛び上がるとその腕に降りた。


『これからは細く小さく採取を続けよう。儀式を行うための水脈と力、星の軌跡が合わさる時まで、まだ時間はボク達に有利だ。しかし君が勝手に出て行かれては困るよ』


 ニギラの緩いながらも慎重さを促す言葉にアルンはただ頷いた。

痺れの取れた体を確認して手を握り、大きく開く。


「ニギラ、私の体の強化は出来ないのか? もっと強くなれば後一太刀を奮えたのに」

『妖精は歳によって身を強める。そればかりは時間がたらないよ』


 いつもの返事に歯がみするアルン

元が地中の妖だった者、人型のこの身を維持する為の苦労は次元の違う人間界に置いてもつきまとう問題。

今でこそ人型の維持は問題無くなった事だが、これ以上の力を急激に欲すればバランスを崩して霧散しかねない。


『アルン、強くなりすぎても世界に馴染まない、エルルがそうだっただろ』


 深刻に眉間の亀裂を深めるアルンに、ニギラは小首を掻く下駄姿に思い出すようにと言った。

以前打ち倒した氷の園の番人エルルの事を。

 神世界という高次元から人間界に降りるのを相当に苦労していた理由。

エルルは大いなる神々に直接仕える精霊という身、人間界に降りることはアルン以上の苦労を強いられていた。

その隙を狙って撃退する事ができた事を思い出せば……必ずしも強化が良いとも限らない。

 だが、そうは言っても敵対者は強い。

アイレシオンはバルキュリアの比ではない強さを持っている……いや持ち始めていた。

 ジレンマに黒く塗った爪を噛むアルン。

月影に黒い羽根を忙しくうねらせる姿にニギラは町を見つめて。


『力だけで押さなくても大丈夫さ。今、現世に出でたアイレシオンは若い。まだ経験が足らない、そこが弱点だよ。彼女には触れられない愛がある……それを集めよう。育成に少々時間が掛かるがそのための種まきを僕がしよう』


 静かな笑みは、アルンを落ち着かせると、腕の中からとびおりテーブルの上に足音を響かせた。


『しかし今は、そんな事より大切なものがある……』


 並べた水晶を赤い眼、その中でボタンの目にも関わらず縦に開いた瞳孔が強く輝くと。


『チョコレートパフェはどうなった?』

「買ってきてある」

『よし、食べよう。待ち遠しかったよ』


 ニギラは喜びに跳ねると、目の前に開かれた彩り鮮やかなパフェを楽しんだ。





 同じ頃泉の部屋でアイスサンドをほおばった精霊王は、デスクに向かって勉強と眠りの狭間を漂っている泉を背に考えていた。


『後一太刀…実に惜しかったっちょ……現在のアルンの力ならトドメの一撃も安かろうに、何故踏みとどまった?』


くちばしと両手にアイスを携えながら、ジト目は鋭く夜を照らす月を睨んでいた。



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