03 両手いっぱいのジョニー
「ねえ、やっぱり無理帰ろう……」
愛乃泉は友荷有紀の背中をつかまえると小さく引いて言った。
既に顔は真っ赤、金魚のように口を空にぱくつく姿は状況に確実に飲み込まれていた。
何度も有紀の袖を引いて、ギブアップを宣言する泉に引っ張られる有紀は威勢良く返す。
「何、言っているのよ!! せっかく来たんだから可愛い小物いっぱい見つけようよ!! 良い店、知っているんだから!!」
ハスキーな声とサラサラのストレートヘア、上機嫌に浮つく声は振り返ると鞄のキーホルダーを振って見せて及び腰になっている泉を力強く引き上げる。
町の空気を楽しむように笑顔を見せ、軽やかステップで短くしたスカートは危うく風に煽られそうで、それを赤面で見ていた泉は場所の雰囲気に溺れそうになっていた。
鳥の巣の黒髪、地味顔に眼鏡を接着し直すようにかけると。
目の前に広がるパステルカラーのお店通りに震え、いつものように意味が破綻している言い訳を並べる事に終始していく。
「ダメだぁ、ここは別の世界だ、ここでは生きていけない……私の本能がそう告げているのよ。ここはきっと私のような下層階級の者が来てはいけないところなんだ、うん、そうなんだっ、ていうか、学校帰りの寄り道ダメだよね、流行に鈍感、感性不良品の私が本物の不良になっちゃったら…ぷっくく、つまんないギャグにもならないし」
「本能いらないし、不良品でもないし、下層階級ってどこの中世よ」
さらりと有紀にかわされ、そのまま勢いよく引っ張られていく。
普段夕飯の具材を求める商店街とは色も香りも違う、行き交う年齢層が一定の限られた女の子ばかりの通りに窒息死そうな顔で訴え続けた。
「有紀、聞いてよ。私、やっぱり……無理。こんな虹色で女の子いっぱいの国に私入れない。だって私……心が喪服な子だから、こんな輝きの世界に入ったら溶けちゃうよ。そうどろどろに溶けて地中に戻っていくはめになるわ……戻ろう。故郷にお帰りと囁くのよ、風が」
「何それ……」
初めて踏み入る土地。
可愛い物雑貨で有名なパステル通り。
見渡す限りの女の子の世界、溢れる笑顔と黄色い笑い声とくすぐったく甘い香り。
空間に泉は本気で恐れ戦き、同時に恥ずかしいと思っていた。
「女の子が集まっているぐらいで何が怖いのよ。ていうか、溶ける方が怖いよ」
ピンクのサルのキーホルダーを揺らした有紀は、引き続き軽くあしらうと、目の前に広がる七色看板の雑貨店に目を輝かす。
学校帰りの女子学生で溢れかえる道、そしてそれらを楽しげな音楽で迎える店が軒を連ねるパステル通り。
近隣の女子中高生が通い詰める華やかさと可愛さの流行発信基地を前に、挙動不審の目を黒めがねの中でひっくり返しそうになっている泉を今まで以上に強く引くと、口を尖らせた注意した。
「もう観念しなって、というかそもそも自分で行きたいなーって言ったから、私はよりすぐりの可愛い雑貨の店を案内してあげようとやってきたんだよー。何よ、喪服って脱いだ脱いだ!! 心の脱皮をしろ!! 行くよー!!」
止まって石化を始めてる泉の手を、地引き網するように運んでいく。
明るすぎる通り雰囲気に顔を俯かせたまま泉の言い訳は続いていた。壊れたタイプライターのように小刻みに唇を震わせて。
「だってさ、だって……女の子がたくさんいるんだよー」
「泉も女の子、私もね」
「私、あんなふうにキラキラしてないもん、なんかみんな宇宙服着てるみたいなんだけど」
「同じ制服でしょ、どこにそんなステージ衣装みたいな制服ラメっらせてる子がいるのよ。それとも泉の眼鏡の内側ってラメ貼ってあるの?」
とにかく逃げたい、とてもこの花の香り溢れる女子学生の中で普通にしてはいられない、びびりな足取りを見せる泉の鞄にキーホルダーとしてぶら下がっているポン様は真逆の喜びに目を輝かせご満悦にくちばしを開いていた。
『ヒャッホーっちょ!! 乙女がたくさんいるっちょ!! 楽しみちょ!!』
頭に響くポン様のケケケ笑い。
眉をしかめる泉をよそに羽根をパタパタして。
『楽しむぞー、泉ぃ!!』
怪しいキーホルダーは興奮も露わの様子。
「なんでこんな事になっちゃたんだろう……」
動くペンギン人形に注意もままならない泉は昨日の事を思い出していた。
昨日の夜、宿題のために机に張り付いていた泉に部屋の中を歩き回っていたポン様はため息混じりで言った。
『泉の部屋は、暗いっちょ』
ぐるりと見回し、あれこれと指差して。
『泉ぃ!! とても年頃の乙女が住む部屋とは思えないっちょ! 色も少ないし、人形だっていないし、おしゃれ雑誌もないっちょ!!』
黄色の短い足をばたつかせる、目の前で。
泉はと言えば、一昨日の仰天の事実を忘れたいのか黙りながら、なんとかポン様との生活を始めていた。
泉の緊張している心を知って知らぬか、まったくフリーダムなペンギンは事件当日から向こう今日までの間、部屋の中を所狭しと散策していた。
学校から帰ると、部屋にある本を片っ端から読みあさっていたが三日もかからず全てを読み切り、最近はネットサーフィンまでこなすようになっていたが、音楽の一つもない部屋に辟易したのか、いきなり机に飛び乗ると、開いたノートの上で黄色い足を地団駄させて苦情を並べ立てた。
「別にいいじゃない、年頃だからってそれに合わせて人形だの雑誌だのと何か決定的に置いておかないといけない物があるような言い方だけど、本来の勉学に必要な物しかおかないという学生の見本的かつ実用的な部屋に文句つけないでよ……そんな事よりなんかさ……ポン様の体……全体が明るくなってない?」
ノートの上に黄色い足をのせたポン様。ひさしぶりにまともに見た珍獣の変化に顔は引きつっていた。
元々白黒で本当にただのペンギンの小物人形だったポン様は、出会った日からドンドン進化していた。
進化、本来人形で、生き物でない存在が個体を変化させていくのを進化と言っていいのか悩む所だが、色合いといい模様に形が……若干派手になったと泉は感じていた。
『泉はつまらない女の子っちょ、乙女はもっと生き生きしてるべきっちょ』
「生き生きしてます!! 今日だって心臓バクバク動いているよ!! 毎日非現実的存在のポン様と真顔で向き合っている事で生きてる事を常に実感できる程動悸息切れしているよ!! だいたい私は生活するのに余計な物を持たないって決めているんです。そして質問にこたえてよ」
眼鏡をついと鼻頭にかけ直し、ビシッと指差して。
『ふーん、つまらないっちょなー、変なこだわりっていうか、そして!! こたえようっちょ!! 自分でメイクアップしてみたっちょ!! 美しいであろう!!』
ああそうですか……的目線の泉の前でクルリ一回転、対抗するようにビシッと止まる。
白黒の基本カラーはそれ程変わっていないのだが、羽根の部分の黒の縁取りの模様が付き、体全面のエプロン模様にも赤いラインが入ったりしている。
黄色の足にはペディキュアが……
極めつけは王冠のような……鶏冠、普通のペンギンではなくコウテイペンギンへと進化したポン様は、黄色い足を踏み踏みと鳴らすと、羽根で泉の顔を差して
『泉の部屋はおしゃれ雑誌ないちょ、部屋も灰色ちょ、もっと花の彩りを添えて活性化するっちょ!!!』
「いいです、別に活性化しなくたって。そんなの大人になったら一切合切必要なくなっちゃうわけだし。一生のうちのたった10代の一時期に無駄な物を買いそろえたり、おしゃれに狂うなんて……本当に無駄な事だよ」
『枯れてるっちょ!! 花の10代!! 可愛い服が着られるのだって10代の特権!! 愛らしい姿を見て貰って、自分の美を磨き合い、愛を憶える大切な事っちょ』
多き足を踏みならし、羽根をばたつかせるポン様の前で泉の目はいつも以上に覚めていた。
そうやって、一生懸命恋するために綺麗になって結婚して……その後何が残る?
脳裏をちらつく母の姿、その向こうに見える祖母の姿、遠くなった父の姿、いなくなった祖父の姿。
「愛なんて憶えたって意味ないよ、特に私には不必要」
抗議をするポン様をシャープペンシルで弾こうとする。
スルリと避けたペンギンは飛び上がったチョップを決めていた。
『愛は誰にだって必要っちょ!! 泉!! 不必要な愛はない!!』
脳天直通の痛みに額を抑えて首を振る泉。
居たいから怒鳴りたいが、怒鳴る以上に譲れない否定。
「愛なんて……愛なんて、簡単に消えてなくなてしまうものなんだ……どんな年月を重ねたって……あっさり消えるものなんだ」
歯がみかる唇は、声に出さずに自分の喉に言葉を充満させ心に押し戻していく。
『言うっちょ! そうやって言いたい事を閉じ込めてないで、声にして言うっちょ!! 言わないと愛も伝わらないっちょ!!』
「痛いよ!! っていいたい……」
言わない、きつく口を尖らせた顔の泉に、同じように嘴を尖らせておしりをフリフリしてみせるポン様はコロリと態度を変えて。
『まーいいっちょ、とにかく行くっちょ!! 怖くないっちょ!! 乙女達の園を楽しみに。このままだと有紀が泉から遠くなるっちょ!』
有紀が遠くなる。
それは辛い。痛みに堪えた顔が文句を喉に押しとどめる強制の言葉。
顔をしかめて口につぐみ、顎に梅干しを作って泉は思った。
いつか遠くなっていくだろうけど、今は親友として居て欲しいと。
つい先日、友達を見失うという経験に心を痛めたばかり、ポン様の要望に頷かざる得なかった。
そして今に至る。
「ああ、目が目が……」
「どこの独裁者だよぅ」
淡い色合いのポップがやたら飛び込み、本気で目を細めている泉の隣、有紀は色々な小物をドンドン籠に詰めていた。
「そんなに買うの?」
「もちろん!! 次有るかわからないしー」
喜々とした顔で歩く有紀に、情けない声で聞く。
まるで日曜の百貨店で、奥さんの後ろを突いて歩く旦那ようだ。
「買うよ、安いもん、可愛いのいっぱい有った方がいいでしょ!! しかし厳選はしているぜーい!!」
自慢気な顔は、光り物を抱えた海洋生物のピンバッチを見せる
「タコ……イカ……今日は魚にしよう」
そういうものを見ても夕餉のおかずに発想が直結する泉に有紀は吹き出して。
「違う!! タコもイカも可愛いでしょ!! 食べるばかりじゃない方で見てよ!!」
苦笑いの有紀は、マンボウのバッチをとると
「泉はこういうのが似合いそう」
「頭魚だー、水族館で見ると怖いんだよそれー、私はそれに似てはいないしー、これを持って私を想像するなんて有紀は酷い」
露骨にいやがる泉の顔を楽しむ有紀。
「にてたら怖いよねー、ぺしゃんこフェイス泉だねー」
「このキラキラ具合にやられて体がぺしゃんこになりますー」
「そういうダイエットなの!! 真似する!!」
体を寄せて楽しむ二人の背に声がかかった。
「あれ? 有紀じゃん、今日は何選んでいるの」
「鳩子……」
テンション高めのうわずった感じ、ゆるーいカーブを持つ肩まで赤毛ヘアーの真ん丸目の青海鳩子の登場に有紀のテンションは露骨に下がり嫌な顔を晒していた。
完全に相手に見えている顔なのに、話しかけた鳩子は気にしない様子で素早く近づくと、無遠慮に有紀の買い物籠に手を突っ込んだ。
「あー、これいいよね、私も迷っていたけど買おう。どこにあったの?」
「知らないわよ!! 勝手に手を突っ込まないでよ」
有紀の態度は明らかに嫌悪を、声色に出して表していた。
持ち上げられたピンバッチを取り返すと振り払って歩く。
「行こう!! 泉!! 他の店も見て回ろう!!」
「あっ、うん……」
急変した友達の態度にとまどいながらも、引かれるままに従う泉
二人の後を何事もなかったかのように付いてくる鳩子
「有紀!! いいじゃん一緒に見て回ろうよー!!」
「お断りだー!!」
本気で顔を見ないようにして走る有紀。
「何々、どうしたの?」
オロオロと従う泉は、両方の顔色を伺う。
「逃げないでよー、一緒に見ようよ!!」
泉の存在などそっちのけで有紀の肩をつかまえた鳩子、その無遠慮な態度に有紀は、はっきりと怒った顔を見せて言った。
「あんたと一緒なんて絶対に嫌なの!!」
「なんで? なんで嫌なの?」
捕まった肩を振り払う有紀に、鳩子は不思議そうな顔を見せた。
完全な拒絶を前に、悪びれるでもない丸い目。それが火に油を注いだのか有紀はいつもはおっとり目を三角に怒らせ頬を膨らますと。
「いやなの。とにかく何が無く立ってあんたと一緒は嫌なの」
鳩子はそれこそ豆鉄砲食らったかのように固まると、今度は付いてはこなかったが。
「いいよ!! 全部買っちゃうから!! 今見たの全部ね!!」
さすがに気分を害したのか少し尖った声を背中にぶつけてきた。
すれすれの喧嘩に泉は何も言わず、有紀は返事もしないまま逃げるように店を出た。
「ねえ、鳩子と仲悪かったの?」
パステル通りを離れた公園のベンチで泉と有紀は収穫物を広げていた。
いつもは温厚で、綺麗を実践する人を敬愛さえしている有紀の態度が気になっていた。
ストローの付いたパック飲料を口にしたまま有紀は軽くため息を落とすと。
「まあ、中学入ってからは仲悪いよ。全部鳩子が悪いんだけどねー」
一方的に悪いと言われる鳩子。
「鳩子って……小学校の時私とそんなにかわらなかった気がしたんだけど」
自分と変わらない、つまり地味だった鳩子がここ最近派手になった。
いや、有紀と同じように綺麗になったのを泉は置いていかれた側の視点で実感していた。
髪に内巻きのカールを入れて、真っ黒一色で重そうだった色も明るめに変えた。前髪が眉までかかっていて、自分とは別の意味で顔を隠していた女の子。
それが泉の憶えている鳩子の姿だったが……今日見た姿は全然違っていた。
「なんか、垢抜けたっていうか……脱皮したっていうか……」
「鳩子は自分で脱皮したわけじゃないから、なんだって人の真似してああいう風になったんだから……ホントむかつくよ」
「そうなの、有紀の真似しているから不機嫌なわけなのね」
なんとなく察して話す泉に、口にストローだけを咥え空を見る有紀は苦い思い出を淡々と語っていった。
それは中学に入った直後の事だった。
有紀が綺麗を実践するきっかけになった事件があった。
学校には当時の生徒会長の追っかけが存在していた、色恋にメキメキと目覚める季節に有紀は鳩子と二人で生徒会長に手紙を渡そうと計画していた。
まだ恋を独り占めしようと突っ走れない幼さが起こしたいじらしい行動だった。
「少しでもいい印象を持って貰いたいな……」
そんなささやかな気持ちで、有紀と鳩子は手渡す手紙のレターセットを揃えようとパステル通りに出かけた。
各々自分のイメージを伝えるために、苦労してステキなセットを見つけてきた。
「抜け駆けなし……二人一緒に渡そう……そこまではよかったけど」
有紀が揃えたセットは、大人びたものだったがワンポイントの花が慎ましいくも一つの心を良く現していたものだった。
逆に鳩子が揃えたのは、子どもっぽい花柄イラストを全面に印刷したものだった。
お互いのセット確認し翌日に二人で会長の元に足を運んだとき……事件は起きた。
放課後を待って会長の前に出され手紙。
その包装は二人とも同じ物になっていた。それも有紀の選んだセットと同じ物で鳩子も手紙を差し出したのだ。
「めちゃくちゃ頭に来たよ……会長はさ、私と有紀の手紙を受け取ってはくれたよ。だけど……」
差し出された同じ封筒のレター。
会長が先に受け取ったのは鳩子のだった。
「君が選んだの、綺麗な封筒だね、ありがとう」
最初に自分が選んで、会長のために選んで……なのに、鳩子が褒められて……
有紀は手紙を渡したまま無言で走って帰った。その日以来鳩子とは距離を持った関係になった。
「私が選んだのに……鳩子が真似して……あやまりもしない……」
唇が歪む苦い思い出。
「……で、それを鳩子に言ったの?」
「言ってないよ! 口も聞きたくないし、どうだっていいの……とにかく近くいて欲しくないの。鳩子がいなきゃ……角谷くんにだってもっと積極的にいけるのに……」
口惜しい思い出に有紀は踏み込めない人を作ってしまっていた。
有紀が積極的に告白したいと願っている角谷くんだ。
もちろん学校でも一番人気の男子でライバルが多いのも知っているが、それ以上に有紀が告白を実行に移せないのは鳩子の存在がある事に泉でも気が付いた。
鳩子は自分から告白にはいかない、これは絶対なんだけど有紀が行くとなれば一緒に告白しようとする可能性は高い。
鳩子もそれとなく角谷くんに気のあるそぶりは見せている中で、もしまた真似して、一緒に行って……そんな事になって……もし……
そういう悩みを有紀は持っていた。
「はっきり言ったら、真似をされるのが嫌だって。言わなきゃわかんないんじゃないの……」
真似をされるのは嫌という拒否を明確にすればいいのでは、当たり前の意見を泉は告げたが。
「言わなくたってわかっているハズだよ、こんな嫌がっているのにわからないなんて……おかしいでしょ。今日も一緒にお店を回っていたりしたら、泉のそのペンギン人形と似たのを明日鞄に引っかけてくるわよ。鳩子はさ、波乗りジョニーなんだよ、なんだって自分が流行の波に乗ってないと気が済まないんだ。人が持っている気に入った物を自分が全部持ってないと気が済まない……嫌なヤツなんだ」
むくれた顔からストローを吹いて飛ばす。
有紀と鳩子の溝は泉には計り知れないものだったのに軽くショックを受けていた。
なぜなら、泉は自分が鳩子寄りではないのかと考えていたからだ。
流行に疎い、店に入っても何をしたらいいのかわからなくなる自分。
鳩子もそうだったのではと、過去の姿が重なる昔の友達を思う。
黒髪で、チビで、垢抜けない影。
そこから比べても昔から有紀は可愛い物や綺麗な物を選ぶセンスがよかった。
センスは……簡単に手に入らないし、天性の物だったら敵いようもない。
自分にはないものを手に入れようとしたら、たくさん買う事になってしまったり、逆にポイントを押さえるとしてその努力の第一歩が真似になってしまったら……拒まれてしまうか。
夕暮れ時、有紀と別れ家に向かう泉はどちらにも語れる言葉がない事に落ち込んでいた。
一方鞄の中ではポン様がケケケ笑いで今日の出来事を楽しんでいた。
『いいっちょ、いいっちょ!! 悩み多き乙女達、おいしいっちょ!!』
「明日の収穫は強欲の愛……比較的集めやすいブラックハートがあるのは良いことね」
春風に舞う桜の花びらを道に敷き詰めた古い洋館の一室で、アルンは壁に添って横一線に並べた水晶を観察していた。
部屋には長く伸びたトーチが四本、四方の角に設置され電気ではない炎が緩く揺れている。
真ん中に大きめの長テーブルが置かれ、その右端でニギラが風呂に入っていた
たらいの真ん中でほっこりとも緩んだ三日月目のまま、窓際を歩くアルンに語りかけた。
『強欲も嫉妬も比較的取れやすいブラックハート(病んだ愛)だが、一度盗った相手からは採取しにくい……不思議な事に一度取りだしたブラックハートを……それを返されると人間は耐久力を身につけるからね。これからはより慎重に事を運ぼう』
黒い短い毛並みをどっぷりと湯につけ、長い耳がピアスの重み以外で伸びたゴムのように垂れ下がっているニギラ。
人形の中に住まう精霊に湯浴みがどうして必要な行為なのかは謎だが、満悦の様子で語る。
そんな相方の桶に新しい湯をポットで注ぎ足したアルンの顔は曇っていた。
落ち着き無く、黒髪を掻き揚げ丘から下に広がる町を睨むと。
「……アイレシオンは、どうするの……」
『何もしないのが一番だよ。悩まないで』
ポットをテーブルに、壁に並ぶ七色に光る水晶の玉を不安な顔が見る。
『アルン、ブラックハートの総量は順調に溜まっている。採取に慎重さをもってあたればいい。アイレシオンとぶつからないようにすれば問題にはならない』
「向こうが見つけて来た時にどうするの? レビンほどの量を持っていても勝てなかったのよ」
影犬レビン、嫉妬の愛をダークサイドに落とし作り上げた集合体は巨大な力となり今まで他のブラックハートを集める事に貢献してきた。
最強を誇ったバルキュリアを追い詰め消滅させ、ニムルを閉じ込める氷の園の番人エルルを敗北させる程に強かったのに、アイレシオンの前ではまったく無力だった
アルンは恐れ以上に焦った顔を晒して、黒く塗り上げた爪を噛んだ。
「見つからなければ……それはそれでいいけど、ここ一番、来る日の儀式を邪魔されたんじゃ……ニムル様を復活させるために今までやってきたのに」
『焦ってはいけないよ、こういう時こそ落ち着くのだよ。確かに復活までに必要なブラックハートはまだ少しだけ足りてないけど……種は十分に撒いてある、ボク達の有利はかわらないよ、収穫に合わせて行動をとれば問題など決して起きないよ』
たらいの中にひっくり返り、手足をピンと伸ばして。
『背中を掻いてくれないか?』
どこまでもまったりなニギラの赤い目は意識の光を薄くし湯を存分に楽しんでいる。
『ああそこ、そこが固まって凝っていたんだ』
アルンの伸びた爪でほぐされるウサギの人形、年寄りのようにフルフルと首を振る。
眠りにつくための一息を楽しむように語るニギラにアルンの心は落ち着かなかった。
「とにかく私は明日、強欲の愛……ブラックハートの採取に出かける。取りこぼしはしたくないから……ついでに町を見回ろうと思うけど」
心配の尽きない表情、何度もリボンを結直す仕草を見せて。
警戒をおこたらずに外に出ようとする相方の言葉にニギラは頷くと、たらいから飛び出した。
『アルン……』
焦る相方の心を見透かしているのか、ウトウトし始めていた赤い眼が光を取り戻しきつく睨む。
ゆっくりとテーブルの上に湯水をしたたらせて飛び、目の前まできたところで壁に貼ってある地図へと視線を動かした。
『明日いく所は……パステル通りの一本外れのあたりだね』
前回アイリュシオンと戦った学校のある地区からは少し離れている。
だが遠いわけでもない位置に対して軽めの声音が慎重さを十分に伝えて響く、アルンは素直に頷きニギラの指示を待った。
『明日の湯上がりに合わせてデザートが欲しいな。あのあたりにチョコレート菓子がおいしいと評判の店ができた。それが欲しい』
足下に広げられているタウン誌。
「わかった。買ってこよう」
闇の住人二人は、窓から町を見た。
『大丈夫、勝つのはボク達だよ。お菓子楽しみにしている』
「食欲万歳だな」
ニギラの輝く目、アルンの赤い眼と四つの輝きは夜の屋敷に消えていった。
自宅に帰った泉は有紀に渡されたファッション誌と、少しだけ買った可愛い物グッズを並べてみたが、心に平安はなかった。
興味や探求以上、友達と自分の立ち位置、悩みで溢れた心から出るのはため息ばかりだった
「言わないとわからない」「言ったら……終わってしまう」
この葛藤はずっと前から泉も抱えていたものだった。
デスクに寄りかかり何度も頭を振り、重い悩みと雑念に潰れそうな泉の隣では夕食を済ませたばかりなのに、ポテトチップスを堪能し、ファッション雑誌に目を輝かせるポン様がいた。
『ねぇ、ポン様……あのアルンちゃんって何者なの?』
とても一日で整理のつけられる事ではないと、有紀と鳩子の話題から泉は自分の元に起こっている事件の方に話題を切り替えた。
あのときは自分が宙を浮いたり、学校の柱に激突したりで顧みる事もできなかったが、自己紹介をされた彼女の事は律儀だなぁと憶えていた。
雑誌に夢中になっていたポン様は顔を上げると右羽根を振るって。
『アルンは闇の王ニムルに使える妖精っちょ』
「妖精、じゃあポン様と一緒なんだ。でも向こうはちゃんと人型なんだね」
デスクに転がしたまま顔だけを相手に向けていた至近距離の泉の額にチョップが刺さる。
『だぼぉぉぉ!! 我は精霊王と言っておろう! 妖精風情と一緒にするなっちょ!!!』
不意だった重い一撃に轟沈する泉、反対側まで頭を転がして。
「痛いよー!! 何するのよー。どうしてそんなに小さいのに石が当たったみたいに痛いのよー、凶器だよ……もう、いちいち叩かなくたって話できるでしょ、私の頭脳がプリンみたいに耳から滑り落ちたらどうするのよー、同時に学業成績が滑り落ちたらポン様のせいなんだからね!!」
額を抑え涙目の泉の前で、鼻息も荒く仁王立ちのペンギンはチョップを繰り出した羽根をばたつかせて。
『妖精は読んで字のごとくちょ、妖かしの精、妖しい出生の精。精霊は神々の活動力の形を言うっちょ!! わかったかっちょ!!』
解るわけがない、しかし泉は曖昧に頷いた。
解らないといえば、またチョップが飛ぶだろうという予測に基づき危機回避をした。
「でぇ、その妖精のアルンちゃんは、ニムルっていう人を復活させたいらしいけど、これはどういう人なの?」
『人じゃないっちょ、ニムルは神々の御座から数えるならば末席の末席、下の下の下に付く神ちょ』
「……神様なの? 何、どうして神様が? 復活って事は、今はどうなっているの?」
『今は氷の園で、氷り漬けになっているちょ』
「それって……イジメ?」
『違う、ヤツが神々に喧嘩をふっかけたから罰を受けているだけっちょ』
突如人を超越した大きすぎる話に首を傾げ目頭を揉む泉に、ポン様はいかにも簡単な説明をした。
闇の王とアルンが言っていたニムルは、二十億年前に自分の置かれて居る地位を見返る事なく、上位神達に逆らって創造を行った下位神。創造は上位神のみに与えられた至高の技だったものを、それを見よう見まねで行った事で神世界は大混乱を引き起こした。
元より自然神の端くれであるニムルには生物の構築など出来るわけもなく、最初に上位神達が作った生物を破壊し尽くしてしまった。
このことにオージを中心とした神々が抗議を入れたが、ニムルは理解を示さず結果的に戦争となり征伐された。
末席で力なき神、大いなる神と言われる上位神達にコテンパンに打ちのめされたが、神は神。
簡単に消滅させる事もならず、反省のために氷の園に落とされたという経緯。
「話し合いっていう手段はなかったの?」
『むろん最初に声をかけ、相手の真意を問うたが、答えにならない答えを告げられたら意味なしっちょ。言いたい事をはっきりいわないヤツが悪い。それにニムルは自分のした事に反省を見せる事ができなかったっちょ、神々の創造を邪魔する神力は排除するしかない。だったら打ちのめすのみっちょ』
「はぁ……で、そのニムルさんはアルンちゃんと協力して氷から脱出しようとしていると、そこまでわかっていて神様達は何しているの?」
『寝てるっちょ』
「はい? なんで寝ているの。けっこう大変な事になっているっぽい話なのになんで神様寝ているの?」
斜め上の答えに慌てて顔を近づけた泉だが、お返しの先手はポン様のくちばしでサクッと刺さる。
無言の沈痛にデスクを叩く泉を前に話が続く。
『神は今、眠りの時に入っていて後一億年は起きないっちょ。人間とは起床サイクルがちがうっちょ!! だから神々が寝ている間に目を覚まし世界を我が物にしようと企んでるっちょ!! アルンはその為の道を造る力を集めているっちょ。そしてそれを止めるために泉はアイレシオンとなり戦うちょ』
「話大きすぎて、すいません正直良くわからないんだけど、そんな興味深いものでもないんだね」
額を抑えて距離をとる泉は、むしろ呆れていた。
結局神様が寝ているせいで自分が無駄骨な仕事をさせられているのか? そのぐらいに思って肩を落とすと、
投げ出した体でベッドにダイブ「もうどーだっていいや」とへばりつくように伏せた
冷めた様子の泉にポン様キックが後頭部に炸裂
『泉はいつでも何にでも興味をもたないっちょ!! なんでっちょ!! 学校もそうだっちょ!! 行って帰っての毎日なんてつまらないっちょ!! もっと色々と世界を見るっちょ!! そしたらそんな事言えないっちょ!! こんなにすばらしいもので溢れている世界がなくなちゃっても良いっちょか!!』
蹴られた衝撃で眉をしかめながらも泉の返答は鈍かった。
横には今日買ってきたアクセサリーや小物……有紀が選んでくれて、自分では選ばなかった小物。見つめる目はどこか遠い。
そして遠い目の向こうにあるのはいつも現実だった。
少しでも年が上がれば、自分は自分の心を踏みにじった側の人間になってしまう……そういう心痛の心配でしかなかった。
「いいんだよ、もう。だってさ、そんなのきゃーきゃーさわいだって一時の事だよ、ちょっと歳が上がったら結局捨てちゃうんだし……あきちゃって……無駄なになるだけだよ。こんなの……」
『物欲万歳!! 新しいものをドンドン追ったらいいちょ、発見を自分の目でするに必要な欲っちょ!! 全然悪くないっちょ!!』
「無駄使いだよ、お金も時間も……」
あまりのキンキン声にふくれっ面を見せる。
ポン様はヤレヤレと両の羽根を挙げてみせる。
『乙女でいられる時間を楽しまなかったらいつ楽しむっちょ、もったいないっちょ。花の思い出を作らないでどうするっちょ、そのまま大人になって母親なってしまってからじゃ、可愛い物を素直に楽しむ事だって出来なくなるし、心から欲した物を手にした良い思い出さえ無くなるちょ。そんなやる気のないままだったら眠っている神々に文句もいえないっちょ』
そうは言われるが、今までだったらしなかった事をここ何日かしている。
今まで部屋にこもれば停滞していた生活が、ポン様に殴られ蹴られで動き出している。
世界なんて、隣近所だって、友達の心だってわからないのに。
そうやって悶々と過ごしてきた日々に、本気のケリを絶え間なくいれるポン様が与える痛さが、少しずつ自分を動かしている事が不安でもあった。
つまらないまま、自分で何も探さないまま、でもそこからは抜け出したいという僅かな思いと裏腹に。
『とりあえず明日はチョコレート菓子の店に行くっちょぉぉぉぉ!!』
景気良く雑誌を振り回すポン様を横目に。
押されている内に少しだけ歩いてみようと思った泉は反抗しなかった。
「道に迷った……」
流行音楽が呼び込みを繰り返すパステル通りを横目に、複雑に伸びた裏路地を歩いていた泉の額には汗が浮かんでいた。
昨日の今日で有紀を呼ぶのはどうだろうと考えていたが、有紀は珍しく服飾部に参加となり、努力を強いられていた。
一人でタウン誌を片手にここまで来て……芳しくないこのざまである。
『あついっちょ……早く菓子ぃぃぃ』
鞄から顔をだしくちばしをパタパタしているポン様の愚痴が続く。
『だいたい、通りの端ってわかっているのになんで裏道をいくっちょ? だから迷ったっちょ!!』
「仕方ないじゃない、私一人でパステル通りなんて歩けないよ。恥ずかしいじゃない。だからこうやって……探検しているんじゃない!! 楽しいでしょ!! こう目的地までを色々散策するってさ、そういうの大事ってポン様言ってたじゃない!!」
『不必要っちょ!! 目的が決まっている時に寄り道する意味がわからないっちょ!!』
手に持つ地図にはパステル通り真っ直ぐで離れの端と、所謂棒一本の道の右側と書いてあり、そのまま目的地に行けばいいのにというのは正論。
「あれ? 泉ぃ?」
歩き疲れてだらしなく背中を丸めた泉の声を掛けたのは鳩子だった。
背負い鞄の泉とは違い、黒にラメいり手持ちの可愛いバッグに昨日買ったアクセサリーが並んでいる。
緩い内巻きの髪を揺らして走り寄ると、突然泉の鞄から顔を出していたポン様を引っ張り出した。
「ねえ!! これどこで買ったの?」
突然の手、引き上げられたポン様は口を開ききっていた。
「これさー、店で見た時動いてたよね!! すっごくぅ気になってたんだ!! ねえどこで買ったの教えてよ!!」
胴体を締め上げられる圧力なのか、舌をべろんして見せるポン様を泉は慌てて取り返す。
「これは……おばあちゃんからのプレゼントなの、どこで売ってるのかなんてしらないよ」
「えー、聞いといてよ、聞いて、ねっ!! それ欲しい!!」
取り上げられても、顔を近づけてにじり寄る。
動きこそしないがポン様もそうとう面食らった様子で泉の頭に言う。
『あぶなかったっちょ、あやうく愛の種を吐き出すところちょ』
「あの変身アイテムってポン様のお腹の中にあるんだ……」
衝撃の告白にげんなりしながら、自分にすりよる鳩子を押し返す。
「おばあちゃんには聞いておくけど……なんで人の持っている物欲しいの……」
灼熱の壁のように自分に引っ付こうとする鳩子の激しいタックルに思わず聞いてしまった。
いきなりの接触が強烈すぎて強引で、先手を打たないと引き込まれてポン様を持って行かれるのでは? という不安と疲れていたのも手伝ってダイレクトに疑問をぶつけてしまう泉に、鳩子は眉をしかめると腕組みして。
「……ねえ、有紀が私の事何か言っていたの?」
「うーん……」
自分で先に言ったのに気まずい空気に耐えられない泉はアワアワしながら。
「あの、いつも真似するから困るって事ぐらいは……」
「真似したっていいじゃない、何よ」
ぶすっと頬を膨らませた鳩子は背中を向けると。
「正直私ってさ、有紀みたいにセンスないんだよね。可愛いの……これって一品をポンと選べないっていうか」
泉の横をウロウロしながら鳩子は有紀に避けられているのをうすうす感じていたと零しながら、それでもつきまとう理由を怒った口調で話した。
「自分で選ぶのって……絶対失敗するでしょ。そこいくと有紀の選ぶのはいつも可愛い。私だって可愛いの欲しいもん!! いっぱい欲しい!! 選ぶのに迷って買い損ねたり、変なの選んじゃうぐらいなら有紀の真似した方が早いし、それに同じ物をいっぱい持って……いっぱいあるとやっとホッとするっていうか……」
大げさな身振り手振り。
自分のしてきた事を、正しいと見て欲しいという精一杯のゼスチャーが泉には痛く感じた。
自分はこんなに必死にはなれないけど、心の中はいつも手をあげて大げさに物事を考え込み貯め込んでいると感じていた。
「可愛い物は全部欲しいの!! 誰の真似したって欲しいものは欲しいを実行しているだけなの。悪いの?」
両手を挙げて迫る顔に、引く泉。
「悪くはないよ。だけどそんなに欲張らなくてもいいんじゃないかな。全部なんて……自分だけが大切にしている物が一つでもいいじゃない? むしろそういう物があった方がいいんじゃないかなって思うよ」
鳩子ほど積極的に有紀を真似ようとは思えない泉。
だけど、真似して可愛い物を手に入れたいという気持ちは理解して控えめな意見をした。
「……それが出来れば苦労しないよ……私にはセンスないし、有紀みたいになりたいだけなの、欲張りなのかな……」
鳩子なりの努力の行き着いた先。
全面否定をしたくはないが、あれもこれも人真似して手に入れて……でも満たされないから全部買って。
失敗はいや、流行っているもの、かわいいものに敏感ありたいという思いは、とっくに行き過ぎた欲望なってしまっていた。
同じでありたい気持ちを逸脱し、相手である有紀そのものになってしまいたいと思い込むほどに。
「欲張りは悪くない、むしろ合格よ。その欲望を有効に使ってあげる」
その声は、陽気にそして誘うように笑みを店ながら姿を現した。
アルンは路地の影からスルリと姿を見せると次の瞬間、黒のドレスは風に舞い鳩子の胸の中に溶けるように手が入りこんだ。
「燃え上がる想いよ!!報われぬ愛よ!!牙を剥き集え!!」
ゆっくりと引き抜かれた手に集まる灰色の心。
「強欲よ!! 思いのままに搾取せよ!! 溢れて満ちてまだ貪れ!!」
一瞬の出来事に腰を抜かした泉をポン様が叩く。
『アルンめ、向こうから攻めてきたっちょ!! 戦うっちょ!!』
戦うにも突然の事に体勢も整わない泉は震えるまま走り路地を折れた所で見返した。鳩子の抜かれたブラックハートに集まる灰色の渦達。
柔らかい雲のような物質は次々に結合すると巨大な山のような陰を作り出した。
「強欲の魔獣マンモ!! 人間どもの卑しき愛を食らい尽くせ!!」
針山を揺らす怪獣のような影。
『強欲の愛、マンモ……影鼠っちょ!!』
「ネズミなの……私ネズミ苦手なんですけど。ていうか針がいっぱい背中にあるのにネズミっておかしくない? あれはダメだよ、刺さったら泣きを見るよ。それとも先の方は丸くなってるお子様使用とかじゃないよね。だったらいいけど、何がいいかわからないけど、とにかく逃げたいのだけど」
『おかしくないっちょ!! あれはハリネズミっちょ。欲持つ人の心を串刺しにしていく凶器っちょ』
「わかった、逃げよう!!」
路地からさらに、足を踏み出そうとする泉の後頭部にポン様のくちばし刺さる。
『戦うちょ!! アイレシオンになって、さもないと友達の愛は悪しきに消費されてしまうっちょ!!』
後頭部を押さえてしゃがみ込む泉。
「やっぱりこうなるのね……」
涙目の向こう側、路地の中程に呆然とした目で抜け殻になったまま座り込んでいる鳩子。
「鳩子の欲のせいなのにぃ……」
愚痴をこぼしつつも、愛の種を手に高く上げて。
「世に舞う愛よ、香る恋よ、心を満たせし美に集え!!我が言葉に応じ闇を払え!!」
光は花の輝きと共に集まってく淡い彩色のハリケーンの中から、今再び闇の愛と立ち向かうために泉はアイレシオンとして降り立った。




