02 愛をとり戻せ
目映い生誕のステージ、灰色に変わった校庭に淡くも彩りを添えて舞い降りる羽根の使者。
白と金、シルエットを際だたせる赤いライン
肩口と腰それに足首に、飛翔する鳥たちを模した小さな羽根が付く。
胸と首を結ぶ箇所には金色のプレートがあり、装飾豪華な姿にアルンは信じられないものを見という驚きで固まっており、当事者の泉も自分に起こった変化を把握出来ない状態に違いが静かに見つめ合ってしまう状態になっていた。
しかし、そんな静寂なんのそのペンギン人形精霊王ポン様。
過激発言の絨毯爆撃、爆心の根っこに産まれた牧者の姿に歓喜の舞を短い羽根と身振りで回して踊り、くちばしを大きく開き叫ぶ。
『召しませ爆愛アイレシオン!! いくっちょ!!』
押し上げられていた体は変化の終わりと共にフワリと地を踏む。
軽く触れた地表は、水面のさざ波のように金色の波紋を広げてアイレシオンとなった泉を迎え入れた。が……舞い降りた待望の牧者の顔は青ざめ手を振り回していた。
錫杖を前に、手でタイムのT字を作って。
「タイム!! 待って、止まって!! みんなストップ!!! 動かない!! 現場を荒らさない!! いいまず説明して、これはどういう事なのか、どっから服が出てきて、私の服は何処にいったのか? 後この棒何? なんでサラサラ銀髪ヘアーになっているの!! まず説明して、納得させて!!」
最初の絶叫は状況を知ろうとするごく普通のものだったが、それでいて魂の叫びだった。
目の前に現れた牧者の存在に、牙を剥こうと顔を歪めていたアルンに向かって同じように目を剥いてT字を作り
「あんたも!! あんたも動かないで!! そこに止まって!!」
金管楽器のごとく、鳴り響く声に思わずアルンは怯え体が硬直した。
「わかった……」
硬い表情のまま、ブリキの人形のように止まった相手を確認して、視線をポン様に戻す泉。
短いスカートを気にして手で引っ張り、緊張と羞恥で体中の神経を弛緩するようにむず痒く揺れて。
膝丈スカートの下で小僧が二つ笑っている姿、錫杖を両手に顔を真っ赤にして抗議を叫んだ泉を、フンっと軽い鼻息で見回したポン様は。
『現世アイリュシオンは地味ちょなぁ……今までで一番派手さのない姿ちょ、愛の彩りがないというか、正直色っぽくないというっちょか』
実に的確な感想を述べた。
「そういう事を聞いてないから!! それにどこが、地味なのよ!!! 紅白歌合戦でもないのに、小林幸子でもないのに羽根が付いているよ!! スカート短いし、服白いしサラサラだし、髪の毛が白色に、ロングヘアに、天気もいいのに、いったいどうしてこんな格好なのよ!! それにこの棒何!! 戦えってファション対決ですか!!」
身振り手振りは、驚きに逃げ惑うニワトリにしか見えない泉。
天気は灰色で固まった別次元にあるのに、錫杖を空にかざしてわめき立てる。
真円に削り取られた輝く石が、金と黒の装飾美し持ち手の棒の頭に付いる。
それだけなら、お宝錫杖程度の扱いなのだが、これは違う石の中には青い炎が揺れている。空気もない石の中で。
不可思議に身を飾った泉のパニックは絶頂に達しっていた。
「これはどういう原理なの? この火って何? そういう魔法なの? 魔法少女なの? だとしたら私は対象年齢軽く突破してるんですけど!! オモチャメーカーの陰謀だわー!!」
14才の泉は、目を回して訴えていたが、ポン様は緩いジト目でもう一度上から下まで一通りを眺めると、フンっとそっぽ向き、そしていきなり頭に向かってキックを飛ばした。
文字通り小さい羽根で飛び、短い足で、なのに首が予備れるほどの強烈なキックを。
『やかましいっちょ!! さっさっと戦うっちょ!! 説明はそれからっちょ!!』
「だから!!! なんでこんな恥ずかしいかっこうにされているのか教えてよ!! 私が何したって言うのよ!!」
顔面を真横に捉えた短足キックに、その場に崩れる泉。
しな垂れる愛の牧者に、ポン様の激高は嘴を開ききる高さで怒鳴った。
『大きな声をだすなっちょ!! アイレシオンの声には力があるっちょ、無闇に大きな声で命令するなっちょ』
さんざん蹴倒されて横座りに崩れて錫杖を撫でている泉の前に立つ、突然すぎる急転に心が当然付いていかない目の前に。
しかしどんな痛みも、我慢出来てしまうのか? 夢にしてしまいたいのか? 虚空を見つめるように錫杖の炎を見つめた泉は、いつもの癖で余計な事を口に出して意識を保とうとしていた。
「すてきー、これって小さなプラネタリウムにも匹敵するねー、なんかいい杖だよねー、夢の国に奪われたら大変だー、はははは」
ついに現実から逃げようとする姿は、必死すぎて滑稽を通り越していた。
呆れたように前に立ったポン様は羽根で錫杖の頭に触れると、ため息を音室津教えた。
『それは愛の御座っちょ、片割れの愛がそこに座る事でアイリュシオンの言葉となり、さらなる力を与えてくれるっちょ』
「愛の御座……そういう歌あったような? 演歌だったっけ、愛のそうそう、引っこ抜かれても貴方についてくーつていう健気な……、あはっ、私みたい……」
『しっかりしろっちょ!!』
激しいツッコミを続けるポン様に、泉なりになんとか冷静な会話をしようと、四の五のと得意の屁理屈を始めてしまう始末。
「だから説明してよー、どういう手品なのぉ? 手品師なの? アイレシオンって何? ここがマジックの世界だという事は認めるとして、このかっこうはピエロだよね。あっ、そうなんだ若年の私をピエロにしてみんなで楽しもうって魂胆なんだ……なんか酷い話だよね。そういう新手の学校主宰のどっきりなんだ、新商法のイジメなのかも……奥が深くてとっても不快」
『あほう、お前の目の前に転がっている友達も笑いのネタっちょか?』
目の前に立つポン様はケップと息を吐くと、アイリュシオンの足下に虚ろな目のまま空を見ている有紀を指した。
『アイリュシオンは迷える人の愛を導く牧者にして、それらを悪しきに使おうとする者達への撲者。ここに残された嫉妬の愛を奪われた人を導くために、愛を奪った者を撲し、清浄にして愉快な世界に戻す事を使命とする者っちょ……わかったか!!』
言うなり飛び上がると、遠心力抜群の張り手を噛まして。
『ぐだくだ言ってるヒマはないっ!! 早くするっちょ!! お前が止まれと言ったからアルンは止まっているが、力はあっても悪しきを操るアルンの行動は止められない!! くるっちょ!!』
鼻をツーンとしている泉も、倒れたままではいられない。
言われればその通り、目の前友達の大切な嫉妬の愛を盗み取った敵がいる。
それでもどう戦っていいのかがわからない、焦りに下がった眉のまま意識を立て直した顔はポン様に聞いた。
「これから……どうすればいいの?」
『有紀の身から、残りの愛を借りるっちょ。それを愛の御座に入れての炎の力に変える』
「どうやって?」
『有紀の身に愛の御座をかざせばいい、後はなるようになるっちょ』
説明はちぐはぐ飛びっぱなしの話にオロオロしながらも従う泉。
どうにも締まらない展開
かざした手の元に有紀の体からでた小さな黄色の炎。
「これをどうするの?」
『さっきも言ったっちょ!! それを錫杖の炎と合わせるっちょ!!そうすれば愛を撃ち込む炎になる!!』
パタパタジタバタ、しまりのない説明展開をアルンは呆然と見ていた。
黒い羽根をピクリとも動かせない強制力の言葉の中で、あり得ない事態を考えこんで。
「神々の羊を預かる者、伝説の牧者。アイレシオン? なんでバルキュリアも無しにどうやって?」
体は縫い付けられる力の中にあったが、どうしても合点のいかない点に何度か首を傾げた時。
『アルン、強制の輪を破りヤツを討つか、逃げるかを決めるのだ』
アルンの胸に飾られた真っ赤な宝石から声は指示を出した。
胸元の開いたドレスの中央にペンダントとして輝く赤い宝は、ここにいないアルンの参謀である精霊と繋がっていた。
抑揚の少ない声は、緊迫の弛緩した戦闘の中で、軽い混乱と考えに頭を重くしていたアルンに冷静さと力を与えた。
「助かったよ、ニギラ……しかし、対して強くなさそうだ。むしろただの子どもなのではないか?」
輪からの離脱。
正常な感覚でアイレシオンとペンギンを見ることのできたアルンは、唇を歪めて笑った。
目の前で漫才まがいをしている一人と一匹を恐れるのはあまりに小心すぎる事だと思わざる得ない程に現世アイレシオンと呼ばれた少女の慌てぶりを笑い飛ばした。
「こんなちゃちな力で神の牧者アイレシオンを名乗るとは肩腹痛い」
『しかし、相手がそうだと名乗っている。本物であればバルキュリアとはわけが違う。今日まで集めた嫉妬の愛を無くすような事になれば』
アルンの相方ニギラは極めて冷静だった。
何度も胸の宝石を輝かせながら忠告と警戒心を促せたが、その落ち着いた声のおかげでアルンは闘志の充填を滞りなく済ませ、迎撃の準備が出来ていた。
「ばかばかしい。バルキュリアがいない今、アイレシオンだけが具現化するなどあり得ない」
『それはそうだが、あの人形が気になる。精霊を名乗る者がいる方が危険だ』
不確定な精霊を気にする相方。
『あれがどこから来たのか……バルキュリアもいない世界でどうやって具現化したのか?気になるだろう』
慎重な態度を崩さないニギラにアルンは吠えた。
「心配など無用!! あれはエルルが作った妖精に間違いない……それにしてもあんな小娘にアイレシオンを名乗らせ時間稼ぎをしようなど、エルルも力を失ったもの。生きていたのが不思議なぐらいだが、奇策を狙ったのは失敗だったな。今すぐに私が偽物の牧者を消滅させてやる!!」
吠えるなり、両者のやり取りをクルクル回って見ている影犬を呼ぶ。
「我が忠犬、闇の愛の化身レビンよ!! 神の牧者を語る愚か者を打ち払え!!」
主の指示を待っていたと言わんばかりに、猛然と駈け向かってくる影犬は大きな口を開き泉に噛み付こうとした。
それは、硬質な刃が並ぶ普通の犬よりも禍々しい開口、巨大イソギンチャク滑る触手にも近い恐ろしいものだった。
見た事のない恐怖を前に泉は絶叫、ポン様などかまっていられないという余裕のない姿でダッシュ、逃げたい一心の力は物凄いスピードとなって学校の壁にぶつかっていた
「痛い……何で」
『あほう!! アイレシオンは通常の人間よりずっと丈夫で力を持ってるっちょ!! 加減をしないと壁を全部貫通するちょ』
みごとな人型陥没、どんな速度でめり込んだらこんな漫画みたいな状態になるのかと埃を払いながら、ふくれ面を晒す。
「そういう事は早く言ってよ!! 鼻がつぶれちゃうでしょ!!はっ、そういえば私の眼鏡は?」
『泣き言叫ぶ前に前をみるっちょ!!』
あげた頭の目の前に犬はいた。
吐く息に生臭さも何もない、黒い蜘蛛の巣の張ったような靄の中で大きな赤い口は突っ込んできた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
避けるという行為は不可能だった。
アイレシオンによってもたらされた力を使いこなせればできる事も、心が付いていかない泉に即座に選択出来るハズもなく、思わず目をつぶったまま影犬レビンの鼻っ柱を愛の御座事銀の錫杖で殴りつけていた。
めり込む圧力、石を落とすように飛び上がり体重を掛けた打ち込みにレビンの顔は校庭の砂の中に埋もれた。
同時に円環が現れ、レビンの体が一回り小さく灰色の濃度があがった
「レビン?!!」
不足の状況に声を挙げたのはアルンの方だった。
まさか、影を濃くする程負の愛で作られたレビンが、こうも簡単に霧散化の一撃を食らうとは考えられなかったのだ。
アルンの驚きもそうだが、喰らった影犬レビンも驚きも大きく、鼻をかばう犬特有の鳴き声を上げて後ずさりをした。
「効いている……これでいいんだ」
泉は自分の前から引いた脅威に、やっと戦う方法を理解して今度は走った。
「もうなんだっていいから早く終わらせてよ!!」
いきなり失った日常への回帰欲爆発。
「突然やってきて!!」
走り寄ってレビンの顎を下から一気に叩き上げる一撃。
「友達に酷い事して!!」
飛び上がり逃げるレビンを追いかけ、その尻尾を大地に叩きつける一撃を。
「友達の大切な物を奪って!! みんなに迷惑かけて!!」
尻尾を打たれ、上体を起こしてしまったレビンの背骨付近を、野球で言うならメジャーリーガーのフルスイングバリの圧力で振り抜いた。
「反省しなさいよ!!!!」
ぶっとばされアルンの側まで飛んだ影犬レビン。
しっぽが折れ曲がり、赤い眼が涙目になるという惨憺たる状態に、思わずアルンは飛び出していた、真っ赤になったレビンの鼻先を撫でると。
「酷いじゃないの!! なんて事するのよ!!!」
「それはこっちの台詞よ!! 早くどっかに消えてよ!!! 私に迷惑かけないでよ!! こんな恥ずかしいかっこうもうしたくないんだからぁぁぁぁ!!!」
怒りの仁王立ちの泉。
そして怒りのポン様キックが泉の頬に炸裂する。
『あほう!!! ただ打擲しろと誰が言ったちょ!!!』
泉の肩に乗るとびしばし羽根で殴り倒す。
「なんなのよー!! 倒せってポン様が言ったんじゃない!!」
両頬パンパンにした泉の額に、ポン様のくちばしが刺さる
絶叫。
両者リングアウトのように、アルンは必死にレビンを支え、泉は額を抑えて伏していた。
その頭を何度も蹴飛ばすポン様。
『だぁぁぁぁぁ!!! 愛でといってるっちょ!! ただ叩くだけの愛があるか!! 愛のない打撃ではブラックハートは深く憎しみで固まっちまうっちょ!! 見ろ!!』
たたき込んだ打撃、目の前に転ぶレビンを伏せていた頭を起こし泉は見た。
それは柔らかい灰色の猛獣の姿を壊し、硬く尖った灰鉄の容姿を作り始めていた。
固まる憎しみ? 強固になって開いたの姿に泉は指示をと叫んだ。
「だったらどうやって倒せばいいの!!」
『愛を叫べ!!!』
泉のジト目。
「愛って?」
もっともな質問に憤慨のポン様は、組めない手(羽根)を器用に組むと。
『あれは闇の愛、いわゆる思いすぎ行き過ぎ、病んだ愛の感情を集めて合体させたブラックハートちょ。御座には盗られた半分、残りの愛を入れてあるちょ、これを持って打擲し、凝り固まったブラックハートを霧散化させてそれぞれの人の元にもどす!!この時に必要なのは愛の言葉っちょ』
「愛の言葉って?」
怪訝な目付きが大きく首を傾げる。
なんとなく解っていても、この非常事態にそれはないだろという苦笑いを浮かべる泉の前で、ポン様は大いばり絶頂で答えた。
『愛してる。だ』
「それを叩くときに言えと?」
『そうだっちょ!! アイレシオンの言葉には力がある。病んだ愛も真の愛の言葉を打撃と共に届けられれば浄化されるっちょ。さあ!!! 愛してると叫ぶのだっちょ!!!』
ポン様の言葉は泉の脳天に何度もふかーいエコーを響かせていた。
グルグルの頭の中を駆け巡る恥ずかしい言葉。
瞬間湯沸かし器のように真っ赤に染まった顔が出来上がると。
「いやぁぁぁぁぁぁ!! 何言ってるのよ!!!」
パニック・イン・泉。
錫杖を落としそうになりながら、巡る四季がごとくクルクルと激しい身振り手振りと顔色と感情と。
「私まだ好きな人もいないのに、そんな事言えるわけないじゃない!! 考えても見てよ、私14歳だよ、まだ中学生だよ、アイドルにだって好きな人いないし追っかけだってやってないんだよ!! そんな私が見ず知らずの犬もどきに愛し……とにかくそんな言葉を言えるわけないじゃないぃぃぃ、もっと普通に考えてよ!! ていうか、なんで戦闘なのにそんな言葉が必要なのよ!! むしろ滅びよとか、闇に返れとか言ってもいいぐらいの場面で、なんで愛……なんなのよぉぉぉそもそも愛してるってのは……ステキな男性に言って貰ってこそ輝くものでしょ、なんで私が好きでもないのに、そんな恥ずかしい言葉いわなきゃならないのよ!! 言えるわけないよー!!!」
『いえっちょ!!』
額に問答無用で刺さるポン様。
「無理ぃぃぃぃ」
拒否と首を振る泉に、ポン様は目の前に無気力に倒れている有紀を見ろと顔を叩く。
『愛を無くしてしまった者を救うのは愛の言葉のみ、お前は友に対して愛はないのかっちょ?』
友に対する愛
倒れたまま光のない目で校庭を眺めている有紀。
こんな騒がしい事が目の前で起こっていれば、黄色い声の大合唱をする有紀。
それが今、無気力になり何にも反応しない人形のようになっている。
「有紀……そんな事は……」
幼い頃から一緒だった友達、親友。
中学に入っておしゃれや、アイドルに夢中になって、身綺麗になって、自分からドンドン離れて違う存在のように姿を変えていった有紀は……それでも自分といつも学校に行く、毎朝言えまで呼びに来る。お弁当だって一緒に食べる。
『「愛乃泉!!」』
自分を呼んだ有紀の声とポン様の声が重なった。
『引き抜かれた嫉妬の愛は、闇に囚われ一つの大きな悪意に変えられてしまったっちょ。それを浄化するために愛の言葉をたたき込み、伝え、導くのがアイレシオンの勤め、愛をとりもどすっちょ』
錫杖にこもる有紀の愛は、今も激しく燃えている…
もし、愛がもどらなければ…有紀は二度と綺麗を頑張らない、自分のような地味で無感覚な人間になってしまう。
「そんなのイヤ…」
『ならば叫べ!!! 愛を伝えるために声が必要!! 声に出して言わなければ想いはとどかないっちょ!!』
『アルン逃げるんだ、レビンを連れて。こんなところで浄化されたら……これ程の量のブラックハートを失いたくない』
芳しくない状況をニギラは真っ赤な宝石の向こうから良く分析していた。
アイレシオンを名乗った少女、それが本当に愛の神から使わされた本物であるかは特定できなかったが、力は本物だった。
今までかき集め強力に仕上げた集合体・変化した闇の愛、ブラックハートの塊であるレビンを事もなげに打ち据えたのを見るに、今までのような力押しでは勝てないとアルンに忠告を飛ばした。
アルンはニギラの言葉を聞きながらも相手の動向に注意をはらい、レビンを制御していた
これ以上外殻を削られると集めた愛が無規則に四散してしまう可能性があるし、尖りすぎて憎しみを固体化させると、別の魔獣になってしまう恐れもある。
そうなると今までの努力が無駄なってしまう。
「決めた、今日あいつを討つ」
『アルン、迂闊すぎる』
「黙って!! ニギラ、あれが本物であろうと偽物であろうとこの空間で存在できるのならば敵に相違ない!! 今払うべき相手だ」
負の愛を引き抜くために世界を囲う。それはアルンの常套手段だが、その中で心を動かし活動出来る者は限られる。
神の加護を受けたバルキュリアか精霊、またはここに今存在するアイレシオン。
今は眠りについている大いなる神々の中、神の信任を受けた者しか自由に活動はできない。
ならば、どんな形であれ、目の前にいる者は払わなければならない。
使命に滾る手が、レビンに冷静さを取り戻させる。
声を荒げず、旨に輝く相方への忠告に答えた。
「迂闊ではないわ、これは英断。こいつはただのバルキュリアかもしれない、名乗りは自由だ。あいつは打擲の意味さえしらない、エルルが時間稼ぎのために仕込んだ妖精が作った偽物…そう見るべきよ」
アルンの勝算。
この状況を見ていた彼女の目には、アイレシオン事泉が本物かどうかは疑わしいものだった。
いちいち精霊王を名乗るペンギンに、喜怒哀楽激しく説明を受けなければ攻撃もままならない者が本当に神の牧者なのかという疑念を振り切ることはできなかった。
「いくわ!! レビン!!! そいつを食ってしまえ!!」
黒いドレスを翻し、赤い宝石の向こうにいるニギラを押さえたアルンは飛んだ。
レビンは一直線に土を蹴り上げ大きな口を開いた
指揮を執るアルンは、世界を塗り替える黒のドレスと炎獄の赤い地獄を閉じ込めた宝石を揺らし。
「お前が何者であろうと。私の邪魔をする者を許しさない!!!」
ぶつかる衝撃。
かかってくるアルンの声に泉もまた言い返した。
白い法衣と決意の赤いライン、手足を飾る羽根を煌めかせて。
「あんたが誰か知らないけど!!! 私の友達に酷い事したのを許さないんだから!!!」
食いつこうとかかるレビンの上を更に飛ぶと一瞬、自分が飛んだ下にいる有紀を見る
大切な友達を見る。
大切だったという想いが何度も自分の中の決意に色を与え、力は錫杖に灯る愛の炎を輝かせた。
「有紀!!! 大好きだよぉぉぉぉ!!!」
レビンの開いた口をそのまま綴じ込むように錫杖を振り下ろす。
強制的に閉じられた顎、叩きつけられた箇所に花と光の円環が現れ星を散らせる。
レビンの硬直化し始めていた体は石のように砕け、淡い花の色の星となり苦しみのうめき声を上げた。
先ほどの打擲では黒く固まっただけだったが、今度は花に変わって切り崩れた。
「なんで!!」
現れた聖なる輪に目を見開くアルン。
横を飛び、泉の肩に乗ったポン様は叫ぶ。
『想いの全てで愛を伝えるっちょ!!!』
もがき頭を振るレビンの前に降りた泉は、顔を真っ赤にして叫んだ。
大切な友達だから、大切な友達の愛を取り返すために、今までの自分の思いを詰め込んだ一撃を。
「私の!! 大切な人なんだよぉぉぉぉぉ!!!!」
風切るスイングで、犬の頬を打撃する。
力の強さと削られ砕け軽くなったレビンは一回転、まるで凍りの上を滑るように体を回すと。
「ずっとずっとずっと!! 友達だよ!!!」
戻って来た顔をもう一度上から打擲。
赤い目を回し、たまらず手を振り上げた相手に対して。
「いなくなったら、いやだよ!!!ずっとずっと綺麗で可愛い有紀でいてよ!! 友達でいてよ!!!」
相打つ手と錫杖、はね除けられたレビンは攻撃もろとも飛ばされて転がる
すでに力なく、半分以上も体格を削られていた。
「そんな!! 爆愛絶響を使いこなせるなんて…、まって止めて!!」
崩れていくレビンを追うアルン。
向かってくるアルンに対してポン様は短い足の跳び蹴りで牽制する。
『あなどったっちょな、アルン……だがもう遅い』
距離を開けられた二人の背後。
ぶつかる泉とレビン。
最後の反抗に身を起こし両手を挙げて覆い潰そうとした犬に対して、泉は真っ直ぐに立って土手っ腹を狙い、錫杖を振り切った
「愛してるよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
炸裂する光。
衝突の根源は光の輪として広がり、幾重ものの方陣が現れ同時に虹色に染まってあふれ出る花の紋章に変化した。
レビンの赤い禍々しい目はうっとりとかがやき、優しい犬の目に変わると次は弾け、まるで炭酸の甘い泡の中に沈むように消えて、砕けた破片の花は四方に舞い上がって全ての人の元に飛び去った。
昼間の空を流星群が駆け巡る奇跡の道を見せて。
「きれい……」
消えたレビンの元から、降り注ぎ愛の持ち主達の元に返っていく花たちを泉は呆然と見ていた。
『そうちょ、愛は美しいっちょ。失った片割れの愛の元に戻って行ったっちょ』
「終わったの……」
「終わってたまるか!!!」
一人と一匹が帰還する愛に見とれた背中に怒声を投げたのはアルンだった。
悔しさを顔一面にだし、唇を噛んだ姿でなんども足踏みをして。
「良くもやってくれたわね!! これだけの量を集めるのに…どのくらい時間がかかったと思ってるのよ!!!」
黒いドレスに複数のリボンとレースをつけた美しいアルンが足踏みする姿に、ポン様はケケケケケっとまるでペンギンのように笑うと、しかし本体はペンギン人形だが大いばりの顔を見せて言い返した。
『悪事を見逃したりはしないっちょ、今のうちに諦めるっちょ!!』
「ちょっとポン様!!」
明らかに相手の神経を短い羽根の手でゴリゴリ逆撫でしていてる発言に泉が慌てる。
こんな事を何度も繰り返したくないという本音で、手をあげて相手の怒りに制止の合図を送ると。
「とにかく、その、なんでこんな事したのか説明してもらえる? 貴女も落ち着いて、どんな都合でこういう事をしようと思ったのか話してよ!! 訳が分からないまま喧嘩はいやだから。というかあれは何? どうしてあんな犬を使うの、ああいうの無しでまず話し合いましょ、そして自己紹介してよ。私は愛乃泉っていうの……貴女は……ちょっとは落ち着いた?」
真面目に制止の手を差し伸べ、自己紹介までする泉の顔にアルンは苛立ちと怒りで真っ赤になっていた。
「黙れ!!! 私が……何十年もかけて集めてきたブラックハートを、よくも……よくもぉぉ」
強く握った拳と、噛みすぎた唇、凶相の目が泉を睨む。
「もう二度と邪魔させないわ、今すぐここで貴女を消滅させて……」
『アルン、引くんだ。怒りに任せて気を逸らせてはいけない』
飛び出しそうな闘争心を拳に握りしめていたアルンに対して、静かで重い声がかかった。
胸に輝く宝石からニギラは、ゆっくりとした口調で忠告をした。
『アイレシオンと素で戦うのは分が悪い、力の差は見たままだ。それにアルン、今君は弱っている。ここは最終目的のためにもいったん引くんだ』
ニギラの言う通りだった。
最初の打擲には愛はなかったが、傷をつくるだけの力はあった。
レビンを影犬の姿へと保たせるためにアルンは力を使い、現状で愛の打擲を受けて立ち勝てる見込みはなかった。
「くぅぅぅぅよくも、よくも、よくも!!! 憶えていろ!! 私の名前はアルン!! この世に闇の王ニムル様を蘇らせる僕なり!!!」
浮かび上がったアルンは自分のドレスをヒラリと手で返す。
空の隙間にしみこむように姿は消え、最後に見えたのは赤い宝石の残光だけだった。
「アルンちゃん、律儀に挨拶してくれたのはいいけど……なんなのよ……もう」
睨まれるは怒鳴られるはで泣きたいのはこっちの方という顔の泉に、ポン様は地上に降りて有紀の隣で羽根を動かして見せた。
『泉、彼女の愛を返すっちょ』
何個か拾った光の花を集めながら。
『この戦いに尽くしてくれた彼女の愛を返して、全ては正常に戻るっちょ』
錫杖の中に燃える有紀の愛、黄色の優しい輝き、ひまわりのように明るくいつも落ち込んでいる自分心を照らす大切な友達の愛。
泉はそっと胸に当ててそれを返した。
「ありがとう有紀。有紀の愛で世界は救われた……らしいよ」
今ひとつ急な事過ぎて信じられないという顔の泉。
それに背を向けて、花として残った種を食べるポン様。
『ふーん、とりあえず一件落着っちょ』
錫杖の青い炎から離された火は、ゆっくりと有紀の中に戻って行った。
黄色に輝く光の炎は一瞬世界を広く輝かすと、日常は何事もなかったかのように雑踏を響かせていた。
「なんで朝家を出たときに言ってくれないのぉぉぉぉ」
乱れた髪を押さえて有紀は走っていた。
後ろを泉も付いて
「だからぁ、その、そういうファッションなのかって思って」
「なわけないでしょ!!」
愛を取り戻し、目を覚ました有紀が最初に気が付いたのは下駄箱の前に設置されている身だしなみチェックの鏡に映った乱れ髪の自分だった。
その後は頭を鞄で隠してトイレにダッシュ。
泉は付き合って走って来たという次第だった。
「もうもうもうもう、まだ教室に入る前で良かったよぉー、これが角谷くんの前だったりしたら……私立ち直れなかったわー」
鏡の前制服の乱れを必死に直す泉の隣で、念入りに髪にブラシを掛ける有紀。
さっきまで、息をするのさえ諦めてしまっていた顔はもうない。
泉はホッとしていた。
けたたましくも、日常である親友の姿に。
「有紀はやっぱりそうやって元気な方がいいね、髪後ろとかそうか?」
「元気が取り柄だからねー、そう、やってやって」
ブラシを手渡し、鏡で自分の顔をチェック。
「もう元気有り余って負けられない気持ちでいっぱいの私が……こんな初歩的な失敗するなんてぇー、明日からもっと早起きしょー」
朝早く、誰よりも早く起きて髪をとかす、誰よりも綺麗でいたいという欲
それは良いことなんだと泉は納得していた。
人より綺麗、人よりおしゃれ。
なんか相手を蹴落とすような競争意識は嫌だなと考えていた自分の視野の狭さを改めて思い知った。
『だれをも妬まないなら平和か? ちがうっちょ。それは時として力になり向上心ともなるっちょ。そのバランスの上に世界はあるっちょ。泉はそれが無くなって、平らでやる気のない世界がいいっちょか? 華やかな色などなくて灰色で生ぬるい世界がいいっちょか?』
ポン様の言葉の意味。
やる気、他者の綺麗さに嫉妬するからこそ自分も綺麗になろうとするという事。実は決して悪い事じゃない、行き過ぎて悪くなってしまう事もあるだろうけど、不必要ではなく必要な愛。
「私も……早起きして……髪ぐらい綺麗にしようかな」
『それは良いことっちょ』
鞄から要すを伺っていたポン様は、鳥の巣のような泉の頭に向かって嫌味を言う。
モジモジしながらも、ストレートの綺麗な髪を見つめる泉に、鏡の前の有紀の目が光る。
「いいじゃん!! そうしようよ、泉も髪綺麗にしてさー、女の子なんだもん!! ドンドン楽しもうよ!!」
手をとってはしゃいた時、チャイムは鳴った。
「大変だよー!!ホームルームに遅れちゃう!!」
騒がしい日常。
少しだけ気持ちが前を向いた泉も慌てて有紀の後を追った。
しかし早朝の疲れは授業中、瞼で懸垂する程にあらわれ先生に叱られ、そして泉の弁当は、ちゃっかりポン様に食い尽くされていた。
「ポン様!!!酷いよ!!」
殻になった弁当箱を抱えて購買に走り、疲労をダブルパンチで味わう泉だった。
「アイレシオン……」
町から離れた小高い丘に、高く茂った木々に隠された小さな洋館がある。
先ほどまで戦っていた町を眼下に見下ろすことのできる赤茶けた洋館の中で、何年もの間、人が訪れる事のないにも関わらず整然としたグランドホールの元に降りたアルンは悔しさを滲ませていた。
『まずは君が無事でなによりだよ』
後ろに結んだ大きなリボンは、未だに黒い羽根に変化したまま。
拳を強くにぎり、美しい顔と額に走る亀裂。
それ程に彼女は怒りと憤りで心を支配させていた。
落ち着きを取り戻せない様子で何度もホールを練り歩く相方に、ニギラは階段下の金縁の皿をあしらったコーナーポストの上から話しかけた。
耳にピアス打ち込んだショッキングピンクと黒のウサギの人形は跳ねて、アルンの腕の中に飛んだ。
黒い毛並みに赤い眼と、アルンとお揃いのピアス、ウサギは中身に精霊を閉じ込めた特別な存在だった。
『そう慌てる事はない、時はボク達に有利なのだから』
「わかってるわ……でもこの10年……ううん、バルキュリアを倒す前から存在しなかった者が現れるなんて……」
『そうだね、招集権を持ったバルキュリアが消えて、ボク達に刃向かう敵がいなかった。だけど今更だよ、どこの誰がそんな策を講じたのかはわからないけど、まったく今更な話さ。予定どおり次の月までにブラックハートを調達すればニムル様を現世に蘇らせる道は作られる。君の願いはかなう』
ホールの上、客を迎える最上階の間に掲げられる砂時計は残り少なくなっていた。
置き時計を設置する黒い木枠の中には巨大な砂時計が鎮座し、周りを黒く包み込んだくびれある時計の底に溜まる、アルンの心血の時間。
今まで捧げてきた努力の砂は重く山なりになっている。握った拳に力が入る。
「負けられないわ……後少しなのに」
『負けないよ。種はあらゆる場所に置いてある。まだ十分に間に合うよ』
逸るアルンをなだめる落ち着いた声。
人形の目は大きな平ボタンで出来ていて、表情はまったく無いハズだが、小首を傾げて見せる動作などで相手の心を潤わせるには抜群の効果があった。
苛立ちで息を上げていたアルンも、ニギラの心使いに落ち着きを取り戻しホールのイスに腰掛けた。
「でも、あれは本当にアイレシオンなの?」
『まだわからないね』
最大の難敵であるアイレシオン。
バルキュリア達を束ねる長として君臨する神の牧者。
束ねるべきバルキュリアがいない今になって、何故この世に現れたのか
不安を背負い込むアルンにニギラは。
『アルン、落ち着こう。とにかくお風呂だ。今日こそピカピカにしてくれよ』
何日か放った状態だったのかニギラは手のとどかない背中についた汚れを目で見せると、小さく縫い付けられた尻尾を振って見せた。
『大丈夫、君は負けない』
振り返ると、考え込むアルンの手に自分の手を重ねた。
『必ずボク達が勝つ』




