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01 ラブストーリーは突然に

町に降りる白い粒は雪ではなかった

それは味気ない夜の真ん中に、柔らかい影となって震え崩れる雪の塊のように見える美しき人型、天女は漆黒の闇空に場違いな程まばゆいプレートアーマーを白銀のドレスに纏い、地上の星が咲く町に向かい落ちていこうとしていた。

巨大な墓石の並ぶビルの谷に抵抗する事も羽ばたくこともなく落ちていく。

 頭に、胸に腰に、猛々しき鎧に飾られた可憐な白い羽根は震え、降下する身から切り落とされる。

彼女自身の姿さえも霞み始めている中で、息も凍える声が月に向かって囁く。

「許してください……私には、もうこうすることでしか……」

 凍えた唇から許しを願う言葉は小さく細く幾度も紡がれていた。

涙を浮かべた流麗の瞳と、眉間に苦悩の傷を浮かべた眉。

白い息の糸が口から流れ、宝石は声を零す。

「願わくば、アイレシオンを。強き愛の導き手を……この地に、おろかな私に代り、お使わしくださいませ……この地の危機をお救い下さい」

 眼を閉じて大きく手を開き天秤の錫杖を放り投げ、何かを探すように彷徨う手で、空に向かって祈った。

白磁の月を隠す禍々しい影、美しい夜を覆う赤い眼の敵を上に見ながら、最後の声をあげた。

「さようなら……私の愛……さようなら……」

 最後の時を天女の影は賑やかな色の星を輝かす町の上で爆ぜると美しき白き破片となり町に降り注いでいった。

美しい花びらが描く落日。

消えていった輝きの欠片に対して、その声は卑下する笑いを響かせた。

 月の輝きを遮り夜の壁から滑り出すように姿を現した少女は黒い羽根を靡かせて、高い踵の靴を鳴らすと堪えていた口を大きく開いて笑った。

「はははははは、ついにやりました!! バルキュリアの長たるルーノを落としました!!ニムル様……後少しにございます。貴方様を復活させるために後一時」

 美しくも菱型に尖った目を持つ少女は憎悪に歪んだ口を開き、黒い翼を煽ると大きく手を横に開き闇に叫んだ

雷のごとくの声に震える闇の空、影に蠢く魂に刻み告げた

「最後の扉まで後一歩!! 必ずや貴方様をこの地に導いてみせます!!」

 地に煌めく星の町に突然の雨は注ぎ、雷鳴に乗って黒の化身は舞い降りた

満開を前にしていた桜の花は悲しみの雨に打たれ、暗転する灰色雲の中で、漆黒のドレスを纏う少女は胸に抱えた赤い宝石に微笑んだ

甘美なる口は蜜を差したように滑らかに輝き、迎えるべき主に語る声で妖やしく輝く。

「闇王ニムル様、アルンは必ずや貴方様をこの世に呼び起こし、必ずや世界を総べて頂きます!!貴方様が下さった闇に産まれし我の願いをお届けいたします」

 轟音の滴達は地面を叩き、アルンの高笑いは不協和音を空一面に響かせていた。


1・ラブストーリーは突然に


「なんで恋愛嫌いなの? 愛乃泉あいの・いずみさん?」

「いちいちフルネームで聞かないでよ、友荷有紀さん」

 眼鏡越しでも解る眉間の皺、尖らせた口で愛乃泉は隣を歩く有紀に返事した。

自分より背が高く、スレンダー系で身綺麗。

足も長くて……スカートも短くて、恋愛語らせると熱い女で、なのにどこかおっとり目の有紀は鞄に付けたキーホルダーに手を伸ばしながらため息をついた。

「いい名前なのに……なのに、枯れているよねぇ」

「ほっといてよ、後、外ではフルネームで呼ばないでよ」

 クリーニングから戻ったばかりの折り目正しい制服姿の二人は、始業式を終えて街路樹がアーチを作るレンガ道を歩いていた。

愛乃泉と呼ばれた少女は背負いの黒い鞄に、黒縁の眼鏡で俯きながら。

話しかける友荷有紀はピンクのラメ入り雑誌をはためかせる満面の笑みで。

「泉、今月の運勢の所見たでしょ、泉は大吉!! 今月は超ハッピー月間なんだよ。たくさん満喫しちゃおうよ!!」

 細かい歩幅で先を歩く背中に、ファッション雑誌を持った有紀は、張るに咲く花に負けない笑みで運勢のページを押しつけていた。

だが、泉の表情は咲くことない蕾のままで、下から横に流した目線のままだった。

「ハッピーなのね。でも最近物騒だって言っているよ……この辺り。そういうのに合わない事をラッキーだって言うのかな?」

「そうだよ、ラッキーなんだよー。変態さんが芽を出すシーズンなのにねー」

 興味無いトーンで棒読みの返事に、めげない明るい声。

数少ない友達の、後ろに聞こえる軽い足取りに続けて聞いた。

「で? 有紀も中吉ぐらいだったわけで……それでなんだっけ?」

 昨日突然降った豪雨の後。

朝方には止んだが激しかった雨の跡は、始業式を終えた昼過ぎになっても消えなかった。

レンガの窪みに残った水たまりから白い雲を数えていた泉の棒的返答に、有紀は軽めのチョップを後頭部に入れて続けた。

「なんでそうなの? 良いことあるって事がわかったんだから心ときめくっしょ!! 泉、春だよ!! 心ときめく春だよ!! 名前負けしちゃダメだよ!! 愛乃泉ぃ!!」

「お願い黙ってよ、名前を大きな声で言わないで!!」

 眼鏡のと前髪の下に目を隠した泉はムッとした口でご機嫌宜しくないという態度をしてみせた。

浮かれる友達の不可思議という首振りに、口を膨らませて速射のため息を落とすて。

「別に春になったからって……何もかわらないでしょう。何にときめくのよ?」

丸めた猫背のまま鞄を背負った泉の返事に、有紀のテンションは真逆に火が付いている、黙りや透かしは大嫌いと口をとがらすと

「喜ぼうよ!! 今年もまた私と同じクラスになったし、副会長の角谷くんとも一緒になれたんだし、良いことずくめの登校初日じゃん。新学期のスタートバッチグーって嬉しくならない?」

「別に……また普通に学校が始まったってだけでしょ」

「違うよぉ!! クラス替えの困難を越えてラッキーカードを引いたんだよ!! 5組もあるクラスの中から同じクラスになったんだよ!! 1/5だよ!! 5倍喜ばなきゃ!!」

「はいはい、嬉しい嬉しい。そうか5倍……疲れそうだね、そんなにはしゃいだら5倍老け込みそうだよ」

「違うっしょ!! 5倍のラッキーで元気になるのだよー!!」

 明るい所も、音楽が鳴るショッピングモールも、可愛い人形も。

歩く中で見つける色々なものが苦痛である事を確認しながらの下校を愛乃泉はしていた。

口を尖らせ、寄せた眉間の皺を黒めがねで隠して前を歩く。家へと続く道は新駅舎の鏡面仕上げの壁で、そこに映る自分の姿にまた嫌気がするのか、背筋は丸く落下の一途だ。

小粒で猫背な泉の後ろ、鞄片手にスキップ踏み顔を寄せる友達が見えてしまって、また、ため息をつく。

「もっと離れてよ……」

「なんでー、手繋いだっていいぐらいだよ」

「やめてよ、気持ち悪い」

「傷つくー、ちゃんと綺麗にしているよー」

「知っているよ」

 綺麗にしている事は十分知っている。

ふくれ面で手を見せる有紀、その指の整えられた爪に鈍い光。

何か塗っているのかな。泉は凝視しそうになった目を素早く背ける。

綺麗だからこそ手なんか繋ぎたくない、自分の痩せて骨張った手が触れてはいけない気がする。

頭の中で回る拒否の台詞を喉で塞ぐ。

「手の衛生の話しをね。うんうん綺麗にしているよね、ハンカチも一日二枚は持った方がいいよね、町には色んな菌が溢れているからそうするべき」

「菌? 何菌が溢れているのよ? 変な言い方ー」

 言葉を選んで返事する泉に、有紀は気にもしない様子で話しを続けていた。

泉の前を通せんぼするように小走りで躍り出ると。

「ねえねえ、今度ウォーターフロントの店に遊びに行こうよー、新装してから行ったことないしさー」

「私はそういうところ苦手だから……」

「不得手が多いよー、女の子なんだからー、華やかさを身につけて恋をしよう!!」

「それとウォーターフロントと、どんな関係あるの?」

「キラキラが多い所はときめくでしょ!!」

「目が痛いだけだよ」

「心がキラキラするんだよー、そして痛いのはキラキラの下で出会いが起こした恋なのだ。心がキンキンキラキラするよ」

「余計に行きたくないよ、私に不必要な物だし、痛いのは嫌いなの」

「ダメー!! 恋をしよう!!」

 連れない返事を繰り返す泉にまったくへこたれない有紀、ぐいと差し出す拳から人差し指を立てると、チッチッとノーをゼスチャーして見せる。

有紀は中学生になってからメキメキと女らしく、可愛くなった。

幼稚園の頃からの親友の成長は、中学に上がった最初の頃に花開き目を見張るものがあったが、歳を一つあげてさらに輝きを増した姿になっていた。

子供じみた発言で小躍りを見せるのに大人びて背を伸ばした友達の隣を歩くのも苦痛と、泉は歩幅を広げる。

有紀に比べると凹凸すくなく薄っぺらな体に、鳥の巣を乗っけたような癖毛頭の泉は小学校六年で止まった身長も含めて、きれいに変化していく友達と歩くのは苦痛だった。

そこにきての、色恋の話しに泉は目を細くして答えた。

「私は恋とかしないの、愛もいらないし」

「どっちも大事だよ!! そんな態度は良くないぞー!!」

「いいの、よくなくって、私は平々凡々で波風のない生活ができればそれでいいの」

「のび太のママになっちゃうぞ」

「ならないよ、のび太のママは既婚者でしょ、私は結婚もいらない人だから」

「なんでー、いつか結婚はするんだよ」

「別にしなくたっていいじゃん……うちのお母さんだって……」

 言い出して口を閉ざす。家族の事は出来るだけ言いたく無いという思いで踏みとどまる泉の姿に、有紀は手を引いた。

「わかったよー、さてさて今日も家には早く帰らないんでしょ、だったら私のレッスンに付き合うのだー!!」

「なんのレッスン?」

「愛の告白だよー!!」

「うそ……」

「ホント!! 今年こそいくよー!!」

 有紀は泉の事を良く知っている、それこそ幼なじみだ。

言いたく無い事が上った喉の中に詰まる友達に気を使う。泉の事情も、その理由も良く知っているからこそ話題をクルリと変えるのもお手の物だった。

昼下がり、新学期を迎えた学校。

 十四時には帰宅の途についた二人だった。

街路樹の桜はピンクの花を惜しむことなく降らせる。少し肌寒い中に暖かい色合いが舞い降りるのだから季節は確実に夏に向かっていると感じられる。

レンガの道が続く通りを一つ越すと、海まで続く突堤の脇道に入る。

もっと暖かければネコたちが集まる小さな草むらの通りをまたいで、木戸を抜ける少し広めの突堤の上を歩く。

海の近くの河口であるため、すぐに川と繋がってしまい公園などはないが見晴らしはいい。

「有紀、告白……って? まさか例の彼に?」

 引っ張られるまま突堤の上を歩く泉は、歩幅も広く元気いっぱいの背に聞いた。

「そうだよ!! 角谷くんに告白するの。私一年頑張ってビューティフルポイントをレベルアップさせたもんね!! 外見で負ける事はなくなったからね!! 次は魂の勝負だよ!!」

「本気で?」

「言わなきゃ伝わらないじゃん!! 目と目で通じ合うなんて特殊能力ないから……魂の告白をするのさ!!」

 鼻息の荒い有紀の顔に、泉は表だって反対は言わなかった。

何せこの一年、自分磨きをした有紀の最終目標が最初から男の子に告白するためだという事を知っていたから。

ただ泉は有紀が恋したい男子の事を良く思ってもいなかった、というか名前の読み方がわからないキラキラネームな男子としか憶えていなかった。

 角谷美志かどや・うつくし

同学年の男子。

去年は別のクラスだったけど今年は一緒なった。

成績優秀でスポーツ万能の生徒会副会長。

穏やかな性格に……晴れ時々物忘れと大ボケをかます。そのぐらい印象しか泉にはなかったが、有紀はがぜん燃えていた。

 この春、同じクラスになった事でテンションはうなぎ登り、思いは爆発寸前なっている。

そう、目の前で屈伸運動をしてしまうほどに……

屈伸運動が告白にどう働くか、泉は冷めた目で友達の喜びを見つめていた。

「……恋愛に一生懸命か。その恋愛が実って、願いが叶って……その先どうするのかな? 結局どうでもよくなっちゃう時が来るのに」

 影が長く尾を引く時間の前で、泉は一生懸命の恋愛に進む友達を見ていた。

年頃からいけば、泉も同じぐらい恋愛にはしゃいでもいいはずなのに、友達が浮けば浮くほどに心に重く残った記憶に沈められる気持ちになっていた。

「ねぇ、一生懸命恋して……何が残るの? 言葉にすれば何か伝わるの?」

 自戒を口の中で唱える。

有紀に言うで無く、ぼんやりと言葉をこぼしたその時。

「すきだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 その声は記憶の重荷にくたびれていた泉の背骨を叩く衝撃だった。

軽く飛び上がる程に、ずり落ちそうになった眼鏡を抑えて顔を上げる。

 声が有紀のものではないのは太く響くトーンで気が付いていたが、聞くにはかなりショックな言葉だった。

「何……なんで男の告白なの?」

 風吹き抜ける突堤の上、風に身をさらす中年の男性。

黒いスーツ姿、派手な原色ネクタイを風に靡かせ、まるで波止場に立ち離れる船に乗った女を見る目は怖いほど白目で、なのに本気で燃えて

図太く地響きが伝わる声は、連続して叫んだ。

「すきだぁぁぁぁぁぁ!!! 君を心から愛してるぅぅぅぅぅぅ!!!」

「ないわ……」

 呆れて引いてしまった泉の声とは真逆に、隣の有紀は目を輝かせ手を奮っていた。

「いいわー、あのぐらいやらないとダメよね!!!」

「ないない!!」

 心拍数を上げたショックに、つい激しいツッコミ。

「あんな言い方したら、角谷くんドン引きだよ」

泉の忠告も、男の放つ熱風の告白にはね除けられたのか、有紀はうっとりとして頬を紅潮させていた。

「いい、情熱万歳」

「万歳じゃない!!」

 あればいいってものじゃない情熱の発露先、公衆こそ多くはないが、河川敷に犬の散歩に来ている人達さえ呆然とする道の前で大告白しなくても、頭に手を当てて見ないようにした泉はこんな大告白をうける女性はどんな人だろうと探していた

とんでもない宣言に真っ青になった彼女さんがいるのだろうという期待をして。

だが期待の目線は有らぬ別の者の影を見ていた。

男性の背中の川に立つ少女の姿を。

「良いぞ!! 燃え上がる嫉妬!! 報われぬ愛よ!! 牙を剥き集え!!」

 真っ黒なドレス、金糸を織り交ぜたコルセット、細い腕は男性の背中から体の中に繋がっていた。

「手品の……実演?」

 出した顔を引っ込め、未だ恋愛と夢の投写で男性を見ている有紀の手を引いた。

「なんか変だよ」

「変じゃないよ!! 愛だよ!!」

 トンチンカンな返事に、勢いよく首を男の方に押す。

「変だよ!!!男の人の背中に手が入ってる」

 説明の為に指差す先を二人して見たとき、情熱とは遠い…なのに真っ赤に燃える瞳の女と視線は合致していた

同時に夕日が届いていた金色の道が薄暗く、太陽を白色に凍らせた灰色の世界に変わっている事に気が付いた。

「ホントだね……暗いわ……」

「……どうしよう……ていうか、どうなっているのこれって?」

 さすがに静まった返事の有紀と泉。

二人の視線に顔を合わせた黒衣の女、いや同じぐらいの歳にも見える影は、つややかな唇で笑うと。

「従順なる嫉妬の犬よ、溢れる黒き愛を食らい尽くせ。主のために贄を集めよ!!」

 男の背中から引き抜かれた手には灰色の何かが繋がっていたが、それは一瞬で巨大で大きな形へと変化を起こしていた。

そう少女が言う、犬の形に。

灰色で雲を束ねたように蠢く表皮を持つ、赤く鋭い三角の目と同じ色の赤に牙をはやした巨大な影は、唸りを上げていた。

強大すぎる狼の形に。

「犬っていうより……」

「犬であって欲しいって事かな?」

 少しずつ後ずさりする泉はそれでも理屈を探して、失神寸前有紀を引っ張っていた。

犬というには大きすぎる形のそれは二人の思考を安眠への休息に突き落としても不思議ではないサイズで猛然と迫ってきた

後は悲鳴を出すしかない。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ」

 泉は出来るだけ大きな声で、有紀も負けないぐらい大声で叫びながら走った。

「いやいやいやいやいや!!! 私まだ告白もしてないのにぃぃぃぃ!!!」

「そんな事どーだっていいでしょー!!!」

 足音のない巨大な犬は一足飛びに二人に近づく、足腰の神経が驚きで緩んだ二人に追い越せるとか逃げ失せるとかいう余裕は無かった。

腰を抜かし座りこんだ二人に、大きな影の犬は口を開き、赤い火口の牙はランランと輝いて有紀に近づいて行く。

「なんで私なのぉぉぉ!!! 私おいしくないよー!! 私ダイエット中で今日だった朝たべてないし、お肉ないし、いやぁぁぁぁぁ」

 パニックの有紀は震えて泣き出す。

「何いってるのよー、そういう事じゃないでしょー」

 最早半泣きの有紀には通じて無くても突っ込まずにはいられない。

二人を交互に見ながら影犬はドンドン迫っている

「待って、待って待って!!! ドックフードだったらここから真っ直ぐの道にコンビニがあって、最近はとっても品揃えもいいし高級品も置いてあるよ。なによりこんなところで食べ歩きなんてはしたないよ!! お行儀良くいきましょ、ホラホラ、せっかく大型犬でしょ、そういうのを飼う人は紳士淑女であるべきなのだわぁぁぁ」

 泉は出来る事で口を開き、懸命に身振り手振りで危機を回避しようと先を示した。

混乱状態の二人の前に、影犬を従えた黒衣の少女は何事でもないという顔で、ゆっくりと空を舞い前に立った

赤く光る目は交互に、二人の顔を見ると、有紀の側でとまりニッコリと笑って

「眼鏡の方はいらないわね。そっちの子を食らうといい」

 大犬の顎を撫でながら、喜びを歪に示した唇が有紀を示す。

驚きで硬直する有紀と、隣で呆然とした泉は手を伸ばして叫んだ。

 太い足の歩みが親友に向かったのを止めようと、しかし体に残った痺れの恐怖は抜けていない

逃げられないし、助けられないというごっちゃの想いが、より大きな声で叫んだ

「止めてよ!!! 有紀を食べないで!! 誰か助けてよ!!!」

 こんな広い道で誰もいないなんて、そんな事はあり得ないという現実的な思いが勇気を振り絞って叫ぶ

「誰でもいいの!!! 助けて!! 助けて!!!」

 友達の胸に鼻を付けて匂いを楽しむ犬の影に涙の絶叫は、一筋の光を呼んでいた

七色を揺らす光の塊は犬と少女の間を駆け抜けた。

まばゆすぎる輝きに黒衣の少女は一瞬目を閉じしかしすぐに身構えて言った。

「何だ!! 何者!!!」

 ゴルフボールより小さい光の塊は犬を翻弄し、少女にぶつかって行く

「なんだとぉ、まさかエルルの使い魔か? まだこんな力を持っていたとは!! おのれ!!」

 ドレスを風に舞わせ飛び上がる、腰から伸びたリボンが大きな羽根と変化する。

「犬よ!! 我が眷属レビンよ!! 早く闇の愛を引き抜け!!」

 飛び上がった少女に代わり、光に遮られた影犬は一気に有紀の体に噛み付いていた

 泉は目の前で体をへし折る程の大口に噛み付かれた有紀の姿に絶叫していた

だが、不思議な事に噛み付かれている有紀からは血が出ると言う事はなかった。むしろ噛み付かれたところから淡い灰色の靄がわき上がり、それを犬が引き抜き食べているように見えた。

先ほど、大音響で告白をかましていた男性と同じように、体の中から何かを引き抜かれ倒れる有紀。

慌てて体を支える泉の前を、光の物体がガードをして飛びつつ舌打ちした。

『ちっ、とられたっちょ』

 どこからか響く声光の声と、飛んだまま笑う少女。

激しく絡み合った光の弾を弾き返すと

「ははははエルル。残念だったな。眠った神々の力では、この世の邪悪を集めたアルンを負かすことはできぬぞ」

 ヒラリとスカートの裾を軽やかに舞わし、闇犬レビンを呼ぶ。

有紀は眠るように崩れて倒れ、空を駈ける影犬を伴いアルンと名乗った少女は消えていった

「あはははははは、この世はあと少しで我ら闇の眷属の物となる、我らが王ニムル様の復活を心して待てよ!!!」

 うずたかく空に消える声。

暗かった突堤には早めの街灯が輝きだし、人々の歩く足音が耳に届く。

へたり込んだ泉は、腕の中に有紀に声をかけた。

「有紀、大丈夫?」

 惚けた目はゆっくりと動き泉の目を見ると。

「うん、なんか疲れた……」

「そう……うんうん、疲れたよね」

 今し方自分達が見た空間に説明を付けられない二人の会話はマヌケそのものだったが、疲れていたのは事実だった。

どこか虚ろで、目の光を無くした有紀を抱き起こし、泉は手を引いた。

こんな所に居られないという焦燥感で、二人は走るように帰路についた。

振り向かず脱兎する二人の後ろに、先ほど助けに入った光が泉の鞄にこっそり飛び込んだ事など気が付きようもない程に。



 愛乃泉は有紀を家まで送り、やっと自宅に戻ってきていた。

「ただいま……と、おかえり」

 静かすぎる玄関、母は編集者を仕事としているから家に居着きだったりいなかったり、いても会話はなかったり、ご飯の仕度もなかったり、どっちに転んでも家の中は静寂である事が常、慣れたとはいえ静かすぎる帰宅を自分で済ますと、そのまま二階にある自分の部屋に駆け込んだ

 二階の南向き角部屋のドアを開けて鞄を投げ出し、パソコンの鎮座する机に向かうとスリープから起動させた。

ここ最近はずっとネット三昧、面白いまとめスレを読むのが日課だが、楽しくてやっているわけじゃあない、むしろ楽しい事をずっと探してネットの中を彷徨っているのだ。

 特に今日は疲れから来るおかしな幻を見た。

そう考え、忙しくチャンネルを変えてニュースの項目をチェックしていた泉の目が止まった。

 それは見覚えのある、というか先ほど見た影犬の写真だった

眼鏡を外し確認するように画面に顔を近づける

忘れようもない影の姿、赤い眼の大きな犬が次々に人を襲っている写真。

しかし、襲われても死者はいないというトンチンカンで酔狂なニュース。

「怪物町に現わる……巨大犬の恐怖。誰が作った三次元立体映像www」

 スレの表題を読んで眉をしかめると。

「これってさっき私達の前にも出てきた犬だ」

 妄想にもにた疲労からくる夢と、決めてしまおう。そう考えていた泉はイスにもたれかかると、今一度先ほどの出来事を思い出して。

少女、アルンと名乗った彼女が居ないことに気が付いた。

「あれって? あの女の子が作った映像なのかな? 最近のコスプレはすごいなー、ていうか超迷惑。あんな脅かされ方したら心臓とまっちゃう人とか絶対いるよ。今度見たら注意を……ダメダメ関わらないようにさっさっと逃げよう」

 往来で人騒がせなどっきりと、泉は勝手に決め込んで映し出される写真を一枚ずつクリックして見回すが、犬の姿っぽい影はあっても少女の姿はまったく見あたらなかった。

ひたすらに、靄の犬が何かを抜き取っている写真が続く。

「……この犬……人の体から何か取っているよね…」

 写真の中の妙な一致部分と、引き連れていた少女アルンが言った言葉を思い出した。

「愛を抜き取る……なんかそんな事を言っていたような」

 写真の中、胸の部分からスルリと牙を宛てられ綺麗に引っ張りだされる。灰色の綿飴

「そういえば有紀も怪我はしてなかったけど……なんか抜けてた。あれって何?」

『あれは嫉妬の愛ちょ!!』

「嫉妬の愛? 何その悪そうな愛」

『愛に良し悪しはなっちょ!! とにかくあれは愛という事ちょ!!』

 軽快なやり取り、ポンとでた返事に首を傾げた先にいた相手。

いつも鞄の横に付けているペンギンのマスコット人形のポンは、両手らしい羽根を組んでウンウンと頷いていた。

『早く取り返さないといけないちょ!!』

 時は止まった。少なくとも部屋にある時間は泉を中心に凍っていた。

「……私、疲れている。絶対に疲れているんだわ」

 目頭を指でつまみほぐしながら、横目でペンギンを見る。

いつも鞄に付けている白黒の愛想のない顔のペンギンのオモチャ。それがふんぞり返るほどに胸を張って自分を見ているのに唇が微妙な震えで踊ると。

「何か見えるなんて……半分寝ているんだわ」

 繰り返し自分の動悸を押さえる。

眠りに入るには高すぎる鼓動を両手で押さえ、机に頭をぶつけそうに蹲る泉をよそに、ペンギンは自らを鞄に引っかけていたキーを解除して沈む泉の額を羽根で指した。

『あれが見えるって事はおまえには素質があるっちょ!! 選ばれた事を光栄におもえっちょ!!』

 よそよそしくしている泉の隣に仁王立ち、手の平サイズのペンギンは普段の真ん丸目玉とは違いジト目のまま、なんとか顔を背けようとしている泉の額を羽根で激しく叩いた。

「なるほど、私、選ばれてるわー、疲労に。今日世界で一番疲れた女子中学生だもん。夢心地のドロ心地、脳みそ半分寝ちゃってるわ。ポン様と会話のできるアルファー波の中に入ってる……ダメよ本当に寝ないと、ベッドにダイブしないと」

 ゆっくり立ち上がろうとする泉にペンギン人形は飛び上がると額にチョップを食らわし着席させた。

『しっかりしろっちょ!! おまえは疲れてなんかいないっちょ!!』

 本物の痛みが頭脳を走る。嘘ではない現実に泉の何かが切れて叫び声を挙げたが。

『だぁぁぁやっかましぃぃぃぃ!! 落ち着けこのバカ!! おちつくっちょ!!』

 容赦のないチョップが頭にしがみついて連射される。

出る杭のように叩かれ続けて半泣きで座り込んだ泉は、この事態をなんとか自分を妄想の側に持って行こうと応じた。

「へー、ふーん、あれって愛なの、あの灰色の綿飴みたいなのが……。ロマンないなー、もっとパステルカラーがいいなー、甘くて酸っぱくって砂糖菓子的要素がもっと欲しいところだねー」

 前に鎮座するペンギン人形のポン様。

現世の痛みの中を必死に游ぐ目の泉をジト目は黙って見ている。

「愛に形があるならピンクのハートだよ。そっちの方が絶対にいいよー。でもリアル心臓型とかはやめてねー、いくらそれが真実と言われても私には受け入れられないからー、ピンクねーピンクー。それにラッピングは絶対に必要だよー、そんなの抜き身で渡されたらロマンの欠片もないよー、もちろんプレゼントを渡す時には食事やラウンジへのエスコートがあってしかりよー」

『だまらっしゃいっちょ!!』

 興奮冷めやらない泉に、現実に引き戻すチョップは、見事な唐竹割りとなって額に刺さる。

格別の痛みにイスから転げ落ちた泉は、自分が人形と会話していてそれがオートで話しかけている事を認めた。が、心は付いてこなかった。

「あーあーあー、天国が私に近づいてきてるのね……そっか、だったら仕方ない」

『あーじゃないっちょ!! 天国なんてもっと遠いっちょ!! そんな事より早くあの犬を狩るちょ!! バルキュリアを導いて!!』

 次々と意味不明な難題を出され目を回す泉に容赦のない一撃は追加された。ペンギンの羽根によるビンタ飛ぶ。

横っ飛びして崩れた泉は頭を振ってやっと現世に戻った

「痛い……真面目に痛いよ、夢じゃない」

 頬をつねり自分をなぎ倒した人形と目を合わせる。

「あんた…誰? どこの星からきたの?」

『宇宙人でもないっちょ!!』

 両手を組んだペンギンは机の上で反っくり返るほどに胸を張ると。

『いいか良く聞け、凡庸なるこ娘よ。我が名は精霊王ポンであるっちょ!!』

「えっマスコットの名前そのままなの? ていうか、普通さー、こういうシチュエーションで出てくるマスコットって、主人公殴ったりしないよね、おかしくない?」

『殴らなければ話しができないっちょ!! お前ら人間はちょっと超常の存在に振れるとすぐパニクるっちょ。だったら体に解らせて手っ取り早く現実だと教えた方が早いっちょ!!』

「……アニメのあれは……うそだったの」

「アニメじゃないっちょ!! 現実っちょ!!」

 どうしていいか解らない泉は、この夜とんでもない者に出会ってしまったと長いため息を落とした。

そして願いながら眠った。

明日にはこの奇怪な夢が覚めている事を。



 晴れ渡った空の下、学校に向かう道を泉はポン様を制服の胸ポケットに入れて歩いていた。

ただ足取りに疲れはどっぷりと出ていた。眼鏡の縁で隠れてはいるが、目の下には黒い隈が不健康な顔を作り上げている。

 眠れなかった、むしろ昏睡してもいいぐらいショッキングな出来事だったが、ポン様の打撃を現実のものとして額に受けた痛みが今朝まで残って受け入れざる得ず。

人形と話すという離れ業にはすっかり慣れてしまっていた。

眼鏡を何度か直し太陽の光を見て、胸ポケットに収まったポン様を見る。

「本物なんだー、どうしたの私の人生」

 気の抜けた声を漏らす。

「でー、ポン様は、その犬を退治するために、神々の住まう世界からやって来たと」

『ねぼすけ!!それだけじゃないっちょ! 犬の持ち去った反転の愛、ブラックハートを取り返すのちょ。でもってそれを操る闇の化身アルンを倒すっちょ。昨日たくさん説明したっちょ』

 可愛げ無いペンギンは頭の毛は天を突くように立てた形に変わってい。

王冠でも被ったように偉そうなポン様を、泉の方も昨日とは違って幾分も冷静に見ていた。

「たくさん過ぎて憶えてられないよー、すごくメルヘンでー、関数が頭から抜けちゃいそうだよー。私学生なんだよ。大事な時期なんだからさー。息抜きにファンタジーを嗜んで悪いとはいわないけどー、もう少し初級編からにしてよ」

 話は半分ぐらいで聞いていないと、危うく痛い子路線に走ってしまいそうだと泉は距離を持って付き合っていた。

ただ嘘でないだろうという根拠は、このポン様の存在があったためで、それだけで流すように話は聞いていた。

 昨日の説明、まず犬について。

犬は人間の持つ愛である事。その愛が闇の側に落ちた部分を犬は抜き去るという事。

それをたくさん集めると現在氷の園という所で強制的に眠らされている闇の王であるニムルを現世に蘇られる事が出来るというもの。

今回引き抜かれた反転の愛ブラックハートと呼ばれるものは負の愛、その名を嫉妬。

聞き流しで耳に残ったワードだけを何度か思い浮かべる。

「思うのだけど、嫉妬心なんかあったら醜い争いが多くなるだけ、抜き取ってくれれば嫉妬もしない澄んだ愛を持てるわけでしょ、だったら抜き取るのは悪い話じゃないとおもうけどなー」

『バカ、嫉妬心がないと人間はダメになるっちょ』

「ダメに? どんな感じに?」

『案山子みたいになるっちょ』

 話の次元が大きかったり、例えが小さかったり、大雑把すぎるとしかめっ面。

愛の問題のあるなしなんて泉にはどんなものなのかが理解ができないまま、手乗りのペットができたぐらいの気持ちで校門を通った。

 ドン。

 世界の切り替わる音。

心臓を叩くような響きと、昨日と同じく薄暗くなった校庭。

春の明るさと、桜の淡い景色で満たされていた校庭は靄のかかったガラス張りの景色と変わっていた。

昨日と同じ色を持つ景色に……泉は怖々聞いた。

「どうなっているの? ポン様」

『ヤツめ、先回りしていたっちょ』

 ポケットから這い出たポン様は校庭を囲むように湧く雲に目線を走らせていた。

泉も同じように周囲に注意を走らせたとき、目の前に信じられない有紀の姿を見て走った。

昨日まで、あれほど綺麗命と張り切っていた有紀の髪は寝癖だらけで、顔を洗っていないのか寝ぼけた目を晒していた。

「どうしたの、有紀……髪ボサボサだよ、顔は洗ったの?」

泉の問いに、光のない目はつまらなそうに答えた。

「どうもしてないよ、ただもう別にどうだってよくなっちゃったの。私が一生懸命綺麗になったからって……何か変わるわけじゃないし……なんか無駄な事しているって感じで、やめちゃった」

 フラフラと立ち上がり歩く有紀、その背を支える泉にポン様が言う。

「嫉妬の愛を奪われたら、そうなるっちょ」

 愛を奪われた。

そう言われた風景に目を見張る泉、だれもかれもの気力が低く、誰も彼もが暗い表情と生気のない目を晒した姿になっているのに気が付いた。

普段はしっかりと制服を着込む上級生達がだらしなく上着を肩に掛けたまま、花壇に倒れ込み。

化粧ばっちりのオシャレな女の子達は眉もない状態で俯いている。

「嫉妬の愛を奪われるとこうなる? なんで?」

 校庭を一周見回した泉の足は震えていた。

目前に迫る危機よりも、やる気を無くしてしまった友達の姿を本気で怖いと感じた。

生き生きしていた有紀の乱れた髪を見るのが本気で怖かった

「なんで? どうしてこんな事に……」

「誰にも嫉妬しないという事は、誰に対しても競争心が無くなるという事。争わずただ怠惰になるだけの事、すごく楽でしょ」

 返事は天から下った。

渦巻く黒髪。

Aラインの黒いドレス、漆黒の羽根を開き、空を舞う少女アルンは赤い眼を輝かせて笑っていた。

「そういうことなのポン様」

 相手の威容に、恐れ後ずさりする泉はポケットより飛び出し、泉の頭の上に立って真上のアルンに対峙した精霊王に聞いた。

『そうちょ、嫉妬は悪しきも卑しきもと言われようとも人の心に必要な愛だっちょ。それにバランスがある事で人は人らしく生きているっちょ。アルンはバランスを無視してブラックハートだけを奪うっちょ。そうして世界に暗黒の闇を与えようとしているっちょ』

 ポン様の言葉が終わるのを待っていたかのように、校門を塞ぐ巨大な影犬は姿を現した。

「良いじゃない、良心を悩ます嫉視心を人間はコントロールできないでしょ、故に無用の愛だ。しかし私は違う、黒き力として世を総べる糧と変えられる。有意義であろう」

 犬の前に浮いてアルンは自慢気に語った。

「そう、そうして不必要とされた愛を集めた結果がこれなのよ」

 積乱雲が立ち上がるように、灰色影は積み重なって大きな形となっていた

「何それ…昨日より大きいじゃない」

 必死に有紀の背中を押して逃げようとしていた泉の前を、昨日を三倍は上回る犬が赤い口を大きく開いていた。

身震いを隠せない泉の前で、むしろ普通に高笑いだったのは敵のアルンではなくポン様だった。

『あははははははっちょ、ふん、ずいぶんとたくさん嫉妬の愛を集めたようっちょ』

 不敵な間合い。

二人?一人と一匹は空と地でにらみ合うと、アルンは優雅に羽根を動かして。

「フフフフ、確実に王を迎えたいのよ……そして王を迎えるために邪魔者である妖精と、それを使役する不明の女を打ち倒しにきたわ」

 口から出される冷たい言葉。アルンの尖った赤い眼は犬と同じように泉を睨んでいた。

「わっわっわっ私ぃぃぃぃ」

 パニック、自分がポン様と共にいる事で狙われたと知って縋る瞳で見るが、ペンギン様は仁王立ちだった。

むしろ不敵に嘴を歪ませて笑った。

『それは賢い考えちょ。だけどここで負けるのはアルン、お前っちょ!!』

 緊迫している舞台の中でポン様はペンギンの羽根をばたつかせて泉の肩に戻ると、誇らしげにくちばしを開く

『勝つのは常に愛を護る者ちょ!! これよりお前達闇の者を討伐するっちょ!! 行くちょ!! 泉!! 愛の種をうけとるっちょ!!』

「なんで私なのぉぉぉぉ」

 突然の使命に困惑した泉の足は速かった。

猛然とダッシュ、普段は使う事のない筋力がフル回転で体を動かす。

有紀を引きずって校内に逃げ込む、抜群の膂力はどこに隠していたと言わんばかりだが、危機が体を支えて校内の下駄箱まで一気に走っていた。

ポン様を置いて。

「もういい加減にしてよ!! なんで私がそんなに事しなきゃいけないのよ!!」

 さらに下駄箱を突っ切り、中庭に向けて絶叫しながら走る泉の背にロケットのように飛ぶポン様が怒鳴る。

『にげるなー!! 泉!! おまえこそバルキュリアを呼び起こし、愛を導く者!! 戦うっちょ!!』

「いやぁぁぁぁぁぁ、絶対嫌!! 意味不明だよー!! 放っておいてよー!!!」

『だめっちょ!!!』

 ポン様のくちばしは迎撃ミサイルよろしく背中を突き、泉は有紀を引きずったまま顔から倒れる。

「痛いよー!!!」

 涙目で逆らう泉に向かって、ポン様は、すかさず頭に張り付きペンギンチョップの連打。

『バカ!!! バカバカバカ!!! お前が戦わなかったら世界は闇の手に落ちるっちょ!!!』

「落ちる前に転んだよ!! 痛いよ!!」

 頭から振り払おうとするがポン様は素早い。

横に回って泉の肘を叩くと。

『しっかりしろっちょ!!! 友達がこのままでもいいんちょか!!!』

「わかんないよ、私全然わからないよ。なんでこんな事を私がやらなきゃならないの?」

『泉!!! 友達を見るちょ!!』

 あんな大きな犬とどうして戦えと、意味が分からないと暴れる泉にポン様は有紀の頭に乗って羽根で示した。

 自分では逃げる事もせず、ただ泉に押され、引っ張られ付いてきた有紀は虚ろな目で空を見ていた。

その姿に泉の気持ちもは瞬時に深くしずめられていた。

「有紀……戻ってよ、綺麗を頑張るっていったじゃないどうしたの?」

「もうどうだっていいよ、綺麗をがんばったら角谷くんが振り向いてくれる保証あるの? ないよね、周りもみんな綺麗だし、今はみんなきれいじゃないからホッとしているよ……もう何もしなくたっていいんだ」

 至る所に転がる脱力した生徒達。

大切な友達が、昨日まで愛に恋にファッションにと目を輝かせていた有紀が、ボサボサの頭のまま中庭の花壇に埋没しそうになっている。

「ダメだよ、有紀……そんなの有紀じゃないよ」

「ダメ? 何がいけないの。誰もやる気が無ければ平等なのよ」

 アルンは校舎を飛び越え、泉達の目の前に立つと踵の高い靴の足を組んで教えた。

「嫉妬しなければ、誰が其れがとも、あの子が綺麗なのが気に入らないとか思わなくてすむでしょ。そういう諍いが無くなるのよ」

『同時に綺麗に対する探求心もなくなるっちょ。努力を無駄と思うからっちょ』

 泉とアルンの間に立つポン様は続けた。

『だれをも妬まないなら平和か? ちがうっちょ。嫉妬心、それは時として力になり向上心ともなるっちょ。そのバランスの上に世界はあるっちょ。泉はそれが無くなって、平らでやる気のない世界がいいっちょか? 華やかな色などなくて灰色で生ぬるい世界がいいっちょか?』

 嫉妬心は無くてもいい。必要のない心なのか。

自分の中になかったのか。

「いやだよ、嫉妬しているよ、妬んでいるよ。有紀が綺麗になる事を……でもだから嬉しかったりするのに……そんなの嫌だよ」

 有紀が自分と違って綺麗になっていくのは羨望だった。

悔しいと思った事も何度もあったのを認めつつも、いつも明るく自分に接してくれる優しさまでも僻んだ心で見た事はない。

綺麗を頑張る有紀を応援していた、今もそう想っている。

「どうしたらいいの?」

 有紀の手を握った泉はポン様に聞いた

『ならば唱えよ!! 世に舞う愛よ、香る恋よ、心を満たせし美に集え!! と』

 普通の状態なら言えないような華美な台詞だったが、泉の危機感は正確に動いていた。

 自分の足下で、やる気を無くした目で寝転ぶ有紀

そんな姿は見たくないという想い、有紀にはいつも前向きでいて欲しい、自分では出来なかったけど、うれしさと羨ましさに目映い友達が沼に沈んでいくなんて許せなかった。

ポン様の手から赤い薔薇の紋章を入れたクリスタルのコイン、愛の種を受け取ると掲げた。

「世に舞う愛よ、香る恋よ、心を満たせし美に集え!! 我が言葉に応じ闇を払え!!」

 続きは自然に出た。同時に花びらは舞い、熱風が泉の体を押し上げる。

白のストールを肩に、白銀の小さな翼を背に腰に足に、牧者の黄金の錫杖を手に。

「何ぃ?」

 眩さに光りを遮りながらも見ていたアルンは感嘆の声を挙げていた。

そんな事があるハズもなし、そう信じていた心を穿たれたように呆然と。

「バカな……最強のバルキュリアはもういない、招集権も無くなったハズなのに……どうして?」

 目を大きく開き、手も足も出せず驚きの中に立つアルンを前に、暖かい花びらの暴風は泉を輝きの化身へと変えていた。伝説の導き手へ。

『驚けアルン!!! 召しませ爆愛!! アイレシオン!!』


 泉の肩にのりドヤ顔のポン様は、光にひるみ身動き出来ないアルンと犬を差した。

「泉!! いくっちょ!! 牧者アイレシオンとして闇に取られた人の愛をとりかえすっちょ!!」

 煌めきの中から自分の変化を味わった泉は目が点になっていた。

それは思いも寄らぬ可憐で、華美で、美しい羽根の衣装に。

「何もかもが突然すぎるぅぅぅぅ」

『そうちょ!! ラブストーリーはいつだって突然始まるちょ!!』

 突然の出会い、突然の出来事、突然の変化。

全てが初めてずくめの中、泉の戦いは突然に火蓋を切って落とされた。



去年何本か描き、持ち込みや、意見交換に使った作品です。

目指したのは東堂いずみ。

なので年齢はぐっと低く、小難しい設定もあまりありません。

ゆったりと楽しんで頂けたら嬉しいです。

ご意見、ご感想お待ちしております。

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