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11 It’s A Sin〜哀しみの天使〜

『いくな……アルン……』


 細くなった息が、暗い部屋の中で空気が抜けるように流れる。

ニギラは効力失効によって光を失った円陣の皿の上で、部屋を出ようとするアルンの背中に声をかけていた。


『アルン、今回は諦めよう。現世アイレシオンには勝てない、翼を開いた愛の使徒はバルキュリアを召還する事もできるだろう……だから……もう』

「いやだ」


 痺れの残った体から、頭だけをようやくあげたニギラに対して、アルンは背中を見せたままで断じた。

すでに戦いに赴く時の黒の装束と変化した姿は、鉄心を入れたように真っ直ぐと立ち、心に決めた思いを繋いでいた。

ニギラの弱々しい逃避の言葉に、鋭い返事。

会わせて一度の再考のために下げた顔をゆっくりと上げ鼻から息を落とす。


「今度は私が戦う。アイレシオンを叩きのめす!!」


 張り詰めた首筋に滾るラインを浮かせたまま、叩きつけるようにドアを閉じた。






 空の色はすっかり紫の幕を下まで下ろした海のように広がっていた。

羽根を持ち地上から離れた体から、眼下に広がる町を見る事に恐怖はない。

泉は錫杖にあった祖母の愛を見なおした。

枯れて骨だけを残した形だったメダルはもうそこにはなく、燃える宝石、揺らぐ炎をあげた姿に心は一つの落ち着きを取り戻した。


「ありがとう、おばあちゃん。こんなに情熱的な愛を持っていてくれて」


 今まで、遠くて信じられないと頑なに想っていた祖母の心。

祖父を誰よりも愛していたからこそ起こしてしまった過ち、全てが愛おしかった。

愛の御座より出したメダルを、下で自分を見ている祖母に向かって息の風に乗せて返す。

 もう自分が何者になってしまったかなど、悩むことはなかった。

自分にしかできない事を成し遂げたという安堵が、熱く身を燃やし流した汗に吹く風で、涼やかな気持ちをより弾ませていた。


『気を抜くな!! 来るっちょ!! 』

「何? 声大きいよぉ」


 自分の肩乗りをしていたポン様の声に右に傾いだ首。

嘴でアタックをかけられなかったのは、痛みにより意識の霧散を避けるためだったのはわかるが、鼓膜に針を刺すような甲高い声には顔が歪むというもの。

だが、そんな余裕のある対応を次にする程に事態は簡単なものではなかった。

来る、という発言の後に続く大きな揺れ。

空を舞い、太陽の燐光に照らされる星の円陣の真ん中にいるアイレシオンの身を揺らす、波打ちを刻み込む短くも跳ねる雑音が空から町に、世界に響いていく。


『アルンが来る……』

「来るのね……」


 闇の回廊を打ち破った次に、自分の前に立つ者がいるとするのならば彼女しかいない。

事ここまで来た今なら、それを恐れて慌てる事もないのか泉の顔は静かで、白銀の髪を揺らす使徒としての自覚がにじみ出る。

アイレシオンとして相手を迎える姿を。愛の御座を左に、右手の拳を強く握り、宙を焦がし溢れ出る黒い泡と相容れぬ響きが亀裂を入れる空、真円に広がっていた星の輝きを崩す様子を見つめた。


『アルンは傷が癒えていないルルン、それに持つべき凶器ブラックハートも手にしていないルルン、冷静に対処すれば問題ないルルン』


 ポン様と同じく、共に空に舞ったエルルペンギンの目は鋭く尖っていた。

前節、水門における防御魔法陣の戦いでアルンに与えたダメージの深さは、やった本人をして甚大であったと確信出来ていた。

ただ自分が仕留め損なったのは、アルンに入れ知恵をしていたウサギ人形の精霊のせいで、こんな惨めな人形に収まっている事が許せないと空でバタ足を見せて鼻息を荒げる。


『ウサギの精霊は今の一撃で力を使い尽くしているルルン、アルンは手負いだし、今日は勝利の美酒が飲めるルルン!! 』


 顔を上空に、出でる相手を見下す角度を作ったエルルだったが、その自信は闇の間を食い破る大きな円陣に揺らいだ。

アイレシオンは、響く波、空を伝う波動に震源から距離を取るバックステップを踏み。

ポン様は食いしばった嘴のまま睨んだ。

 夕日を消した星の空が震える。

藍色の空に真っ赤な円陣、その中央を海から立ち上がる塊。

漆黒のドレスに、オーバーニーのブーツ、海からくる生暖かい風に顔を隠すように巻く黒い髪とその中に見える真っ赤な目。

牙を出す程歪めた口は、自分を遠巻きに見る者達に笑った。


「やってくれるじゃないか、だがここで終わりだ。次は無いと言っておいたからな、さあ終わろう」


 笑う口に笑わない目、両手を開いて傾げた首。

何もかもが不気味なアルンは、黒の翼を開く。続いて見えたのはアルンの足下を覆う大きな球体


「待って!! アルンちゃん……話し合えないの?」


 右手を伸ばし、胎動する空の揺れの中で泉はアルンと視線を交わしていた。

戦い疲れたとかそういう事ではなく、彼女と戦いたくないという気持ち一つで手を伸ばし


「理解し合えると私は思う。アルンちゃんにもそう思って欲しい。じゃないと私は貴女と戦わないといけなくなる。ニムルさんをここに呼ばれたら、この町の人も……うんう、世界も困るから。考えようよ、もっと他の方法があるかもしれないでしょ」

「ぬるいわ、現世アイレシオンはマヌケの極みだな」


 言葉の力を、強烈に弾く歪みの目。

牙を剥いた顔は、最早語り合う時間さえ惜しいとベニテを奮った。

氷の刃を持つ冷気の杖は、星の夜に新しい敵意を形として出現させていた、ベニテの頭、普段なら棘の入った御座は、そこからさらに薄く鋭利に尖った刀を出現させていた。


「お前を落として、世界変える!!」


 奮い、面前に構えたベニテ。

脅威はそこから始まった。空を揺らす音、アルンの足場になっていた黒い球体が溶けた。

方陣文様を紫色の淡いラインとして走らせていた球体は、頭の部分から溶けると同時に文様を玉子の殻が割れるように剥離させていく。

内側から産まれる雛は、雛とは呼べない赤い禍々しき気を纏った漆黒の獣。


「何、それ……」


 空が割れるというより、空が水面のように揺れて浮かび上がる者にアイレシオンは目の前に広がりつつある悪意の形を避けるように更に一歩下がる。

肩乗りをしていたポン様は距離を取った事で浮かび上がった影の全体像に、感嘆を混ぜた声をあげた。


『魔獣だ』

「魔獣……だって、取れるブラックハートなんてなかったのに……」

『バカなルルン……』

 

 三者共々に驚く前で、夜より暗い漆黒の物体は巨大な姿を現していた。

星を消す塗り壁のように、


『ファヴォル・レアル……』


 目を見開き状況を見つめる全ての者達の前で、ファヴォル・レアルと呼ばれた塊は大きく羽根を開いた。

鳥の姿、長い尾に魔界の目玉を備えた闇の孔雀。

下から空を見上げる元バルキュリア達の目が点になり、言葉を喉に押し上げられないまま口を開く。

今まで見てきた魔獣とは何もかもが違う、規格外の大きさと体に小針を刺すような痛みの気を吐く姿。


「やれい!! レアル!! アイレシオンをこの世界から追い落とせ!!」


 脅威の存在に止まっていた時は動き出す、轟音の羽根と耳に痛い甲高い雄叫びは世界に響き、真っ直ぐに向かってくる。

風切る早さで後退するアイレシオンの肩から飛び降りたポン様とエルル。

しがみついたままでは対抗する動きに制限をかけてしまうという配慮と。全体を見て敵を駆逐する術を知ろうとしていた。


『なんでこんな事ができるルルン……』


 闇の孔雀ファヴォル・レアルを見て、真っ赤なタキシードのエルルは苦言を、それも本当に喉から血を吐くように言った。


『集められるブラックハートは無かったのに……いったいどこからそんなものを……ルルン……』


 絶句のエルル、その言葉が告げるようにこれ程までに巨大な魔獣を作る闇の愛をどうやって集めたのか?

驚きは地上で事の成り行きを見ている者達にも伝わっていた。

孫娘の奮闘を、目を細め見ていた愛乃乙女は空の大半を隠したレアルの姿、その特異さに気が付いていた。


「真っ黒なんて……そんな密度の濃いブラックハートをどうやって」


 ファヴォル・レアルの姿は星を隠す漆黒だった。

本来ブラックハートは一つの負に属する愛の集合体であるがために、濃い灰色になる。

例えるならば嫉妬の愛にも個性があり「嫉妬」にも種類があるから真っ黒には染まらず、混乱と混濁を意味するカラーである灰色に出来上がるから。

なのにこの魔獣は違う、星を隠し、月の下にある濃紺の空を黒壁で覆う程真っ黒で濃度の深い色になっている。

乙女の言葉に頼子も頷く


「私達の目をかいくぐっても、こんな巨大で重い愛を集めるなんて不可能よ」

「じゃ何なのあれ?」

 頼子の隣、高台の端に走り寄っていた有紀は指を差して聞く。

「わからないわ……」

「怖いよ」


 フラワーハートを握りしめたまま、鳩子は驚きのあまりに座り込んでしまっていた。

和美は柴原を支え、加賀野は光と共に復旧したフラワーハートと、やっと自分達の目にも見えるようになった敵を追うのに手一杯の状態。

理解を超えたアルンとその魔獣に、元バルキュリア達は未だ変身が出来ない事と同じぐらいに心を粟立たせていたが、空を滑るアイレシオンを追う乙女は小さく首を振っていた。


「怖い……? だとしてもあれは闇に落ちた愛、ブラックハートで出来ている……どんな愛ならあれほどに黒く染まるの……その愛は哀し過ぎる」

「悲しみの愛より重いもの……」


 和美は乙女に顔を合わせると、一つの事に気が付いた。

真っ黒な個体のレアル、それは他の愛と交わらない一つの愛なのではと


「そうね、アルン、そうなのよね……きっと」


 悲しみの愛に落ちた自分以上に、それ以上に重い愛。

乙女の目には涙があった。

それ程に思い詰めた何があれを作ったのかと思えば思う程に、痛みで自分のフラワーハートを抱きしめて、成り行きを見守った。






「止まって!!!」


 距離をとろうにも巨大過ぎるレアル、その間を割るように羽根を開いて走るアイレシオン。

飛びながらもアルンに声を届けようと必死の攻防を続けていた。

間近で見るレアルの羽根は、動く闇。そのまま見つめ続ければ羽毛の海に溺れそうな模様。


「アルンちゃん!! 話しを聞いて!! 私達の世界を壊さないで、そのうえでニムルさんの事も考えようよ」

「黙れ!!」


 羽根を越えて迫ったアイレシオンに、アルンのベニテが、剣となった切っ先を横一線に振る。

離れれば刃にかかる猛威をくぐり、束と束をかち合わせる。

空気を糸のように切る音と、付きをぶつける衝撃の星。

赤く黄色く、弾ける痛みで互い頭をぶつける。黒髪のアルンと銀髪のアイレシオン。

鍔刷りあいで、荒れる息さえ耳に届く位置。


「アルンちゃん、その人が大切だという気持ちは解るよ」

「お前に何がわかる!!」

「わかるよ、私だって、私の大切な人が住む世界が大切だからここにいるんだから!! でも聞いて、ここに神様の力を下ろされたら人世界は保たないの、話し合おうよ!! 他の方法が」

「無い!!! 人の世界など神の降臨に比べたら些末な事だ。神々ありきで世界はつくられたのだから、ニムル様がこの世に降りても問題はない!!」


 会わせた束を一瞬手放すアルン。

力んだ分だけ前のめりになったアイレシオンの腹を思い切り蹴飛ばす。

不意に進んでしまった体ごと、近距離にも関わらず力のこもった一撃に体が折れて、吹き飛ばされる。


「喰ってしまえ!! レアル!!」


 魔獣の嘴は、抵抗の出来ない状態で飛ばされたアイレシオンの背中に食いつこうとしていた。

大きく尾を振り、気流を乱した空で方向感覚の維持が難しい中で。


「羽根よ!!」


 光を起こし、自分を目指し開いた嘴のレアルを避ける。

仰げば零れる羽根の光と、その粉をレアルは嫌い頭をもたげて、今度は自分の羽根で叩こうと風を起こす。

短距離の気流は、落とす一方の圧力にジューサーが作る閉塞の乱流に代わり激しい嵐を作る。

目を回してしまうアイレシオンを、嵐の目を割ってアルンのベニテが襲う。

完全なコンビネーション、指示を受けるばかりだった今までの魔獣とはこれ程に違うレアル。


『片割れの愛はどこルルン!!』


 激しい防戦、アルンとの打撃戦の距離に入れないアイレシオンを遠巻きに見ていたエルルは慌てていた。

空を飛ぶ力は、アイレシオン付属の羽根によって付与されているから落ちてしまう事はないが、その慌て振りはよそから見れば空に溺れているようにしか見えない程に。

それ程状況を劣勢と見て理解していた、だからあの巨大魔獣に対する片割れの愛が必要だと。


『おい!!精霊王、片割れの愛はどこにルルン!! 早くしないとアイレシオンが押しつぶされてしまうルルン!! 』

『……』


 エルルの慌て振りとは対照的にポン様は静かだった。

ジト目閉じて、空を浮くままにしている。

エルルは羽根をばたつかせてポン様を押すが、返事はない。


『なんとかしろルルン!! このままだと世界は……』

『だまってろっちょ、奇蹟を起こすにも手順があるし、人世界の問題を仕切るために必要な力が揃っていない。今は泉を信じるしかないっちょ』


自分を叩こうとした羽根を交わして、エルルの顔にチョップと、厳しい視線。

嘴でファヴォル・レアルを差す。


『信じると? 何をルルン、何を信じたらいいルルン。片割れの愛無しにこの戦いに勝てる事をかルルン?』

『片割れの愛はある、アイレシオンがそれを導けるかどうかが争点であり、この争いを終える未来の答えっちょ……』


 中空に浮く二匹のペンギン。

面前をファヴォル・レアルの巨体を挟んで打ち込み合う二人。

アルンとアイレシオン。

ポン様は打ち合う泉の目をずっと追っていた。怒りで燃え上がる赤い瞳のアルンとは対照的に、悲しみに下がる眉と水色の目。


『アイレシオンは、もう気が付いているっちょ……だが』


雲のない空に、二人が打ち合う雷が光り弾ける。


「聞いて!! アルンちゃん!! 私は貴女を傷つけたくないの!!」


 周りながらも撃ち合い削り合う事を続ける、ぶつかり合って互いの本心を剥き出しにしなければ声がとどかないのならば、それを続けようとするアイレシオン。


「貴女はこのままだと消えてしまう!!」

「戯言を!!」


 螺旋の渦を巻き上げて、二人はまたも互いの杖を重ね合った。

愛の御座にはアイレシオンの愛が燃えている。

対するベニテの中は空っぽだった。氷の器は薄い殻の中に守るべき心は無く、空白の場所を満たすものの影さえ映らなかった。


「恐れを知ったか!! 私が消えるだと? だとしても悔いはない。我が忠誠によって闇王が復活するのならば本望なり!!」

「そんなのはダメなのよ!! それにそんなは忠誠だなんて言わないわ!!」


ぶつけ合った束を互いに弾く、お互いの全身を見通せる位置でアイレシオンは手を開いた。

怒りの顔はなく、むしろ泣きそうな顔で。


「アルンちゃん、貴女が忠誠心だと思っているもの、それは貴女の愛なのよ……貴女がニムルさんを思う愛なんだよ」

「愛……だと……」


 忠義を尽くしてきた。それが誇りだったが、もっと前もっと始めの頃はなんだっただろう。

アイレシオンの言葉にアルンは自分が何故こんな事を始めたのかを思い出していた。

最初は自分に美しい姿をくれたニムルともっと自由に会話をしたいという思いだった。

だけどそれを邪魔する者がいて、それを壊す存在が許せなくなった。

何故に神々は私を作った方に酷い事をするのか、自分に与えられた美しさに報いる事を誓った。

間違ってはいない、この方の手で自分は生きる喜びを知ったのだからと。

何千何百と戦い、負けても負けても尽くした心、それはいつしかニムルを父と慕う愛になっていた。


「何をバカな事を……」

「私ね、アルンちゃんに教えて貰ったの、「お父さんに会うために綺麗にしている」って「努力は報われる」って。そんなの忠義じゃないよね。愛しているんだよ、好きなんだよ。好きな人に綺麗な自分を見て欲しいって……」


 撃ち合いの中で泉は、アルンがあの日の美少女だった事を感じ取っていた。

錫杖を合わせ、削り合う程に、アルンの心を掴もうとして、言葉がくれた思いを辿った。

「父に会う時のために」

「努力は報われる」

自分と重なった。真逆を歩き家族から離れようとした自分に、自分から前へ一歩進む勇気の言葉をアルンがくれた。


「そんなバカな……私は妖精、そんなものは私の中にはない!!」

「あったんだよ!! だってこの孔雀のブラックハートはアルンちゃんの愛で出来ている。だから止めて、戦えないよ……」


 戦いを見ていた全ての者に沈黙が流れる。

自分の胸を押さえ、わき上がっていた衝動の根源を探る目。

アルンは、ファヴォル・レアルを作った時につぎ込んだ自分の何かを理解していなかったが、それが片割れの愛と知った事で呆然としたまま動けなくなっていた。

 互いを見つめて虚空の間を持つアイレシオンとアルン、下で二人の戦いを見ていたバルキュリア達も、愛乃乙女も合点のいく答えだった。

一つの愛で作られた漆黒の魔獣。


『バカな!! あれに愛があるだと!!』


 離れた空で戦いの動向を見ていたエルルは拒否と首を振ったが、ポン様は薄く開いた目で、この戦いを見る全ての者達に伝わるように告げた。


『認めざる得ない。最早その存在が奇蹟よ、その身に愛を宿したアルティメット・フェアリー……アルン』

『ありえないルルン!!! あれは妖の精、そんなものはもっていないルルン!!』


 永年に渡り神々の留守を守って来たエルルは、今まで何千匹という妖精を見て来ていた。

心のない妖精は、花や木や水との語らいで成長を身につける事があっても愛を持った者はいなかった。

物事に対して極端で不器用で、ただ与えられた仕事の一つ事ぐらいしかできない者達、自然界の介助のための存在である妖精に愛など、有り得ぬという怒りをぶつけるが、ポン様は冷静だった。


『聞け、神の車輪エルル。妖精であるヤツに最初は愛など無かっただろう。だが、産まれたのだ。長い年月を人の世界で生き、人の愛の闇を集めるために学び、それを形作るために繰り返した。極端で不器用で、自分に課した一つの事が実を結び愛になったのだ』

『時と修練が愛を作ったと……』

『そうちょ、そもそも全ての者に愛は与えてあるっちょ、小さな砂粒のような種にも……アルンは、万年をかけてそれを見事に咲かせたのだ』


 慈愛の宿るポン様の目にエルルは黙った。

反対するだけの理由がなかったのもある。


 闇夜の沈黙を破ったのはファヴォル・レアルの豪快な羽根だった。

苦悩に停止をしたアルンとは別に、攻撃だけを使命としていたレアルは動きの止まったアイレシオンを逃す事なくたたき落としていた。

悲鳴も上げられない衝撃に、片目だけを開け手をのばし叫んだ。


「お願い……戦いを止めて……」


 墜落するアイレシオンにレアルは渾身の蹴りを、トライデントの鋭さ持つ足をたたき込んだ。

彗星のように光の塊となって落ちる体を羽根に守らせて、アイレシオンは駅前にある電飾看板に火花を散らせてめり込んで行く。

地上の星だった電気は何度もスパークして衝突の激しさを誰の目にも示すと、同じ場所から炎を伴った黒煙を吐き出していた。

空に広がる無彩の破壊、落ちた相手に対してトドメを誘うとベニテの刃を前に構えたアルンは苦悶の狭間で叫んだ。


「私にそんなものは無い!! 私を惑わすな!!」


 氷の刃は真っ直ぐアイレシオンの背中を飾る羽根に刺さり、後ろを通る焼けた鉄骨に体を縫い付ける。

白い羽根を焦がし、鼻腔に香る嫌悪の味と痛みに歪んだ口。

片手でアルンの体を押そうとするが、今度は伸ばした腕ごと足で押さえる。

重力を無視する形に。壁にもたれる相手を地面にするようにアルンは立っていた。

 中翼を突かれるという激痛の中で、それでも手を開き相手を受け入れようとするアイレシオン。


「お願い、聞いて……」

「黙れ!! この期に及んで私に愛などと!!」


 引き手の剣で白銀の羽根が花火のように散華する。

アルンの目にも苦しみはあった、切りながらも自分を止めようと慈しみを向ける相手の視線を見ていたが、胸に燃える何かを認める事などできなかった。

今までそうやって戦って来た。

それが例え愛であったとしても、この戦いを止める事など出来ないという決意でトドメの一手を伸ばした。


「これで最後だ!!」






 雷鳴は炎を伴って、戦う二人の間を割っていた。

大きくベニテを振りかぶり、凶刃である氷の剣でアイレシオンにトドメを刺そうとしたアルンは瞬間的に飛び上がって逃げると、勝手知ったる仇敵の技に額に怒りの亀裂を踊らせてにらみ返した。


「……エルル……」

『我は神の車輪なり。使徒の戦を静観など出来ぬ者』


 燃える髪は夜に陽炎を浮かばせる。

怒りの目と、強く結んだ唇は鉄の意思でアルンを遠ざけた。

血の気のたっていたアルンだが、相手の一撃の大きさは身をもって知っている側。

炎の円斬が伸びる距離よりさらに遠く、一足飛びで刃筋の間合いから身を引いた。


『アイレシオン、ファヴォル・レアルは私が倒す。必ずアルンを止めろ』


 長柄に炎を満たした壺のつく槍を舞わし、面前に迫るレアルに刃を立てる。

凶暴な風を纏い、炎の使徒に対峙する闇の孔雀。

赤い瞳と金色の目がぶつかり合うが……

エルルの体から剥離する火の粉、ペンギンの器を捨て限界したはいいが、この世に居られるカウントダウンは既に始まっている事をアイレシオンは見つけていた。


「待って!! エルル!! そんな事したら体が」


 未だバルキュリアを招集出来ない自分の前で、崩壊を覚悟したエルルは静かな返事をした。


『意地を通させてくれ、二度にわたりヤツを取り逃がした私の。私は精霊として誇りをもって戦う。アイレシオン、貴女がこの世界に現れた事を祝って戦う!!』


 強い決意は、纏う炎に意志の強さを伝播させていた。

今日まで、事態がここまできてしまうまで、アルンを追い詰める事のできなかったエルル。

人世界に降りる事の労苦はあったが、だから自分では勤めを十分に果たしてきたという言い訳はしたくなかった。

崩壊していく自分の手を見つめ、何度か握り返す。

粉となって少しずつ自分から零れていく魂。

苦心の笑みで、自分を止めようとするアイレシオンに背中を向けると。


『いざ参らん!! 我こそは、神の車輪エルルなり!!』


 一本の火矢はレアルの顎を砕く勢いで夜空に飛び立った。






「エルル様……」


 高台にある愛乃家から、家の前を通る道に揃った頼子と和美、元バルキュリア達は痛む胸を押さえて飛び出したエルルの死闘を見ていた。

かつて自分達が結界となり彼女を迎えていた。

降臨するエルルを囲うガードの役目は、バルキュリアにとって名誉の仕事でもあった。

高次元の輝きであり、絶世の美しき精霊と肩を並べて空に舞ったと。


「保たないわ……後五分もしたらエルル様は……」


 頼子は道路端の鉄柵を叩いて叫んだ。

炎の軌跡は大きく火の粉を落としていく、レアルを討ち崩す一撃と同じぐらいエルルの体は崩壊しているのが目に見えてわかる。


「こんな時に……お役に立てないなんて……」


 頼子の震える背中を前に和美の目には涙があった。

いや全てのバルキュリア達に、心を刺す痛みと辛さが走っていた。

絆を失ってしまった自分達の手に、フラワーハートは輝きを戻していたが変身をもたらす事はなかった。

ただ空で戦う者達を見るだけしかできないという、逸る気持ちに毒を塗るような状態に加賀野は膝を屈してしまっていた。


「ねえ!! 私達も戦えないの!!」


 エルル絶命の参戦を得て、アルン一人と対峙するアイレシオンだが、相変わらず押され気味であるのは見て解る程だった。

なんとかしてフラワーハートを起動させようと、あの手コの手と念や力を込めていた有紀と鳩子は、意気消沈している和美の袖を引いた。


「早く助けにいかないとー!! どうしたらいいの? 教えて和美さん!!」

「……ダメよ、アイレシオンが召還の力を手にしているのか、それさえ今はわからない状態なのよ」

「そんな、なんとかしようよ、なんとかしないと……」


 手の中の宝石は、ぶつかり合う魔獣とエルル、アルンとアイレシオンの鼓動に応じるような輝きを見せているのに、一向に変身へと自分達を導かない事に有紀は苛立ちと、鳩子は涙で頑張っていた。


「お願いだよ……私達を呼んでよ、泉……」


 涙に濡れる二人の肩を、愛乃乙女は抱き留めた。

静かに空に弾ける争いの花火を見る目で。


「大丈夫、必ず私達は召還される、だから落ち着いて、祈りましょう」


 今は信じて祈るしかない、耐える戦いをしているのはここにいる全ての者達だと。




 ファヴォル・レアルの羽根は大きく穴を開けられ、魔界の目を持つ尾に神の炎は容赦のない攻撃を続けていた。

魔獣一匹にこれ程の炎をして、なおも倒れず凶悪な羽根と足でエルルを押しつぶそうと迫るが、受けて立つ側には余裕があった。


『やはりな、影の半身、アルンの片身。オートで敵を追い落とすようには成っているが、知能は妖精のそれとかわらん!!』


 戦闘に置いては冷徹で、状況を確実に詰める無駄のない動き。

いや、現状のエルルには余裕がない。相手をいちいち見下して空に戻る時間がない。それがシンプルで確実な打撃に繋がっていた。

本来のプライドの高さで今まで無駄にしてきた動きを削り取った最小限にして最大の攻撃は、巨大な魔獣であるレアルを確実に追い詰めている。

高速回転の壺の槍は、炎の軌跡を引いて孔雀の量はねを締め上げると、一気に絞り上げた。

ただのラインだった炎は鋼鉄の鎖のように、硬くしまりファヴォル・レアルの動きを絡め取っていた。


『これで終わりだ……私もな……』


 星空を覆った魔獣は、末期の叫びを上げて暴れるが締め上げた鎖を解くことは出来なかった。

何度も激しく動き、黒い羽根は散り破れかぶれの醜い姿に変わる相手の目に、エルルは崩壊する自分を映していた。

神の車輪、神々の意思を伝える無限の翼を持った美しき自分の終わりを。

 対面の空で全てを見つめるポン様にエルルは一礼した。

その後に地上にて自分達の戦いを見守るバルキュリア達を見た。

共に飛べることを光栄と、世界を舞った愛しき者達に小さく頷くと、もう一度ポン様と顔を合わせ、美麗な眉を下げた顔で微笑んだ。


『ご苦労であった。奇蹟への布石、確かに受け取った。後悔はないか? オージが精霊エルルよ』

『後悔はありません。後は……お任せいたします……精……王……い……さま』


 寸刻みに途切れる声の中で、断末魔のファヴォル・レアルと、同じく終わろうとする者として顔を合わせ、長槍の壺を構えた。

右手を引き、左で壺の頭を支え、壺に元素の炎を宿らせ巨大なスピアを作り上げる、中空の渦潮を、空に潜む火の粉達を集めて


『アイトゥール・イグニース!! 燃やせ彼方の星までも!!』


 エレメントの凝縮された火球は、一角の槍としてファヴォル・レアルの胴体に突き刺さって行く。最初に刺さった部分から、溶岩が流れ込むように炎は魔獣の体にしみこむと、次の瞬間に全身を燃やす業火を巻き起こした。

紫の星空に、漆黒の羽根は崩れ赤い炎が逆巻く中で魔獣は紙くずのように崩れていく。

同じようにエルルも空に落ちるように体を砕き、星に混ざっていく。


「エルル!!!」


 星の粉に消えるエルルを、アルンとの攻防の間に見たアイレシオンの手は届かなかった。

空を隠した巨大な敵と、神の業火は一瞬にして消え清浄な星の夜だけが残されていた。


「はははははは、やっと消えたかエルル。これで残るはマヌケなお前だけ!!」


 星しかなくなった空を、懸命にエルルを探す視線に悪意の笑みを飾るアルンは飛び込み、そのままベニテを打ち付けた。


「さあ!! お前も消えろ!!」

「どうして……」


 見苦しくも重ねた束の後ろで泣くアイレシオンにアルンは牙を立てて蹴り倒し、空を何回転も転げる相手を追い詰める。


「願いは必ず叶う!! 何も考えずただで神の使徒に甘んじているお前に私は負けない!!」

「私は!!」


 強襲のタッチダウンに、錫杖の頭は燃えていた。

流れ込んだのは、エルルへの愛。涙の顔は歯を食いしばり自分を追い落とそうとするアルンをはね除けると、一気に間合いを詰めて腹に打ち込む打撃を放った。

この戦いで初めての甚大な反抗に、アルンの体はボールのごとく飛び、空の波間につっぷした。

至近距離で大砲の弾を喰らわされたような痛みは、紛れもなくエルルの蹴りと同じ一撃だった。


「お前……」

「願いは叶うのよね、だったら私の願いだって叶う!! 私はアイレシオン!! 全ての者の愛を掬う者!!」


 ベニテに体を預けて立ち上がるアルン。

痛みに歪んだ口で叫ぶ。


「出来もしない事を……」

「出来る!! だから貴女も私を信じて!! 一緒に解決を考えよう!!」


 歯が踊ってしまうほどの打撃にも、膝を叩き起き上がったアルンは飛ぶ。

一直線の凶器は、風よりも早くアイレシオンを刺そうと。


「出来なかったからこうなった!! 願いは自分で叶える!! お前を落として!! この手によって!!」


 空のベニテに息を吹き込むアルン。

向かってくる相手に対してアイレシオンもまた、愛の御座に口づけした。


「気高き刃よ!! 凍えの棘よ!! スッティーラ・トランスウォーランス!! 人の世界を凍土に変えよ!!」

「世に舞う愛よ!! 香る恋よ!! 心を満たせし美に集え!! 貴女を心から愛してるよ!!! 貴女を……貴女を、愛してる!!!」


 一本の落雷、その後に続く打撃の波紋。

打ち合った二人

地上に届く振動は、空から発生し落ちた地震だと思うほどに強烈なものだった。


「どうなったの……」


 鉄柵に寄りかかり体を保たせた頼子は、光の中に見える影を追った。

和美も、有紀も鳩子も立っていられない衝撃にひざまずきながら空の激突の結末を追っていた。


 重なったベニテと愛の御座。

アイリュシオンとアルンは、共に緩い螺旋の中で違いの顔を見合わせていた。

互いを囲む風の中でアルンは静かに倒れた。

手にしていたベニテの杖は折れ、頭の部分だけを胸に抱えた。


「アルンちゃん!!!」


 痺れる手を払い、真っ逆さまに落ちる相手に手を伸ばすが、アルンの目は確実に迫る住処の洋館に向かって笑っていた。


「大願成就ここにあれ。ニムル様、私を褒めてくださいませ……」


 抱えていたベニテの中に満たされたものを、まるで地面を空に見立てたように捧げ、屋敷に放る両手。

同時に体は黒い砂となって崩れ始める。


「手を伸ばして!! お願いだから!!」


 消えながら落ちる相手をアイレシオンは必死に追っていた。

落下のスピードで体の各所が、砂のように消えていくアルンの掴み抱きしめた。


「ダメだよ……貴女がいなくったらニムルさんが悲しむのに……どうしてこんな事を」

「悲しむ……私ごときに?」


 棘の無くなった優しい目、あの日、雨の日に出会った美少女の視線がアルンにはあった。


「悲しむよ、だってこんなにもニムルさんを思って貴女は愛を捧げたのだから」

「愛……私に……愛……」


 空を彷徨っていた手が、ただ掴まれていた指が、アイレシオンの手を掴み返した。


「ならば、それでいい」

「ダメだよ、絶対にダメなんだよ。貴女いないとダメなんだよ」


薄く手の中から細く零れる砂、アルンは繋いだ手の中、アイレシオンの腕の中で消えていった。






 吸い込まれるように落ちたベニテの頭、それは闇の御座の中に座ったニギラの元に届いていた。

満たされた最後の愛。

滅私の愛を前に、ニギラの赤いボタンのような瞳は、真っ赤な涙をこぼしていた。


『アルン……』


 ウサギ人形の首は、自分を破壊する程の大きな声で叫んだ。


『我が子よ……我が子よ……』


 光っていたボタンの目は大きく広がり、ウサギの殻を破る衝撃が世界に響く。

屋敷を一瞬にして壊した真っ赤な光が天を突いたとき、ポン様は激震の波間で呟いた。


『ニギラ……いやニムルよ……』


 空を破壊する力は見る見る世界を塗り替え、生ぬるい風は肌を刺す冷たさに変わっていく。

玉子の殻を割るように、空はポロポロと濃紺の闇を落とし、星を枯らし赤い闇と凍土の棘が空と地面を埋め尽くしていく。


「ポン様!! これってどうなっているの!!」


アルンの残り香である砂を握ったアイリュシオンは、変容する世界と、状況の確認のために飛んで帰っていた。


『滅私の愛によって闇の愛は満たされた。それによってゲートは開かれたっちょ。あのウサギは……ニムルちょ』

「あのウサギ人形の精霊が……」


足下、爆弾を落とした後のように四散した屋敷の中に、手乗り程度の大きさだったウサギの精霊は肥大化し、姿を大きく変え始めていた。

殻を割り、本当の姿が人世界に具現しようとしている。

背中を割った光は、立ち上った赤い柱に繋がると崩壊していく空に繋がっていく。


『落ちてくるっちょ……ニムルの本体が』


割れた空の果て、氷の園から割れた冷たい牙が降り注ぐ、その真ん中に黒い塊がいる。


「あれがニムルさん……」


アイレシオンも、元バルキュリアもみんなが壊れる世界の中で落ちる神を見つめたとき。

頭に亀裂を入れる声は響き渡り、世界の色の中に打ちひしがれて泣く少女の姿が見えた。

邂逅の記憶が、轟音に壊される世界の中で静かに流れ始めた。






『そやつはワシの上で、氷の園で泣いていた……』


 醜く産まれた事で、他の妖精に虐められていたアルンはニムルの沈む氷の園に行き着いていた。

表の世界を歩けない、魚とも、鳥とも言えぬ姿では、自然に対しても何もする事が出来ぬと、妖精は自分の存在の意味さえ分からぬまま泣いていた。


『どうしたらお前は泣きやむのだ? 』


 何気ないこの問いから全ては始まった

美しい姿が欲しいと泣いたアルンに、女神を模倣した容姿を与えた。

中身の伴った創造の意味が分からなかったが、完全に器を一新するとい形で、泣き続ける妖精に新しい姿を与えた。


『それでよいのか』


 ただの暇つぶしだった。

この醜かった妖精も、おそらく自分が高位開闢神達の見よう見真似で作った者に過ぎず、それが元で迫害されているのならばと、創造主として少し手をかしてやろう。

そんな程度の気持ちだったが、そこからアルンは思わぬ行動にでた。

自分に美しい姿をくれたニムルを「我が王、我が主」と尊敬し、氷の園からの脱出を計画し始めた。


 知恵のない小さな妖精が……

ただそんな活動もニムルにとってはどうでも良いことだった。神々の眠りと同じく万年の夜を過ごすのは末端の神とはいえ苦痛ではなかったからだ。

また目覚めたときに考えれば良いこと、そう思っていた。

だから何度も失敗しては自分のところに逃げてくるアルンを、半ば呆れ、半ば面白半分に見ていた。

 だが徐々にアルンを危険視するようになったエルルの鉄槌により傷つき方が酷くなり、自分はよせといっても忠義を果たすと頑張る姿に、心が動いた。

自分が作った妖精に感謝された事などなかったのに……この小さな忠臣の願いに心を動かされた。


『明日こやつがいなくなってしまったら……それは寂しいだろう』


 だからニギラという精神端末を与えた。

自分の意識を乗せた小さな精霊を参謀という形で与えた。

自分はここから出られないし、ここを破ってまで高位神達にたてつくつもりもない、だがアルンを助けるための力として精神だけが共に世界を行く事ぐらいは許されるだろうと。

そこから知識を与え、エルルの手から逃がすつもりで人世界に送った。


 精霊やバルキュリアに到底勝てない小さな妖精アルンの願いに自分が乗ってしまった。

人世界なら、大けがをしても神世界に比べて修復も早い。

のんびりとした逃避行、必死のアルンとは別にニムルはニギラとして楽しんでいた。

人世界にあるドラマを、美味を、音楽を。

儀式を教えはするが、最後は逃げて時間かせぎをしては次の旅へと。


 そして長く続いた時間の中で、アルンを娘として愛おしく思った。






『お前がいなくなるなんて……こんな思いをどうしてワシに与えるのか……』


 空を割り、上から落ちる巨大な影

地上は揺れ、ついに闇王ニムルは次元を越えてしまった。

その心は、愛娘アルンを失った事で泣いていた。

その鳴き声が世界を壊す響きを走らせ、痛みの心を叩いていた。


『もう何もゆるさん!! 愛などというものを作った者全てを滅ぼす!!』


世界に響く絶滅への声。

最後の時はやってきた。



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