第九話
夜11時。
明日、ギルドに連れて行ってもらえる、ということで、ヴェンルは寝れなくなっていた。ギルド。ヴェンルが夢にまで見ていた場所の一つだからだ。
「うーっ!」
ベッドの上でばたばたと跳ねる。
明日行くギルドでは、冒険者、つまりプロ向けの武器やアイテムを扱う。そんなクオリティの高い「武器」を、ヴェンルは明日、買ってもらえる。自分の武器が明日、手に入る。
ギルドについての復習しておこう。「ギルドの基本」の三章。
(冒険者とは、ダンジョン探索や魔獣、ゴブリン(雑種の魔物)の駆除など、クエストを通して引き受け、報酬を受け取る職を指す。
勇者は魔王討伐のために動き、魔物の討伐を自身の独断で行うことができる。つまり、ソロやタッグ(1人や2人組)などで自由に動くことができるのだ。軍のほうがしっかりはしているが、速攻性には欠ける。そんなときに活躍するのが勇者ということだ。だが勇者は権利上、人間の逮捕ができない。勇者資格をとるには一般的な兵士を遥かに超える圧倒的な強さが求められる上、資金がかかる。そのため、勇者には貴族が多いし、その分志望者も多い。やはり、逮捕より討伐のほうが人気なんだろう。
冒険者は、勇者に比べて必要資金が少なく、また勇者のように命をかけて戦うことは少ない。相当強くない限りは。魔王の討伐を目的としないことが多く、町や村を飛び回って依頼を引き受ける。スクワッドやトリオ(つまり4人組や3人組)を組み、バランスの取れた編成にすることが重要だ。コミュニケーション能力も高くなければそのパーティは長くは続かないだろう。また冒険者は個人とパーティのランク分けがされており、高い順にS、A、B、C、D。最初はほとんどの場合Dからはじまる。)
沈黙に秒針が刻まれる。
ふと時計を見た。
もう、12時近くだった。
無理に目を瞑り始めたのは、それから少し経った頃だった。
⸻
カーテンが朝日に照らされてふわりと膨らんだ。
(あ、朝、朝だっ!)
ベッドから飛び起きて階段を駆け降りて、ドアを勢いよく開けた。
「ヴェンル、おはよう」
リシェルはいつも通り朝食の準備をしていた。
アレクシスはいなかった。アレクシスがいないとギルドに行けないのに。
「おはよう、父さんは?」
馬に乗って行くのに、馬の管理をしてるのはアレクシスだから。
「アレクシスなら、馬小屋にいるわよ」
リシェルが近づいてきた。
「昨日、寝れなかったんでしょ?クマがあるよ」
「んー、うん」
玄関のドアが開いた音がした。
「おーい、準備できたぞー」
がちゃ、と閉まる音。
ヴェンルは目をぱあっと輝かせた。
玄関に続く廊下を走って、ドアを開けた。
涼しい風が葉を擦る。
日光がヴェンルの肌を照りつけた。
すぐ横の道から、アレクシスが馬の綱を握って出てきた。焦茶色の馬と、白い馬が顔を出した。
「馬だあ!僕、この白い馬にのる!名前なんていうの?」
「この白い子はシルクって言うんだ。で、こっちの黒い子が、アンバー」
ヴェンルは空を通る雲を眺めて、買ってもらう武器を考えていた。その様子に、アレクシスは思わず吹き出した。自分で質問したのに、もうそっぽを向いているからだった。
アレクシスは子供と触れ合うのが初めてのようなものなので、こんなくだらない発見も面白いらしい。
準備を済ませたリシェルがドアを開けると、アレクシスは
「リシェル、ヴェンルがな?その……」
必死に笑いを堪えようと顔をしかめる。
「ふふ、どうしたの?アレクシス」
リシェルはアンバーを撫でていた。アンバーに乗るらしい。
「ああ、うん、えっと、ヴェンルは武器を買ってもらえるのを楽しみにしてるみたいだよ」
「なにが可笑しいの?」
リシェルはアレクシスに微笑んでいた。
「ヴェンルは武器や勇者のオタクよ。それで昨日も眠れなかったみたいだし。さ、行きましょ」
ヴェンルはアレクシスに持ち上げられて、馬の上に乗せられた。白い馬の立髪はツルツルだった。いつもよりずっと視線が高くなっている。
背中が温かくなる感覚を覚えて、ふと焦茶色の馬をみると、リシェルが馬の紐を持っていた。
次の瞬間、馬とアレクシス、ヴェンル、リシェルは目の前の風を切っていた。馬の蹄が土を蹴り、背の低い畑がどんどん後ろに流れていく。
その感覚に慣れ始めて、また、ヴェンルは武器のことを考え始めた。
(ナックルは、材料費が比較的安く、また剣よりも人気がないため、ナックルを扱う店舗は利益よりも、客に提供する商品の質を優先する店舗だろう。また、剣に比べて安い分、上等なナックル買うことができる。よし、ナックル、ナックルにしよう。)
⸻
着いたとたん、ヴェンルは馬から飛び降りた。
(ギールドっ!)
大通りみたいなところで、人が向こうに歩いている。少し前から、その脇をアルバート一家は馬と一緒に歩いてきていた。
アレクシスは馬を馬繋ぎ場に繋ぎに行くらしい。
「じゃあ、あの塔の下で落ち合いましょう」
リシェルが小さい携帯用の鞄を肩に掛けながら言った。
「おうよ」
手を振りながらヴェンルは建物を見上げる。石造りの煉瓦でできた高い建物がずらっと並んでいた。まるっこくて雪だるまみたいなおじさんの後ろには雪のように白い馬と馬車がいた。
それでヴェンルはもうすぐ冬ということを思い出していた。
若くてガタイのいい男の人が多くて、今更びっくりした。みんな、腰や背中に武器をつけている。
(あ、あの人は弓使いだ)
背中に弓を背負って、腰のあたりに矢を入れて持ち運ぶための矢筒をつけていた。
(あれ、あの人……?)
金属の鞘に刻まれているのは、王族の紋章だった。
「あーっ」
(勇者だぁっ)
ヴェンルが人生で初めて勇者を見たのはこの時である。やはり勇者というのは忙しいらしく、早歩きでその場を去ってしまった。
「ヴェンル、あれ武器屋じゃない?あ、ここにも」
「おぉーっ!」
目を爛々と輝かせながら、人混みをかき分けた。扉を開けると、からん、と鈴が鳴る。どこを見ても、武器が並べてある。
「いらっしゃい」
(じいさんだ)
店主と思われるじいさんは、歳の割に元気である。後に続いて入ってきたリシェルを見ると、にこっと笑った。
「今日は武器を探しに来たの?」
ヴェンルを見て言った。
「うん!ナックルはある?」
がははは、とじいさんは笑う。
「渋いなぁ、ナックルか。ナックルは、どうも買う客が少なくてな。店頭には並べていないけど」
店の奥に目をやる。それに合わせてヴェンルもそちらを見た。
「在庫はあるよ。質のいいナックルも残っているよ」
「ほんと!? じゃあ、一番、魔力伝導しやすくて、丈夫で、長持ちする、いいやつ!」
魔力伝導とは、魔力が適度にこもり、適度に放出される金属特有の性質である。
「なるほどねぇ。あるよ、待ってて」
そう言うと、じいさんは倉庫を確認しに行った。
「剣、やっぱり剣がいいよなぁ……」
ヴェンルの背後から、ヴェンルと同じくらいの男子の声が聞こえた。びっくりして振り向くと、一人で何やらぶつぶつ呟く少年がいた。
「ん?どうした」
(わっ)
目が合った瞬間、話しかけられた。
(コミュ力おばけめ)
「いや、なにも……」
少年は「子供だけどいいか……」と呟いたように聞こえた。
「あ、ちょうどいい、ちょっと質問させてくれ」
じいさんはまだかと、後ろを気にする。
「おん」
「魔王って、どれだけ強いんだ?」
「っ!」
魔王。もちろん禁句である。
(爆弾発言野郎め、なに言ってんだよ!)
「さ、さぁ……知らないよ、僕は」
ふぅん、と目を見つめられる。
「なぁ、俺と対戦してくれないか?」
「はぁ?」
意味がわからない。考えが飛躍しすぎている。
「む、無理だよ……」
「そっか」
今度はヴェンルの後ろで武器を見ていたリシェルを標的にするらしい。
「ねぇ、あの……」
「どうしたの?」
「僕、お母さんが死んじゃって、お父さんもいなくて……」
(芝居だろ)
「あら、大変。でも、申し訳ないけど、私は助けられないわ。ごめんね」
(っしゃ!)
流石にあいつも気まずいらしく、すごすごと店を出て行った。
(まじでなんなんだあいつ)
「ナックルあったよ」
「おっ!」
じいさんがいつのまにか戻ってきていた。
見せてくれたナックルは、精巧な紋様が入っていた。かの有名武器ブランド、フォニックスのものだ。
「これにするー!」
リシェルは微笑んで、頷いてくれた。




