第二話
ヴェンルが教室に入る頃には、クラスの人が増えてきて賑わっていた。
(あ、グローヴいた!)
「グローヴ、おはよう!」
「ヴェンル!おはよー」
⸻
「じゃあ、みんな、教科書136ページを開いて」
教室に紙をパラパラとめくる音が響く。
そんなことを耳から耳へ流しながら、ヴェンルは教科書ではなく辞書を開いていた。
(えっと……ま、ま……)
「今日は25日だから……フォイル君、読みなさい」
(あ、あったあった)
『魔物とは。人間を魔法で襲い、生まれながらにして邪念を持つ。下等生物。』
「勇者は、最後の一匹の魔物を倒しました。雲の間からは、光が差しました」
「ありがとう、うん、これは情景描写だね」
黒板にチョークが当たってかつかつと音が鳴る。
「あの、先生」
茶髪の女の子が声を上げた。
先生は振り向いて黒板に背を向ける。
「なんだ?」
教室内が緊張と沈黙に包まれた。
(どうしたんだろ)
ヴェンルはやっと顔を上げた。
「なんで、勇者は魔物を倒すんですか?」
先生は呆れている。
「勇者は魔物を倒すのが仕事だろう」
「それじゃあ、なんで、魔物をころす仕事が正義なんですか?」
先生の目つきが変わった。
「魔物は人を喰う。殺さねば人が犠牲になるんだ。あとで、職員室に来なさい」
⸻
「疲れたー」
だらしない姿勢で校門を出る。
友達のグローヴがヴェンルの歩調に合わせながら歩いている。
「今日さ、先生、グレースに怒鳴ってたじゃん?」
「うん」
(あの人、グレースって言うんだ)
「転校するかも知れないんだよ」
「えー、まだ喋ったことなかったのに」
人通りが少ない通りに差し掛かる。
すると突然、物陰から獣が飛び出してきた。
大きく、筋肉質で、涎を垂らしている。
ああ、きっと魔物だ。
一瞬、世界から音が無くなった。
心臓がどくんどくんと打つ。
冷や汗が頬を伝う。
「グ、グローヴ?」
グローヴは腰を抜かしてその場にへたりこんでいた。
「は、はやく、逃げないとだよ?」
グローヴは口をぽかんと開けたまま、動かない。
その間にも、獣はこちらにゆっくり向かってきている。
(終わった…)
もう、諦めかけていた。
その時、視界の隅から、人影が現れた。
次の瞬間には、肉が裂けるような音と何かが焦げたような匂いがして、獣は地に転がっていた。
その人が持つ剣には、血が伝っていて、煙が上がっている。
「もう、大丈夫だよ」
その人は、優しく声をかけてくれた。
「怖がらせてしまって、すまないね」
いつのまにかヴェンルも腰を抜かしていて、手を差し伸べてくれる。
ヴェンルを立たせると、次にグローヴも立たせていた。
だんだんと冷静になってきて、やっと、その命の恩人の顔がはっきり見えた。若くて、かっこよかった。
ヴェンルは思わず二度見する。
獣を斬った剣はもうしまってあった。
グローヴが最初に口を開いた。
「あの…ありがとう、ございます」
「ううん、君達が助かってよかった」
それだけ言うと、小さく手を振りながら走っていってしまった。
グローヴはヴェンルを見つめた。
「…さっきの勇者、かっこよかったよね」
「ね!」
「炎属性かな!」
⸻
家の扉を開ける。
「ただいまー」
「おかえり」
母は今日は家にいた。
仕事は休んでいるらしい。
ソファ代わりに置いてある、折り畳んだ布団のシワから見てとれた。
「あのね、今日ね……」
魔物に襲われた、と言おうとしてやめる。母に心配をかけたくなかった。
「今日は国語があったからさぁ、辞書読んでた」
「そうなの?でもちゃんと授業聞いた方がいいよ?」
「んん、でね、休み時間はね、アダムが火のドラゴンの絵を描いたんだよ!」
「アダム?うん、そうなの?」
「あと、今日もグローヴと帰ってきたよ」
「グローヴと仲良いね」
「うん」
「あとは……」
先生が怒鳴ったことは言えないな。
「ないかな」




