第十三話
「ゔっ」
頭がズキズキする。
起き上がってみると、鉄格子の外の物が異常に大きい。
ここはどこだ?
鉄格子の隙間から下を覗きこむと、ずっと下に床らしいものがある。
どうやら、人一人入るほどの巨大な鳥籠に入れられているらしい。
上から吊り下げているのだろう、動くたびにゆらゆら揺れていた。
ヴェンルはわざと、鼻で笑ってみた。
(甘いな。こんなの、魔法使えば余裕で出れる。人間なめてんなぁ)
だんだんと記憶が戻ってきた。
(母さんは連れてかれて、父さんに家を追い出されて、それで、ここに着いて……)
そういえば。
ここの物には全て値札が貼り付けてある。
来店こそ少ないが、ここは店のようだ。
そして、品揃えが謎だ。
なんだか不気味で怪しげな物がほとんど。
(あ……あれって、人間の頭蓋骨か……)
他にも、見たことのない動物かなにかの角や、何に使うのかわからない布が置いてある。
魔界に来た、という実感が湧いてきた。
すると、向こうの地味な扉からさっきの魔物が出てきた。
きっと店員用の扉だろう。
心臓がばくばく跳ね上がる。
魔物がレジに立った。
今更気づいたが、店員も大きい。
ということは、自分が小さくなっているのである。
(これも魔法の効果か……?)
と、少し慣れてきたのも束の間だった。
客が出入りするための扉だろう、ガラス張りの両開きのドアが乱暴に開いた。
店員の魔物は慣れているのか、無反応だった。
客の魔物は黒いフード付きのマントを羽織っていて、フードからは牛のような形をした角が2本突き出ている。
金の眼球で店内を見渡すと、こちらを見た。
目が合った。
「ぁ……」
声にならない声を出すと同時に、店内には銃声が響き渡った。
背中に衝撃が走る。
左腕が熱い。
視界がかすんだ。
店員はあせった様子で
「お客様、試し打ちは禁止事項となっております……」
などと宙に呼びかけていた。
客はそれを気にかける様子もなく、ヴェンルが入った籠を持ち上げる。
急に籠が揺れ始めた。
あの客が走ったんだろう。
なにが起こったのか考える間もなく視界が真っ白になり、手足の感覚がなくなっていた。
⸻
目が覚めると頭がぐわんぐわんした。
攻撃魔法でお出迎えされた上に、身長の何倍もあるところから落下したので普通の怪我では済まないだろう。
起きあがろうと体に力を入れると、体がじーんと痛んだ。
「ゔっ」
全身が痺れ、かぁっと熱くなった。
「……起きたか」
低く掠れた声がする。
あの角が生えた魔物がいた。
「お前、なにしに来たんだよ!」
(俺のこと撃ちやがって……くそ魔物が)
「いや、なにしに来たっていうか、その……食料調達だよ」
「はぁ?」
ヴェンルのことを喰うつもりだろうか。
魔物が包帯を持っている。
「まぁ、一旦、喋んな」
ヴェンルの体にぐるぐると布が巻きつけられる。
「なぁ、人間」
頭がぼーっとする。
「おい、お前のことだよ」
不気味な眼で、こちらを見ている。
呼ばれていたのだろうか。
「お前、マカイに何しに来た」
喋んなと言った割にはすぐに質問してきた。
「何しに、って……」
魔物が口を開く。
「お前、やっぱり人間界……向こうから来たのか」
「そうだけど」
魔物がため息をつく。
「お前、帰るとこ無いだろ。傷が治るまで、僕んとこに泊まっとけ。そのかわり、ここにいる間は収縮魔法つけるからな」
意外といいやつなのかもしれない。
でも、さすがにヴェンルをなめすぎではないか。
こんなわかりやすい罠、引っかかるわけがない。
「僕はカウク、よろしく」
魔物に自己紹介された。
そういえば、魔物が、人間と同じ言語で喋っている。
穢れた魔物に、人間の言葉を使わせていいものか。
「俺はヴェンルだ」
とりあえず形だけでも握手して、味方だと誤認させておこうと考える。
ヴェンルの数倍大きいカウクに手を差し出してみた。
「ひぃっ」
カウクが小さい悲鳴をあげた。
「どうしたんだよ、握手、ほら」
カウクが何やら呻いている。
「やめ、ろ……触んなぁっ」
「あっ、あぁっ」
カウクの体毛が逆立ち、涙目になっている。
それとは反対に、ヴェンルは興奮して息が荒くなる。
魔物が、ヴェンルを怖がっている。
その状況に、胸が高鳴った。
いや、もっと違う意味もあったかもしれない。
「の、呪いがぁ、カディブの呪いが憑るっ」
部屋の隅に逃げ込んだカウクが縮こまっている。
「はぁ?なに言ってんだお前、俺に呪いなんて……」
ない、と言いかけてやめる。
まだ可能性の話だが、もしかしたら、ヴェンルには呪いがあるかもしれないと思っていた。
闇属性だし、アルバーン家にいる時には学校で呪いの子だと言われることも多々あったからだ。
カウクは怯えながらも立ち上がると、紐を引っ掛ける部分が破損した鳥籠を持ってくる。
ヴェンルが入れられていたものだろう。
大きめのピンセットのようなものでヴェンルはつままれ、鳥籠に押し込まれた。
「うぁ、なにすんだよっ」
「大人しくしないならこうするしかねぇ」
鳥籠を閉められ、机の上に置かれた。
「お前は僕のペットなんだからなっ」
まあいいか。
魔法を使えば、鳥籠くらいは抜け出せるので一旦おとなしくしておこう。
「おい、人間ってなに喰うんだ?」
「俺のことか?」
「あー、そうだよ、お前だよ」
いじけている。
なんだこいつは。
「で?なに喰うんだ?」
「パンとか、野菜とか……肉とか?」
カウクは袋を漁っている。
そのうちにヴェンルは魔法で外に移動した。
「ほう、そうか」
何か赤っぽいものを放り投げてくる。
カウクは気づいていない。
慌ててキャッチすると、それは干し肉だった。
ただ、干し肉と言うには普通のより少し赤みがかっていた。
魔界の干し肉はこういうものなのだろうか。
「お前、それでいいよな」
ヴェンルはとっくに干し肉にかぶりついているが、まだカウクは袋をガサガサと漁っている。
「それはなぁ、あのあたりの店から盗んできたものだ」
「はあぁ?」
今、口にしていた物が盗品だったことを明かされ、つい声をあげてしまう。
食料調達って、そういうことか。
ヴェンルは、いいやつだと一瞬でも思ってしまった自分が恥ずかしくなってきた。
さすが魔物だな、とヴェンルはカウクを睨みつける。
「しょうがねぇだろ、働きたくとも働けねぇんだから」
「いやいや、働けるだろ」
人間界と同様に、どんな魔物でも、どこかしら職場が見つかるだろう。
なに言ってるんだ、この魔物は。
「ほら、これ」
カウクは自分の眼を指でさした。
「これのせいだよ。こっから感染はしねぇって言ってるのに、だれも聞く耳を持っちゃいねぇ」
「へえぇ」
不遇な魔物もいるんだな、かわいそうに。
魔物として生まれてきたことを恥じればいい。
「あっ、お前、何勝手に出て……まぁいいか」
つめが甘い。
ちょろいな。
空は、高く青く澄んでいた。
「そういや、お前、なんで俺を撃ったんだよ」
単純な疑問だった。
カウクを見上げる。
「え?なんか、珍しかったから」
ヴェンルは深いため息をついた。




