一年生五月:芸術鑑賞会③
本屋で時間をつぶして一時間ほど経過した。
「ゆえ、そろそろ行こう」
ヨスガはイラスト系の本が並ぶ棚にいたゆえに声をかける。
「ん、わかった。ゆかりも誘わない?」
ゆえは手に取っていた本を棚に戻し、面置きされているスペースに置いていた買うつもりの本を手に取る。
「え、あそこ狭いから三人並んで食べるのは迷惑だぞ。別々に食べるにしても食べ終わったら外で待つのもゆかりさんに悪いし」
「テーブル席がある方の店でもいいよ。今なら空いてるはず」
「ゆえが良いならいいけど。じゃあ誘うだけ誘ってくるからその本会計してきな」
そう言ってゆえを行かせてから、ヨスガはゆかりを探した。
先ほどの棚にはおらず、周辺の小説コーナーにもいない。
複数のコーナーを渡り歩いていると、レジャー系の棚でゆかりを見つけた。
手には水族館に関する本を持っており、ヨスガは思わず「水族館、好きなの?」と不意打ちで訊ねてしまった。
ビクリとするゆかりを見て自身の失敗に気づく。やっぱり俺はデリカシーがない、とヨスガはうなだれた。
「あ、ヨスガくん」
声の方を向きヨスガの顔を確認すると、緊張した表情は解けて安心感に包まれた表情へと移り変わっていた。
「ごめん。気になる本を持っていたから」
ヨスガはペコペコ頭を下げる。
「大丈夫ですよ、と言いたいところですが名前も呼ばずに声をかけられてさすがに怖かったです」
ヨスガの謝る姿がなんとなく可愛らしく見えて、ゆかりは面白がって頬を膨らます。
ゆえとヨスガのやり取りに憧れがあったので、ゆかりは少し愉快になっている。
頬を膨らますゆかりにヨスガは心が揺れる。身長の高さや落ち着いた性格。本を語る時の情熱は置いておいて、ゆかりの大人びた雰囲気から少女のような仕草が繰り出されて、ヨスガは見とれてしまった。
数瞬、呆けているとゆかりが不思議そうに「ヨスガくん?」と声をかけ、ヨスガは正気に戻る。
「次から気をつけるよ。それで、水族館好きなの?」
気を取り直して話題を戻す。
「はい、好きで時々水族館情報を見てるんです。珍しい展示なんかはネットでしか知る事ができないのでそちらを頼りますけどね」
「わかる。偶然採れた生物をなんとか展示してるから、本で出すなら出版する前に大体死んでしまうよね」
そうヨスガが返すとゆかりは表情を明るくし、ウンウンと頷いた。
「ところで、これからゆえとお昼を食べに行くんだけど、一緒にどうかな?ゆえの希望で家系ラーメンなんだけれど」
このまま水族館トークに花を咲かすには時間が足りなかったので、ゆかりを探していた理由を切り出す。ゆえが場所を含めて提案した事も欠かさず強調しておく。
「家系ラーメンですか、気になっていたのでぜひお願いします」
ゆかりは快諾した。
この一ヶ月ちょっとでゆかりがよく食べる女の子である事をヨスガは理解していたが、即答した事には内心驚いている。
「よかった、もう行くつもりだけど大丈夫?ゆえは今レジに並んでる」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
ゆかりは手にしていた本を戻し、ヨスガに向き直る。
「ヨスガくんも会計は大丈夫ですか?」とゆかりに訊ねられ、自分が今日本屋で探そうとしていたモノを探していなかった事を思い出す。
「忘れてた……まぁ学校の図書館に間違い無くあるから大丈夫か」
軽く天を仰ぎながらヨスガが言う。
「何か探していたんですか?」
「クラスメイトに勧めるショートショートを選ぼうと思っていたんだ。探している時にゆかりさんと会って、そのまま忘れて自分の興味で動いてた」
頭を掻きながらヨスガが白状する。
「まぁ、そうだったんですね」
ゆかりが少し楽しそうに微笑む。
ヨスガの抜けている部分に触れて可愛らしいと感じているのだ。もちろん口にはしない。
「俺も前に読んだのはずいぶん前だから、どの本にどの作品が入っているか覚えていないんだよね。どうせなら気に入っている話が収録されているものを勧めたいんだけれど、それは帰ったら図書館で確認しようかな」
「それは良いですね、わたしもお供させてください」
手を前に持ってきてガッツポーズをしている。手振りも交えて感情表現をするゆかりに、改めてずいぶんうち解けたなぁとヨスガは思った。
「もちろん、頼りにさせてください」
ヨスガはおどけて丁寧に返事をする。
「任せてください」
「仲良いね」
二人がじゃれていると会計を終えたゆえが合流してきた。
「もうヨスガは取られちゃうな」
続けてゆえがジト目で言う。
「俺は誰のモノでも無いからな」
二人きりのつもりおどけていたヨスガはぶっきらぼうに返答する。
「わかってる。さ、行こ」れっつごーらーめんと続けながらゆえは歩き出した。
三人は駅の近くのチェーン展開している家系ラーメン屋に入った。ヨスガとゆえが贔屓にしている店もこの近くにあるが、カウンター席しかないので今回はこの店にした。
ヨスガもゆえも「固め濃いめ多め」と頼んだので、ゆかりも同じものを頼んだ。
しばらくして提供されたラーメンを思い思いに味を変えながら食べ進める。
この三人での食事は何を食べるにしても黙って食べる事が多い。
外食でも例には漏れず、雑談もせずに完食した。
「ゆかりさん、初めてでスープまで飲んじゃって大丈夫だった?」
ヨスガもゆえも、自分の食事に集中しており、ゆかりが二人に倣ってスープまでライスで美味しく食べきっていた事に気づいていなかった。
「いえ、大丈夫ですよ。とても美味しかったです」
満足そうにゆかりがお腹をさする。
本当によく食べるな、とヨスガは思った。
初対面の頃にうっかり食事に誘って、ゆかりの食べる所を見ないように気を遣っていたのがはるか昔のようにヨスガは感じている。
食堂の定食も、ヨスガ達の料理も、そして家系ラーメンも、とても美味しそうに食べる。その食べっぷりにヨスガもゆえも好感を持っていた。
「今度は私達のお気に入りに連れて行こう。カウンターしかないとこだから行かなかったけど」
ゆえは次の約束を取り付ける。
「良いんですか?楽しみです!」
「狭いところだから別々に食べる事になりそうだけどね」
「というか私達、食べてる時はいつも黙ってるから今日行っても良かったのでは」
ゆえが身も蓋もないことを言う。
「突発で誘った相手を置き去りにして退店するバカがどこにいるんだよ。しかもゆかりさんは初家系だったし。今日はここで良かったんだよ」ペシ、と軽くゆえの頭をヨスガがチョップする。
「それもそうだ」
ゆえがそれを払いのけながら納得する。
そのやり取りをゆかりはにこやかに眺めていた。




