一年生五月:芸術鑑賞会②
ホームルームで軽い注意事項を受けると、正午過ぎに現地集合を言い渡され解散となった。午前中が丸々フリータイムになってしまった。各学年三百人超の生徒が一度に市民ホールに移動するワケにはいかないとはいえ、大雑把な運営だとヨスガは思った。
また、それなら朝にわざわざ急いでシャワーを浴びなかった、と思いつつゆかりと鉢合わせたので結果オーライと思い直していた。そもそも当日の行程をロクに確認していないヨスガが悪かった。
教室は自室へ帰る者や外で昼食をとりに行くグループなどに分かれてバラバラと人が減っていく。
ヨスガはもう一度自室へ戻ろうと思い廊下に出る。すると隣のクラスのゆえも同時に廊下に出ていた。
ゆえは同じクラスの女子サッカー部の生徒と話していた。ヨスガはその女子の名前までは知らなかった。別クラスのゴールキーパーをしている女子部員経由で少し話したことがある程度だ。
ゆえはヨスガに気づくと女子部員をほっぽり出してヨスガの元へ近づいてきた。
「おい、先約を大事にしろよ」
ヨスガが苦言を呈す。ゆえにほっぽり出された女子はニヤニヤしながら「どうぞどうぞ」とジェスチャーしている。
ヨスガと一年二組ほどでは無いが、一年一組の生徒の中にもゆえとヨスガの関係を面白がっている層はいる。嫉妬している層もいる。
「先約終わったらしい。お昼行こ」
女子のジェスチャーを見てゆえがふてぶてしく誘う。
「お前友達無くすぞ。まだ九時過ぎだし」
「大丈夫。ゆっこは面白がってくれるから」
ゆっこと呼ばれた女子の方にゆえが目を向けると、ゆっこは親指を立てて笑顔を向けていた。
「さぁ早く行かないとヨスガが悪く言われちゃう」
一年一組の教室の方をゆえが指差すと、男子生徒達が覗き込んでいた。
ゆえの自由奔放さはヨスガ以外にもしっかり発揮されている。クラスメイトを困惑させている事も多いが、その性格と見た目も相まって男女共に人気がある。
男子の中には異性として好意を抱いている者も当然おり、ヨスガは定期的に怨嗟の的にされている。
その度にヨスガは気分が悪くなるので、教室前の廊下ではゆえに関わらないように心がけている。ゆえはお構いなしに声をかけてくる。
今は自由時間なのもあって見物人が普段より多かった。
ヨスガはさっさとこの状況から脱したくなってゆえへの文句を切り上げて昇降口へと向かった。
靴を履き替え、周囲の生徒がまばらになるまで歩いてからゆえは口を開いた。
「ごめん、ちょっと人多すぎた」
ゆえが反省の態度を示すとヨスガは怒るでもなく、「いいよ別に。クラスで慕われている事の裏返しだろ。ちゃんと馴染んでて良い事じゃん」と返す。
「別に好かれたくない人間に好かれても嬉しくない」
ヨスガのフォローも台無しにする発言にヨスガは頭痛を感じる。
「お前それ本当にクラスで言うんじゃないぞ」
ヨスガがしっかりと釘を刺す。
「ヨスガにしか言わないよ」
ヨスガはそれを聞かなかったことにする。
「で、昼は何食べたいんだ?外で食べたいから誘ったんだろ?」
縁堂家の濃い味付けが好きなゆえは、一人で行くには心細い店にヨスガを誘う事が多々ある。同世代には自由奔放に振る舞う少女も人見知りはするのだ。
「ラーメン食べたい。連れてって」
今日のオーダーはラーメンだった。
「種類は?」
「家系がいい」
「オッケー、わかった。開店時間までは適当に時間潰すか」
「ありがと。本屋がいい」
「はいはい、じゃあ一度駅前まで行くか」
行き先を定め、ヨスガとゆえは校門を出た。
ヨスガ達は本屋に到着すると小説のコーナーに足を運んだ。
訪れた本屋は県内でも有数の広さを誇り、中学生時代にもヨスガはよく利用していた。
目当てはクラスメイトの氷室に勧めるためのショートショートだ。
ヨスガの父が持っていた数十冊のショートショートに書かれた著者名を思い出しながら棚の間を歩く。
なぜかゆえもそれについてくる。
「用事があって本屋に行きたがったんじゃないのか?」
「ううん。気分」
「そっか」
短く確認と返答をすると、ヨスガは本の探索に戻る。
すると、見慣れた女子と鉢合わせになった。
「あれ、ゆかりさん。朝ぶり」
ゆかりだった。真剣な目で背表紙の並んだ本棚を吟味している。
「わ、ヨスガくん、ゆえさんもこんにちは」
ゆかりはビックリしつつ笑顔で挨拶を返した。
「なに見てるの」
ゆえが無遠慮に訊ねる。コイツにデリカシーがないだの言われたのか、とヨスガは呆れながらゆえを見下ろしている。
「学校の図書館へリクエストする本の物色をしていました。本当は自分で買うのが良いんですけどね」
「そんな制度があったんだ」
ゆかりほどじゃないにしても図書館に通っているヨスガが知らないほどに、この制度を知っている生徒は学内に少ない。
「わたしも詳しくは聞いていないんですけど、利用時間が長くなると申請できるようになるみたいです。十年ほど前に図書館を知ってもらうために書籍リクエストを制限なしで始めたら、申請書が溢れかえって仕分けが大変だったみたいで、今のシステムになったらしいです」
「ふーんなるほど。昔なら今ほど娯楽も少ないし全寮制だし、本のリクエストも殺到するか」
ゆえは納得した素振りを見せるが、ヨスガ達が小学校低学年の頃から高校生の娯楽は十分あっただろう、とヨスガは思った。
「どちらかと言うと悪ふざけですね。図書館で本を探さないまま、すでに置いてある本をリクエストしたり、えぇと、高校の図書館には置くべきではないものがリクエストされていたみたいです」
ゆかりが言いにくそうにした理由を察して、ヨスガがゆえの首根っこを掴む。
「なに」
ゆえが不機嫌そうにヨスガを見る。
「余計なこと言うなよ?」
ヨスガが釘を刺す。今日は釘を刺してばかりだ。
「あ、あの、どのラインまでならリクエストが通るかのチキンレースをしていたみたいです」
何かを察したゆかりが、補足情報を入れる。突っ込むんじゃないとヨスガは頭の中で頭を抱えた。
「というか、よく当時の事まで知ってるね」
ヨスガは話を逸らそうとする。
「図書館で司書をしている先生が当時の在校生なんです。ちなみにチキンレースをした側です」
ヨスガは大人にも子供の頃があるんだなぁ、と当たり前のことを思った。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。連絡事項を読まない。
結川ゆかり:図書館に住み着いている。
古淵ゆえ:クラスの人気者。
ゆっこ:ゆえのクラスメイト。本名をヨスガは知らない。




