一年生五月:芸術鑑賞会①
五月下旬の朝、ヨスガは部活に励んでいた。
普段は放課後の九十分間に集中したトレーニングをするのだが、今日は全校での学校行事があるため朝練となった。
学校行事とは芸術鑑賞会だ。学年ごとに異なるプロのパフォーマンスを観る会である。
今年の一年生は演劇を観る事になっている。場所は市民ホールで、日中に行われる。普通に午後練も行える時間帯だが、なぜか芸術鑑賞会の日は朝練になるのが定番になっている。
普段は練習日が違う部員も全員朝練に参加するのも定番になっているので、控えにも入れないヨスガは土のグラウンドへと追いやられていた。
中学時代は土や砂にまみれた練習着で洗濯機を壊した事を思い出す。その後、下洗いをするようにはなったが、それはそれで洗面台が砂でザラザラになっていた。
今は人工芝のゴムチップと格闘している日の方が多いが、ゴムチップの方が砂の百倍マシだった。
汗と砂にまみれた状態で観劇するのは憂鬱だとヨスガは思ったが一度自室に帰ってシャワーを浴びる猶予くらいは用意されていてホッとする。
身だしなみが悪い状態で外部の団体に送り出すような事をする訳がなく、各部活がしっかりと学校側に釘を刺されていた。
ヨスガがシャワーを済ませて改めて学校へ向かうと、ゆかりと鉢合わせた。
「ヨスガくん、おはようございます」
「おはよう。ゆかりさんにしてはゆっくりだね」
二人はすっかりお互いの名前呼びに慣れていた。
ゆかりは普段、朝早くから図書館に陣取っている。時々ヨスガも早起きしてその陣に加わっている。
「舞台を観るのが初めてなのでたくさん寝ておこうと思いまして。普段と違う事をすると気疲れしちゃう時があるんです。だから万全を期すためによく寝てきました」
むん、と擬音が見えるくらいの意気込みでゆかりにしては元気よく返事をした。
「なるほど、俺も舞台観るの初めてだな。あらすじが面白そうだったけど起きてられるか少し心配」
練習後でシャワーも浴びたヨスガはすっかり腑抜けている。
「朝練でしたっけ、お疲れ様です。練習も終わったから眼鏡なんですね」
「うん。今日は体育も無いからね」
ヨスガは基本的にコンタクトレンズを使用している。練習日と体育の日が噛み合って、平日は毎日コンタクトレンズが必要だからだ。
「久しぶりに見た気がします」
「だね、大体帰るまでは付けっぱなしだし。使い捨てだから適当に外して眼鏡に戻しても良いんだけれどね」
と話している間に昇降口まで辿り着く。
「では、また」ゆかりが歩きながら軽く手をヒラヒラと振る。
ヨスガもそれに応じて手を振って分かれた。
その直後ヨスガに声がかかる。
「浮気か?ヨスガ」
「氷室。違う。というかそもそもゆえとはそういう関係じゃない」
氷室はヨスガと同じクラスのサッカー部員だ。DFで、一年生ながらAチームに帯同している事の方が多い選手である。
もちろん、サッカー部で一年二組とくれば、ヨスガがゆえと食堂で二人きりで食事をしていた事に反応した一人でもあるわけで、ゆえの事をヨスガの嫁とからかう集団の一人でもある。
「ごめんごめん。珍しい光景だったからついね。で、実際あの子は誰なんだ?お前と並んでも小さく見えないなら見かけた事くらいあると思うんだけど」
「一年五組だからな。クラスも離れてるし奇数クラスだし、どんな分け方で学年を分けても一緒になる事は無さそうだよ」
ヨスガは図書館に籠もっている事を話さなかった。なんとなく秘密にしておきたかった。
「ふぅん。で、そんな女子とどうして知り合ったんだ」
ニヤリとしながら氷室がつつく。
「たまたま小説の趣味が合う事を知ってな。そこから話すようになった」
「なるほど、小説かぁ。俺には縁が無いなぁ」
氷室は手を後頭部にやりながらぼやく。
「氷室はもっぱらマンガだもんな。たまには読んでみたら?」
「ムリムリ。途中で内容忘れちまうよ」
氷室は大げさな手振りで拒否をする。
「ショートショートとか、国語で扱うような短い話なら読めるんじゃないか?」
そうヨスガが提案している内に一年二組の教室に到着した。
「まぁそれならいけるかもなぁ。今度オススメ教えてくれよ」
「あぁ、ショートショートで一冊持ってきてやるよ」
そうヨスガが約束すると、二人はそれぞれの席についた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。実家の洗濯機を壊した前科がある。
結川ゆかり:初めての学校行事で元気いっぱい。
氷室:ヨスガのクラスメイトでチームメイト。サッカーが上手い。




