一年生五月:縁堂家の食卓
ゴールデンウィークも始まって五月になった。
今日はゆえとの約束通り三人でヨスガの料理を食べる会が開かれる。
ヨスガ達はまず食材の確保を行った。
「しっかし本当に安いな……」品物を物色しながらヨスガが呟く。
ここには飲み物なども置いてあるので、これまでも利用することはあったが、生鮮食品のコーナーには目もくれていなかったので今さらその安さに驚いている。
「三人分で千五百円もあったらなんでも作れそう」ゆえはキョロキョロと辺りを見回しながら目を輝かせる」
「お前は汁物の材料を見繕うんだぞ」
お菓子に手が伸びるゆえにヨスガが釘を刺す。今日はヨスガがおかずを、ゆえが汁物を作る事になっていた。
「あの、わたしはお金、というか券を出すだけで良いのでしょうか」
所在なさげにゆかりが訊ねる。
「いいのいいの。今日はゲストだから。よし、という事でケーキも買おう」
「……お金が余ったらな」
豚肉を手に取りながらヨスガは返事をした。
買い物を済ませ、三人は共同キッチンへと移動する。
基本的に自炊を選ぶ生徒は自室で調理をするので閑散としている。
四月の内はヨスガ達のようにグループで作る生徒達もいたが、間もなく食堂の楽さに吸い込まれていった。
「第一回縁堂クッキングーーパチパチ」
ゆえの間延びした声で謎のコーナーが始まる。
ゆかりは釣られて拍手をするがヨスガは手慣れたもので無視をしながら準備を始める。
「幼馴染みのノリが悪い」
「はいはい」
生返事をしながら自分の調理に取りかかる。
ヨスガは薄切りの豚肉を一枚一枚ロール状に丸めていく。
「お、今日はそれか。それ好き」
ゆえがヨスガの手元をのぞき込んで上機嫌になる。
「最初だしな」
「古淵さんは何が作られるのか知っているんですか?」
「ゆえって読んで」懲りずにゆえは主張する。
「それはおいおい」やんわりとゆかりは遠慮する。
「残念。それは置いといて、ヨスガが作ってくれるのは、ヨスガのお母さんの得意料理なの。縁堂家のご飯はどれも美味しいから、ヨスガにねだってこの会を設けた」
「なるほど、それは楽しみですね」
「ゆかりさんのお口に合うと良いけどね」
ヨスガは少しむずがゆくなりながら軽口を叩いた。
「大丈夫、どれも簡単だからヨスガでも美味しく作れる」
「そういう事じゃ無くて、ウチの味は濃いめだからな」
ロールした豚肉、ミニトマトとピーマンをフライパンに入れる。そこにケチャップとウスターソースを加えて焼きながら煮詰める。
「食欲がわいてきますね」ゆかりはフライパンから漂う香りに目を輝かせていた。
その様子にヨスガはホッとした。
そして鍋を見ているゆえに目を移す。
「そういえばお前はなに作ってるんだ?」
砕けた口調にゆかりがまたもときめく。
「豚汁」一言発してゆえは黙る。
「……お前、俺の買い物かごに豚肉が入ってるのちゃんと確認してたよな?」
は?と出そうになる声を飲み込み、ヨスガは状況確認をする。
「もちろん」
「……まぁ買った物確認しなかった俺が悪いか」
古淵ゆえはこういうやつだった、とヨスガは再認識しながらため息をついた。
「うまい!」
ゆえが満足げにヨスガの作ったおかずを口にする。
自分の作った豚汁もおかわりをしてみるみる料理が減っていく。
「どちらもとっても美味しいです」
黙々と食べていたゆかりもゆえに釣られて言葉にする。
ヨスガも自分の料理を口にする。実家で食べたままの味が口内に広がって満足する。
「ゆえ、食べ過ぎるなよ」
ヨスガがむしゃむしゃ食べる幼馴染みに釘を刺す。縁堂家で食事を共にする事が何度もあったが、その度に限界まで食らいついてはゆえの母に叱られていた。
「まったく、どこにそんなに入るのやら」
小柄なゆえを見ながらヨスガが呟く。
ゆえがヨスガをジッと見つめる。
ヨスガは何を言い出すのか身構えたが一向にゆえは口を開かない。
不審に思いながらゆのみを口につけると、ゆえも口を開いた。
「うーん、胸?」
ご丁寧に手まで胸元に寄せてその存在を強調する。
ヨスガは吹き出すのをすんでのところでこらえた。ゆえが黙っていたのはヨスガが粗相をするタイミングを図っていたからだった。
「お前なぁ、それだってセクハラだからな」
ゆえの事を睨みつけながらヨスガは抗議する。
「言い直そうか?おっ」「やめろ」ヨスガは遮った。
ふとゆかりの方に目を向けると胸に手を当てて俯いていた。いや、よく見ると胸に当てた手を見つめていた。
ヨスガはいたたまれなくなって目を逸らした。早くこの災害のような話題が終わることを祈っていた。
「これも縁堂家のご飯パワーだね」ゆえはそれを許さない。
「ご飯パワー、ですか?」
「そうそう、私の四割くらいはヨスガの家のご飯でできているからね。ゆかりもこれから毎日食べれば良く育つよ多分きっとめいびー」
怪しげな方向に話を持っていかないでくれ、とヨスガは心の中で絶叫した。
それと同時に、長身でスラッとしたゆかりは素敵だろうという主張を心の引き出しにしまった。この引き出しにはトランジスタグラマーも良いな、という真逆の主張もすでにしまわれている。誰を指しているかは言うまでも無い。
「またご飯会開こうね。今度はゆかりも一緒に作ろう」
ゆえは顔を歪めるヨスガに満足して話を終わらせた。
片付けを済ませて三人はケーキに手をつける。破格の食材達に案の定お金が余ったのだ。
ヨスガは指摘のしづらい話を叩きつけられ疲れ果てていた。
そんなヨスガを休ませる気はなく、ゆえは話を切り出す。
「さて、一息ついたところでヨスガとのなれそめを聞こうかな」
ゆかりはケーキを満喫していて口を開けない。
ヨスガは渋々ゆえに出会ったきっかけを話した。
「ヨスガはそういう出会いをする運命にいるのかもね」
二人のなれそめを聞いたゆえはそう感想を言葉にした。
「古淵さんはどのような出会いだったんですか?」
「ゆえって呼んで。豚汁を食べたし縁堂家の食卓の秘密も話したし、そろそろ良いかなって」
蒸し返すのはやめてくれとヨスガはまたしても心の中で叫ぶ。
「一飯の恩って事ですね、ゆえさん」ゆかりがゆえの事を名前で呼ぶと、ゆえは「合格」と親指を立てた。何がだ、とヨスガは思った。
「私もヨスガと図書室で会ったの。小五かな。同じ本を読んでたから、私が勝負を仕掛けた」
話の流れからいきなり物騒な言葉が出てきてゆかりが困惑する。
「本の内容当てクイズだよ。灯りをともす呪文の名前とか、そういう類いのやつ」
ヨスガが捕捉を入れることでゆかりも納得する。
「そこから色々あって、家族ぐるみの付き合いになったのは中一の夏くらい。さらになんやかんやあって今に至る」
「大ざっぱだな」
ヨスガがポロッと感想をこぼす。
「そこはまぁゆかりとの親愛度報酬って事で」
ゆえとゆかりの間の関係値が上昇するとなぜゆえとヨスガの過去が開示される事になるのか、問い詰めたい気持ちをヨスガはグッとこらえた。
「それにヨスガも話しにくい事があるでしょ」
図星だった。指摘されたヨスガはゆえをより深く信頼するようになった苦い思い出を思い出した。
「わたしはゆえさんも同じ様に本から知り合った事を知れて嬉しかったですよ。親愛度報酬?関係なくもっとお話したいと思いました」
ゆかりはにこりと笑う。
知り合ってまだまだ短い期間ではあるがゆかりはよく笑うようになったとヨスガは感じた。
「ヨスガは本当に良い出会いをしたね」
ゆえが優しげに微笑みかける。
ヨスガはむずがゆい感覚になる。
お前だって大切な良い出会いだよ、とゆえには伝えられなかった。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。ムッツリスケベの自覚はある。
結川ゆかり:長身スレンダー。
古淵ゆえ:トランジスタグラマー。




