番外編 一年生三月:恋バナ
球技祭を控えたある日、松井は校庭の隅の芝生の広場を遠目から覗いていた。
そこにはサッカーをしているゆかりとゆえがいた。
松井が二人を覗き見ていたのは、チームメイトの赤羽根からゆかりが素人ながらにゴールキーパーとして球技祭に参加すると聞いたからだった。
松井はそれが気になった。
松井にとってゴールキーパーとは最初に基礎を教えてくれたヨスガの事であり、そのヨスガと親しくしているゆかりがゴールキーパーに挑戦するというのは偶然とは思えなかったからだ。
実際、ゆかりがゴールキーパーをするのは青井の提案と赤羽根の根回しによるものだったが、松井はそれを知らなかった。
「のぞき?」
松井が二人の練習風景に気を取られていると、背後から声をかけられる。
松井は飛び上がりそうになる。
「びっくりしたぁ。秋か」
声の主は赤羽根だった。
「混ざれば良いのに」
赤羽根が練習参加を勧めてくる。
「気まずいよ」
松井は体育祭の夕方にゆかりと鉢合わせた時の事を思い出す。ヨスガと親しげなゆかりに食わず嫌いのような苦手意識があった。
「まぁまぁ、怪我の防止の仕方とか教えてあげてよ」
赤羽根は松井とゆかりにどっちつかずな応援をしている自分の事を棚に上げながら、小さな懸念を潰すために松井の背を押してゆかり達の下へ向かう。
「ちょっちょっと」
松井は慌てるが、その様子にゆえが気づいてしまった。
続いて顔を上げたゆかりと目が合う。
お互いに少しだけ気まずそうに会釈をした。
「やっほゆいちゃん、古淵さん」
赤羽根が空気を読まないフリをして松井と共に輪に入る。
「あかねちゃん、それに松井さんもこんばんは。練習終わりですか?」
「うん。ゆいちゃんがゴールキーパーやるからね、みどりを連れてきてみた」
覗いていた松井はバツが悪そうに「どうも」と改めて頭を下げた。
松井が頭を上げると、今度はゆえと目が合う。
借り人競走での出来事はもちろん、ヨスガの幼馴染みとして一方的に知っていた。
「こんばんは」
ゆえは少しだけ人見知りを発揮して松井に挨拶をする。
松井も「どうも」と改めて応じた。
ぎこちないやり取りの連続に赤羽根は苦笑いをする。
「じゃ、みどりに教えて貰ってね」
だからと言って三人に助け船を出す事はせずに赤羽根は仕事を終えたと立ち去っていった。
「ちょっと秋……」
松井が絶句する。
軽口を言うゆえも沈黙を守り、三人の間に気まずい空気が流れる。
「えっと。とりあえずキーパーの練習、してみる?」
勇気を持って松井が提案する。
ゆかりもホッとしながらそれに応じて練習が始まった。
松井の行う練習は基本的にヨスガから教わったモノだったので、ゆかりにも理解がしやすかった。
身体を動かしている内にすっかり打ち解けて、ゆえの口が軽くなり始める。
「松井はヨスガのどこが好きなの?」
キャッチボールの最中にゆえが訊ねる。
動揺した松井はお手本のように顔面でボールを受ける羽目になる。
「大丈夫ですか?」
ゆかりが慌てて駆けつける。
松井は少しだけゆえの事を半目で睨んでからため息をつく。
「休憩にしようか。二人にも縁堂君の話して貰うからね」
二人と打ち解けた松井は、もっと二人の事を知りたくなった。
「って言っても私の場合は練習を見てくれるようになって自然に気になってきたっていう面白みの無い内容なんだけれど」
近くにあったベンチに座り、松井が口を開く。
「小中とあまり積極的じゃなかったけど、誘われたのもあって一念発起してサッカー部に入ったんだ。教えてもらえる事は何でも聞こうって思ってた。
最初に練習を見てくれたのが縁堂君だったんだけど、縁堂君自身も考えながら説明してくれていて、片手間じゃなくて真摯に向き合ってくれてるって思ったんだ。質問にも一緒に考えながら教えてくれるし。まぁ、ちょっといいなって思ったんだよね」
松井は少し恥ずかしそうにしながら言った。
「ちょっとだけなの?」
ゆえが追撃をする。
「ヨスガにそれだけ面倒見られてちょっとだけなの?」
さらにズイッと松井に詰め寄る。
「ちょっとじゃないかも」
松井がゆえの圧力に屈する。
「だよね。借り人競走でお願いしてたもんね」
「どこでそれを……って知ろうと思えばいくらでも知れるか」
松井は横にいるゆかりや、ここにはいないヨスガの事を頭に浮かべていた。
「あれはクラスメイトにはやし立てられたのもあったんだって」
「ふぅん」
ゆえが松井の弁解を聞き流す。
「そんな事より、二人の話も聞かせてよ」
松井が矛先をゆえとゆかりに向ける。
ゆかりがおろおろと視線を彷徨わせる。顔見知りであるとはいえ、ほんの二ヶ月前に芽生えた気持ちを伝えるのは気が引けた。
「ゆかり、別に好きなところ縛りじゃ無いよ」
ゆえがフォローなのか冷やかしなのか判別のつかないツッコミを入れる。
ゆかりは恥ずかしそうにもじもじとする。
そんなゆかりを横目に、ゆえが「じゃあ私から」と手を上げる。
「私は小二の時に一目惚れした」
ゆえのカミングアウトにゆかりが驚いて顔を上げる。水族館に遠足に行った時の話は、ヨスガも知らない話だった。それを松井に語る事にゆかりは驚いていた。
ゆえが事の顛末を話し、「ヨスガは気づいてないから秘密にしてね」と締めくくった。
ゆかりには話してくれた中学時代の出来事は話さなかった。ヨスガ自身が関係する話を避けられないのもあったからだろう、とゆかりは思った。
「さぁ、ゆかりの番」
話し終えたゆえがゆかりに振る。
「わ、わたしは」
何を話したら良いのか、ゆかりは言い淀む。
一目惚れだったと後から気づいた出来事、文化祭での出来事。お見舞いに来てくれた時の事は少なくとも話す訳にはいかなかった。
「わたしも、一目惚れでした。雨の図書館で知り合った翌日に、大雨だったにも関わらずわたしのオススメした本を借りに来てくれたのがとても嬉しかったんです」
悩んだ末、ゆかりは出会って間も無い頃の思い出を話した。
「それはなんというか、素敵だね」
羨ましそうに松井が感想を述べる。
「しかもゆかりはヨスガに庇って貰えたのも羨ましい」
ゆえが図書館の天使事件の真相を暴露する。
「ゆえさん!?話して良いんですか?」
一目惚れのエピソードにしても、今の暴露にしても、ゆえらしからぬ口の軽さにゆかりは困惑した。
「ヨスガは松井を信用してるから。つい言っちゃった。ゆかりの事なのにごめん」
ゆえが謝る。
「そういうことならわたしは構いませんよ。わたしも松井さんならいたずらに漏らすとも思いませんし」
「ちゃんと話したのは今日が初めてなのにそんなに信用されると逆にプレッシャーだよ。もちろん言わないけどさ」
松井はバツが悪そうに頭をかく。
なんとなくヨスガみたいだな、とゆかりもゆえも思った。
「そういうところが信用できると思うんですよ」
ゆかりが微笑むと、ゆえもうんうんと頷いた。
「松井はヨスガから直々にサッカーを教わってる。先生のヨスガを知ってるのはこの中だと松井だけで羨ましい」
ゆえが心底羨ましそうに松井の方を見る。
「そんな事言ったら、小中と縁堂君の事を知ってる古淵さんが私は羨ましいよ」
松井が言い返すと、ゆかりも同意の頷きをした。
「私はゆかりみたいに助けられた事無いけどね」
ゆえがポツリと言って矛先が一周してゆかりに帰ってくる。
「羨ましいなぁ」
ゆえがゆかりを見つめて追撃する。
「それは、ゆえさんが強かったり大きなトラブルに巻き込まれなかったからじゃないですか?」
ゆかりは松井がいる手前、ゆえがヨスガのクラブチームに乗り込んだ事件をぼかした。
「ちいさくてかわいいかよわいおんなのこなんだけど。強くない」
ゆえは口を尖らせる。
「まぁ、お互いに羨ましい出来事があるって事で良いんじゃないかな」
二周目の矛先が自分に向く前に松井が話を切り上げようとする。
「あれ、松井?」
都合が良い事に練習終わりのヨスガもタイミング良くやってきて、三人の恋バナは終了した。
人物紹介
結川ゆかり:ヨスガに助けられた事を羨ましがられる。
古淵ゆえ:小中のヨスガを知っている事を羨ましがられる。
松井みどり:先生として振る舞うヨスガを知っていて羨ましがられる。




