一年生四月春休み:ヨスガの誕生日
終業式を終えて、春休みが始まる。
春休みを利用した合宿でヨスガはAチームに順応し、結果を出していた。
特に氷室と組んだ時の安定感が素晴らしかった。
実り多い合宿から戻って身体を休めるためにオフになった翌日。四月四日はヨスガの誕生日だった。
誕生日が春休み中なのもあって、二日後に誕生日のゆえ共々学校で祝われる事は少なかったが、柏陽台高校は全寮制なのもあって朝から声をかけられる事がそれなりにあった。
パン!とヨスガの部屋にクラッカーが鳴り響く。
「お誕生日、おめでとうございます」
「おめ」
ゆかりとゆえが思い思いにヨスガを祝う。
「クラッカー、本当に大丈夫なのかなぁ……」
祝われた張本人は、クラッカーからにおう火薬のにおいに気を取られていた。
「換気してるから大丈夫」
クラッカーを鳴らすためだけにわざわざ扇風機を取り出し、窓も全開にしていた。
ヨスガ達の目の前には小さなホールケーキが置かれていた。
イチゴのショートケーキだった。
「まず食べましょうか。わたしが切りますね」
ゆかりが手際よくケーキを三等分し、チョコで出来たネームプレートや三等分できない余りのイチゴをヨスガのケーキに乗せてから渡す。
「ありがとう」
ヨスガはそれを受け取り礼を言う。
「いいなぁ」
ゆえがぼそりと呟く。
「お前は明後日があるだろ」
これまで、ヨスガとゆえはお互いの誕生日の間を取って四月五日にお祝いをする習慣があったが、今年はゆかりを交えて別々に誕生会を開く事になった。
ゆえなりの決意表明だが、ヨスガにもゆかりにも言わなかった。
「それはそれ」
「ダメですよ。明後日ちゃんとサービスしますから」
ゆかりがゆえを宥めながら切り分けたケーキを渡す。
小さなケーキを三人はぺろりと平らげ、ゆかりとゆえはプレゼントを取り出す。
「はいヨスガ。今年はこれ」
ゆえが片付けられたテーブルの上にプレゼントを置く。
サッカー用のソックスだった。
ただしマーブル柄でカラフルに染められていた。
「ありがたく使わせてもらうよ。しっかしよくこんなの見つけてきたな。見た事無いメーカーだし」
ヨスガは呆れ気味にソックスを受け取りながらタグの情報を読み取っていた。
「私だと思ってボロボロになるまでたくさん使ってね」
「その言い方やめろ。今まで言わなかったのは両親の目があったからか?」
ジト目でヨスガが睨むと「えへ」とゆえが舌を出した。
「誤魔化すんじゃない」
ヨスガがゆえの頭を小突いた。
「あの、ヨスガくんはそれで良いんですか?」
ゆかりがおずおずと会話に入る。
先ほどまでゆかりは、ゆえがラッピングもせずに消耗品のソックスを渡した事に呆気に取られていた。
「ん?あぁ、ゆえとの誕生日プレゼントはいつもこんな感じなんだ。最初は小六かな。河原の綺麗な石を渡されたから二日後にラムネのビー玉をあげたのが始まりかな。それをお互いの両親に伝えたら十二歳とは思えない、とか言われたっけ」
ヨスガが当時を思い出しながら笑う。
「私達がガキすぎた。中学校に入ってからはヨスガはスケッチブックとか描くモノをくれた」
「ゆえはいつも変な柄のソックスを渡してくるんだ。しかもゆえがチームに乗り込んで来てからは時々練習を覗きにくるもんだから、ソックスを履くように催促されてた」
「早速次の練習から履いてね。私だと思って優しくね」
「大切に使わせてもらうよ。人工芝だし今までよりは長持ちするかなぁ」
ヨスガとゆえのやり取りが一種のプレイに感じて、ゆかりはムスッとする。
「見て、ヨスガ。ゆかりのやきもちが美味しそう」
ゆえがすかさずゆかりの頬を人差し指でつつく。
「やいてないでふよ」
ゆかりがつつかれながら反論する。
「来年はわたしもその輪に入れてくださいよ」
ゆえの両手を封じながらゆかりが続ける。
ヨスガにもゆえにも時間や手間のかかったプレゼントを貰ったゆかりは二人のやり取りへの羨ましさと同時に申し訳なさも抱いていた。
「だめ。これは幼馴染みの特権」
ゆえが拒否をするとゆかりはゆえの両手を離し、ゆえの両頬をむにっとつまむ。
ゆえもゆかりの両頬をつまみ返す。
ヨスガはお互いに頬をつまみあって膠着していたので、ただじゃれあっているだけだと判断し、止めずに放置した。
「俺もゆえもあの時贈りたかったものを贈っただけだから、あまり気にせず来年も受け取ってくれたら嬉しいかな」
ゆかりは不服そうにしながらも、来年も祝ってくれる嬉しさが勝ってゆえから手を離して頷いた。
「さぁ、ゆかりのターン」
ゆえもゆかりの両頬から手を離してプレゼントの催促をする。
「は、はい。わたしからはこれを贈ります」
ゆかりが青い袋を取り出してヨスガに渡す。
「開けてください」
ゆかりが促してヨスガが袋の封を開ける。
中にはブックカバーが入っていた。
雨が降る池に浮かぶ蓮にアマガエルが乗っているデザインだった。
「ゆかりさん、ありがとう。綺麗なデザインだね」
ヨスガはもらったブックカバーを観察しながら感想を伝える。
「気にいってもらえて良かったです。クラゲを貰ったからヤドクガエルかなって思って探したんですけどなかなか無くて、アマガエルの可愛らしいブックカバーと目が合ったので、それにしました」
ゆかりは少しだけ嘘をついた。
ヤドクガエルに絞ってブックカバーを探したのであれば、いくつか目星がついていた。
ゆかりの部屋にあるアイゾメヤドクガエルのブックカバーもあったし、それを贈る事も考えた。
しかし、それ以上にゆかりが優先させたのは、雨のデザインだった。
ヨスガに勇気を出して声をかけた翌日の大雨。それがすべての始まりだとゆかりは思っていた。だから、折衷案としてアマガエルのいる雨のブックカバーを選んだ。
「確かに、クラゲよりははるかにニッチだし、見つからないときは見つからないかもね。俺もクラゲのブックカバーを探した時に見かけたけれど、結局手を取らなかったな」
ヨスガの返答にゆかりがドキリとする。嘘はバレていないが心臓に悪い。
そんなゆかりをゆえが観察する。観察をするだけして追求する事はしなかった。
今日はヨスガの誕生日で、ゆかりのボロをつつくのは野暮だったからだ。
「雨のデザインなのも良いよね。大雨の中図書館に行ったのを思い出すよ」
そんなゆかりの心境とゆえの配慮をお構いなしに、ヨスガが図星な感想を言う。
ゆかりはヨスガがプレゼントの意図に気づいてくれた事が嬉しかった反面、顔から火が出そうだった。
ゆかりの変化に気づかないまま、ヨスガが一つの結論に思い至る。
「もしかして、ヤドクガエルである事よりも雨である事を優先したとか?」
我ながら気持ちが悪いな、とヨスガは思いながらも口にする。
ゆかりは死体蹴りのような追撃にいっぱいいっぱいになる。
「……はい、ヨスガくんが会った翌日にすぐ来てくれて嬉しかったからです」
素直に白状してテーブルにふさぎ込む。
ゆえがゆかりの頭を撫でる。
「今のはヨスガが悪い。あと、私をほっぽっていちゃつくな」
「ゆえさんだってさっきヨスガくんといちゃいちゃ思い出話に花を咲かせてたじゃないですか」
ゆえのフォローにゆかりは顔を上げて噛みつく。
「おぉこわい。逃げちゃお。明後日はたくさん祝ってね」
ゆえがすたこらさっさと荷物を持ってヨスガが声をかける間も無くヨスガの部屋から逃げ出す。
ヨスガとゆかりは気まずい沈黙に包まれる。
「えっと、ありがとう」
おそるおそるヨスガがゆかりに感謝を伝える。
顔が火照っているゆかりはテーブルに身体を預けたまま、ヨスガの事を見つめる。
「喜んでくれて嬉しいです。バレンタインの時も思いはしましたけど、贈り物を考えるのって楽しいですね」
ゆかりは照れくさそうに微笑む。ヨスガも同じ気持ちだった。
「ゆえさんも行っちゃいました、わたしもお暇しましょうかね」
気恥ずかしさが残ったまま、ゆかりは立ち上がり帰り支度をする。
「もうちょっとだけいいかな?」
それをヨスガが止める。
「少しだけ散歩しない?」
ヨスガからの提案をゆかりが断る訳が無かった。
「はい!行きましょう」
先ほどまでの恥ずかしさなどどこかに吹き飛んでしまった。
ヨスガとゆかりは外に出て、寮の敷地内の道を歩き始める。
四月の夜道はまだ肌寒いが、街路灯が満開の桜をライトアップしていて幻想的だった。
「夜に通るのは初めてですけど、綺麗ですね」
ゆかりが桜を見上げながら呟く。二人きりなのでヨスガにぴとりと肩を寄せる。
「そうだね。ここまで明るく見えるとは思わなかった」
ヨスガも同じく感動する。
「初めて会った時にはもう散り際でしたね」
ゆかりがポツリと呟く。
「もう一年経つんですね」
ゆかりが続ける。
長いようで短かったとゆかりは思った。
転校だらけで慌ただしかったこれまでと違って、腰を据えて学校生活を送れていたのに、とても短い一年だった。
「ヨスガくんといるとあっという間に一年が過ぎてしまいますね」
思っていた事を口に出す。
「俺よりゆえの影響の方が大きくないかな?」
それをヨスガが反論する。
「ゆえさんもですけど、ヨスガくんもですよ」
ゆかりが恋を自覚してからは本当に時間の進みが早かった。
バレンタインも、ヨスガの誕生日も、ヨスガの事を考えて取り組む行事は時間がいくらあっても足りなかった。
「ゆかりさんの生活の充実に貢献できていたならなによりだよ」
ゆかりの気持ちを知ってか知らずか、ヨスガはゆかりに返事をする。
「そうですよ。もっと自信持ってください」
ゆかりがおどけてヨスガに肩をぶつける。
ヨスガも笑って受け止める。
「それで、外に連れ出した理由はなんなんですか?」
ゆかりが訊ねる。ゆかりとゆえの停戦協定はヨスガも知るところで、それを越えて言葉を伝える事は無いとゆかりも確信してはいるが、それでも期待と不安がないまぜになる。
「いや、初めて会った時に見たのが散り際の桜だったからさ、一年経って満開の桜を一緒に歩けたらな、って思ってね」
まぁ、誕生日のわがままって事で、とヨスガが続ける。
「そんなの、わがままにもなりませんよ」
ゆかりが内心ホッとしながら返事をする。
「また来年もご一緒して良いですか?」
意地悪な願いをゆかりがする。
来年の春に同じ距離感でいられるならまだしも遠くなる事だってある。
ゆえとの停戦協定が無くなるような出来事も起こるかもしれない。
一年はあっという間だが関係はいくらでも変わるとゆかりも十分に理解していた。
「即答しにくいなぁ」
ヨスガは困りながら言葉を濁す。
安請け合いすればいいのに、とゆかりは思ったが口にはしなかった。
「冗談です」
ゆかりは笑って誤魔化す。
そのまま少しだけヨスガの先を歩いて、ヨスガの目の前に立つ。
「ところでヨスガくん」
ゆかりがヨスガを見つめる。
ヨスガからはちょうど街灯が逆光になって表情が読めない。目だけがきらりと光っているような気がする。
「はい」
ヨスガは立ち止まり、ゆかりを見つめ返す。
「ゆえさんに素敵な“応援”を貰ったそうですね」
ゆかりがヨスガに詰め寄る。
「え?」
ヨスガは言葉の意味をはかりかねたままゆかりの接近を許す。
ヨスガとゆかりのつま先が触れ合う。
ゆかりはヨスガの頬に手を触れて、横を向かせる。ヨスガはされるがままだ。
そして、ほんの少し背伸びをして、ゆかりの唇がヨスガの頬に触れる。
「え」とヨスガの口から漏れる。
ヨスガの動揺もお構いなしにゆかりは背伸びを続ける。息と足首が苦しくなったところでヨスガの頬から唇を離し、背伸びもやめる。
「わたしからも応援、です」
上目遣いでゆかりが見つめる。
「あ、りがとうございます」
動揺したままヨスガが言葉を絞り出す。
ヨスガの頬はゆかりの体温が乗り移ったかのように燃えていた。
「そういう事ですから、じゃあ、お先に帰りますね!」
ゆかりが来た道を駆けようとする。
それを慌ててヨスガが止める。
「敷地内だからって夜だから一緒に行こう」
「逃げ損ないました」
ふくれっ面のゆかりの顔が街灯に照らされる。
「まずはその紅潮した顔を落ち着かせてから帰ろうか」
ヨスガがゆかりの手を握って散歩を再開する。
「落ち着かせる気あるんですか」
ヨスガが握った手を見つめながらゆかりが悪態をつく。だからと言って手は離さなかった。
無言でゆったりと夜道を歩く。時折、緩やかな風が桜を揺らす。
「ゆえと普段どんな話を共有してるの?」
ゆえがヨスガにキスをした事は、当然二人しか知らない。
「ゆえさんがキスした事は、妙に上機嫌だったゆえさんに詰め寄って聞き出しました」
「聞かなければ良かったかも」
「どうやって聞き出したか知りたいですか?」
「遠慮します」
ヨスガは怖くて聞けなかった。
「別に素直に話してくれただけですよ」
ヨスガの反応にゆかりは笑いながら種明かしをする。
「ゆえさんがそそくさと帰ったのも、気を回してくれたからだと思います」
どんな気の回し方だ、とか、どういう距離感でいるの?とか、言いたい事はいくらでも浮かんだが、ヨスガはそれらを飲み込んだ。
「その割に同じタイミングで帰ろうとしてたけど」
「それは、玄関で通り魔的にして逃げようかなって思ってたんです」
ゆかりは白状する傍ら、今の自分がとんでもない事を言っているのではないかと客観視して恥ずかしくなる。
「それなら散歩の別れ際にすれば良かったんじゃ……」
「細かい事は良いじゃないですか。それとも、もう一度ご所望ですか?」
唇を尖らせながらゆかりが言い返す。あのタイミングで決行したのは、ただそうしたかったからだった。
「ご所望じゃないです。は失礼か」
「そんなところで真面目にならなくて良いんですよ。今日は店じまいです」
ゆかりが肘で小突きながら笑った。
「これからもよろしくお願いしますね。まだまだたくさん読んで欲しい作品も、語りたい物語もあるんです」
繋いだ手をギュッと握ってゆかりが言う。
「もちろん。図書館での時間が好きだから、こちらこそよろしくお願いします」
ヨスガもゆかりの手を優しく握り返す。
二人を茶化すように風が桜の枝を揺らす。
新学期でも変わらず穏やかな時間を過ごせる事に幸福を感じながら、二人は寮へと戻って行った。
ヨスガ達の一年はおしまい。
ここからはいくつかの番外編を投稿して、二年生に上がったヨスガ達の物語を書き溜めていくつもりでいます。




