一年生三月:ホワイトデー②
夕方、ヨスガは図書館に向かう。
道すがら、ヨスガはホワイトデーのお返しの意味について検索し、その流れでバレンタインデーの贈り物の意味についても検索する。
松井のマフィンにゆえのマカロン、そしてゆかりのマカロンと飴細工。
どれも好意的な意味をもたらされていた。
「贈り物なんて好きにあげればいいだろ」
誰もいないのを良い事に、バッグにしまっている贈り物の事を考えながらヨスガはお菓子の意味付けに悪態をついた。
図書館に到着したヨスガは早速ゆかりを見つける。
ゆかりはいつもの席に座っていたが、少しだけ落ち着きが無かった。
本を机に置いてソワソワと周りを見回している。
ヨスガはいたずらごころが芽生え、サッと身を隠してゆかりの様子を観察する。
ゆかりは一分おきに入り口の方を中心にして辺りをキョロキョロと見ていた。合間に本を開いて、また周囲を見回すのを繰り返す。
その仕草が愛らしく、ヨスガは五分ほど眺めていた。
「ゆかりさん、お待たせ」
今来たばかりかのように装って、ヨスガがゆかりの隣のイスに座る。
ゆかりはふわりと笑顔を咲かせて「お疲れ様です」と返事をした。
ヨスガもつられて笑顔を浮かべる。
「先に渡しちゃうけど、マカロンと飴のお返し」
ヨスガがバッグの中から青みがかった包装がされた金平糖をゆかりの前に置く。
「わぁ、ありがとうございます。図書館の中ですけど、開けても大丈夫ですか?」
「大丈夫ではあるんだけれど、その前に弁解をさせてほしい」
ゆかりが不思議そうな顔でヨスガの方を見る。
「えっと、実は、ホワイトデーのお返しの意味を何も考えずに買ってしまいまして……」
歯切れ悪くヨスガが言う。
「なるほど、もしかしてマシュマロとかを用意しちゃったんですか?」
「いや、金平糖を……」
ヨスガが申し訳なさそうにゆかりに告げた途端、ゆかりは不機嫌な顔をする。
「そうですか」
鈍感なヨスガでもわかるくらいにゆかりは不機嫌を表に出す。
「あのぉ」
おどおどとしたままヨスガが言葉に迷う。
「金平糖なら弁解しなくたって良いじゃないですか」
ツンと唇を尖らせながらゆかりが包装が開けて中を見る。
「綺麗ですね」
ゆかりの表情が緩む。青と白の金平糖が瓶に詰められていた。
「ごめん、そのつもりで買ったワケじゃないのに意味を持って渡すのは不義理だなって思って」
「もう、それを言われたら許すしかないじゃないですか。わたしも不機嫌が顔に出てしまってましたね。ごめんなさい」
誠実であろうとするヨスガの態度にゆかりは弱かった。
ゆかりが抱いていた不満はあっさりと溶けていった。
「いや、不機嫌になる理由もわかるよ。俺は気にしてないから」
「そう言ってくれるとありがたいです。その、少しだけお散歩しませんか?」
ゆかりが荷物をまとめて立ち上がる。
「いいよ。行こうか」
ヨスガも応じて立ち上がる。
図書館を出ていつもの屋根付きベンチに二人並んで座る。
これまで何度も二人の時間を重ねたが、未だに誰とも鉢合わせない事がヨスガは今さらながら不思議に思った。
「ヨスガくんはこの後まだゆえさんのところに行きますよね?」
「うん、同じ弁解をするつもり」
ゆかりが苦笑いしながらヨスガを見る。
「じゃあ、ヨスガくんをずっと独り占めするわけにはいきませんね」
ゆかりがコトリと金平糖の瓶をベンチに置く。
「でも、今だけはわたしに独り占めさせてください」
にこりとゆかりが笑いかける。
「もちろん、一緒に居て欲しいって言ってたもんね」
「覚えていてくれて嬉しいです」
ゆかりが金平糖の瓶を開いてヨスガに差し出す。
「マカロンを渡した時と同じように食べさせてくれませんか?」
上目遣いにゆかりが見つめる。
「マカロンより小さいんだけどなぁ」
ヨスガが金平糖を瓶から一つ取り出す。
「大丈夫ですよ」
ゆかりが前のめりになってヨスガに近づき、口を開けながら待ち構える。
「そうは言ってもなぁ」
口では抵抗するがヨスガは金平糖をゆかりに近づける。わがままな時のゆかりがテコでも動かないのはしっかり理解していた。
丁寧に、唇に触れないようにゆっくりと金平糖をゆかりの口に近づける。
ゆかりの唇を嫌でも注視してしまい、ヨスガはゆかりのお見舞いの時の事を思い出した。
指先で摘まんだ金平糖がゆかりの下唇に触れたのを感じ、そこから小さく口の中に転がす事で、ゆかりの唇に触れる事無く金平糖を食べさせる事に成功する。
「金平糖が小さいって言っておきながら器用なんですから」
ゆかりはヨスガの丁寧な“餌付け”が面白くなかった。
「いいでしょ別に。お味はいかが?」
「甘くて美味しいです」
ゆかりの文句を受け流して、ヨスガは丁寧に二つ目の金平糖を手に取ってゆかりに近づける。
さっきの要領で下唇に金平糖が触れた瞬間、パクりとゆかりの口がヨスガの指もろとも金平糖を捕らえた。
「こら」
ヨスガが慌ててゆかりを叱る。
ゆかりはその叱り方が嬉しくて満足する。
「ごめんなさい。ウェットティッシュどうぞ」
悪びれもせずにゆかりがウェットティッシュをヨスガに手渡す。ヨスガは指先が触れた、ゆかりの口内の柔らかさと歯の硬さにドギマギしていた。
「いたずらしたからもうおしまい」
ヨスガは金平糖の瓶の蓋を閉めてゆかりに返す。
「はぁい」
ゆかりは間延びした返事をする。
「不満そうにしないの。実はもう一つあるんだけど、いらないか」
「いります」
即答だった。
ヨスガは立方体の箱を取り出した。
赤いリボンでラッピングされた透明なプラスチックの箱だ。
「クラゲの飴が綺麗だったから、良いモノ無いかなって探してみたんだ」
箱の中に入っていたのは赤いリボンを象った飴細工だった。蝶々結びの形をしている。
「素敵です。良いんですか?」
ゆかりが目を輝かせてヨスガに訊ねる。
「もちろん。ゆかりさんの事を考えてたら、結ぶだしリボンかなって。お互い、縁に関係してる名前だし」
松井に金平糖の色でダメだしされた苦い経験を無かった事にして、ヨスガは説明をする。
ヨスガの説明はゆかりには抜群だった。
「とってもとっても嬉しいです。ありがとうございます」
感激しながらゆかりがヨスガから飴細工のリボンを受け取った。
「そろそろゆえさんのところに行きますか?」
何度も飴細工のリボンを眺めたゆかりがヨスガに訊ねる。
「うん。行ってくるよ」
「今日はありがとうございました。また、思い出が増えちゃいましたね。ゆえさんの優勝のお祝いにちゃんと甘やかしてあげてくださいね」
「それはまぁ、甘やかすつもりではあるけれど、ゆかりさんとしてはそれで良いの?」
ゆかりの言葉にヨスガは球技祭の時から抱いていた疑問をぶつける。
ゆかりは少しだけ困った顔をする。
「えぇっと、まずわたしはまだ何もヨスガくんに伝えてないですから。『そうは言いましても……』みたいな表情やめてくださいよ。建前は大事ですよ。でもそれはそれとして、羨ましいなぁとは思うわけです。今のわたしはそれだけですね。
嫌だなぁとか、行かないで欲しいとかは全然思いませんよ」
ゆかりの返答に今度はヨスガが困った顔をする。自分にとって都合が良すぎると思っていた。
「嫌になったなら伝えてね。どうするかはその時考える事になるけれど」
結局、ヨスガはゆかりの意思を尊重する、と言う事にしてゆかりの言葉を聞き入れた。




