一年生三月:ホワイトデー①
波乱の球技祭を終えて早速ヨスガにチャンスが舞い降りた。
Aチームのゴールキーパーが怪我をして、持ち上がりでヨスガがAチームに参加する事になったのだ。
「どうよAチーム初日は」
練習終了後、氷室がヨスガに声をかける。
「思ったよりは迷わなかったけど、身体の感覚はまだ足りない感じかな」
球技祭に向けて行った、別府のスカウティングの副産物として、ヨスガはAチームの要求レベルや共通認識については理解できていた。
「まぁそんな感じだろうな。後は慣れていけば良い。スカウティングを経て思考のレベルも何段階も上がっただろうし、今後が楽しみだわ」
「まぁ頑張るよ」
ヨスガは決意を新たにした。氷室に話した感想は正直な気持ちである反面、思っていたよりもスタメンへの座は近いとも感じた。
怪我で離脱したのが正ゴールキーパーだった事もあるが、手に届くところにレギュラーがあると感じたヨスガには些細な事だった。
翌日の昼休み、ヨスガは松井をお互いの教室の中間にある自動販売機の前に呼び出した。
今日はホワイトデーだ。
球技祭にのめり込んでいた上にAチームに昇格したヨスガは、うっかりその事を忘れそうになっていた。
週末に慌てて駅前の百貨店を巡り、個人的にチョコレートを渡してくれた三人へのお返しを買って今日を迎えた。
「これ、ささやかだけどお返し。マフィン美味かったよ」
「ありがとう。中、見てもいい?」
松井はヨスガからお返しに緑色の包装でラッピングされたお菓子を受け取り、はにかみながら返事をする。
「もちろん。口に合えば良いけど」
「好き嫌いそんなに無いから大丈夫だよ。え?」
松井がヨスガの事を見る。困惑とほんの少しの期待の眼差しだ。
中には緑色の金平糖が詰まった瓶が入っていた。
「あ、金平糖苦手だった?綺麗だなと思って選んだんだけど」
ヨスガの言葉を聞いて、松井の視線は呆れたものに変わっていく。
「縁堂くんはお返しのお菓子の意味とかって気にしないタイプ?」
「え、もしかして金平糖って悪い意味だったりする?」
松井はため息をついて「逆だよ」と返事をする。
「好きって意味って言われてるんだよ。金平糖というかキャンディが、だと思うけど」
松井の返答にヨスガがわかりやすく狼狽える。
「それはそれで傷つくんだけど」
松井がジト目でヨスガを睨む。面白がってはいる。
「ごめん」
バツが悪そうにしながらヨスガが謝る。
「いいよ。一応訊くけど、ゆえにも結川さんにも金平糖を贈るつもりだったりする?」
ヨスガが気まずそうにこくりと頷く。
「……ちゃんと説明はした方が良いかもね」
「そうします……」
うな垂れながらヨスガが応える。
あまりの意気消沈ぶりに松井は吹き出してしまう。
「ちなみに、私の金平糖が緑なのは私の名前がみどりだったから?」
笑いながら松井が訊ねる。
「安直だったと今なら思います」
敬語のままヨスガが返事をする。
「ホントだよ。私が本命だったら幻滅してたかもね」
金平糖を受け取った時のときめきを心にしまいながら、松井は応える。
松井の返答にヨスガは言い淀む。松井の好意をヨスガは知っていた。
「二人の言う通りでわかりやすいね」
松井は笑顔のままにヨスガをイジる。
「縁堂くんは言いにくいだろうから、私から言うね。体育祭の時に察したかもしれないけど、確かに私は縁堂くんの事が気になってた。練習の疑問にも親身に答えてくれたし、憧れの気持ちの方が大きかったかな。
結川さんと鉢合わせた時は初対面だったのもあって気まずかったけどね。ここ、笑うとこだよ。
この気持ちは恋なのかな、憧れなのかな、ってずっとフラフラしてた。けれど、ゆえと結川さんと仲良くなって、たくさん話すようになって、あぁこれは恋じゃないなって気づいたんだ」
松井は穏やかに微笑む。
「二人共素敵だね。あれが恋する乙女かって思ったよ。私は今はゴールキーパーの方が楽しいなって思っちゃった」
ヨスガは黙って話を聞く。
「二人共泣かせない、のは無理だけど、女の子の意見が欲しかったら気楽に相談してね」
「うん、お言葉に甘えるよ。ありがとう」
「お安いご用だよ。尊敬してる人が情けない事して友達を泣かしたら嫌だからね」
いたずらっぽく松井が言う。
ヨスガは頬を掻きながら気恥ずかしそうに頷いた。
「あ」
別れ際、松井が声を出す。
「あの、あたかも二人が恋する乙女であるかのように言ったけど、私がそう思っただけでーー。勘違いさせたらごめん」
目を泳がせながら松井がヨスガに釈明する。
松井は松井でわかりやすすぎるな、とヨスガは心の中で笑った。
「もちろん。記憶から消しておくよ」
苦笑しながらヨスガは返事をした。




