一年生三月:球技祭⑦
試合が十五分を過ぎた頃、五組のサッカー部員に張り付いていたバスケ部のチームメイトに疲れが見え始める。慣れない人工芝でジワジワと疲労が積み重なっていた。
守備に割り切ったヨスガ達に少しずつ綻びが見え始める。
ついにバスケ部を振り切り五組に初めてのクロスが上がる。
しかしそれは氷室が別府より先にカットした。
「アァクソ!」
別府がイラつき地面を蹴る。
沸点が低くなければもっと得点を量産できるのに、とヨスガは思った。別府のスカウティングの中でイラついて精細を欠いているシーンもそれなりに観ていた。
二組のフィールドプレイヤーは氷室も含めて体力が限界に近かった。
マンマークをしていた選手はもちろん、氷室も細かなポジション修正に神経を使っていた。
何度目かのクロスが上がる。ついに氷室より先に別府がボールを受けゴールに叩きつける。
しかし、放たれたシュートはヨスガの正面だった。
「もっと狙いな」
疲労を悟られないように氷室が別府を煽る。
ヨスガが前線にボールを送って時間稼ぎをさせようとするが、前線は未経験者で固まっているのですぐにボールが奪われる。
さらに二度、三度と別府にチャンスが巡るが、ことごとくヨスガの正面にシュートが飛んでくる。
「キショいところに立ちやがって」
別府が氷室を睨みつける。どのシュートも氷室の絶妙なポジショニングでシュートコースを限定している。
「そんなんじゃヒーローになれないぜ。PK戦までいきゃ俺達の勝ちだ」
氷室がさらに煽る。
「やってやろうじゃねぇか」
五組がもう一度マイボールにしてサイドにボールを渡す。
別府が足下にボールを受けてそのまま力任せに振り抜く。ゴールとの間には氷室もいたがお構いなしだ。
しかし、シュートは枠に飛びさえすれば得点する可能性はゼロじゃない。
「やべ」
シュートブロックに飛び込もうとした氷室の足が滑る。疲労とスパイクを履けない影響がここに来て響く。
中途半端なシュートブロックは別府のシュートに変化を加える。
ふわりと浮いたボールはゴールの角へと吸い込まれる。
ボールがゴールに届く刹那、ヨスガは中学生最後の試合を思い出した。
最後の最後に陽太が足を滑らせてしまった試合だ。
同じだなぁと思った。
あの時と同じ様にヨスガの指先はボールに届かないのか。
いや、違う。
「ああぁぁ!!!」
ヨスガが足を運んで跳ぶ。ゴールポストが視界に入る。それでも構わず跳んだ。
ヨスガの指先がしっかりとボールに引っかかる。
ヨスガはそのままボールを掻き出し、その後にゴールポストに背中から激突した。
ヨスガが掻き出したボールはゴールの目の前に落ちる。
氷室と別府がボールに殺到する。
ヨスガは目に火花が飛んだまま遅れてボールに向かう。
氷室がボールを外に蹴り出そうとしたところに別府の足が割って入る。
氷室が別府の足もろとも蹴りとばしてしまい、別府が倒れ込む。
ボールはタッチラインを割ったが審判の笛が鳴る。
氷室のファウルでPKだった。
ヨスガはその場で倒れ込む。遅れて背中が痛んできた。
「わりぃヨスガ。大丈夫か」
氷室がヨスガの下に駆け寄る。
「あぁ、大丈夫」
背中をさすりながらヨスガが立ち上がる。
「ヨスガ、時間的にラストプレーだ。止めればPK戦で勝ちだ」
「オッケー。相手も全員で詰めに来るだろうから頼んだ」
ヨスガは身体を伸ばしながら背中の痛みを誤魔化す。
「ヨスガくん!頑張ってください!!」
タッチライン側からヨスガを呼ぶ声がする。
ゆかりだった。
ヨスガは驚きながらゆかりの方を見る。
胸の前で両手をギュッと握りながらヨスガの事を見つめていた。
ヨスガはそれに片腕を上げて応える。背中の痛みは消えていた。
ヨスガはボールを受け取って別府の方へ近づく。
別府は顔を歪めながらヨスガを睨む。
「ほら」
ヨスガがボールを手渡す。
「ちゃんと試合が終わったらマカロンの味教えてやるよ」
「てめぇ」
「邪魔な氷室がいないんだから、しっかり狙えよ?」
自分らしくないなと心の中で笑いながらヨスガは別府の事を煽る。
別府は返事もせずにボールを持ってPKのポイントに進んだ。
ヨスガもゴールの中に立って構える。
五組はゴールキーパーも含めてペナルティエリアの外で待ち構えている。
ボールをセットした別府と目が合う。ヨスガは無表情で視線を逸らさずに観察をする。
観察はしているが、最初からどこに跳ぶかは決め打ちだった。
審判の笛が鳴る。
別府が助走をしてボールの横に踏み込む。
ヨスガはまだ動かない。
別府がボールを蹴り出す。
ボールをふわりと浮かせるチップキックがゴールのど真ん中に飛ぶ。
パネンカと呼ばれるPKの技だ。ゴールキーパーが左右に跳ぶ真理を逆手に取った、ゴールキーパーを嘲笑うキックだ。
しかし、ヨスガは動かなかった。
ヨスガの目の前にはヒョロヒョロと弱々しく浮いたボールが飛んでくる。
それをヨスガが当然のようにキャッチする。
足が止まった他の選手を尻目にヨスガは駆け出す。
この一年間取り組んでいた。愚直さはヨスガの美点だった。
いつものように手に持ったボールを放っていつものように蹴り出す。
六十メートル先の無人のゴールにボールを放り込むくらいの事はヨスガには容易だった。
立ち止まった選手達が慌てて五組のゴールに殺到する。
美しい弧を描いたヨスガのパントキックはそんな選手達を尻目にゴールへと吸い込まれた。
会場が静まりかえって、爆発した。
ヨスガの下にチームメイトが駆け寄りヨスガを押し倒す。
二組の他のクラスメイトもやってきてヨスガがもみくちゃにされる。
最高の気分だった。ゆかりの日常を守った事よりも勝利した事に昂揚していた。
審判がゴールを認めた後、試合終了の笛を鳴らして整列を促す。
ヨスガはふらふらと立ち上がってコートの中央に向かう。
歩いていると別府と目が合った。
「絶対蹴ると思った」
ヨスガはぼそりと呟いた。
「ゆかりさんと親しい俺をできる限り貶めたいもんな。普通にゴールの角を狙った方が怖かった」
淡々とヨスガが語る。
「お前がそんなしょうもないエゴを通してくれたおかげでゴールまでできた。普通に蹴ったならキャッチもできなかったかもな。公式戦じゃなくて良かったな」
「おいおいそこまでにしとけ」
氷室が後ろから慌てて遮る。
ヨスガは氷室の仲裁で自分の気が大きくなっていた事に気づいた。
別府の方も頭に血がのぼって息が荒かった。
「悪い。言い方が悪かった。今日の勝ちは別府にまともな配球をできる選手がいなかったかのが理由だった。ゴールだってハーフコートだからできた事だしな」
「負けは負けだ」
「お前がもっとすごいやつだって事はよくわかってる」
「癇に障るな。お前が俺のシュートを受けた事なんて無いだろ」
氷室によって鎮火しかけた苛立ちが再度燃え上がる。別府はヨスガの前に立って睨みつける。
「受けなくても何度も観たからな。だからお前の弱点にも気づけた」
「捕捉すると嘘はついてないぜ。ヨスガはずっとお前の対策のためにAチームの映像を観てた。渡したのは俺だがそののめり込み方には正直引いてる」
「なんでだよ」
氷室のフォローにヨスガがツッコむ。
別府も毒気が抜かれる。
「映像と本物は違ぇぞ。早く上がってこいよ。何度でも叩きのめしてやるよ」
別府はそう言ってコートの真ん中に駆け出そうとする。
「努力はするよ。あ、パネンカは金輪際やらない方が良いぞ」
「うるせぇわかったよ」
ヨスガの余計な一言に別府は叫んで言い返す。そこに怒りの感情はもう無かった。
「お前意外と喧嘩っ早いんだな」
氷室が呆れながらヨスガに言う。
「そんなつもりは無かったけどなぁ」
ヨスガは未だに自身が昂ぶっているのを感じている。
ギリギリの勝負だった。PKの前のシュートストップも今までの自分だったら跳び込めなかったと思う。
ゆかりが跳ばせてくれたとヨスガは思った。
その直後のゆかりの応援にさらに力を貰って、最後には決勝ゴールまでした。
しかし、ヨスガは勝利した瞬間ゆかりの事を忘れていた。
「氷室、勝利って気分が良いんだな」
横を歩く氷室にヨスガが語りかける。
「今さら知ったのかよ。さっさと昇格してもっと一緒に勝っていこうや」
「それも良いかもな」
ヨスガは未だ冷めない心の熱をじっくりと身に刻んだ。




