一年生三月:球技祭⑥
球技祭一年生の部、男子決勝。
ヨスガ達二組と別府達五組が整列する。
先頭に立つ氷室と別府が握手を交わす。
「氷室、お前が最後で良かった。勝たせてもらうぜ」
「別に俺は誰でも良かったけどな。完封させてもらうわ」
氷室が別府を煽る。
「言ってろ。あ、おい縁堂」
挨拶を終えて自陣に向かうヨスガを別府が呼び止める。
「試合終わったら結川の事聞かせてくれよ」
口調は友好的だが顔は笑っていない。
ヨスガも勝つ前提で要求をしてきた事が気に入らなかった。
「なんで告白するつもりの相手の情報を訊きたがるんだよ。話した事無いのか?」
言い返すヨスガに別府は不機嫌になる。
「お前よりは話してるだろ」
別府の幼稚な言い返しをヨスガは鼻で笑った。
もう思い切り煽ってしまおうとヨスガは思った。
「ゆかりさんのマカロンの味も知らない癖によくそんな事言えるよな」
「は?」
「後で教えてやるよ」
別府の返事を無視してヨスガは自陣に戻った。
「言うじゃねぇかヨスガ」
一部始終を見ていた氷室が笑う。
「頭に血がのぼった方が扱いやすいだろ」
ヨスガが真顔で氷室に返す。
「まぁそうだな。よっし、円陣でもするか」
氷室が他のクラスメイトを集めて円陣を組む。
「相手にゃ一年生で一番の点取り屋がいるけど一点もやらせねぇ。皆で完封してバラ色の学生生活といこうや」
「なんだよその意気込み」
思わずヨスガがツッコむ。
「可愛い幼馴染み経由で色んな女子と知り合いなヨスガにはわからねぇよな」
氷室の毒づきに他のクラスメイトが笑う。
入学当初はわずらわしかったゆえを巡るやっかみも、クラス内ではすっかり薄れていた。
主にゆえの奔放さに振り回されている様子が知れ渡って、哀れな男として見られるようになったからだ。
「まぁ冗談は置いといてだ。完封すればPK戦になるし、PK戦ならヨスガがいる。勝つぜ」
にやりと氷室が笑う。ヨスガ達チームメイトも笑う。
「行くぜ!」
おう!!っと声が重なりそれぞれのポジションに散った。
五組のキックオフで試合が始まる。
一試合前のゆえのような突飛なプレイはしてこなかった。
「静かに始まりましたね」
観戦しているゆかりが呟く。
「普通はいきなりシュートなんてしないんだよ」
ゆえの事を見やりながら苦笑いで陽太が答える。
「なんだよ」
ゆえが陽太を睨みつける。
陽太のさらに向こうから人影が二つ近づいてくる。
「あ、アオハル。やっほ」
青井と赤羽根だった。
「ゆえちゃん、優勝おめでとう」
呼びかけられた青井がゆえを祝福する。
「ウチもいるけどね」
「あかねちゃんもお疲れ様です。二人はどうしてこっちへ?」
「ゆいちゃんと一緒に観たくてね。五組は皆固まっちゃったし」
赤羽根が五組の陣地側で応援している五組のクラスメイトの方を見やる。
反対側には二組が固まっていた。
「嬉しいです。一緒に観ましょう」
ゆかりが嬉しそうに青井と赤羽根を迎え入れる。
「それじゃ俺はお暇しよっかな」
陽太が場所を移して観戦をしようとする。
「陽太もここで観ろ」
ゆえが引き止める。
「見知らぬ野郎がいたら気まずいだろ」
「ウチは構わないけど。ユース生でしょ?横で解説してよ」
赤羽根が遠慮無く陽太を受け入れる。
「私も別に大丈夫です」
青井も控えめに同意する。
「ほら、解説しろ」
ゆえがダメ押しに背中を小突く。
「わかったわかったから押すな」
陽太が大人しく戻って青井と赤羽根と軽く自己紹介を交わして観戦を再開した。
試合は五組が攻め込む時間が続いている。
しかし、どの攻撃もシュートには至らず、別府のイラつきが観客にも伝わる。
「別府ってこんなに攻撃力無かったっけ」
これまでの二試合と見比べて攻めあぐねている別府を見て赤羽根は怪訝に思う。
「あのセンターバックが良い仕事してるな」
「陽太みたいな事してる」
陽太とゆえがそれぞれ感想を述べる。
「俺みたいではなくないか?」
陽太がゆえに訊ねる。
「あの強そうなのが居心地悪くなるように歩き回ってるのが陽太みたいで嫌らしい」
「強そうなの、じゃなくて別府な。別に相手の嫌がる動きをするのは当然だろ」
陽太がゆえに抗議する。
「俺ならもっと味方も使って八方塞がりにさせるけどな」
二組の守備陣形は、氷室が別府の牽制をしながら立ち位置を調整している以外はマンツーマンでマークしていた。
「一回戦と準決勝を観てた友達が言うには、照島君の言っているみたいに細かく位置を指示していたらしいけど」
赤羽根が口を挟む。
ゆえも陽太も赤羽根もヨスガ達の試合を見逃していた。
「あれ、そうなのか。っていう事は決勝、というか別府対策でやってる感じかな」
「ふぅんなるほど。でもなんで別府以外はマンツーマンになってるんだろ」
赤羽根が疑問を投げかける。
「一試合二十分な上、もう次は試合が無いから体力を使い果たすつもりなんじゃないかな。
後は、相手の方が経験者が多そうだな。今回のヨスガ達の目的は別府を狙って良いクロスを上げさせない事だから、未経験者がどれだけ五組の経験者に食らいつけるかが大事。
まぁ中にあのセンターバックがいるから、生半可なクロスは別府に届かないだろうけどな」
「体力的な懸念が無いのはわかったけど、どうしてそんなクロス対策をしているの?」
赤羽根の新たな疑問に陽太は小さく笑う。
「そりゃあ、それが別府の弱点だからだよ。ユースに入るためのセレクションの時に俺もマッチアップした事あるんだけど、アイツはペナルティエリアの中で輝く選手なんだ。高校に入ってからはその特徴をさらに伸ばしているってヨスガから聞いたよ。けれど、それ以外が大した事無い。一人で相手ディフェンスを切り裂く事も無ければ、強烈なミドルも無い。
ただ、ペナの中で一番居て欲しいところに居る選手である事は間違い無い。柏陽台のサッカー部には優秀な選手もたくさんいるだろうし、別府の能力を十二分に引き出す司令塔もいるんだろうな。
けどこれは球技祭で、この試合にはそういう素晴らしいクロスを出す選手がいない。別府以外の経験者もいるけど、そういうタイプじゃないっぽいし、このまま0対0の引き分けからのPK戦でヨスガ達が勝つんじゃないかな」
陽太の言うとおり、クロスを完全に防いでいて開始から十分経っても未だにシュートが0本だ。
別府の準決勝の大量得点を観ていた観客が退屈そうにしている。
「別府くん以外の経験者の選手も二人いますけど、いくらピッタリくっつかれていても経験者ならうまくマークを剥がして良いクロスを上げられないものなんですか?」
時々サッカー部の練習を遠くから覗いていたゆかりがさらに疑問を重ねる。
「おぉ、結川さんからも質問がくるとは。確かにそうだね。付け焼き刃のマンマークで未経験者が守り切るなんてまず無理だよ。
ただ、経験者にくっついてるのが背の高さとか体捌きの雰囲気からしてバスケ部っぽいんだよな。種目は違えど駆け引きが上手い人間を経験者にぶつけたんだと思う。体力的にも最後までやれそうだし」
「なるほど、ありがとうございます」
「いえいえ。しっかしヨスガ率先してこの試合のためにスカウティングしてたのも驚いたが、ここまで対策を立てるとはなぁ」
陽太の感想に、赤羽根はこっそりと肩を叩き『ゆいちゃんに余計な事を言うな』と牽制をする。
「そういえば、前に話した時はゆえさんの話しかしていなかったですけど、中学校の頃のヨスガくんってどんな選手だったんですか?」
ゆかりが何も知らぬまま陽太に訊ねる。
陽太はこれ幸いと質問に答える。
「愚直って言葉が一番似合うかな。まともにサッカーを始めたのが中学だからね。とにかくできない事が多かった。背の高さで誤魔化せない拙さもたくさんあったし、中学卒業まで改善しない部分もあった。
けれどアイツは中学最後の公式戦で試合に出た。まぁ色々な要因が重なったってのもあるんだけどね。チームの皆が愚直だけれど良くなっていくヨスガの事を認めていた。と、ちょっと話が逸れたかな。まぁ、そんな感じ。
そんなヨスガが球技祭って場で知恵を絞って勝ちにこだわるのに驚いたよ」
「お前が知らないだけでヨスガはたくさん変わってる。昔のヨスガじゃない」
ゆえの言葉に陽太が「そうだな」と同意する。その様子がゆかりには羨ましかった。




