表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
66/79

一年生三月:球技祭③

 昼を挟んで午後の部。

 女子の準決勝二試合が行われた後、男子の準決勝二試合が行われ、その後に決勝戦が行われる。

 女子の準決勝第一試合はゆえ達一組が勝利した。クラスで一番ゆえを溺愛しているゆっこの活躍も素晴らしかった。

 そして第二試合。

 ゆかり達五組と、松井まついが所属する八組の試合が始まろうとしていた。

 ヨスガは自分ではどうにもできない事への不安やもどかしさで緊張していた。

 両チームが集合する前にゆかりがヨスガの下へやってきた。赤羽根あかばねも後ろにいるが、表情は硬い。

「頑張ってきますね」

 ゆかりが意気込む。

「ちゃんと見てるよ。怪我には気をつけてね」

 笑顔を頑張ろうとしている次点でゆかりは誤魔化せないな、と思いながらもヨスガは笑顔でゆかりに声をかける。

 ゆかりはその態度を、怪我を心配し過ぎていると捉えた。

「師匠が応援してくれたら大丈夫ですよ」

 ゆかりが冗談っぽく笑いながら言う。

「わたしだけ応援してくれませんか?」

 後ろにいる赤羽根あかばねに聞こえないように声を潜めて、午前中のわがままを蒸し返す。

 そんなゆかりの愛嬌にヨスガも心がほぐされて笑う。

「わかった。ゆかりさんの事だけ応援してる」

 ヨスガがそう返事をすると、ゆかりは満面の笑みで応えてコートの方へ向かっていった。

 ヨスガは取り残された赤羽根あかばねと目が合い、静かに頷き合った。

 コートに五組と八組が整列していると、ヨスガの下に陽太ようたとゆえがやってきた。

「さて、弟子同士の対決か」

 陽太ようたがヨスガから仕入れた情報で話を始める。

松井まついに関しては勝手に育っただけだけどな。多分まともな連携ができない球技祭ならまず点は入らないよ」

「なんだ、結川ゆいかわさんを応援してると思ったけどそっちに肩入れするんだ」

「応援してるのはゆかりさんだよ。ただ、事実として五組が点を入れるのは難しいと思う。サッカー部も赤羽根あかばねしかいないしね」

 試合開始前、両チームが位置についたのを見下ろしながらヨスガが言う。

「なんか変わったな。言語化ってレベルでは無いけど、初心者の手伝いをしている中で頭の作り変わったか?」

 陽太ようたが感心しながら言う。

「その自覚はある。中学の時に必死に食らいついているつもりだったけど、全然モノを知らなかったんだなって何度も気づかされてる。正直、すげぇ楽しい。もちろん、陽太ようたと連携して完封した時も楽しかったけどな」

「取って付けたように言うなよボケ。でもまぁ、柏陽台はくようだいに入って良かったのかもな」

 陽太ようたがしみじみと言う。かつての相棒の成長が嬉しかった。

 試合はヨスガの予想通り、松井まついの壁を崩す事が五組にはできなかった。

 赤羽根あかばねを中心に運動部の生徒がゴールに迫る事はあっても松井まついのゴールを割る事は無かった。

 しかし、八組もゴールを決められずにいた。ヨスガに基礎をレクチャーされ、松井まついと一緒にトレーニングをしたゆかりはギリギリのところでボールを弾き出す事で無失点を維持していた。

 八組のサッカー部員が守備的な選手なのも相まって、試合は膠着状態が続いていた。

 時間も残りわずかになった時、八組がコーナーキックを獲得した。

 これをラストチャンスと考え、ゴールキーパーの松井まついを残した全選手がゴール前に集結する。

 ゆかりの前後を挟むようにして八組の選手が立つ。

 コーナーキックが蹴り出される瞬間、ゆかりの背後にいた選手がゆかりを突き飛ばすように押したのがヨスガ達の視点から見えた。

 ヨスガ達からは見えなかったが、足もかけられていたゆかりは踏ん張りきれずに前のめりに転倒した。

 練習の甲斐あってゆかりは即座に身体と顔を起こしてボールを探す。

 蹴り出されたボールはゆかりが元々居たスペースにそのまま落ちてくる。

 そのボールをゆかりの背後にいた選手が頭で叩きつける。

 叩きつけたボールはゆかりの視線を真っ直ぐに飛んでいく。

 真っ直ぐに進んでくるボールに距離感が掴めないまま、ボールはゆかりの眉間を捕らえた後、ゴールの中に吸い込まれた。

 ゴールが認められ、八組のメンバーが抱き合う横で終了の笛が鳴った。

 笛が鳴った瞬間、ヨスガとゆえは駆け出していた。

「ゆかりさん!」ゆえよりも先にゆかりの下に辿り着いたヨスガに、五組の女子達がギョッとする。

縁堂えんどう君、落ち着いて。ちゃんと会話できてるから」

 赤羽根あかばねがヨスガの前に立って宥める。

「そ、そっか。悪い」

 赤羽根あかばねの言葉にヨスガは冷静になり、ゆかりの方を見る。

 ゆかりはヨスガが駆けつけてくれた事に感激して目を潤ませていた。それに気づいていたのは青井あおいだけだった。

「ヨスガくん、大丈夫ですよ。怪我、してません」

 ゆかりがヨスガに笑いかける。

 青井あおい赤羽根あかばね以外の五組のチームメイトがゆかりの柔らかい笑顔にざわつき、察する。

「そ、れは良かった」

 早鐘を打つ心臓を抑えこむようにして、ヨスガは平静を保とうとした。

結川ゆいかわさん、大丈夫?」

 松井まついが様子を見にやってきた。手には氷嚢も持っている。

松井まついさん。ありがとうございます。大丈夫です」

 ゆかりは氷嚢を受け取り、頭のあたりを冷やし始めた。

「それは良かった。遠目だったからわからなかったけど、転んだ時に痛めたところとかは無い?後から痛む事もあるから、気をつけて過ごしてね」

 松井まついが心配そうにしながらアドバイスをする。

 その振る舞いが妙にヨスガに似ていて、ゆかりはくすぐったさとも嫉妬心とも心地よさとも取れない感情になった。

 実際、松井まついが練習中にヨスガにかけてもらった言葉だった。

「はい。ヨスガくんと松井まついさんのお陰で受け身はバッチリだと思います。ボールに気が行きすぎて、後ろにいた人に押された時に踏ん張れなかったんですよね」

 照れくさそうに笑うゆかりとは裏腹に、その場にいたサッカー経験者は険しい顔をしていた。

 ヨスガがゴールを決めた選手の方を見ると、この試合を担当していた審判と談笑していたのが見えた。楽しそうに腕を前に出すジェスチャーをしていた。

 瞬間、ヨスガの脇を駆け抜けようとする影が映る。

 ヨスガは慌ててその影の腕を捕まえる。

「離せ」

「落ち着け」

 ヨスガに捕まったゆえは、憎悪に満ちた目でヨスガを睨みつける。

「離せ」

 もう一度ゆえがヨスガに言う。

「ダメだ」

 ヨスガも言い返す。絶対に離せなかった。

 ゆえがヨスガを睨みつけて硬直する。

 背景を知らない女子達がハラハラしている中、ゆかりが頭に当てていた氷嚢を置いて立ち上がり、ゆえの手を取った。

「ゆえさん。わたしを見てください」

 ゆえの目をみてゆかりが微笑みかける。

「ほら、元気ですよ。こう見えて頑丈なんです」

 力こぶのポーズを作ってゆかりがアピールする。

「だから、大丈夫です。わたし、ゆえさんに笑顔で労って欲しいです」

 ヨスガが抑えていた方の手も取って、ゆえの両手をゆかりの両手が包み込む。

 ゆえの表情が歪んでは無表情になるのを繰り返す。

 最後にギュッと目を閉じて、ゆえは笑顔を取り戻した。

「ゆかり、頑張ったね。お疲れ様」

 ゆえがゆかりの目をみて笑う。ゆかりもそれに笑顔で返す。

 途端、空気が緩み、五組のチームメイトがホッとする。

「じゃあ、整列してきますね。お気遣いありがとうございました」

 そう言うと、ゆかり達五組と、氷嚢を持ってきてくれた松井まついがコートの真ん中に戻っていった。

 ヨスガとゆえも陽太ようたの下に戻った。

 陽太ようたは感慨深げに戻ってきて二人の事を眺めていた。

「二人揃って駆け出すくらいには大切なんだな」

 陽太ようたの言葉にゆえがムスっとしながら「うるさい」と返す。

「中学の時は二人揃ってお互いが一番大事って感じだったのにな」

「色々あったんだよ」

 懐かしみながら語り出す陽太ようたにヨスガもバツが悪くなる。

「だろうな。まぁ、ヨスガにとって大事なのはさっきわかったけど、ゆえにとっても大事な存在なんだって今知れたのは外野としては嬉しいよ」

「ヨスガ、こいつはころしておこう」

 陽太ようたの指摘にむずむずとしていたヨスガを置き去りにしてゆえがドロップキックの助走を始めようとする。

 陽太ようたは慌てて逃げ出し、ゆえもその後を追った。

 次の試合があるヨスガはゆえを止めにも行けず、陽太ようたの無事を祈る事しかできなかった。

「ヨスガ、大丈夫か?」

 一人で立ち尽くしているヨスガに、チームメイトの氷室ひむろが声をかけた。

 氷室ひむろもゆかりたちの試合を観戦しており、ヨスガが駆けつけた一部始終も見ていた。

「ん?あぁ、怪我はしてないっぽい。一度保健室には行って欲しいけどね。この後コートですれ違う時にでも言ってみるよ」

「いや、結川ゆいかわさんの事じゃなくてさ。お前が冷静か?って話だよ」

「気落ちはしてるかもね。でも、かえって頭が冷えた気もする」

 陽太ようたの激励で吹き上がった闘争心が小さくなっているのをヨスガは感じていた。

 それで良いと思っていた。気が大きくなったところで出来ない事が出来るようになるわけじゃない。かえってミスをするかもしれない。

 ヨスガがやれる事は氷室ひむろを信頼して冷静に平坦に試合に臨む事だ。

「うん。大丈夫だわ。自分の中で落ち着いてるのが実感できた」

「おう、ならあと二回勝つぞ」

 氷室ひむろに背を叩かれて、ヨスガはコートに向かった。

 途中、ゆかりともすれ違う。

「一度保健室に行った方が良い」

 時間が無いので手短にヨスガが伝えると、ゆかりは不満そうに「応援したいんですけれど」と言い返す。

「決勝観れば良いでしょ」

 ヨスガがさらに言い返す。

「絶対ですよ」

 ゆかりが折れて、保健室に向かう。赤羽根あかばねもついていくなら大丈夫だろうとヨスガは思った。

「お前、やっぱり浮かれてないか?勝つ前提で話を進めるタイプじゃないだろ」

 ヨスガ達のやり取りを横目に見ていた氷室ひむろがぼやく。

「言い返せないわ」

 ヨスガも氷室ひむろの指摘を素直に認めた。

 準決勝も危なげなくヨスガ達二組が勝利した。

 氷室ひむろの守備の統率は、経験者じゃないクラスメイトさえも鉄壁に仕立て上げていた。

 ヨスガはそのおこぼれを拾うだけだった。

 男子準決勝第二試合は五組の勝利だった。

 別府べっぷ達五組の相手チームはAチームにも参加した事があるゴールキーパーが立ちはだかった。

 しかし、そのゴールキーパー以外に経験者はおらず、なすすべも無く失点を重ねて敗北した。

 これにより決勝戦は女子がゆえ達一組と松井まつい達八組、男子がヨスガ達二組と別府べっぷ達五組で行われる事になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ