一年生三月:球技祭練習②
翌日、ヨスガが練習後にゆかりとゆえが練習しているところに顔を出すと、意外な顔がいた。
「あれ、松井?」
ヨスガの声に松井とゆかりとゆえが振り返る。
「お疲れ様です」
「おつ」
ゆかりとゆえが思い思いに挨拶する。
「縁堂君、お疲れ様」
それに続いて松井も気まずそうに挨拶する。
「あ、あぁ。松井も練習だったよな。どうしてここに?」
「秋から結川さんがゴールキーパーやるって聞いたから、ちょっと気になってね」
「なるほど、赤羽根経由か」
「それでちょっと一緒に練習したり雑談してた。考えながら教えるのって勉強になるね」
松井は緊張が解けたのか、楽しそうにゆかりとの練習について話していた。
「わかる。俺も松井達に教えるようになって理解が何段階も深まったもんな。良い勉強になってるなら良かったよ」
ヨスガが松井のさらなる成長に喜んでいると、どこからともなくゆえが強めに殴りかかってきた。
「なんだよ」
殴られたところをさすりながら、ヨスガがゆえを睨みつける。
「単なる嫉妬」
ゆえはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「松井、こいつ変な事言ってなかったか」
ゆえを指差しながらヨスガが訊ねる。
「別に、三人でお互いに羨ましいねって話をしただけ。縁堂君には話せないかな」
松井の返答にヨスガは思い当たるものがあり、触らぬ神に祟りなしと思いながらそれ以上に追求する事は無かった。
「それじゃあ帰ろっかな。じゃあね結川さん。頑張ってね」
「はい、ありがとうございました!」
ゆかりが松井に手を振りながら見送った。
時間にして二十分も経っていないはずだが、ここまで打ち解けられるのか、とヨスガは思った。
「わたし達も帰りましょうか」
ゆかりとゆえが荷物をまとめ、三人で寮まで帰った。
さらに数日後の練習終わり、ヨスガは赤羽根に呼び止められた。
「別府がゆいちゃんに告るって話はホントなの?」
赤羽根の質問にヨスガは渋い顔をする。
「本当だよ。優勝したらって宣言はしてるけどね」
「はぁーマジかぁ」
赤羽根がため息をつく。
「もしかして好きとか?」
「恋愛クソ鈍感ボケな縁堂君はそういう詮索一生しない方が良いよ」
赤羽根がギロリとヨスガを睨む。
気圧されたヨスガは「ごめん」と謝った。
フンと鼻を鳴らして赤羽根がため息の理由を話し始める。
「アレ、クラスじゃ騒がしいからそうでも無いけど、チームのレギュラーでツラも良いから女子サッカー部じゃまぁまぁ人気なんよ。で、今回の事がウチの部の方でも噂として流れちゃったワケ」
赤羽根の言葉にヨスガは嫌な予感がしてきた。
「んー、こうなるならキーパーに推薦しなきゃ良かったなぁ」
赤羽根が不快そうに顔を顰める。
「球技祭の運営はそれぞれの種目の部活が担当するから、審判のさじ加減もどうにかできちゃうんだよね。最悪」
「ゆかりさんはその事知ってるのか?」
ヨスガの顔が険しくなる。
「知らないハズ。私も縁堂君に裏取りしたからって告げ口するつもりはない」
「赤羽根はどうするつもり?」
「ウチがどうこうできるとは思わないけど、一応運営には口出ししてみるよ。公平にやってくれる子に頼んだりね。試合の組み合わせはくじ引きだからいじれないけど、そういう事をするのは八組かな。あ、みどりはそういう事しないからね。むしろ今はゆいちゃんの面倒見てたりしてるでしょ?いい子だよあの子は」
「わかってるよ。松井はすごい頑張ってる」
「みどりにもっと言ってやりなよ。まぁそれはそれとして。ウチはそんな感じ。実際に行動に移すかもわからないから、一人でできるだけ干渉するだけするつもり。
ゆいちゃんにも出て欲しいと思ってる。さすがに勘違いしてないと思うけど、ゆいちゃんは縁堂君に観てもらうために頑張ってるんだからね。見守って欲しい」
赤羽根の方針にヨスガは少しだけ不安な感情が芽生えたが、それをねじ伏せた。
別府率いる五組の優勝を阻止する事を目標にするようになって、消えかけていた闘争心のようなものが再燃したようにヨスガは感じていた。
「わかった。ピッチ内の事は頼んだ」
ヨスガの言葉に赤羽根が頷き、二人は別れた。
卒業式で三年生を見送った翌日、ヨスガは自主練に精を出していた。
ボールを手に持った状態から蹴り出す、パントキックの練習だ。
今は六十メートルほど先にあるゴールめがけて蹴っている。
中学の頃は苦手意識があったが、高校に入ってから愚直に取り組んだのもあって、ゴール程度の大きさの的であれば入るようになっていた。
「だいぶ綺麗に飛ぶようになったな」
ヨスガの練習を後ろで眺めていた氷室が話しかける。
「入学したての頃はまぁまぁ酷かったもんな」
「事実だからなんも言えねぇ」
練習を中断し、氷室の方を向いてヨスガが答える。
「いくら前の所属がロングボール多用しないからってあそこまで下手な奴が高校にいると思わなかったわ」
「へいへいわかってるよ」
「ところで対策はどうよ。」
気を取り直して氷室が別府の対策について聞く。
「おかげさまで。Aチームって動画もたくさん残してるんだなぁって感動してるとこだよ」
ヨスガは氷室を経由して別府が出ている試合の映像を見ていた。
スカウティングと呼ばれている行為だ。
「別府対策もだけどただただ勉強になる。Bじゃ出来ない要求が出来ていて、このチームの理想型をじっくり見れて良かった」
「今回は目的意識もかなりハッキリしてるからスカウティングもしやすいもんな」
「あぁ。Aチームだから露見しにくいだけでちゃんとつけいる隙はあるってわかったよ」
ヨスガと氷室が会話していると、渦中の人間がやってきた。
「おい、縁堂。訊いて良いか?」
別府がヨスガ達の下にやってきた。
「良いけど」
間の悪さにヨスガが身構える。
「古淵と結川って友達なのか?」
「は?」
「だから、古淵と結川は」
「いや、聞こえてない訳じゃないから」
間の抜けた質問にヨスガは毒気を抜かれる。
「ゆえと結川さんは仲良いぞ」
呼び名に気をつけながらヨスガは正直に答える。
「そうか。お前とは?」
「なんでそれを訊くんだよ」
ヨスガが警戒を強める。
「いや、クラスの奴が結川と縁堂が図書館にいるのを見かけたって言うから気になったんだよ。で、どうなんだよ」
高圧的な態度を見せる別府にヨスガは気分が悪くなる。
「本の貸し借りはしてるくらいの仲かな」
ヨスガの少しだけマウントを取りに行った発言を別府は鼻で笑った。
「なんだ、その程度か。なら良かった。まぁAじゃねぇしそれどころじゃないか」
訊くだけ訊いて別府は立ち去っていった。
「あいつ、俺以上に本を読まねぇから、本の貸し借りって行為を文房具の貸し借りくらいにしか思ってないぞ」
氷室が別府の態度に対してフォローをする。
「サッカーへの態度だけは真摯なんだけどなぁ」
ため息混じりに氷室が続ける。
「残念な部分が憎めないところでもあるんだろうよ」
ヨスガも同意する。
別にヨスガも別府の事自体を嫌っている訳では無い。ゆかりの穏やかな時間が脅かされるのが嫌なだけだった。
「ま、あのサッカー以外ポンコツ野郎をしばいてAチームゴールキーパーに殴りこもうや」
氷室が不適に笑う。
「所詮球技祭だぞ。手土産にはならねぇだろ」
呆れながらヨスガが言う。
とはいえ、別府の去り際の言葉はヨスガの反骨心に良く響いた。
ヨスガは自主練を再開し、来たるべき日に備えた。




