一年生二月:バレンタインデー③
バレンタイン翌日も浮ついた空気は残っていた。
全寮制ゆえに母親姉妹からすら貰えず悲しみに暮れる者もいれば、想いを成就させ浮かれいる男女もいる。
意中の女子から貰えなくて肩を落とす者もいる。
サッカー部の一年生で一番騒々しくて実力もある男も意中の相手からチョコレートを貰う事ができなかった。
しかし、自信に溢れた男は肩を落とさなかった。
「三月の球技祭で優勝して告白する事にしたわ!」
一年生が着替えに使うスペースで大きな声で宣言される。
一年五組の別府だ。
「誰に告んだ?」
騒音仲間の五組の部員も囃し立てる。
ヨスガはうんざりしながら着替えを済ませて立ち去ろうとする。この騒々しさがチームのムードメーカーになっている事を理解しながらも、合わないものは合わなかった。
「そりゃ決まってんだろ。俺達のクラスの結川だよ」
ヨスガの脚がピタリと止まった。
「ついにいくんか」
五組の生徒がニヤニヤしながら言う。
「おう、俺の見立てじゃ男にゃ誰にもチョコ渡してなかったしな。まだワンチャンあるってもんよ」
「根拠あっさ!まぁ別府なら断らねぇだろ。俺らのエースストライカーだからな」
五組のメンツの中で話がどんどんヒートアップしていく。
ただの優勝じゃインパクトが無い。挙げ句の果てに球技祭に箔を付けるために他のクラスの部員も参加して欲しいと言い出した。
「特に氷室!お前はぜってぇ出ろよ。お前をぶち抜いて優勝するからな」
別府が氷室名指しで宣戦布告する。
「へいへい、わかったよ」
氷室は軽く返事をして辺りを見回す。
ヨスガはすでに立ち去っていた。
別府を中心とした会話がヒートアップしていた頃、ヨスガはダラダラと図書館へ続く道を歩いていた。
誰が誰を好きになろうがそれはその人の自由だ。ヨスガが何か言えるものでは無い。
だが、穏やかに日々を過ごす少女の時間が脅かされるのは許し難かった。
それと同時に、別府という人間が努力の上で今の位置にいる素晴らしい選手である事もヨスガは認めていた。自分とは大違いだと思った。
ゆかりに関わっていく内に別府の側から歩み寄る事もあると思った。その時ヨスガの席は無い。そんな独りよがりの悪い妄想にヨスガは捕らわれて道の真ん中で立ち尽くしていた。
息は出来ているのに酸素が巡ってくる感覚が無い。足の裏に根が張っているかのように身体が動かない。何も考えられないまま固まっていると、背後から声がした。
「おいヨスガ。大丈夫か」
氷室だった。
「球技祭、サッカーで出ようぜ」
ヨスガは氷室の方を向く。
「お前そんな短時間で何狼狽してんだよ」
ヨスガの顔色を見て氷室が笑う。
「簡単な事だろ。勝ちゃあ良いんだよ。五組のやつらの輝かしい作戦ってやつをぶち壊してやれば良いんだよ」
氷室がヨスガの背中を叩く。
「お前が結川さんの事を特別に思ってる事は知ってる。まさか女装までするとは思わなかったがな。そこまでして平穏を守りたい存在って事は伝わった。なら今回はあいつらを真っ向から叩けば良い。やろうぜ」
もう一度氷室がヨスガの背中を叩く。
「どうしてそこまで協力的なんだよ」
弱々しくヨスガが訊く。
「なんだよまだ臆病風に吹かれてるのか?別府が名指しで俺が出る事を命令した。同じレギュラー候補でディフェンダーの俺に勝つことで箔を付けたいんだろうよ。俺はピエロになる気はないぜ。だからお前の力が必要なんだ。
まぁ後一つ言うなら、何度も言ってきたけどヨスガには気兼ねなくゴールキーパーやって、レギュラーになって、俺の手足になってほしいからさ。メンケアよメンケア」
カラッと笑って氷室が言う。
「メンケアってなんだよ」
文句を言うヨスガの言葉には力が宿っていた。
「図書館の天使事件と同じだよ。まぁあれは自力で解決してたけどな」
「別府だけなら氷室と組めば失点しないと俺も思う」
「だな、他の部員が出てきてもそれは変わんねぇ」
「誰が点取る?」
「ゴールキーパーがいないクラスはどうとでもなるだろ。まぁ、後はPK戦で勝てば良いだろ。お前の見せ場だ」
にやりと氷室が笑みを浮かべる。
「わかったよ。お前の誘いに乗る。めちゃくちゃにしてやろうぜ」
「おう。その言葉を待ってたぜ」
ヨスガと氷室は恥ずかしげも無く腕と腕をぶつけ合うことで誓いとした。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。ゆかりの穏やかな時間を守りたい。
氷室:ヨスガに伸び伸びゴールキーパーをしてほしい。
別府:騒がしい事以外は素晴らしいストライカー。




