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一年生二月:バレンタインデー②

「あ、ヨスガくん」

 図書館に辿り着く前にゆかりと鉢合わせた。

「ゆかりさん。どうしてここに?」

 ヨスガは驚きながら訊ねる。やましい事は何も無いが、なんとなく後ろめたかったので、松井まついから受け取ったマフィンをこっそりと自分のバッグへと隠した。

「そろそろ来るかなって想いまして。今日は何の日かわかりますか?」

 走ってここまで来たのか、ゆかりは少しだけ息を乱しながらヨスガにクイズを出した。

「バレンタインデーだよね」

「正解です。それで、渡したい物があるので部屋までご一緒してくれませんか?」

 ゆかりが緊張を息の乱れのせいにして一言で言い切る。

「えっと。それは」

「あ、違うんです。ヨスガくんを急かしている訳じゃないんです」

 ゆかりが慌てて訂正する。

「渡したい物が壊れやすくて、学校で持ち歩くのが難しかったんです。だから部屋に来て欲しいんです」

「あぁ、なるほど。そういう事ならぜひ」

 ヨスガは快諾した。それと同時に、ゆかりは本当に急かしていないと理解しつつも、自分が待たせている事が申し訳なくて情けなかった。


「お邪魔します」

 先に食堂で夕食を済ませてヨスガがゆかりの部屋に入る。

 入ったのはゆかりのお見舞いぶりだ。

「座って待っていてくださいね」

 ゆかりがローテーブルの周りにある座布団を勧めてキッチンの方へ戻る。

 ほんの少し待っていると、ゆかりが青いフィルムでラッピングされた円筒形の箱を持ってきた。

「えっと、ハッピーバレンタイン。です」

 その箱をヨスガに手渡す。

「開けてみてください。すごいですから」

 ゆかりがヨスガに開けるように急かす。

 ヨスガは包みを開くと「おぉ」と感動の声が出た。

 中に入っていたのは飴細工のクラゲだった。

 部屋の照明にかざすと青みがかった色が透き通って綺麗に見えた。

「綺麗ですよね。見かけた時にこれにしようって一目惚れしちゃいました」

「うん、すごく綺麗だ。食べるのがもったいないくらい」

 飴細工のクラゲに釘付けになりながらヨスガは呟く。

 ゆかりはその様子に嬉しくなった。二人で水族館に行った時、ゾウギンザメに夢中になっていたヨスガを思い出す。

 ゆかりをそっちのけで夢中になるヨスガの子供っぽさも好きだった。

「そっちは後でゆっくり食べてくださいね。実はもう一つあるので」

 そう言うとゆかりは細長い紙箱を取り出してローテーブルに置いた。

 飴細工のクラゲの入った箱を置いてヨスガが紙箱を見る。

 ハートのあしらわれた赤い包装紙でラッピングされていた。

「せっかくなら手作りも贈りたいじゃないですか。だから二つ用意したんです」

 はにかみながらゆかりが答える。

 キッチンの方からピーとやかんが主張する。

「ちょうどお湯が沸きましたね。紅茶、淹れますね」

 ゆかりが立ち上がりキッチンの方へ向かう。

 その間にヨスガは紙箱の包装紙を慎重に剥がそうとする。

 幸いにも破く事無く包装紙を剥がす事ができ、ヨスガは小さな達成感を持った。

「あ、もう開けてたんですね」

 紅茶の入ったマグカップを持ってゆかりが戻ってくる。

「包装紙を破かずに剥がすのが苦手だからフライングしちゃった」

「別に破いても気にしないですよ。さ、開けてください」

 ゆかりがヨスガを促して紙箱を開けさせる。

 中にはマカロンが入っていた。

 赤系統の色で染められたマカロンが四つ箱に収まっている。

「すごい」

「語彙力無くなってますよ」

 ヨスガの純粋な感動にゆかりは胸を撫で下ろした。飴細工のクラゲは喜んでもらえると思っていたが、手作りのマカロンには自信が持てていなかったからだ。

「いや、だってお店で見るような物と遜色無い見た目してるよ。しかも色も違うし。すごいよゆかりさん」

 ヨスガの心からの称賛がゆかりにはくすぐったかった。

「大したことじゃないですよ」

「いいや、大したことだよこれは。こんな手間もかかってるものを貰えて嬉し むぐ」

 くすぐったくて我慢ならないゆかりがヨスガの口をマカロンで塞いだ。

「もう、良いですから食べてください」

 口を塞がれたヨスガはもそもそとマカロンを食べ進める。ゆかりの指に唇が触れないように気をつけながら、一つ目のマカロンを食した。

「ラズベリーかな?すごく美味しいよ。コンビニスイーツのマカロンしか食べた事無いから比較対象がなんとも言えないけど」

「コンビニスイーツを舐めちゃいけませんよ。とっても美味しいんですから。でも、ありがとうございます」

 ゆかりの心の中で喜びが弾ける。

 新たなマカロンをつまみ上げ、ヨスガの口に近づける。

「自分で食べれるよ」

「これも含めてバレンタインです」

 抵抗するヨスガに有無を言わせずマカロンを近づける。

「せめて紅茶で口の中をリセットさせて」

 ヨスガはゆかりの手から逃れて紅茶で喉を潤した。甘みを洗い流す感覚が気持ち良かった。

「はい。大丈夫です」

 ヨスガが口を開けて待機する。

 雛鳥のようなヨスガにゆかりはゾクリと脳を痺れさせる。

「今度はイチゴかな。これも良いね」

 そんなゆかりの心境を知らぬまま、ヨスガは餌付けを満喫した。

「ごちそうさまでした」

 ヨスガが手を合わせて礼をする。

「喜んでくれて良かったです」

 ゆかりも笑顔でそれに応じる。

「訊くのは野暮だと思うけど、このマカロン一つ一つのために着色料も用意したの?」

「いえ、これはあおいちゃんが持っていたのを少し貰ったんです。あかねちゃんも交えて三人で作りました。二人ともお菓子作りが得意で、わたしの師匠です。作ったマカロンも、ヨスガくん用に用意した四つの前に何回か試作して、あおいちゃんとあかねちゃんのお腹の中に入っています」

 ゆかりの説明にヨスガは「なるほど」と返事をする。

「もっと食べたかったな、って思っていますか?」

「いっぱい食べられて良いなぁ、とは思った」

 図星のヨスガは素直に認める。

「味見は作る人の特権ですからね。でも、物足りないくらいがちょうど良いですよ。六個も食べたらちょっと気持ち悪くなりましたもん」

 ゆかりが実体験とともに苦笑する。

「それもそうだね。楽しい思い出のままが一番良い」

 ヨスガも笑った。


 ゆかりの本棚から新たにオススメを見繕ってもらい、ヨスガはプロローグだけ読む。

 ゆかりは今日もぴとりと寄り添いながらヨスガを見ている。

「ヨスガくんはこの後まだ予定はありますか?」

「いや、もう夜だし何も無いよ」

 ゆかりの体温に少しだけ眠気を感じながらヨスガが応える。

「そうですか。そろそろ帰りますか?」

「そうだね。これ、借りてくよ」

 ヨスガはゆかりが倒れないように立ち上がり帰り支度をする。

 ゆかりは面白く無さそうにそれを眺めていた。

「ヨスガくん。やっぱりわがまま良いですか?」

「今日は泊まらないからね」

「そんな事言いませんよ」

 新品の歯ブラシを用意してある事はヨスガには言わなかった。

「ハグ、欲しいです」

 ゆかりが両手を広げて待ち構える。

 ヨスガは羽織っていたコートをもう一度脱いで、ゆかりの事を抱き留めた。

 ゆかりもヨスガの腰から背中にかけて手を回して抱き返す。

「あっさり帰そうとしたから逆に心配したよ」

 ヨスガがゆかりの頭を撫でながら言う。

 ヨスガの中ではすっかり基準が下がっており、マカロンを食べさせる事も、寄り添って座る事も抱き寄せる事も普通の事になっていた。

「ヨスガくんがあっさり承諾するからです。今日はわがまま言わないんだなって言ってくれたら、お預けです、って余裕ぶって帰すつもりだったのに。いつもいつも抱きついていたらいつか慣れちゃうから出し惜しみしないと、って思っていたんですけど、わたしにこのやり方は合いませんね」

 ヨスガの胸にグリグリと頭をねじ込みながらゆかりが自虐した。

「わがまま娘」

 ヨスガが優しくゆえの髪に触れる。わずかな振動さえも逃すまいとゆかりの頭皮が鋭敏になる。

「ホワイトデー、楽しみにしてますね」

「頑張ります」

「別に三倍返しとかじゃなくて良いですからね。ヨスガくんと居られれば良いです」

「そう言ってくれると気が楽かもしれない。色々探してみるよ」

 ヨスガの返事にゆかりはギュッと力をこめて応えた。

 もうしばらくしてゆかりがヨスガを解放した。

「ありがとうございました」

 幸福そうな顔でゆかりが微笑む。

 特別な行事の時だけとはいえ、初めて腹を割って話してくれた時と比べて随分と甘えるようになったな、とヨスガは思った。

「節度を守ってくれたらいくらでも良いよ」

 ヨスガはあの夜と同じ事を思っていた。

『ゆかりが悩んだ時は力になりたい』

 悩んでいる理由がヨスガ自身である事は棚に上げて、それでもヨスガは本心から力になりたいと思っていた。


 ヨスガはゆかりの部屋を出て階段を使って自室へと帰る。

 部屋にはゆえのバレンタインチョコが残っていた。

 マカロンの甘みも和らいだヨスガは、ゆえと松井まついからもらったチョコも食べる事にした。

 松井まついのチョコバナナマフィンには牛乳が合うだろうと思い、冷蔵庫から牛乳を取り出して机に並べる。

 ゆえのチョコレートが入っていた紙箱も横に並べて開封する。

「ん?なんでマカロン?」

 ゆえが渡した紙箱には茶色のマカロンが二つ入っていた。

「友チョコに作ったトリュフチョコの余りじゃなかったのか」

 ヨスガがゆえとの朝の会話を思い返すが、自身の早合点だったような気がした。

「わざわざ作ってくれたのか……」

 幼馴染みが初めて作った手作りチョコが自分のためのモノだった。その事実がヨスガには嬉しかった。

 お互いになぁなぁで引き延ばし続けた関係性。そこに交わり溶け合ったゆかりとの関係。

 ヨスガが考えなくてはいけない事は変わらず積み上がっていたが、今はゆえのマカロンを堪能する事にした。

 ゆえのマカロンはチョコレート味で、松井まついのチョコバナナマフィン共々牛乳に良く合った。


 寝支度を整えたヨスガは、ゆえと松井まついにバレンタインの感想と感謝を送った。松井まついに送るかは悩んだが、松井まついの内心を少なからず知ってしまっているので送る事にした。

 携帯電話を充電器に差して手放して、机に飾っている飴細工のクラゲを眺める。

 ヨスガが贈った誕生日プレゼントの影響を受けての選択なのはゆかりに聞かなくてもわかった。ヨスガはそれがむず痒くて嬉しかった。


人物紹介

縁堂縁:ヨスガ。チョコを食べ過ぎた。

結川ゆかり:どんどんヨスガに対してワガママになっている。

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