一年生二月:バレンタインデー①
二月十四日。柏陽台高校の男子生徒はソワソワしていた。
今日はバレンタインデー。チョコレートを始めとした菓子が、様々な意味と想いを乗せて贈られる日だ。
未だ恋を意識していないヨスガも他の男子生徒と同じ様に少しだけソワついていた。
ヨスガは毎年ゆえから義理として百円分のチョコを貰っており、その時点で勝ち組だとゆえから今年のチョコを貰う前から一組と二組の男子に妬まれていた。
とはいえ、ゆえとの関係に対する嫉妬の目にヨスガはすっかり慣れていた。むしろ、図書館の天使事件で女装した事を境に哀れんだ目で見られる事も増えてきていた。
朝、ヨスガが自室の扉を開けると、ゆえが立っていた。
「潰されたくないから先に渡しとく」
開口一番、ゆえが小さな紙箱をヨスガに押しつけてきた。
「お、おう。ありがとう」
面を喰らったヨスガが箱を受け取り自室に置く。
「ちょっとだけ気合い入れたから味わえよ」
「マジか。毎年百円分だけ渡してきたのにどうした?」
自室から出てゆえと共に登校しながらヨスガが訊ねる。
「クラスの女子で分け合うってなったから作った。ヨスガのはその余り。期待した?」
ゆえが保冷バックを取り出してその中のタッパーを見せる。
中にはトリュフチョコが入っていた。
「なるほど。中学の時は食べ物持ち込めなかったもんなぁ。色々食べられるといいな」
ヨスガは納得し、自室にあるトリュフチョコに思いを馳せた。
「期待した?」
ゆえが念を押す。
「何をだよ。味ならゆえの作ったのなら間違い無いだろ」
ヨスガの反応にゆえはため息をついた。
「これだからモテない男はダメ」
「うるせぇな」
ようやくゆえの言わんとしている事を理解したヨスガが悪態をつく。
「でも、味を期待してくれてるのは嬉しかった。ちゃんと食べてね」
薄く笑いながらゆえが言った。
悲喜交々のクラス内。
女子が持ち寄ったチョコレートはほとんどが女子の中で消費され、ほんの少しのおこぼれを男子がありがたがって貰っていた。
一部の男女はその渦中におらず、然るべき場所で然るべきやり取りが行われているのだろう、とヨスガは思った。
女子でも食べきれない程大量に作られたブラウニーを男子生徒の群れの一部としてヨスガは味わった。
部活後、たまたま上がるタイミングが同じだった松井に声をかけられ、ビニールにラッピングされたマフィンを渡された。
「縁堂君、なんでも食べるって聞いたから大丈夫だと想うけど、チョコバナナマフィン作ってみた。友チョコのあまりだけど。じゃ、また」
渡すだけ渡して松井は立ち去った。
ヨスガが他の男子部員に見られていないかキョロキョロと見回していると、見知った顔と目があった。
「赤羽根か。今の見てた?」
近づいてきた赤羽根にヨスガが訊ねる。
「もちろん。みどりの事、見守ってたしね」
ヨスガは納得をしつつ、面倒な事になりそうだと思い始めた。
「しっかしモテるねぇ。ウチもどうしたもんかって感じよ」
顰め面で赤羽根がぼやく。
ヨスガは思い当たる節はあるが、見えないフリをした。
「幼馴染みからはモテない男って朝言われたんだけどな」
「ハ、別にそういう態度でいるのは構わないけどさ、決めたんならちゃんと宣言しなよ?ウチは当事者じゃないけどさ」
赤羽根がヨスガを睨みつける。
「ゆかりさんにも青井さんにも聞いてはいたけど、お前良い奴だなぁ」
赤羽根の視線に臆さずヨスガは感心した。
「は?今はそういう話をしてないんだけど」
「いや、わかってるって。俺が決断しないといけないってのはわかってる。ただ、ゆかりさんには良い友達がいるんだなって嬉しかったんだよ」
ヨスガの発言に赤羽根は毒気を抜かれる。
「なんだよそれ、調子狂うなぁ。先に仲良くなったくらいでマウント取るなよ」
「取ってない取ってない。正直な感想だよ」
赤羽根はフンと鼻を鳴らす。
「ウチもどっちつかずで片方の肩を持てずにいるけど、縁堂君はちゃんと選びなよ?」
そう言い残して赤羽根は立ち去った。
ヨスガは赤羽根の言葉を反芻しながら歩く。
何度考えを巡らせてもヨスガの中で何かが進展する事は無かった。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。
赤羽根秋:松井とゆかりを気にかけている。




