一年生一月:それぞれの火曜日
三連休の翌日の火曜日、ヨスガは部活動に復帰していた。
休んだ時間は一週間に満たないが重く、ヨスガの予想通りCチームから再出発となった。
今日は鈍った身体を戻す意味も込みで女子サッカー部のゴールキーパーの練習の手伝いを久しぶりにする事になった。
普段なら不定期に時間が合えば顔を出すくらいの緩さではあるが、今日はフルで練習に付き合っていた。
「見違えたな」
練習を終えてクールダウン中、ヨスガは初心者ゴールキーパーだった松井の上達ぶりに感動していた。
「まだまだだよ」
うっすら浮かんだ汗を拭って松井が応える。
「俺以外でも熱心に質問してちゃんと上達してるんだから大したもんだよ」
「縁堂君に恥をかかせるワケにはいかないからね」
髪を弄びながら照れくささを隠すように松井が返事をする。
「松井の努力のたまものだよ」
「そんな事無いって。よし、ストレッチおしまい。お疲れ様」
ぶっきらぼうに松井が切り上げる。
練習で使ったマーカー類を持って松井が立ち去ろうとする。
ヨスガも続いて片付けたボールを持って移動する。
「いいよ手伝わなくて」
先を歩く松井が声をかける。
「前はやってたけどな」
思い当たる節がありつつ、ヨスガは反論する。
「なんか秋が急に提案をして、片付けは皆でやる事になったの。でもまぁ、当たり前の事だよねって思う」
ヨスガの予想通り、赤羽根のフォローの影響だった。
「そっか、じゃあお言葉に甘えて帰るわ。お疲れ」
ヨスガは松井や他のゴールキーパー達を見届けて練習場を後にした。
「あおいちゃん、夕飯ご一緒しませんか?」
ヨスガが復帰した日、ゆかりは放課後にあおいを誘った。
「ゆいちゃん、いいの?別に夕飯の後に集まっても良いけど」
ゆかりと青井と赤羽根は文化祭から行動をよく共にするようになったが、食事はあまり共にする事は無かった。ゆかりが黙々と食べるタイプで、赤羽根は話しながらのんびり食べるタイプだったからだ。
「えっと、夕飯って言うのは口実で、わたしの部屋で報告したい事があって」
ゆかりの態度に、三連休の出来事を知らないにも関わらず青井は見当をつける。
「なるほど、じゃあ夕飯を済ませたらお菓子でも持ってゆいちゃんの部屋に行くね」
青井は約束を取りつけて部活へと行った。
夜、夕飯を済ませたゆかりは少しだけ落ち着きが無い状態で青井を待つ。
ピンポーンとチャイムが鳴り、ゆかりが玄関に出る。
「お疲れ様です。プリンですか、良いですね」
手土産にプリンを持ってきていた青井を室内に迎え入れる。
「うん。デザートにね」
青井はプリンをゆかりに手渡して玄関を上がる。
プリンを食べ終わり、二人の前には紅茶が並んでいる。
ゆかりは話を緊張しながら口を開く。
「あの、好きな人が出来ました」
ゆかりがカミングアウトするも、青井の反応は薄かった。
「お節介が実って良かった」と青井が言う。
お見通しだと言わんばかりの青井の態度にゆかりは顔が熱くなるのを感じる。
「こういうのってもっと色めき立った反応をされるものだと思っていました」
ゆかりの脳裏には、女子だけの空間で繰り広げられるガールズトークの様子が浮かんでいた。
「いや、こんな丁寧な前振りされたら驚けないって。あかねちゃんがいても同じ事言うよ」
ここに居ないもう一人の友達の事を頭に浮かべながら青井は言った。
「でもまぁ、自覚したって言うのは大きな進歩だよね。きっかけはあったの?」
「それは、ちょっと、秘密です」
「なんだ、根掘り葉掘り聞かせてくれるのかと思った。じゃあ、わざわざ二人きりになれる場所に私を呼んだ理由は?」
公共の場で言えないような濃い内容を聞かせてくれるのかと思った、と青井はからかい半分に続けた。
「えっと、一番はあおいちゃんには忠告されていたのもあって、伝えなきゃなって思いました。
それで、これからどうすれば良いのかなって思いまして」
ヨスガへの感情が恋である事をゆかりは認めた。
その次に何をするべきか。そのアドバイスを青井に求めたかった。
「私に求められてもなぁ。ゆいちゃんと縁堂君の距離感ってすでに近すぎるから何もアドバイスできないよ」
青井が困り顔で返答する。
「ほぼ毎日図書館で二人の時間があって、夕飯も古淵さんを交えてだけど食べてるし、文化祭もデートしてたし、なによりゆいちゃんが困った時に迷わず助けてくれてたし。それくらいの関係値からさらに恋人としてステップを踏みたいって事でしょ?
難問すぎる」
青井の口から恋人という言葉が出て、ゆかりはヨスガの事をより強く意識する。
恋と恋人では全然違うのだとゆかりは痛感した。
「一緒にいる時間を増やしつつ、スキンシップを増やす?うーんクラスが遠いのがなぁ。人がいる場所でベタベタするのもはしたないだろうし」
うんうん唸る青井を横目にゆかりはスキンシップという言葉に過敏に反応する。キスや行為に到っていないだけで、高校生同士の恋人が行うレベルのスキンシップは行っているであろうとゆかりは思い、心の中で悶えた。
「あ、そうだ」
青井が何か思いつきゆかりに顔を向ける。
「年度末の球技祭、サッカーに出てゴールキーパーを教えてもらおう」
「え?」
青井の提案にゆかりは思わず声を上げる。
「縁堂君が教えるの上手いって聞いてるし、ゆいちゃんのお願いなら断らないでしょ。あかねちゃんにお願いすればクラスの中でもそれとなく誘導できると思うし。その練習の中でスキンシップも頑張ろう」
「な、なるほど」
実現できそうなアイデアにゆかりは頷く。
「それとうっかり忘れてたけど、ゆいちゃんの誕生日とバレンタインもあるじゃん。それは絶対やろう」
「は、はい」
「あとは思いつかないなぁ。健闘を祈る」
青井はアイデアを出し切ってゆかりを激励した。
話す事も話し終えて、ゆかりが青井を見送る。
「ゆいちゃんが自覚してくれて良かったよ。あんまり思いつかなかったけれど、ゆいちゃんに頼られて今日は嬉しかった」
小さく笑いながら青井が告げる。
「わたし一人じゃどうすれば良いかグルグルしちゃっていたのでとても助かりました」
「古淵さんには頼らないの?」
青井の質問にゆかりは困った顔で「そうですね」と答えた。
「あぁ、なるほど」
「もう、一人で納得しないでください。別に仲が悪くなった訳じゃないんですから」
短い返答で察した青井を、ゆかりは笑って指摘する。
「わたしとゆえさん、どちらが選ばれてもわたしはゆえさんと友達でいますよ」
「他の女の子が選ばれる事は考えてないの?」
「イジワルですね」
口を尖らせてゆかりが言う。
「ごめんごめん。恋を自覚して随分と変わったなって思って。相談事があったらまた呼んでね。あかねちゃんも居ると良いかも」
「そうですね、きっととても変わったのだと思います。あおいちゃんも相談事があったら乗りますからね」
「ゆいちゃんに相談して解決する恋バナはまだ無いだろうなぁ」
青井はニヤリと笑いながら扉を開けて、ゆかりの追求から逃げるように部屋を後にした。
「言い逃げしないでくださいよまったくもう」
ゆかりは口にした言葉をそのまま青井とのチャットに打ち込んで送信した。
しばらくして『まずは誕生日だね』という返信と激励のスタンプが送られてきた。
人物紹介
縁堂縁:ヨスガ。病み上がり。
結川ゆかり:病み上がり。
松井みどり:メキメキと実力を伸ばしている初心者ゴールキーパー。
青井春:ゆかりに頼られて嬉しい。




