一年生一月:ゆかりのお見舞い⑤
翌朝、三連休の最終日。先に目を覚ましたのはゆかりだった。
熟睡できたからか、思考はクリアだった。熱も完全に下がったとゆかりは思った。
目を開けると、目の前にヨスガがいる事に朝からドギマギする。
ゆかりは眠っているヨスガをジッと観察する。
文化祭の時のように寝込みにつけ込む訳でも無く、年末年始に別の寝床で眠る訳でも無く、お互いに起きている状態で同じベッドで眠る。
様々な要因があったとはいえ、ゆかりはヨスガの身内になったのだと思った。
ヨスガは大切を作りたがらない、とゆえから話された日を思い出す。
「わたしは大切になれましたか?」
確信を持ちながらも眠っているヨスガに呟いた。
なかなか起きないヨスガに、ゆかりはいたずらごころが芽生える。
ぺたぺたとヨスガの胸や腰、背中に触れる。硬い。自分とは大違いだった。
ゆえの膝枕のような柔らかさが無いにも関わらず、ゆかりはヨスガを抱き枕にして熟睡していた。
おもむろにヨスガの着ていたシャツをめくり、素肌に触れる。自身も文化祭の翌朝にゆえと間違われて素肌に触れられたのだからお互い様だと言い聞かせている。
直接肉体に触れると、硬くてもうっすらと肉の柔らかさを感じる事が出来る事に気づく。
ゆかりがその感触の違いを堪能していると、背中をツーッと撫でられた。
厚手のパジャマに身を包んでいたのでくすぐったさは感じなかった。
「ゆかりさんだってむっつりじゃないか」
目覚めたヨスガはゆかりを抱いていた片手を頭に伸ばし、優しく撫でる。
「いつかの仕返しです。腕、痛くないですか?」
ゆかりが言い訳をしながら話題を逸らす。
「ストレッチすれば大丈夫だよ。起きても良い?」
ヨスガの確認を、ゆかりは名残惜しそうに身体を離して肯定とした。
二人は身体を起こしてストレッチをする。
ずっと同じ姿勢で眠っていたので二人の身体はそれなりに凝っていた。
二人一組のストレッチも行って身体をまんべんなく伸ばす。
ヨスガは、ゆかりから漏れ出る声が妙に色っぽく感じた。
「朝ご飯にしましょうか」
身体も思考も軽くなったゆかりがキッチンへ向かい、シリアルと牛乳を持ってくる。
二人分の器も取り出してローテーブルに並べる。
ゆかりが自分の分を用意し、その後にヨスガがゆかりと同じくらいの分量で用意し、食事を始めた。
食べ終わった器をゆかりが片付けているのをヨスガが眺める。
なんとも言えない良さをヨスガは感じていた。それをゆかりのように伝えるのはヨスガにとってはハードルが高く、見ていない事にして本棚に視線を移した。
「何か読みますか?」
洗い物を終えたゆかりがヨスガの隣に寄り添うように座る。二人の時はこれまでのような自重はしない事に決めた。
「名前だけ知ってて読んだ事無い本がたくさんあって悩むなぁ」
ヨスガもゆかりの距離感について指摘せずに質問に答える。
「試し読みしても良いですよ」
ヨスガはゆかりの提案を受けて何冊か本棚から抜き出す。
ヨスガがベッドに寄りかかりながら本を捲り出すと、ゆかりも横で寄り添いながらヨスガの読書風景を見届けていた。
「ゆかりさんも何か読んだら良いのに」とヨスガが言うと、ゆかりは笑顔で首を振る。
「わたしの部屋で読書をするヨスガくんを観察しておこうかなって思いまして」
思い切りが良すぎたかな、と少し反省しながらもゆかりは大胆に行動する。
「そんな面白い物でも無いと思うけれど、満足するまでどうぞ」
普段と違うシチュエーションによる感動と言う点はヨスガにも理解できている。文化祭でのゆかりのミニスカートを思い出しながら、快くゆかりの観察を受け入れた。
正午過ぎ、ゆかりの腹の虫が昼食の合図だった。
恥じらうゆかりに愛らしさを感じながら二人で冷蔵庫の残りものを使って名前の無い炒め物を作った。
「そろそろ帰ろうかな」
食事を終えて何をするでも無くゆかりが横にぴとりと寄り添う穏やかな時間。気づけば十四時だった。
「そ、うですね。わたしもすっかり元気になりましたし」
名残惜しそうにゆかりが頷く。潮時だと思う反面、寂しさが急激にせり上がる。
「本、持っていきます?」
ヨスガが興味を持ったライトノベル達を指差してゆかりが訊ねる。
「うん、ありがたく借りさせてもらいます」
ヨスガはそれを受け取る。
「あ、鍵いりますか?いつでも本を持ち出せますよ」
ゆかりの思いつきにヨスガは苦笑する。
「そういう所はゆえに似ないで欲しいかな。荷物を増やしてしまって申し訳ないけど、学校で受け渡しがいいな」
「箸より重い物持てませんよ」
「はいはい」
ヨスガが適当にあしらう。
ゆかりにはそれが嬉しかった。
玄関でヨスガが靴を履き立ち上がる。
もう幸福な時間が終わってしまう、とゆかりは思った。
「ヨスガくん。病み上がりなのを盾にして、最後にわがまま良いですか」
目の前にヨスガがまだいるにも関わらず、憂鬱な気持ちになりかけているゆかりが言った。
「いいよ」
「即答ですか」
「ゆかりさんが浮かない顔をしているから」
ゆかりはヨスガの言葉で憂鬱の中に喜びが流入して混ざり合うのを感じた。感情の水嵩が増していく。
「両手、広げてください」
言われるがままにヨスガが両手を広げる。
ゆかりはサンダルを履いてヨスガの前に立つ。
「えい」
ゆかりがヨスガを抱きしめる。ヨスガもそれに応じてゆかりを抱きしめる。
ゆかりは幸福で涙が溢れそうになるのを堪えながらヨスガに語りかける。
「友達の領分なんてとっくに越えてるってわかっていますけれど、もう少しだけ時間をください」
ゆかりの頭を優しく撫でる事でヨスガはそれに応える。
「ヨスガくんもわたしに寄りかかって良いんですからね」
「それはどっちつかずの俺が越えちゃいけない一線だと思うから遠慮しとくよ」
ヨスガが受け入れない事はゆかりにはわかっていた。
ゆえやゆかりのために寄り添ったり、ゆえやゆかりに寄り添われる事はあっても、ヨスガ自身が自発的に甘えてくる事は無かった。
「ヨスガくんならそう言うと思っていました」
そういう所も好きだった。解釈一致とはこういう事かとゆかりは心の中で笑った。
「ゆっくりで良いですから、いつか答え合わせしましょうね」
未来にヨスガが名付ける感情が自分と同じでありますように、と願いながらゆかりはギュッと力いっぱいヨスガを抱きしめた。




