一年生一月:ゆかりのお見舞い②
シャワーで軽く身体を流して風呂場を出る。
二人で身体を拭くには窮屈だった。
お互いの髪をドライヤーで乾かす。
ゆかりは自分の話がまだ残っている状況にも関わらず、ゆえと同じ匂いが髪からするのが嬉しかった。
「長湯させてごめん。体調悪くない?」
髪を乾かし終えてゆえが訊ねる。
「ぽかぽかしてよくわからないですけど大丈夫ですよ。ゆえさんこそ一緒にお風呂入って風邪がうつっちゃった、は無しですからね」
「わかってる。ゆかりは楽な姿勢で良いからね」
「じゃあ、膝枕が良いです」
「わがまま」
ゆえはそう言いながらゆかりのベッドに腰かけ、壁まで下がってもたれかかる。
ゆかりはゆえの太ももに頭を乗せて仰向けになる。
「柔らかくて気持ちいいです」
「むっつりめ。布団もかけて」
ゆえは小言を言いながら掛け布団をゆかりの上にかける。ついでにアイゾメヤドクガエルのぬいぐるみも手渡す。
ゆかりはぬいぐるみを胸でギュッと抱きながら「ありがとうございます」と感謝した。
「このまま眠っちゃうかもしれませんよ?」
「それならそれで良いから。ゆかりの話を聞かせて」
ゆかりの頭をゆえが優しく撫でる。
ゆかりは「わかりました」と返事をして話し始める。
「ヨスガくんはわたしにとって初めての友達でした。
初めて出会った翌日の大雨の日にすぐにオススメした本を借りに来てくれた時に、友達がいなかったわたしはわかりやすくときめいてしまったんです。部活の無い日に来るって言ってたのに、わざわざ大雨の日に立ち寄ってくれたんですよ?もっと仲良くなりたいって思うじゃないですか。その日の帰り道もわたしに気を遣ってくれて、雨でびしょ濡れにはなりましたけれど嬉しかったんです。
その後に夕食をご一緒した時だって、たくさん配慮してくれたのを感じます。次に食事した時は配慮しなくても大丈夫って思ってくれたのも嬉しかったです」
出会ったばかりの頃のヨスガとの時間をゆかりが語る。
ゆえは相槌を打ちながら聞く。
「わたし、きっと一目惚れしてたんだと思います。
ゆえさんと一緒ですね」
「ヨスガはそういうところある」
「ゆえさんと初めて会った時、納得もしたんです。『あぁ、こんな素敵な人なら素敵な幼馴染みだっているよなぁ』って。あ、照れましたね。わたしもゆえさんの表情がわかるようになってきました。
話を戻しますね。ひとりぼっちは慣れてはいたけれど、なるべく長く一緒にいれたらいいなぁって思うようになりました。
照島くんも交えてヨスガくんとゆえさんの過去を知って、ゆえさんの心境を聞いて、それはもっと強くなりました。
飛躍してるのはわかってるので怒らないで欲しいんですけれど、二人の仲人として結ばれる所を見送れたら幸せだろうな、って思ったりもしました。
そうは思いながらも、池袋にヨスガくんを連れて行った時は役得だなって思っちゃいました」
ゆかりが嬉しそうに胸に乗せたアイゾメヤドクガエルのぬいぐるみを撫でる。
「放っておけないくらい落ち込んでたヨスガくんのためにヨスガくんを連れ出しました。
ヨスガくんにはそれが恥ずかしくて青春ごっこに振り回したって言っちゃいましたけど。
友達の領分を越えているかな?って思いもしましたけれど、心配で放っておけなかった。
ヨスガくんがまた前を向いてくれて良かったです。
ゆえさんが寮で待ってた時、ヨスガくんの事はお見通しなんだな、って思いました」
「待ってない。偶然だから」
ゆえがゆかりの言葉を遮る。
「今のわたし達の間に嘘は無しですよ。ゆえさんもヨスガくんもお互いを気遣い過ぎだと思いつつ、二人の強い絆にとてもとても憧れました。
三人でお出かけした時にヨスガくんに抱き留められた時はたまらなかったです。というか、ゆえさんが余計に意識させたのも悪いんですからね」
ゆかりが少しおどけて言うと、ゆえは「計画通り」と返した。
「体育祭の時に聞いた話は秘密にしておきましょう。嘘じゃないですよ~秘密です。ヨスガくんがゆえさんに話しているのかわからない事なので。
あの日、ヨスガくんへの想いも大きくなっていたのだと、今となっては想います。でも、ヨスガくんの鈍感具合にはさすがに苦言を呈しましたよ」
松井の態度に全く気づいていなかったヨスガを思い出しながら、ゆかりは苦笑する。
「ヨスガは自分に恋はまだ無理だって思ってるフシがある」
「そうですね。ゆえさんにも、あとわたしにもドキドキしてくれる時はありますけれど、基本的には正直で紳士的であろうとしてくれていますもんね。
わたしが池袋に誘ったのは自分のため、って言ってるのに、何度も何度もその時の事を感謝してきて、正直なところも素敵ですけど心臓がもたないです」
ゆえが同意の首肯をする。
「ヨスガくんと夜のお散歩をした時、ヨスガくんとゆえさんの悩みに寄り添ったように、ヨスガくんもわたしの力になりたいって言ってくれたんです。
それが今までの楽しい思い出とも違う、満たされた感覚だったんです。誰かに寄り添ってもらえる事の幸福をあの日実感したのだと思います。
文化祭準備期間中はたくさんヨスガくんの事を考える時間でもありました。ゆえさんとの時間はもちろんですけれど、部活動でのヨスガくんが変わらず紳士的な事をあかねちゃんから聞いた時は嬉しくて誇らしくて、けれどちょっとだけモヤってして面白くなくて。本当はもうこの時には誤魔化しちゃいけなかったのかもしれませんね」
ゆかりの声は穏やかだった。
それでも初恋を言葉にするのは避けていた。
「文化祭準備の間、ゆえさんと司書の先生に散々可愛いって言われて調子に乗ってしまって、文化祭の二日間はヨスガくんに大胆に振る舞ったりしたのは思い返すと恥ずかしいです。けれど、たくさん褒めてくれて胸いっぱいでした。一ヶ月ぶりに長い時間一緒に過ごせた事が幸福でした。
文化祭の時、自分が自分じゃないみたいにヨスガくんにワガママを言ってしまいました。
それなのにそれを優しく受け入れてくれて、わたしの中で目を逸らし続けていたモノがどんどん大きくなっていました。
文化祭の後の騒動でヨスガくんがわたしのために不機嫌になったり、後ろめたい感情に支配されていた時は、なんていうか、愛おしくてたまらなくなりました。わたしを見て、わたしを通して傷つくヨスガくんを大切に癒したいって心から思いました。
あおいちゃんの言葉もあって、ヨスガくんへの感情の名前をもうつけてしまおうって思いかけてたんです。
けれど、年末年始に二人の思い出を聞いて、やっぱり止まってしまいました。ゆえさんとブランコを漕いだり、忘れられない思い出も貰いましたけれど、やっぱりヨスガくんにはゆえさんが良いって思いました。
ヨスガくんのお見舞いに行って、ゆえさんと間違えられて、その考えはより強くなりました。
何度も言いますけれど、ゆえさんが鍵を持っている事をヨスガくんが知っていたから起きた勘違いだってわかっています。
それでも、ヨスガくんの真ん中にはゆえさんがいて、お節介を受けて感謝するんだって思い知りました。その事実がとても悲しかった。頭では理由がわかっているのに感情が制御できなかった。わたし、ゆえさんを差し置いてヨスガくんの真ん中になりたいって思ってしまったんです」
ゆかりが言葉を切って黙り込む。
ゆかりが深呼吸で頭を動かしているところをゆえは太ももを通して感じる。
ゆえも音にならないように小さく深呼吸する。
「初めて言葉にするから、ゆえさんにしっかり聞いて欲しいです」
ゆえは「うん」と頷いた。
「わたし、ヨスガくんに恋しています」
「うん。知ってる」
ゆえはゆかりの言葉に相槌を打つ。
何度も口にするのを避けていたにも関わらず、いざ口にしてしまえばゆかりの気持ちは穏やかだった。
「ゆえさんがいるから、とずっとずっと目を逸らし続けていた想いは気づいたら視界から外せないくらいに大きくなってしまいました」
「ゆかりは恋が怖くないの?」
失う事が怖くないのか、とゆえが訊ねる。
ゆかりはぬいぐるみをギュッと抱きしめて考える。
「怖いですね。とっても怖い。終わりがあるのも美しい、って恋愛小説を読みながら思っていた自分の事をひっぱたきたくなるくらい、ヨスガくんとの関係が崩れるのが恐ろしいです。
だから、恋だと認めるのをずっと先延ばしにしていたんです。
けれど、気づいてしまったんだからしょうがないじゃないですか」
ゆかりの返答にゆえは「そっか」と返す。
「むしろ、ゆえさんは恋は終わるものって認識していたのにわたしとヨスガくんを近づけようとしたのはどうしてですか?返答次第ではほんのちょっとだけ怒りますよ」
ゆかりは重くならないように努めて優しくゆえに訊ねる。
「私が絶対に結婚までフォローするって決めてたから」
「ゆえさんらしいですね。怒らせてくださいよ」
ゆえの返答にゆかりは微笑む。
「ゆかりこそ、どうして私の恋心を蘇らせたの?」
「そんなの、ゆえさんも大好きだからに決まってるじゃないですか。確かにわたしはヨスガくんに恋をしていて、ゆえさんは恋敵です。けれど、それ以前に大切な、えぇと」
ゆかりが言い淀む。
「親友、ですから。ゆえさんがどう思っていようとわたしはそう思っています。だからわたしはゆえさんにもう一度考えて欲しかったんです。自分が良いと思ったからやっただけです。わ、急に前屈みにならないでください」
ゆえはゆかりの言葉を聞いて、ゆかりの顔を自信の胸で埋めるように前屈みになった。
「えっちな親友にサービス」
「風邪も吹き飛びますね」
否定もせず、ゆかりはゆえの柔らかさを満喫した。
「告白するの?」
しばらくしてゆえが訊ねる。
「初恋を自覚して二日目の女にそんな度胸無いですよ。それに、正直なところまだこの距離感でいたい気持ちもとてもあります。ゆえさんが抜け駆けするなら首根っこ掴んで足も引っ張っちゃいますけど」
笑いながらゆかりが言う。
ゆえもゆかりの野蛮な発想に小さく吹き出す。
「私もまだ考えていたい気持ち。それに、ヨスガ自身がまだ人の好意を受け入れる準備ができてないと思う」
「それはゆえさんが独り立ちできたって思わせれば解決しそうですけど」
「ううん、ヨスガはまだブレーキをかけてる。男の子なんだからしょうがないのにね」
ゆえの言葉にゆかりが察し、顔を真っ赤にする。
「おや、うぶ」
ゆえがゆかりの頬をなぞるように撫でる。
ゆかりはぴくりと身震いする。
「異性に気づかれるのは単純に恥ずかしいから避けてるだけじゃないんですか?」
ゆかりは苦し紛れに質問する。
「そうかもね」
ゆえも話は終わりと適当に流す。
「ゆかり、お腹空いてない?」
話を切り上げてゆえが訊ねる。
「そういえば全然食べていませんでしたね。腹ペコです」
「よかった。料理人を呼んでいい?」
ゆえの提案にゆかりが「え?」と困惑する。
「ヨスガをずっとスタンバらせてる。
恋敵だけど今日は譲ってあげるよ親友」
ゆえの言葉にゆかりは理解がついてこない。
「もちろんまだ顔を合わせにくいなら、私が料理するけど、どう?」
ゆかりはようやくゆえの言葉を理解し、考え込む。
ゆかりの中の悪感情はすっかり晴れていたが、だからと言ってヨスガと顔を合わせるのは緊張した。
恋をして初めて想い人と顔を合わせる時に自分が何を思うかが怖かった。
それでも、先延ばしにすればするだけしんどい事も理解していたので、ゆかりは「ヨスガくんに会いたいです」とゆえに返事をした。
ゆえはその返事に満足げに頷いて携帯電話を操作する。
「ゆかりはこのままヨスガと会う?もうちょっとボサボサにして病人を装って甘える?」
ヨスガに連絡を入れたゆえがゆかりに訊ねる。
「心配かけたくないですよ」
ゆかりはゆえの提案を却下する。
「わかった。身だしなみはどうする?」
「……可愛く見られたいです」
アイゾメヤドクガエルのぬいぐるみを顔に埋めて恥ずかしそうに言う。
「任せて。今日はゆかりが主役にしてあげる」
そう言うとゆえはゆかりを起こしてゆかりの顔に魔法をかけた。
人物紹介
結川ゆかり:ヨスガに恋をしている。




